第21話
(ギル、アシスタントを頼む)
(分かりました、プリースト)
(剣斗、武装はしてきたな?)
「ええ、まあ……」
取り敢えず無理なく動ける範囲内で持ってきたものを確認する。自動小銃を両手で握りしめ、拳銃二丁をホルスターに。手榴弾はいつも通り三つ、コンバットスーツの胸元に取りつけている。各弾倉とコンバットナイフは腰回りに適宜装備。念のためヘルメットも装着してきた。
すると、
「剣斗、使え」
ギルが円盤状の盾を渡してくれた。
「背負っておいて、背後からの奇襲に備えろ。もし自動小銃が使えなくなったら、代わりにこの盾を手元に持っておくといい」
「ああ、ありがとな」
そう言って甲冑姿のギルを見上げると、
「プ、プリーストの指示に従っただけだ。気にするな」
と言って顔を逸らされてしまった。
その時、プリーストから
(では、参る)
「え?」
『参る』って……。もう戦闘開始なのか?
俺は慌てて自動小銃を握り込みながらその場に伏せた。するとその頭上を
「うっ!」
粘性のある空気の塊が通過していった。
顔だけ上げてみると、プリーストは伸介が放ったのと同様の黒い魔弾を放っていた。俺は一回転しようとして――止めた。転がって回避するのはきっと読まれている。
「ふっ!」
俺は腕と腹部の筋力で身体を持ち上げ、そのまま自らを後方に放りだした。大きなバク転だ。足元スレスレを魔弾が通過する。
着地と同時、俺は膝を立ててしゃがみ込み、すかさず銃撃。しかしプリーストは、ふっと黒い霧になって、
「消えた……?」
直後、俺は自分の感じる殺気に従い、振り向いた。そしてそこに黒い霧が凝集していくのが視界に入った。
「そこだッ!」
ズバババッ、と秒速七発の弾丸が空を斬る。そして、当たった。
顕在化していたプリーストの左半身――健在の方だ――を捉えた弾丸は、しかし簡単に弾かれてしまう。
これでは、ギルと戦っていた時と同じではないか。
プリーストは長いフードをマントのように翻す。そして自らの甲冑部分をこちらに向けながら魔弾を放った。
「くっ!」
俺は自動小銃を投げ捨て、円盤型の盾を取り出した。プリーストの弾速は、秒速五発といったところ。伸介よりも遥かに連射性が高い。魔弾の圧力で、盾が押されてくるのを感じる。
もってくれよ……! そう思いながら、盾の陰で俺は拳銃を取り出した。盾の陰から銃口を突き出し、魔弾の来る方へと撃ち返す。当たっているか否か分からないので、連射はできない。
しかし、
「んっ……」
魔弾が止んだ? ついにプリーストにダメージを与えたのか?
俺はそっと盾の陰から顔を出した。しかし、その先にプリーストの姿はない。
『上か!』と思い、銃口を頭上に向けようとして、一つの違和感を覚える。
プリーストの立っていた砂場の砂塵が偏っているのだ。その砂塵は、向かって左側へと流れていく。
そうか。俺が敵を見失った時、頭上を見上げる癖があるのを読まれたのだ。もしプリーストが左に駆け出したとすれば、襲ってくるのも左側――そう思って盾を左側にかざそうとしたその時、
(遅いな)
「ッ!」
盾が弾かれた。銀色の甲冑のつま先によって。
尻餅をついた俺に向かい、プリーストは一本の剣を俺の喉元に突きつけた。ゾッとするような冷気が、俺の冷や汗を一層確かなものにする。
それは、ちょうど伸介が持っていたのと同じような剣だ。言うなれば魔剣。黒々としたオーラに包まれ、しかしその隙間からは真剣ならではの銀色の光沢が見て取れる。
(貴殿の負けだ、剣斗。これが実戦でなかったことに感謝するがいい)
カタン、と思いの外軽い音を立てて、盾が遠くのアスファルトに落ちる。
(今日はここまでだ)
そのあまりに呆気ない終わり方に、
「待てよプリースト!」
と、ついタメ口を叩いてしまった。しかしプリーストは、何事もなかったかのように去っていく。だんだん姿が黒い霧になっていく。そして――消え去った。
「くっ……」
俺が奥歯を噛み締めていると、
「無礼な!!」
ギルが叫んだ。驚きと怪訝さの入り混じった表情で振り返ると、
「プリーストの存在が、辛うじて『この宇宙』をキングの手元から引き離そうとしているんだ! それを知っていながら、貴様!!」
「だったら何なんだよ!?」
俺は勢いよく立ち上がった。
「プリーストがそんなに大事なら、彼の護衛になればいいじゃないか! メリナのことなんか、放っておけよ!」
「なっ!!」
絶句するギル。
俺はついつい、メリナに言及してしまった。
唐突につっかかってきた心底ギルを、思いっきり傷つけてやりたかったのだ。そのために、ギルが何としてでも守ると言っていたメリナを感情論に混ぜ込んだ。
しまった、言い過ぎた。嫌な汗が背中から滲んでくる。
それを感じたその時、
「ギルも剣斗も聞いて」
淡々と、メリナが語り出した。
「ギル、あなたには選択権がある。誰のために護衛をし、誰のために戦うか。今選び直してくれても構わないよ」
今度は俺が絶句する番だった。
「メリナ!?」
ギルが慌てて歩み寄る。そして膝をつき、メリナと目線を合わせてその両肩に手を載せた。
「私はあなたを守るべく志願してきたのですよ? それを、こんなどこの馬の骨とも分からぬ男に否定されて堪るものですか!」
「剣斗も、そんなに怒らなくていいんだよ」
「……!?」
呻き声が俺の喉から漏れた。メリナは初めて会った時と同じ、エメラルドの輝きをその双眸に湛えながら、
「この前のことは忘れて」
俺はすぐさま理解した。『この前のこと』とは、メリナが俺のことを好いていると告白してくれた時のことだ。
「私のせいで皆が争うんだったら、私は私一人で生きていく。ずっと両親を殺され続けて、次に殺されるのが私の番になった、っていうだけ。だから二人とも、無理はしないで」
『ちょっと待って!』とか『メリナ、もう少し話を!』とか、いろいろな声が聞こえてくる。いずれもギルが発したものだ。しかし、メリナは全く意に介さない。その小柄な体躯で、しかし圧倒的存在感を放ちながら、メリナは去っていく。
全く、今日はどこに泊まればいいんだ?
※
「それは言い過ぎたね、剣斗くん」
「は、はあ……」
ギルをその場に残し、俺が向かったのはハーディ博士の研究室だった。
あれだけの暴言を吐いておきながら、のこのこと屋敷に戻ることはできまい。それでいて、俺たちの関係において中立的な立場の人間なら頼ることができるのでは。そう思ったのだ。
「ギルは儀礼を本当によく重んじるからねえ。メリナちゃんやプリーストに対する君の言動が気にくわなければ、そりゃあ怒りもするさ」
『あ、コーヒー飲むかい?』という気楽な声に、俺はややあってから首肯した。
博士は俺に背を向けながら、
「君はギル・シャンティスという人間の心に踏み込み過ぎたのさ。私の方が彼女とは知り合ってから長いし、どこで自分が折れるべきか、君よりは把握しているつもりだ。ま、若いうちはなかなかそこまで頭が回らないだろうけど」
俺が視線を落とし、無言を通していると、
「両手に華だったのに、いっぺんに枯らしてしまうとはね。君も罪作りな男だ」
「そっ、そんなんじゃないですっ!」
と荒げかけた俺の声は、差し出されたコーヒーカップによって相殺された。
博士も腰を下ろし、俺たちはしばし無言でコーヒーに口をつけていた。
先ほどから気づいていたが、博士は何やら腕時計を気にしている。どうしたのだろう。何かまた会議か何かがあるのだろうか?
「おっと、相談相手が来たようだよ。色恋沙汰なら、彼女ほどの適任者もいないだろう」
「え? それって誰のことを――」
と言いかけて、俺も気づいた。この車のスキール音は、あいつだ。
「ハーディ博士、遊びに来ましたよ~。って、剣斗? こんなところで何やってんの?」
「若菜か……」
突然の若菜の登場に、俺は驚けばいいのか呆れればいいのか頭を抱えてしまった。
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