第20話
「メリナ、取り敢えず俺はどこで寝起きすればいい?」
「今度はちゃんと部屋を貸してあげられるよ。こっち」
メリナに先導されるようにして、俺たちは屋敷の中へ。
一旦入ってしまえば、屋敷は勝手知ったるものだった。どこに何が展示してあったかを思い出せばいい。
「寝室がこっちで、トイレはそこだな?」
「そうそう。一応、武器庫はここを使わせてもらってるの」
「ここにも武器庫があるのか……」
俺は肩を竦めながらも、銃器の並んだ部屋を覗き込んだ。ここには、かつて戦乱の世で使われた鎧や刀、弓矢などが置かれていたはず。その部屋が『この宇宙』でも武器庫にされているとは。やはり平行世界だけのことはある。
「流石に今日は疲れたな。二人とも、先に風呂にでも入ったらどうだ? 上がったら知らせてくれ」
「剣斗は?」
「俺はこのあたりで武器の整備をして待つよ」
俺は早速武器庫に入り、ショットガンを手に取ってみた。ううむ、近接戦闘では心強い武器だ。が、散弾だけあってリーチは短いしな……。
俺が黙考している間、
「じゃあ先に入ろう、ギル!」
「今日も一緒にですか? メリナもいい加減、大人になりませんと」
「だって、ギルはお風呂の時も武器持ってるじゃない! 私を守るためなんでしょう?」
「そ、それは……。はあ、仕方ないですね」
「わあい! お風呂、お風呂~!」
二人分の足音が遠ざかっていく。
「……」
俺はショットガンをラックに戻した。
「……気が散って整備どころじゃねえ!!」
全く、年頃の男子の前で何て話をしてるんだ。主にメリナ。
「はあ……」
まあ、防御結界はかなりの強度だと言われたし、すぐに武器が必要となることもあるまい。俺はいつものように、拳銃と弾倉二つをチョイス。あてがわれた寝室に向かった。
八畳ほどの畳の間に、布団を敷いて座り込む。布団は高級旅館で出てくるような清潔感を保っていた。両親と旅行に行った時のことが思い出されるが、それも過去という川の向こうだ。
俺は弾倉に弾丸を込め、リロードからの弾倉交換や、懐からの取り出し具合を試した。いつもは二、三回で終わるのだが、今日は何度も何度も繰り返した。
理由は二つ。一つは、伸介より早く攻撃体勢をとらなければならない、という義務感から。もう一つは、
「にしても遅いな……」
誰も俺に風呂が空いたことを知らせに来ない。女性は長風呂だと聞いてはいたが、いくら何でも長すぎだろう。
(おーい、メリナ? ギル?)
テレパシーを飛ばしてみるが、応答はない。もう風呂からなどさっさと上がって、二人とも寝ついてしまったのだろう。
俺は一つ、ため息をついてから障子を開け、部屋にあった着替えとバスタオルを持って風呂場に向かった。
「全く、風呂から出たら声かけるって言い出したのは……」
あ、俺か。そんなことを考えつつ、俺は脱衣所の扉をガラリと開けた。
次の瞬間、メリナとギルの二人と目が合った。いや、合わせざるを得なかったのだ。
二人はちょうどバスタオルを身体に巻こうとしている途中であり、途中ということはその隙間から裸体が見えてしまうということであり、俺としてはそんなつもりはなかったのだけれど、緊張で動けなくなってしまった。
この場合、見ていて許されるのは顔だけだろう。それだけでも、ほんのり上気した二人の顔は確かに色っぽかったのだけれど。まあそんなことを思いつつ、俺はテレパシーについて考える。
そうか。テレパシーが使えたのは、プリーストがテレパシー能力保持者であり、中継点となってくれていたからなのだ。先ほどまだ入浴中だという思念に応答がなかったのも、そのためだろう。
……ってそんなことは今はどうでもいい。
メリナの絶叫、俺の悲鳴、そしてギルの投擲した手裏剣が俺の頭部を掠めたのは、まさに次の瞬間のことだった。
※
翌朝。
清々しい空気、青空の元、メリナののどかな声が響き渡る。
「やっぱりギルの作る鮭の塩焼きは最高だね!」
沈黙。
「この肉じゃが、お袋の味っていうのかな? 味が染みてて美味しいよ!」
沈黙。
「あ、お味噌汁に人参入ってる……。ギル、取ってあげるから代わりに食べない?」
「そんなことを言っている場合ではありません!!」
痺れを切らしたギルが声を張り上げた。
「全く、戦士ともあろう者が異性の裸体を覗こうなどと……」
「いやだから違うって!!」
俺も怒鳴り、左右に腕を引き延ばした。ギルの主張を拒絶するように。
そんな中、メリナだけは楽しげに食事を続けている。
「ギル、もう許してあげたら? 剣斗も反省してるみたいだし」
「ああ、そうだとも!」
「これから一緒にお風呂に入りたい時は、前もって言ってくれるって! まあ、許してあげないけどね!」
俺は危うく茶碗に額を叩きつけそうになった。
「許可されるも何も、そんなこと誰も頼まねえよ!」
するとギルはバン! とちゃぶ台を叩き、
「二人とも、食事は静かに済ませなさい!!」
最初に叫んだのはお前だろうが。と思いつつ、ちゃぶ台返しをされなかったことに幾ばくかの安堵感を覚える。
「剣斗、食事は迅速に済ませろ」
「だったら鮭の塩焼きってどうなのよ? 骨取るのが大変だろ?」
「メリナ、人参も残してはいけません!」
「えー、だって美味しくないんだもの……」
俺は半ばやけっぱちになり、
「あーっ、もういい! いただきます!」
俺は勢いよく茶碗を引っ掴み、白米を掻っ込んだ。鮭、肉じゃが、味噌汁と順番に食べていく。確かに美味い。美味いんだが、この状況は気まずい。
俺が目だけ上げてギルの方を見ると、ギルは味噌汁の碗に口をつけるところだった。
すると突然、ギルはぽっと顔を赤らめた。な、何だ何だ?
ううむ、昨日の『事故』はやはり人の冷静さを奪っているのかもしれないな。しかしギルともあろう戦士が今だに動揺しているとは。何だか申し訳なさが増し増しになった気がする。
俺たちが食事を終え、ギルが食器を下げようと腰を上げたその時だった。
(メリナ、ギル、剣斗。朝食を終えたところだな?)
俺たちは同時にぴくりと肩を上下させた。プリーストだ。
(今からできるだけ早く、武装して昨日の砂場に来るのだ)
(あ、ちょっと待っ――)
と言いかけて、俺はプリーストがテレパシーの回線を切ったのを感じた。
一体何をしようと言うんだ?
メリナと目を合わせると、彼女も首を傾げた。次にエプロン姿のギルを見遣ったが、目を合わせる前に視線を逸らしてしまった。微かに頬が染まっているように見えたが……。やはり昨日の一件の影響か。
いつも強気なギルがこんな態度を取っていると、俺も少しばかりドキリとしてしまう。
……だから何を考えているんだ、俺は。
俺は自分の側頭部に拳骨を喰らわせ、やましい考えを追い出した。
※
(到着まで十分か。明日からは五分にするのだ)
プリーストは開口一番、そう言った。
「で、ご用件は? プリースト」
少しばかりの皮肉を込めて、俺は口頭で応じた。
(あなたが直接我々を呼び立てるとは、只事ではありませんね?)
(その通りだ、ギル)
プリーストはすっと頷いた。その顔はフードにすっぽりと覆われ、昨日のように髑髏姿を見せることはない。
(一週間後、キング・クランチの軍勢がこの街を襲うであろうことが分かった)
「!」
また来やがるのか。
「この前みたいに追い払うのか?」
(そう簡単にはいかん)
プリーストは顔を向けることなく告げた。
(部隊編成も規模も違う。前回は五十の小隊だったが、次は九百から千の大部隊だ。こちらからも攻め込まねば、一方的にやられるぞ)
今回は規模が大きかったために、事前に察知できたのだという。
「こちらの戦士の数は?」
(多く見積もっても五十名ほどだろう)
昨日の会議場襲撃が痛手となった形だ。
(そこで貴殿の訓練をするぞ、石崎剣斗。貴殿も対魔術戦闘を学ばねばなるまい)
「え、お、俺?」
俺が左右を見渡すと、メリナもギルも納得したように頷いていた。
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