第22話

「若菜、お前は一体何しに来たんだ?」

「何よ、来ちゃいけない?」


『失礼しちゃうわね』と一息ついてから、若菜は視線を俺から逸らした。博士と目を合わせながら、


「ハーディ・ロック博士、プリーストからの連絡です」

「うん。読んでくれ」


 その時の博士の顔つきは、まるで別人だった。

 穏やかさは綺麗に吹き飛び、眼鏡の向こうから刺すような視線を若菜に向けている。

 対する若菜の表情も真剣そのものだ。このような時事連絡に慣れているのだろう。


「一週間後、キング・クランチの大部隊がこの街に襲来します。敵は全く自分たちの行動を隠そうとはしていません。逆に、すごい数の手段で情報収集を図っています。鳥、虫、風、光、あらゆるものに索敵魔術をかけたり、分析に利用したりしながら我々の準備の次第を探っています」

「ふむ。これではお互い手札を見せながらババ抜きをするようだね。最後の最後までカードは切られ続ける」

「……犠牲者が増えますね」


 そう言う若菜も唇を噛み締めている。


「その件に関してプリーストは何と?」

「敵軍は西方の森林地帯からやって来ると読んでいます。ですから、強力な攻撃魔法が使える戦士たちを中央と側面に配置し、距離が遠いうちから一気に迎撃せよと」


 なるほど。西方と言えば、『俺のいた宇宙』では自然豊かな多摩方面にあたる。きっと山中や森林地帯に、人ならざる者たちが潜んでいるのだろう。


 敵の勢力については、九百から千とのこと。俺が先ほど聞かされたのと同じだ。

 いつの間にか、俺も話にのめり込んでいた。


「敵の攻撃魔術のリーチは分かりますか? 俺たちの方のリーチが長ければ、それだけ先制攻撃を仕掛けられる」

「そうだな。これは『各宇宙』の地球から来た将軍たちと、また会議を持つ必要がある。敵はまだ攻めては来ないんだろう、若菜?」

「はい。戦力温存のため、すぐには動けない状態だそうです」


 博士は両腕を腰に当て、何度か頷いた。


「突然ですまないが、剣斗くん」

「はい?」

「君にも戦ってもらいたい。できるか?」


 俺は即答を避け、顎に手を遣った。


「そう、ですね……」


 自分がこの前のように、戦線に立つところを想像する。

 給弾係が数名いてくれれば、俺一人でそれなりの数の敵を倒すことができるだろう。

 だが、俺にはどうしても戦わなければならない相手がいる。


「新山真治は、俺が引き受ける。それでいいんですね?」


 視界の隅で、若菜の肩がぴくりと震えた。しかし博士は構わずに、『そういうことだ』と断言した。


「知っての通り、今の真治くんは完全にキングに忠誠を誓っている。心酔していると言ってもいい。そして次回の襲撃で、最もこちらに被害を及ぼす可能性の高い標的だ。それを剣斗くんに引き受けてもらいたい」

「分かりました」


 今度は即答できた。俺が真治を倒す――と見せかけて、あいつを正気に戻す最後のチャンスだと思ったのだ。しかし、


「なら、私も剣斗のそばで伝令として待機します」

「若菜!?」


 俺は驚いた。


「だってお前、戦えないんだろう!?」

「伝令よ。どこにいたって必要でしょ?」


でも、どうして若菜が……。それを尋ねるべく口を開こうとしたその時、


「あー、そうだそうだ!」


 目を上げると、いつもの穏やかさを取り戻した博士がわざとらしい声で


「若菜、剣斗くんが相談したいことがあるそうだ。乗ってあげてくれ」

「え? ちょ、博士?」

「コーヒーは飲み放題だ。ごゆっくり」


 そして再び穏やかな笑みを浮かべ、博士は奥の研究室へ引っ込んだ。


         ※


 若菜の食いつきは予想以上だった。戦争の話をしに来たのに、何故人の人生相談に乗っているのか。それは、


「ま、あんたも真治も、あたしからしたら大事な友達だからね」


 ということによるらしい。

 それならばと、俺は思い切って尋ねてみた。


「真治の気持ちには気づいているのか?」


 すると若菜は、僅かに頬を染めてこくり、と頷いた。


「だって、あたしが死んだと思って自暴自棄になって悪の魔術師になっちゃったんでしょ? そりゃ、あたしだって……」


 確かに、思うところはあるよなあと俺も考える。

 真治は随分と酷い殺戮をしたとも聞いている。そのきっかけが、自分が死んだ『ように見せかけられた』からだとすれば。

 若菜の表情を見るに、責任を感じてしまっているのは明白だ。


「でも、真治はお前に告白したわけじゃないんだろ?」


 頷く若菜。


「なら、あいつが勝手に自棄を起こしただけだ。何もお前が責任を感じる必要はない」


 俺は軽く若菜の肩を叩いた。それでも若菜は俯いたまま。


「でも、あたしは真治の気持ちに気づいてたんだよ? 責任を感じるな、なんてそれこそ無責任だよ、剣斗」

「無責任、か」


 俺はメリナのことを思い出した。思い出さずにはいられなかった。俺に好意を寄せてくれたメリナ。そしてそんな彼女を共に守ろうとしてくれたギル。

 俺は随分と酷いことを言ってしまったのではあるまいか……?


「剣斗、少し出かけない? こんなところに籠っていても、気が滅入ってくるだけよ」

「出かけるっていっても……」

「行き先は任せて」


 少しばかり明るさを取り戻し、若菜は言った。


         ※


 俺と若菜は階段を上がり、ビルのメインエントランスから出た。

 そこには、前回俺を運びに来たのと同じ車が停まっていた。

 若菜プラス自動車。待てよ、これって……。


「ちょっと待て若菜、俺、博士に酔い止めを――」

「いいから乗った乗った!」


 若菜は俺を後部座席に押し込めるようにして、自らは運転席に収まった。


「よっしゃ! 飛ばすわよ!」

「お、おい! 制限速度は守って――」


 そこから先の急発進に、俺は言葉を失った。


 数分後。

 本当に車をぶっ飛ばしてきた若菜は、


「ほら、着いたわよ剣斗! さっさと起きて!」

「お前、人を洗濯機に叩き込むような真似しやがって……」


 俺は酷く揺さぶられて、窓ガラスにぶつけた後頭部を擦りながら車外へ出た。

 一体俺はどこに連れてこられたんだ?


「あれ? ここって――」

「まさか忘れてないわよね?」

「そ、そりゃあ忘れてないが……会議場だろ?」


 こんなところで何をするのか。また会議があるのか? でも、だったら博士が同行しないのはおかしいのではないか。

 俺が首を捻っていると、


「さ、入った入った!」


 俺の手を取って若菜が歩き出した。

 メインホールに入ったが誰もいない。大木が一本、植わっているだけだ。


「こんなところに一体何の用なんだ?」

(やあ若菜。遊びに来てくれたんだね)

(ええ。大変な目に遭ったわね、トプラ。怪我はない?)

(うん。プリーストが、僕を守るようにして戦ってくれたから)


『それはよかったわね』と告げる若菜。プリーストと話しているのと同じ、テレパシーのようだが、


「おい、誰と話してるんだ?」

「誰って、彼に決まってるじゃない」


 若菜はそう言って顎をしゃくった。大木のある方へ。否、大木の方へ。


「お前、木と喋ってるのか?」

(ごめんねプラト、ここに失礼な奴がいるんだけど)

(ああ、平気だよ。僕は『違う宇宙』から来た人たちの中でもイレギュラーだからね)


 笑うような気配すら伝わってくる。それに対して若菜は、ため息をつきながら


「剣斗、あんた知ってる? 『私たちのいた宇宙』でも、植物に精神エネルギーの場があることは証明されてるのよ? 同じ生き物なんだからね、私たち」

(あー、悪かったな、えーっと、トプラ?)

(そう言う君は石崎剣斗くんだね? 若菜やメリナからはよく聞いていたよ)


 メリナの名前を出されて、俺は胸に痛みを覚えた。


(何か悩んでるんだって?)

(そう。こいつ、大切な護衛対象の女の子を、酷く傷つけてしまったんですって。何とか言ってやってくれないかしら?)

(少し君自身の気持ちを聞かせてもらえるかい、剣斗くん?)


 俺は恥ずかしさと、木に語りかけるという奇妙な感覚に囚われながら、思念をトプラに送り始めた。

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