第24話
翌日。
訓練場になっている砂場の上にて。
(昨日は失礼しました、プリースト)
(む? 何のことだ)
(あなたに対して、無礼を働いたことです。ギルとメリナが教えてくれました。いかにあなたがこの宇宙で必要とされているのかを。それなのに、俺は……)
するとプリーストは、僅かに顔を歪めたような気がした。しかしそれは、微かに喜色を含んだもの。
(そんなことを気にしておったのか?)
(それだけではありません。メリナやギルのことも傷つけてしまって――)
プリーストも、見学に来ていたメリナもギルも押し黙った。
(申し訳ありませんでした)
するとすぐに、
(顔を上げよ、石崎剣斗)
カクカクと目線を上げる俺。相変わらずプリーストの顔は闇に覆われ、その表情を窺うことはできない。
(わしは自画自賛というのは大嫌いだ。だが、剣斗がこの世界を正しく認識し、学んでいこうと言うのであれば、わしは止めはせぬ。むしろ、どんどん学んでほしい)
その声の中に真摯な気配を感じ取った俺は、
(ありがとうございます、プリースト)
と告げて立ち上がった。
(では、本日の訓練を始める。参るぞ)
俺の胸中から安堵感が消し飛んだ。俺は慌てて自動小銃をプリーストに向け、躊躇いなく発砲した――がその直前、プリーストは黒い霧となって消えた。
昨日のように、俺は三百六十度、殺気が迫る気配を感じ取ろうとした。しかし、
「ん?」
殺気は感じられない。まるでプリーストがこのフィールドからいなくなってしまったかのようだ。
眼球だけを動かして、周囲の異常を探る。右にも左にも敵影はない。改めて視線を中央に戻した、その時だった。
地面が輝いていた。あれは――魔方陣か?
俺が腰を下げながら魔方陣に近づくと、
「うっ!?」
ゴゴッ、といって地面が揺れた。続いて、強靭な鞭を思いっきり振るったような鋭い打撃音がする。足元がぐらつき、慌てて飛びのくと、魔方陣を中心に地面が割れているのが見えた。
呆気に取られた俺が次に殺気を感じたのは、上方。そこには、
(遅いぞ、剣斗!)
魔弾のエネルギーで形作られた大きな鎌が迫っていた。俺の首を刈り取る軌道で、背後から刃が迫りくる。
俺は舌打ちしながら策を練った。上方と後方からは魔術のエネルギーが、前方には地割れが迫っている。こうなったら……!
判断に要したのは〇・三秒ほど。俺は『動かない』という選択肢を取った。その場に伏せたのだ。俺のヘルメットを、鎌が掠める。身体を反転させ、そんな鎌の軌道を見ながら、俺は自動小銃を連射。
しかしプリーストは、鎌を自らの掌に吸い込むようにして跳びすさる。まるで見えない壁がそこにあるかのように、空気上を真横に蹴って、だ。
プリーストがそばに下りてくるだろうという俺の読みは、見事に裏切られた。
背後で地面が陥没するのが感じられる。同時に俺は背部から盾を取り出し、陥没地に嵌った自身の身体を魔弾から守った。
再び目だけを動かして、殺気の根源を追う。すると、数メートル先にプリーストが下り立つところだった。俺にはその姿が、スローモーションに見えた。
「そこだッ!」
俺は寝転がりながら銃撃。プリーストの身体の中心線を、頭部から腰部にかけて縦に裂くように弾丸を叩き込む。
しかし、
(甘い!)
背後からの思念にはっとして振り返ると、殺気は間近に迫っていた。
そうか。幻覚を見せられたのだ。一瞬俺の視線が外れた時に、プリーストは『わざと動きの鈍い身代わり』を俺に見せた。無論、そこに実物はいない。しかし俺は、ついついそちらに気を取られてしまった。
そう悟るのに、恐らく〇・五秒はかかったはず。その時点で、自動小銃はプリーストに蹴り上げられていた。
俺はホルスターに手を伸ばしたが、遅かった。甲冑に覆われたプリーストの拳が、俺の頬を打つ方が早かったのだ。
「たかが殴打くらいでッ!」
言いながら、今度こそ俺は拳銃を引き抜いた。しかし、俺の上半身は完全にプリーストの脚部のリーチ内にあった。拳銃も蹴飛ばされ、メリナの足元へと転がっていく。
「あっ、剣斗!」
身を乗り出したメリナをギルが制する。直後、俺は側頭部を蹴り飛ばされ、意識を失った。
その直前に耳に入った『やはりまだ甘いな』というプリーストの言葉だけが、ぐるぐると俺の脳内を回っていた。
※
言うは易し、行うは難し。
まさにそんな日々が続いた。プリーストの『姿霧散の魔術』と『周囲の空間変異の魔術』には随分と苦しめられた。プリーストは姿を消し、気配をなくし、時には殺気さえ封じる。代わりにトラップを残しておいて、攻める時は情け容赦なく攻める。
だがそれでも、何とか俺は判断に要する時間を短くし、魔術に対抗できるように腕を磨いていった。それは『今までいた宇宙』での訓練とはやや異なるが、基本は一緒だ。
敵から目を離さない。見えなくても気配を感じ取る。
前後左右、そして上下にそれを行うことで、俺にも『魔力の流れ』がうっすらと感じられるようになってきた。言ってみれば、プリーストが『姿霧散の魔術』を使って身を隠しても、その残像を追うことができるようになったのだ。
(決戦の時は近いぞ、剣斗)
(はい……)
息を切らしながら応じる俺。
今思えば、プリーストに盾突いたのは、彼が毅然として眩しく見えていたからなのかもしれない。SATの、それも外郭九課にいたからといって、こうまで自らの身を削るようにして訓練を施してくれる人間はいなかった。
決戦三日前の訓練を終えた俺の前で、プリーストは水晶玉を覗き込んでいた。どうやらプリーストの思念に応じて消えたり現れたりするものらしい。
(ふむ……。敵の動きは早いな。訓練は以上だ)
(はい……。明日もよろしく――)
(その必要はない)
え? もういいのか?
(まだやれます!)
(無茶を言うな、剣斗。身体中あちこちが疲弊しているのが手に取るように分かるぞ)
そう言われてしまっては、反論するだけ無駄だ。
(石崎剣斗、貴殿は本当によくやった)
そう言いながら、プリーストは微かにフードを傾けた。端正な顔つきの方が見える。そこには穏やかな表情が浮かんでいた。
(ギル、明日と明後日は気配を読む訓練だけを剣斗に授けてやってはくれまいか。武器はいらん)
(かしこまりました、プリースト)
するとプリーストは水晶玉を浮かべ、どこかに安置するような所作を取った。ふっと水晶玉は消え去り、どこかへと送られる。恐らくはプリーストのセーフハウスだろうか。
(後は休息し、イメージトレーニングに励むのだ。『貴殿のいた宇宙』でも言われておったろう、剣斗? 想像力は大事だと)
(はい。仰る通りです)
プリーストは大きく頷いて、
(では、解散。諸君の健闘を祈る)
俺たちは、霧散していくプリーストの姿に向かって深く頭を下げた。
※
翌日の作戦会議には、俺も出席することになった。
若菜の車に乗せてもらってやって来た俺、メリナ、ギルの三人は、取り敢えず円形に配された座席のうち、一番外側の席に着いた。
周囲には人間が大勢いた。ところどころ姿は異なるが、『言われれば確かに人間』というくらいの差異だ。こうして見ると、いかにトプラが特別な存在なのかが分かる。彼は植物体であるのだから。知性レベルはさほど変わりはしないと理解するのに、さして時間はかからなかった。
司会進行は額に小さな角を持つ人間が務めた。作戦参謀はプリーストだ。特に俺たちにとって真新しい情報はなく、会議はつつがなく進んだ。
(決戦は明後日明朝だ、諸君)
プリーストは思念で呼びかけた。
(ここにいる全員の健闘と生還を祈念する)
こうして俺たちの戦闘準備は整った。
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