第10話
俺はメリナの前を歩きつつ、周囲に視線を巡らせた。
繰り返される既視感。まあ、昨日から受けた説明を思い返せば納得がいく。ここは主に俺たち人間の住む地球であって、そうそう変わりはしないはずだからだ。
だが、それでも『異様なもの』に目が引きつけられるのはどうしようもなかった。
パトランプを鳴らしながら上空を飛行する円盤型ドローン。
ヴァーチャル・リアリティ装備と思われる眼鏡をかけた人々の一団。
自動でビルの窓ガラスを清掃する腕の長い重機。
「何か随分進んでるんだな、ここって」
軽く振り返りながら呟くと、メリナは
「いろんな宇宙から技術を吸収しているからね。剣斗のように、『別の宇宙』の地球人たちを連れてくると、いきなり科学的なブレイクスルーが起きることもあるの」
「ふうん……」
と、その時だった。
「メリナ、ハーディ博士に連絡を入れた方がよろしいのでは?」
「あ、そうだねギル。よいしょ……」
俺は一旦歩みを止め、背後でリュックサックを漁るメリナに振り返った。そしてメリナが取り出したのは、
「なあメリナ、何だ、それ?」
「えっ? 何って、携帯電話だけど?」
俺は思いっきりズッコケそうになった。
「何で携帯が家電と同じサイズなんだよ!?」
「剣斗のいた地球では違うの? やっぱりもっと大きくないと駄目?」
「逆! 逆だよ! 俺の携帯なんて……」
そう言って、俺は懐から自分のスマホを取り出した。
「な、何それ!?」
「携帯電話だよ。写真を撮ったり、インターネットに接続したりもできるけどな」
「カメラは? カメラは必要ないの!?」
俺はため息をつきつつ、
「こいつ一台で何でもできるんだ」
と言って画面をスクロールさせた。
「うわあ、ねえギル! 見て! この『すまほ』ってすごいよ!」
「なっ! 指だけで画面をそのまま操作できるとは! これは私も初めて見るものです、メリナ!」
「俺のいた地球ではどーってこともないただの機械だけどな」
すごいすごいと称賛されたが、彼女らはスマホだけでなくインターネットさえ知らなかった。いや、それらが実際にこの地球に存在していないのだ。なるほど、メリナの言葉通りなのかもしれない。
俺のいた地球では、魔法を使う頻度が極めて低いという。さしずめテレパシーか何かの代替物として、電磁波関係の技術が進んでいたということだろう。残念ながら、俺のスマホは『圏外』扱いだったが。
俺はこの街のメインストリートを紹介されながら、しばし周辺を散策した。特に変わったところはない。俺のいた地球と変わりないということだ。サラリーマンのスーツ姿も、主婦層の小母様方のオシャレな姿も、ツナギでほっつき歩いている若者の姿も、違和感を覚えるものではなかった。
「この辺りは、私と同じ人種の地球人の居住エリアなの」
とメリナ。
「ギルの居場所は? ここが人間の住むところだとすると……?」
「少し離れたところにエルフの居住地がある。エルフと人間の望む環境は違うからな。我々としては随分と手厚く扱ってもらっている気分だ」
なるほど。利害の衝突はなかったわけか。
「ギルのいた地球からは、十名のエルフが戦士として志願してくれたの」
「私も、いつ『自分の宇宙』が攻め込まれるか分からないとなると居ても立ってもいられなくなってな。メリナに誘われた時は、一つのチャンスだと思えたんだ」
俺が我ながら感慨深く、こくこくと頷いていたまさにその時だった。
「避けろ、剣斗!」
「ッ!」
歩道の電柱の根元が爆発的に盛り上がり、アスファルトと土壌を撒き散らしながら倒れ込んできた。
判断は一瞬。俺はわざと転んで腹ばいになり、転がるようにして電柱を回避。さっと立ち上がり、拳銃に手を伸ばす。水道管が破損したのか、水が噴き出す地面。その水を振り払うようにして現れたのは、
「ゴーレムだ!」
無事だったのだろう、ギルの声が聞こえる。しかしゴーレム? それってファンタジーの世界に出てくる、あの岩でできた大男みたいな奴のことか?
いや、今はそんなことはどうでもいい。問題は、こいつが俺たちを、正確にはメリナを狙っているらしいということだ。
地下から出現したゴーレムは、のっそりと穴から這い出てきて、ドン、と片足を踏み出した。地面のタイルにひびが入り、その重量感を嫌が応にも実感させる。身長は三、四メートルはあろうか。
その上方に、赤い光を発する二つの宝石が見える。あれが頭部か。
「私が片づける! ギルと剣斗はゴーレムを攪乱させて!」
一般人がパニックに陥りながら逃げ惑う中、メリナはそう叫んだ。
「し、しかしメリナ、あなたの体力は……!」
「気にしないで」
ギルの心配を一蹴し、メリナは呪文の詠唱に入った。
しかし攪乱と言われても、俺の拳銃では歯が立つまい。そう思って俺が後ずさった時、背後でふわり、と空気が動くのが感じられた。振り返って見ると、
「こ、これ……!」
武器庫にあった自動小銃がその場にあった。メリナが、まともな武装をしていない俺の身を案じて魔術で引き寄せてくれたのだろう。
「私が頭部に斬りかかる! 剣斗は奴の足を止めろ!」
砂塵の向こうから聞こえてきたギルの言葉に、
「了解!」
と俺は返した。
自動小銃を取り上げてセーフティを解除。脚部のうち、膝と思われる屈伸部分に銃撃を集中させる。するとゴーレムは、僅かにバランスを崩した。再び砂塵の中へと転倒。同時に、地面が揺れてオフィスビルの窓ガラスが割れて落下した。俺は慌てて身を翻し、これを回避する。
と、同時に、
「はあああああああ!!」
威勢のいい掛け声とともに、赤紫の甲冑が宙を舞った。もがいていたゴーレムの、まさに頭上で急転直下。日本刀の切っ先が、ゴーレムの頭部をかち割った。
目が見えなくなったゴーレムは、しかしそれでも暴れ続けた。無茶苦茶に腕を振り回し、千鳥足でなおメリナに近づこうとする。
敵の頭部に刺さったままの日本刀はそのままに、ギルは腰元からもう一本の装備を取り出した。短槍だ。
「ふっ! はっ!」
自在に跳躍と突きを繰り出すギルを見ながら、俺はその合間を縫うように銃撃を続けた。反対側の足元を狙う。すると、今度は真正面からうつ伏せにゴーレムは倒れ込んだ。
その頭上で跳躍し、日本刀を引き抜いたギルは、
「メリナ、今です!」
呪文を詠唱していたメリナはぱっと目を見開き、両の掌を重ねて前に突き出した。
そして、その先にいたゴーレムの身体がふっと浮き上がった。メリナの瞳と同じく、眩いばかりの緑色の光が、メリナとゴーレムの身体を包み込む。
次の瞬間、ゴーレムは外側から砂と石ころになってボロボロと零れ落ちた。
ギルの掛け声から、ほんの四、五秒のことだ。
ゆっくりと光が消え去り、メリナの身体も輝きを失った。その直後、
「メリナ!」
ギルが慌てて近づく。するとメリナは、糸の切れた操り人形のように前のめりに倒れ込んだ。ギリギリでギルがメリナを抱きとめ、転倒を防ぐ。
「おい、大丈夫なのか!?」
俺も急いで駆け寄った。周囲に敵がいないかどうかを確認しつつ、メリナのそばに膝をつく。メリナの瞳は閉じられ、四肢はだらんと垂れ下がっている。
俺は再び、
「なあ、メリナは――」
「大丈夫だ。昨晩からの疲れが出たんだろう」
俺ははっとして声のした方、背後に振り返った。
そして、そこに立っていた人物を見て思わず息を飲んだ。馬鹿な、こんなところに……!
「しん、じ……? お前なのか、真治!」
俺はただただ驚くばかりで、開いた口が塞がらなかった。
新山真治。外郭九課における唯一の行方不明者。
「真治、お前どうしてここに……」
と言いかけて、
「剣斗、伏せろ!」
そのギルの叫びに従うと、頭上を猛スピードで斧が飛んでいくところだった。しかし真治は、なんとそれを軽々と受け止めた。ちょうど柄の部分を掴むようにして。その間、彼は一歩も動いていない。
「今ここでお前らとやりあってもいいが、ボスの命令は偵察だけだ。ここいらでお暇するよ。だが、お前らの戦い方はよく見せてもらった。いい報告ができそうだな」
「真治、てめえ!!」
俺が銃撃を始めた瞬間、伸介の姿は霧のようにその場から消え去っていた。
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