第30話
翌日。
会議場はざわついていた。二日連続で会議が行われることも異例だし、この会議場がぎゅう詰めになるほど戦士が集められたのも初めてのことだったのだから。普通は重鎮しか出席する必要はないというのに。
しかし、それ以上に俺の胸は落ち着きがなかった。何故なら、
(皆、時間になった。ご静粛に願う)
プリーストのテレパシーに、静まり返る会議場。
(こちらの二人から連絡事項がある。石崎剣斗、及びハーディ・ロック博士)
「はい!」
俺は勢いよく立ち上がった。会議場中央へと歩み出る。平然としているつもりだったが、トプラの遺骸からは思わず目を逸らしてしまった。博士は相変わらず飄々とした態度で、どこか緊張感を和らげてくれるものを感じさせた。
「今日はお集まりくださり、ありがとうございます。『この宇宙』の、あるいは『別な宇宙』の戦士の皆さん」
数百と言う視線を注がれながら、俺は一言一言をはっきり話すことに神経を集中させた。
「今日は皆さんにお願いがあってやって参りました。キング・クランチの居城に攻め込もうと思うのです」
一瞬、場の空気が固まった。しかしその後に巻き起こった喧騒は、先ほどのざわめきを遥かに凌駕していた。
「キングの元に攻め込む、だって?」
「そんな馬鹿な! こちらは防戦一方だというのに……」
「どんなトラップが仕掛けられているのか、分かったものではないぞ」
しかし、
(静粛にと伝えたはずだぞ、諸君)
プリーストが淡々と、しかしはっきりと皆に思念を送った。流石にプリーストに黙れと言われれば、反論できる者はいない。
プリーストがこちらに視線をくれたのを見て、俺は続きを述べた。
「今攻め込もうというには、二つの理由があります。一つは、まずこれをお聞きください」
俺はポケットからスマホを取り出し、音声が皆に聞こえるように設定。そして、『ある人物』からのメッセージの録音を再生した。
(剣斗、メリナだよ! 突然『すまほ』が鳴りだしたからびっくりしたけど……)
おおっ、という軽いどよめきが起きた。
(聞こえてる? 大丈夫? じゃあ、私が見聞きしたことを伝えるね。今キングの軍勢は、かなり消耗してる。キングも私を拉致してきたけれど、それでも不安は隠せないみたい。今、彼の手駒になっているのは真治くらい。彼らを仕留めるつもりなら、早い方がいいと思う。あっ、見張りが来たみたい。切るね!)
どよめきが沈黙に変わるのに、そうそう時間はかからなかった。
するとちょうどプリーストが、
(諸君、私はこの声の主を特定した。間違いなくメリナ・ユニヴァ本人だ。その思念がこの電子化された音声からも感じられる)
つまり、キングがメリナに化けて連絡を寄越したわけではない、ということだ。
若菜との思い出の詰まったスマホを常に真治は携帯している。どうやら『元の宇宙』にいた時と同じように、真治はスマホを扱っていたらしい。
さらに加えて、
(この音声は人工衛星を経由して得られたものだ。『この宇宙』における電気通信という技術は未熟だが、『ある宇宙』の技術を流用して造られた人工衛星には、それを補完するだけの電子機器がまるまる搭載されている。つまり、『剣斗のいた宇宙』の通信技術を応用できるというわけだ)
「それに、メリナの冷静な判断力は皆さんもご承知のはずです。きっとキングが焦っているというのは、間違いないでしょう。次に――」
俺は告げた。昨日博士に、キング・クランチを倒す術を教わったということを。
今度は誰も騒ぎ立てはしなかった。
『そんなものがあったのか』――。そんな無言の、心の波が俺の胸にも迫ってくる。
「どうすればいいのか、君の口から説明してもらってもいいかね? 剣斗くん」
「はい」
何故博士が俺に説明を任せたのか。それは、
「あまりにも危険な戦いになります。よって、皆さんには僕を援護してもらいたい」
俺は作戦の概要を説明した。
まず、メリナを救出すること。次に、真治を倒すこと。そしてメリナの能力を応用し、ブラックホールをキングの近くに顕現させて、その特異点にキングを落とし込むこと。
リアクションはなかった。皆が唖然としている。そんなことができるのかという疑念、というより困惑が、会議場全体に渦巻いている。
「私の観測では、キングに喰われた『別な宇宙』に、石化したブラックホールが多数残されています。キングがそんなものを残したということは、逆に言えば『喰えなかった』ということです。ブラックホールがキングの弱点であると、断言はできません。しかし、試す価値はあるかと」
淡々と博士は報告した。
「皆さんには、メリナが呪文を詠唱する間の時間稼ぎをお願いしたいのです。キングには、僕が止めを刺します」
すると、
「何故だ? 何故『別な宇宙』からやって来た君が、そこまでして戦おうとする? 我々とて死は恐ろしいというのに……」
尋ねてきたのはエルフのうちの一人だった。俺は視線を上げ、彼の顔を真正面から見据えた。
「僕には、近しい身内も頼れる大人ももういません。だったら僕は、『宇宙』を守ろうとしているあなたたちに協力したい。僕なら犠牲になっても、悲しむ人間は最小限で済みます」
格好をつけたつもりはない。まして自虐に走ったわけでもない。それが自分の任務だと思った、それだけだ。
再び沈黙に包まれる会議場。しかし、その沈黙は唐突に破られることとなった。強烈な殺気によって。
空を斬る鋭利な音を立てて、日本刀が俺目がけて飛んできた。俺は博士を突き飛ばし、反動で横へ倒れ込んでこれを回避する。慌てて拳銃を抜こうとしたが、それよりも
「この馬鹿者が!!」
という怒声が響き渡る方が早かった。
この声、それに日本刀という武器。まさか――。
俺が拳銃を戻しながら立ち上がり、出入り口を見ると
「ギル!?」
これは流石に予想外だった。甲冑に身を包んでいるが、しかしこの気配は間違いなく彼女だ。
ギルが身に着けていたのは、愛用の赤紫の甲冑。キングにバッサリと斬られた部分は、淡く赤い光によって溶接されたかのように見える。
「も、もう大丈夫なのか!?」
「舐めているな? 『この宇宙』の治癒魔術を」
「でもお前、甲冑を真っ二つにされて……」
「それがどうした」
ギルは堂々と一歩、こちらに踏み出してきた。
「この甲冑、メリナが保護魔術をかけてくれたものだ。私はこれからも戦える。それに」
「それに?」
「メリナもお前も、私にとっては大切な人間なんだ。お前一人で背負い込もうとしないでほしい」
その言葉に、俺は心のどこかで引っかかるものを感じた。
しないで『ほしい』? ギルなら普通、『するな』と命令口調で言ってくるようなものだが。らしくないな。
「……あれ?」
俺の沈黙時間は思いの外長かったらしい。会議場は沈黙したまま、何やら変な雰囲気が漂っている。するといつの間にか、ギルは甲冑姿のまま俯き、両手を握り締めていた。
「ど、どうしたんだ、ギル?」
「私はお前が心配なんだ! そのくらい察してくれ!」
そう言いながら、ギルは二本目の刀に手をかけた。
「わっ! ちょっと待て! 落ち着けよ!」
慌てふためく俺の横から、博士が
「これは君が鈍いのが悪いんだよ」
「え? えっ?」
鈍いって何だ?
「ええい、構うものか!!」
戸惑う俺に向かって、ギルは一歩一歩段差を下り、俺の立っている会議場中央までやって来た。そして、
「!?」
ガシャリ、と金属の擦れ合う音が俺の頭部を覆った。視界が赤紫の甲冑に包まれる。
これって……。俺は今、ギルに抱きしめられているのか?
俺が絶句していると、
「私のような無粋な女より、メリナの方がお前に似合いなのは分かってる。だったらせめて、お前たち二人を私に守らせてくれ」
「ギル、お前……」
どこまでが騎士道精神で、どこまでが他の感情によるものなのか。そもそもその『他の感情』とは何なのか。もしかしたらそれは――。
ギルは囁くような声で言った。
「キング・クランチに斬られた時、私は恐ろしかった。死ぬことそのものではなく、永遠にお前に会えなくなることが怖かったんだ。でも、私は今こうして生きている」
ならば、と一息置いて、
「私はこの命を、お前とメリナに捧げる。必ず二人を守ってみせる。だから、お前が全てを背負い込むようなことは止めてくれ。私を、この世に残して行かないでくれ」
涙声になりかけたギルにかけてやる言葉を、俺は持ち合わせていなかった。
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