第23話

(なるほど、要はプリーストの言動に怒った剣斗くんの言動と、それに対するギルの態度に問題があるわけだ)

(まとめるとそういうことだな)


 俺は淡々と述べた。少し離れたところでは、若菜が壁に背を預けながらトプラの方を見つめている。


(失礼だったら悪いんだが……植物のトプラに、人間の感情が分かるのか?)

(まあね。多少は喜怒哀楽があるし、心も動かされるからね。感情移入だってできる)

「そうそう、『トプラのいた宇宙』の地球上では、主導権を握っていたのは植物だったのよ」


 俺は眉を上げながら、若菜の方を見遣った。視線をトプラに戻し、


(動物はいなかったのか?)

(まさか、ちゃんと生きていたよ。でも、『君たちのいた宇宙』の人間からすれば、下等な動物だったと言わざるを得ないね。せいぜいバクテリアや微生物の段階で進化を終えていた。生命体の進化は、精神的ネットワークを持った僕たち植物が一番だったようだ)


 俺はふっと息をつきながら、片手を顎に遣った。

 

(トプラ、どうして君だけがここに?)

(メリナが転移させてくれたんだけど、その時にはもう『僕たちの宇宙』は……)


 キング・クランチの手に落ちていた、と。


(僕は動けないからね。この会議場に住まわせてもらっているんだ。メリナたちが助けに来てくれたのはギリギリだったから、同類は僕一人だけだ)


 俺はふと、両親を失った時のことを思い返した。


(寂しくはなかったのか? 自分一人だけ生き残ってしまって……)

(そりゃあ寂しかったさ)


 あり得ないことだとは分かっている。だが、俺には確かに、プトラがため息をついた気配が感じられた。


(でも、今は君たちがいる。戦うことはできなくても、君たちの盾にはなれる。あまり気にしてもらう必要はないよ)


 なるほど。どこかで通じるだろうと思い、俺は何度か首肯するに留めた。


(だいぶ話がずれてしまったね。ごめんよ、剣斗くん)

(いや、俺もトプラのことが分かってよかったよ)

(話題を最初に戻すけれど――)


 トプラは樹齢二百歳。彼らの種族――と言っても彼以外は皆殺されてしまったが――の中では随分若い方に入る。


(そんな長い時間で見たら、仲直りする機会なんてたくさんあるよ。今は落ち着いて、感情を平たくするんだ)

(ひ、平たく……?)

(君たちは二十歳前までの何年か、精神的に不安定な時期があるそうだね。傷つけあうことも多いだろう。でも、僕は思うんだ。そんな不安定さが、時には強力な刃になると。戦いでそれを発揮するためには、やはり責任を感じている方が先に反省するべきだ。来たるべき戦いのためにね)


 俺は自分の怒りや驚きが、すうっと頭から抜けていくような感覚を覚えた。

 

(俺はあまりにも酷いことを言い過ぎた)

(ふむ)

(でもメリナもギルも、許してくれるかどうか……)

(だから言っただろう? 傷つけあうことも多いだろうってね)


 俺はしばし黙考した。しかし考える中身は、何といって謝ればいいかということだった。こちらから謝ることは、もはや前提になっている。


「若菜、メリナの屋敷に送ってもらえるか? 法定速度で」

「りょーかい。じゃあね、トプラ。また来るわ」

(ああ、待っているよ、二人とも。作戦会議で会おう)


         ※


 会議場から出て、駐車場へと向かう途中。

 

「あんたのほうから謝ろうだなんて、随分と変わったわね、剣斗」

「そうか?」


 首を傾げる俺に一瞥をくれながら、若菜は


「だって剣斗、小さいころからずっと頑固者だったじゃない。こうと決めたら譲らない。でも決して傲慢、ってわけじゃない。自分が、皆のために正しいと思ったことを貫き通す。だから融通が利かないっていうか、扱いに困るっていうか……」


 何? 『扱いに困る』?


「何だか俺が雑に非難されてる気がするんだが」

「そう?」


 若菜は軽く肩を竦めた。


「あんな剣斗、あたしは好きだったなあ」

「ぶふっ!?」


 危うく俺はつまずくところだった。


「な、お前、さらっととんでもないこと言いやがったな!?」

「だからさあ」


 若菜は俺の前に回り込み、後ろで手を組みながら


「好き『だった』って言ったじゃない。現在形で伝えようと思ったら、あたしだって少しは時間と場所を弁えるわよ」

「あ、そ、そうか……」


 俺は安堵感と虚無感の両方を覚えた。

 その反動で、つい余計な口を利きそうになったが止めておいた。

『今は誰が好きなんだ?』と尋ねるのは、あまりにも野暮だろう。誰でもいいけど。


 その時、ガシャガシャと金属の擦れ合う音がした。リズミカルに近づいてくる。振り返ると、赤紫の甲冑姿が目に入った。


「ギル……」


 突然の遭遇に、俺の身体に緊張感が走る。

 しかしギルは、俺の目の前で立ち止まって兜を脱いだ。軽く息を切らしている。そしてあろうことか、その場にひざまずいてこうべを垂れたのだ。


「すまなかった、石崎剣斗」

「ど、どうしたんだ、急に?」


 俺は思わず後ずさったが、ギルは口以外ぴくりとも動かさない。


「よくよく考えたのだ。お前はプリーストがいかに重要な人物なのか、まだ理解してなかった。しかしこれは、『違う宇宙』からお前を招いた私とメリナがきちんと説明しなかったからだ。申し訳ない」

「……いや、俺も言い方があんまりだった。悪かったのは、俺の方だよ」


 するとギルは、ぱっと目を上げた。美麗な顔がその双眸で、俺を見上げてくる。


「許して、くれるか?」


 いつかと同じ台詞を口にするギル。俺は彼女を真っ直ぐに見下ろす。そして思わず息を飲んだ。

 不安げで、いつもの気丈さを失ったギル。それは思わず、守ってあげたくなるような異性の態度だった。いわゆるギャップ萌えというやつか。


「許してはもらえないのか?」


 おっと、ギルに見とれて返答していなかった。


「ゆ、許すよ! 俺は自分の中で、自分が悪かったと反省してるんだ。頼むから立ってくれ」

「そうか。ならば……」


 ギルはゆっくりと立ち上がり、


「メリナのそばにいてやってほしい。お前を一番必要としているのは、彼女だ」

「ああ、分かった。今どこにいる?」

「屋敷の中の自室だ」


 俺はギルに向かって大きく頷き、


「若菜、飛ばしていいぞ!」

「全く、調子のいい奴ね!」


 そう言いながらも、若菜の口元は綻んでいた。


         ※


 若菜に降ろされて、俺は屋敷の前に立った。結界に守られているが、俺は顔認証で門をくぐることができた。

 念のため、インターホンを鳴らす。

 すると、屋敷の中で誰かが動く気配がして、


(どなた?)

「俺だ。剣斗だよ」

(あっ、剣斗!)


 たったったっ、と誰かが屋内を駆けてくる音がする。軽い玄関が内側から引き開けられ、


「剣斗!」

「お、おう」


 突然現れた少女を前に、俺は一瞬怯んでしまった。それだけ酷いことを、俺は言ったのだ。

 するとその緊張感が伝播したらしい。メリナの笑顔にも翳りが見えた。


 玄関そばの、早咲きの梅の木が微かに揺れる。

 するとメリナは『まだ寒いね』と一言。


「入りなよ、剣斗。暖房はついてな――」

「俺が悪かった!」


 俺は思いっきり頭を下げた。メリナとの距離がもう少し狭かったら、それこそ強烈なヘッドバットを喰らわせることになっていただろう。

 頭を下げたまま、俺はメリナがつっかけたサンダルの先端ばかりに視線を集中させた。

 緊張からか、視界がやけに狭まって見える。


 何とでも言ってくれ。

 俺は思った。

 こんな戦士の風上にも置けないような奴、引っ叩くくらいの気合いがあっても――。


 と思った瞬間、


「がっ!?」


 後頭部に鈍痛が走った。メリナの足運びから、彼女が俺に肘鉄を喰らわせたことが分かった。分かったが、予想外でもあった。

 大したダメージではないが、痛いものは痛い。


「メ、メリナ……」


 俺が顔を上げようとした次の瞬間、


「!」


 俺の背に、メリナの両腕が回されていた。


「待ってたよ、剣斗」

「あ、ああ……」

「ギルとも仲直りしてくれたんだね?」

「ああ」

「よかった……」


 それから先は、メリナがただしゃくり上げるばかりで会話にならなかった。

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