第28話
ぞわっとするような暴風が、会議場中央から吹き渡ってきた。
「うっ!?」
俺は怯んだが、これがチャンスだという意識もまた働いていた。今度は真横に寝転がり、キングの側面に出た。キングは思わぬ突風に意識を取られ、こちらから視線を外している。
(逃げるんだ、剣斗くん!)
(トプラ? 君の力なのか?)
(急いで!)
足元を見れば、淡い水色の魔方陣がトプラを中心に広がっている。
続いて、トプラの枝が大きく振るわれ、色とりどりの果実が降ってきた。
「いいところだったのになあ!」
キングが大剣でその果実を一掃する。しかし、割られた果実からは煙幕が広がり、キングの視界を奪った。
キングは先ほどと同様、何らかの魔術で煙幕を振り切ろうとする。しかしその時、俺は味方の遺体が手にしていた自動小銃を拝借し、
「くたばれ!!」
一点集中でキングに向かって撃ちまくった。キリキリと音を立てて薬莢が落ち、ガラスの破砕音のような音がキングの防御結界から聞こえてくる。
いくら強力な防御結界でも、一ヶ所に集中砲火を喰らわせれば……!
しかし、それは俺の甘い幻想だった。キングは左右に瞬間移動し、その場にひざまづいていたメリナの首に再び腕をかけたのだ。
「ぐっ! く……」
「流石、いい腕をしているね、剣斗くん」
俺は自分の予想の甘さを悔いた。それを晴らすかのように、
「メリナを離せ!!」
と思いの外大声を張り上げる。しかし、キングの表情は飄々として変わりない。
「もう少し遊んでいたかったけれど、今日はここいらで降ろさせてもらうよ。真治くんの治療と強化もしてあげないといけないからね」
俺との勝負を避けようというのか? しかし、こちらが弾切れを起こせば、俺を殺すことなどキングには朝飯前だろうに。何故逃げるようにして戦闘を放棄する?
俺が唾を飲み込んだ次の瞬間、キングの背後に大きな球体が現れた。瞬間移動魔術だ。
「また会おうね、剣斗くん! 殺しちゃったらごめんよ!」
「おい、ちょっと待て!」
俺がキングの攻撃に備えて盾を構えたその時、
「おまけだよ! 受け取ってくれ!」
無邪気な顔を崩さないキング。しかしその手には――。
「トプラ、危ない!!」
俺は叫び声を上げていた。盾を構えた姿勢のまま、トプラとキングの間に割り込む。
今、キングの右の掌には、黒々とした炎が灯っていたのだ。
「心配しないでよ、剣斗くん。おまけだって言ったでしょ?」
炎属性の魔弾は、一発に限らなかった。十数発とも二十発とも思われる魔弾が、トプラ目がけて殺到した。
「くっ!」
俺はなんとか立ち上がり、盾で魔弾を弾く。しかし、俺程度の人間に魔弾の嵐を止めることなど不可能だった。
「んじゃ、今度こそさよならだ」
「剣斗! 剣斗―――!」
「メリナッ!!」
俺は盾をかなぐり捨てて突進し、向こうから伸ばされたメリナの腕を掴もうとした。しかし凄まじい風圧で、歩みを進めることすらままならない。
メリナの絶叫を残して、キングは球体に吸い込まれるようにして消えていく。
しかし、何故かキングとメリナ以外の物体は、球体から押し流されていくような力に巻き込まれていた。
無邪気とも言える笑みを残して、キングの姿は消えた。しかしその直前、それこそ本当にお終いとばかりに放たれた魔弾が、俺の頭上を通過していく。そして暴風は止み、キングとメリナの姿も視界から消え去った。
「畜生!!」
息を切らしながら、はっと振り返る。すると
「!」
トプラが炎に包まれていた。しかし悲鳴や呻き声は聞こえてこない。ただの木材が燃えるのと同じような、パチパチという音だけが会議場を包んでいる。
このままでは、トプラは死んでしまう。しかし、ここには水も治癒魔術もない。
(トプラ……!)
(これでいいんだ、剣斗くん)
俺とは対照的に、トプラは落ち着き払っていた。
(僕は君たちの言うところの『植物』だ。動けないことがどれほどのデメリットになるか、覚悟はしていたよ)
(だからってお前が死んでいいなんてことには……!)
(それよりギルだ。君の足元にいる彼女を、すぐに治癒の使える魔術師の元へ。意識が切れかかってる)
(お前を放っておけるか!)
すると突然、
(黙って聞くんだ、剣斗くん!!)
トプラが、思念上で怒鳴った。
(君もギルも、もちろんメリナも、まだ死ぬ覚悟なんてできていやしないんだ! 僕とは違うんだよ! まずは彼女たちのために――)
その時、ミシリ、という重音が響いた。そしてトプラは、それ以上は何も語ることなく、ゆっくりと向こう側へ倒れていった。俺と、倒れたままのギルを避けるように。
これが、自ら『動けない』と語った一人の戦士の矜持と言えるのかもしれない。
俺は呆然とその場にへたり込み、トプラが黒い炎に包まれていくのを見つめるしかなかった。
※
翌日、会議場にて。
俺は今までにない孤独感を覚えながら、昨日の作戦における報告の数々を聞いていた。
俺を『この宇宙』に導いた二人。その二人が揃って欠席しているのだから。
結局、若菜は助からなかった。トプラが死んでしまった直後、治癒魔方陣も消えてしまい、出血は止められなかった。
ギルはすぐさま駆けつけた援軍に保護され、今は生死の境を彷徨っている。ありったけの治癒魔術が施されているそうだが、今だ意識不明の重体だ。
『元の宇宙』にいた時、あれだけの銃弾を弾き切ったギルの甲冑。それをキングは、大剣の一振りでバッサリと斬り裂いた。それが、凄まじい魔術の力によるものだということは、俺にもすぐに察せられた。
「死者三十二名、負傷者百十五名、うち重体の者は二十四名。以上です」
死傷者の報告がなされ、会議場――ところどころに銃痕や魔弾の痕が残っている――はひっそりと静まった。確かに、作戦会議の時よりも空席が目立つ。
俺は肘をテーブルに載せ、その上で指を組んで深いため息をついた。
誰かが沈黙を破らなければ。俺は部外者扱いされることを覚悟しつつ、挙手をした。
すると議長は何の躊躇いもなく、
「石崎剣斗殿、どうぞ」
すると、全員の視線が俺に集中するのが感じられた。どこの馬の骨ともつかぬ少年が、何を喚くのかと思っているのだろう。だが、喚くだけの精神的気力は今の俺にはなかった。
「キング・クランチの現在位置は分かりませんか?」
(残念だが)
答えたのはプリーストだった。
(我々も総力を挙げて捜索している。だが、ここまで見つからないとなると、極めて強力な防御結界が張られているのだろう)
全員の口からため息が広がった。しかし、黙ってはいられない。
「せめて、おおまかな場所くらい分かりませんか? そこを皆で急襲すれば――」
「黙っておれ、若造!」
左側から怒声が飛んだ。
「そなたはキングの恐ろしさを知らんのだ! 今は戦力を消耗してすぐには攻めてこまい。しかし放っておけば、メリナ殿の力を利用してさらなる軍勢を連れて襲ってくるぞ!」
「だったらその前に叩けばいいだろう! 俺は剣斗殿の意見に賛成だ!」
「ここにいるだけの人数では、総力を結集しても勝ち目はないぞ!」
「いや、手遅れになる前になんとか急襲を……!」
「だから場所が分かっておらんだろうが!」
結局、俺はいつの間にか蚊帳の外だった。
せめてメリナだけでも救出できないものか。あのグリーンの澄んだ瞳を思い出しながら、俺は奥歯をぐっと噛み締めた。
メリナは俺の人生の中で、初めて俺を好いてくれた女性だ。そして俺も、彼女のことが――。
俺は、彼女を守りたい。『この宇宙』を守りたい。
何としてでも、キング・クランチを撃退せねば。
しかし、どうやって?
そこで俺の思考は止まってしまった。ギルが戦えない以上、一体どれほど俺たちは持ちこたえられるだろう? もしかしたら、瞬間的に全滅させられるかもしれない。
会議場が喧騒に包まれる中、俺は拳をテーブルに叩きつけた。
「メリナ……!」
まさにその時だった。
場にそぐわない電子音が、ピロリロと鳴り始めた。徐々にその音が大きくなる。対して、徐々に場の空気が静まり返る。
「あー、失敬! いじっていたら『アラーム』なんて項目がありましてね? 少し聞いてみたかったんですよ」
ハーディ・ロック博士が、その場で足を組んで座っていた。
「剣斗くん、教えてくれるかい? この『すまほ』というものの停止の仕方を」
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