第25話

 作戦当日。

 あたりには霧が立ち込めていた。まるで主戦場となる東京都西部を覆い隠すかのように。

 その東部、二十三区にあたる範囲では、人間、主に俺と変わらない人種の者たちが避難を完了している。今頃、房総半島北部に設けられた避難所で事の推移を見守っているはずだ。


 俺たちのキング・クランチ迎撃部隊は、主に四つの分隊に分かれた。

 一つ目は前衛。ただし、気配を消すことと接近戦に特化した者たちだ。

 二つ目は後衛。遠距離攻撃魔術のスキルを得た者たちで、敵の主力を誘い出すことを目的とする。後衛部隊には俺も含まれていた。

 三つ目と四つ目は側面を固める部隊。彼らもどちらかと言えば接近戦を得意とし、敵を挟み撃ちにすることを主任務とする。だが、必要とあらば敵の接近を妨害したり、後衛まで下がって合流したりすることも考えられている。その司令塔にはギルが選ばれた。


「よっと……」


 俺は多摩方面を見渡せる高層ビルに上がり、天井で狙撃用ライフルの最終整備にあたっていた。狙撃用にして対戦車性能を有する、敵からすれば凶悪極まりない兵器だ。

 正直、これがメリナの屋敷にあるのを見た時は、俺も驚いた。射程二キロを誇るコイツで、俺は敵軍を叩けるだけ叩く。


(準備はよいか、剣斗?)

(大丈夫です、プリースト。霧が濃いですが、赤外線スコープを使えば問題ありません)

(うむ)


 プリーストもまた後衛だ。彼は魔方陣を『飛ばす』ことができる。

 通常の魔方陣は、描いてからその場で作用するものだ。しかし彼の魔方陣は、描かれてから地面はおろか、空中を移動させることさえできる。つまり、彼の意志次第で、どこにでも『地獄』を創ることができるのだ。それに、プリーストは作戦総司令官として前衛には出づらいという都合もある。


 こちらの軍勢はざっと百名強。一人十人を相手にする必要がある。しかし俺には、『重要な一人』を相手にする義務があった。


「真治には分かるのかしら? あたしたちの場所」

「ああ。奴は必ず来る」


 そばで監視に当たっていた若菜に、俺はそう答えた。前回もそうだったのだから、防御結界を張っていない俺の位置などすぐに分かるだろう。

 

 プリーストがこの場にいる以上、誰もがテレパシーの送受信が可能ではある。しかし、プリーストが呪文詠唱中は、それもできなくなる可能性がある。自分の足で駆け回る伝令が、どうしても必要だったのだ。


「でもあたしたち、これでよかったのかしら?」

「どういう意味だ?」


 振り返らず、射撃体勢を取りながら俺は尋ね返した。


「元々『伝令が必要だ』って言い出したのはあたしと剣斗でしょう? それは真治を説得して味方に引き戻すためだけれど、皆に迷惑はかからないかしら?」

「大丈夫だ。よっぽど押し込まれない限り、ここまで敵の魔弾は届かない。真治が来ても、俺が守ってやる」

「やっぱり自信家で頑固者なのね、剣斗」


 少しばかり嫌味を含んだ若菜の口調に、俺は振り返って


「それは褒め言葉か?」

「単純な事実の陳述よ」


 そして俺たちは微かに笑みを浮かべ合った。


         ※


 午前九時ちょうど。まるで推し測ったかのようなタイミングだった。


(諸君、我が使い魔が敵の動きを捉えた。来るぞ。後衛の者たちは、敵を察知できたものから即座に攻撃を開始しろ)


 言うが早いか、プリーストの描いた魔方陣が、霧の向こうに吸い込まれていく。

 真っ赤な魔方陣。火属性のようだ。俺がスコープを覗き込むと、ぱっと視界が白くなった。魔方陣が炸裂したのだ。人のような、それでいて異形の影が映り込む。オークたちが焼かれているのが見える。


「若菜、離れろ! 俺も攻撃を開始する!」

「分かったわ!」


 ビルの屋上で、改めて腹ばいになってスコープを覗き込む俺。プリーストは大まかに敵を蹴散らすことを選択したようだ。

 ならば俺は。

 ドオン、という通常の銃器には非ざる重低音が響き渡る。スコープの向こうで、馬上のオークの頭部が消し飛ぶのが見えた。拳銃よりもずっと重い遊底を前後させ、次弾を装填。このビルの階下からも、味方の魔弾が飛び始める。

 すると、敵もただの的になるつもりはなかったらしい。向かって横方向に散らばり始めた。この広い幹線道路の両脇の、森林地帯へと身体を滑り込ませる。明らかに、前回より作戦指揮も統率も執れていた。

 俺は呼吸を整え、右翼――こちらから見て左方向の森林に入ろうとするオークたちを狙撃した。一発の弾丸が一体の敵を貫通し、背後の敵の腹部をも破砕していく。

 俺が右翼を攻撃し始めたのを見計らってか、プリーストは向かって右、左翼に魔方陣を飛ばし始めた。それは時に炎、時に氷、時に電撃であり、確実に敵を葬り去っていった。

 しかし、


「……ん?」


 俺は見た。

 味方の放った魔弾が、オークの鎧に弾かれている……?


 これまでの魔術師部隊とオーク部隊の戦闘というものを、俺は詳しくは知らない。だが、敵もそれなりの準備をしてきたということか。


(実弾兵器を使ってください! できるだけ銃火器を!)


 俺は皆に促したが、


(まだ射程に入らない! 銃器も爆弾も、もう少し敵を引きつけてからだ!)


 という思念が流れ込んでくる。


 俺は舌打ちをしながら、次のオークに狙いを定めた。発砲。ヒット。続けざまに倒れゆくオークたち。だが、段々と貫通効果は望めなくなってきていた。敵が『薄く広く』展開し始めたからだ。これでは、一体ずつ狙撃するのとさして変わらない。プリーストの『まとめて消し飛ばす』攻撃も効果が上げづらくなってきている。テレパシーを中継するだけの余力はないようだった。


「若菜、伝令だ! こちらも側面の森林地帯での戦闘に切り替えるよう、前衛に伝えてくれ!」

「了解!」


 若菜は屋上下へ向かう非常階段へと駆け出した。


 敵はと言えば、真っ直ぐに狙撃できる者はもうほとんど残っていない。俺も屋上から下りて後衛の実弾部隊に入るべきだろうか。

 いや、と内心かぶりを振って、俺は考えを改めた。

 俺は真治の相手をするよう、務めを与えられている。この場を動くよりは、真治を待って現状を見計らっていた方がいいだろう。


 そう思った、まさに次の瞬間だった。


「剣斗おおおおおおお!!」


 俺は声のした方を見た。それは目の前の下方、ビルの階下から聞こえてくる。

 まさか、と思って下を覗き込むと、


「ぐっ!」

「ぎゃあっ!」


 味方の魔術師が無残にも斬り捌かれていくところだった。ビルの外壁を、垂直に駆け上ってきた真治によって。

 俺はバックステップして、屋上淵から距離を取る。対戦車ライフルは放棄した。

 得物を自動小銃に切り替えた俺は、声のした方に向かって銃撃した。が、どうやらここは、霧散の魔術を使った真治の攻撃範囲内だったらしい。慌てて振り返ると、軽く息を切らした真治が実体化するところだった。

 俺が射撃を躊躇った一瞬の隙をつき、


「うっ!?」


 真治の腕が俺の腕に絡みついた。今や真治の右腕は、黒々としたオーラを放つ鞭のような形態となっていた。

 俺は軽く跳んで一回転、何とか真治の腕を振りほどく。


「真治、その腕は……!」


 十分な距離を取り、拳銃をホルスターから抜きながら俺は尋ねた。尋ねずにはいられなかった。悪の道に走ったとしても、真治は俺の親友なのだ。

 連れ戻してやる――。その一心だった俺は、何の説得もなしに事態が殺し合いに発展するのは避けたかった。

 そんな俺の心中を知ってか知らずか、真治は


「いい腕だろう?」

「最低の趣味だな」


 唾棄するように、俺は言い返す。


「ならこれはどうか、なっ!」


 勢いよく伸介の右腕がしなる。俺はこの異様なモノを先に倒そうと、鞭に向かって銃撃した。しかし鞭は、伸介本体を守るかのようにうねり、こちらの弾丸を通さない。

 俺はバックステップと横転を繰り返し、打たれるのを回避する。

 しかしその時、俺の背中に何かがぶつかった。俺はいつの間にか、屋上隅の貯水タンクにまで誘導されていたのだ。

 俺は今入っている弾倉の弾丸を、全弾撃ち切った。しかし、鞭はそれを弾き続ける。やがて、弾丸は呆気なく尽きた。


「ここまでだ、剣斗ッ!!」


 異様に引きつった笑みを浮かべる親友を見ながら、俺は脳みそをフル回転させた。

 ここまでなのか……?

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