第11話
俺は意外なほど、自分の息が上がっていることに気がついた。そして、愕然とした。
今のは真治だったのか? 少なくとも、俺にはそう見えた。
そして真治の顔に浮かんでいた不敵な笑み。キングという言葉。そして、どこか俺の胸をざわつかせる不気味な感覚。
真治と思しき人物は、霧のようになって消えてしまった。真治も魔術が使えるようになったのか? あいつは敵なのか? いやそもそも、どうして敵の手に落ちてしまったんだ?
「剣斗!!」
突然耳元で響いた大声に、俺はびくりと肩を震わせた。
「ギ、ギル……」
「何をぼうっとしているんだ! ここから先、忙しくなるから私はメリナとお前をハーディ博士に会わせなければならない。急げ!」
「あ、ああ……」
メリナをお姫様抱っこしたギルは、前方を警戒するように俺に促した。その間、俺が目にしたのは、先ほどまでは一般人に見えていた人々だった。いや、それが『この宇宙の』地球での一般人なのだろうが、今のゴーレム騒ぎに巻き込まれなかった人々が集まってきている。そして、負傷者を安全な場所に運び出し、呪文を詠唱し始めたのだ。
恐らく治癒魔術、ヒーリングでも施しているのだろう。なるほど、メリナが言っていたことが理解できた。『俺のいた宇宙』では、魔術が滅多に使われていないという話だ。俺たちなら、怪我の治療の前に救急車を呼ぶだろうから。
俺たちは足早にその場を後にした。向かう先は、
「なあ、ハーディ博士の研究室ってどこにあるんだ?」
「ここだ」
唐突な答えに、俺は慌てて立ち止まった。そこは、よく見かけていたオフィスビルだったのだ。
「こんなところで研究が――」
「静かに!」
ギルは甲冑の音を極力立てないようにしながら、俺の先に立って地下への階段を下り始めた。おずおずと、慎重に俺も後について行く。するとギルは、甲冑の隙間からカードキーを取り出し、さっとスキャナーに通した。メリナの別邸と同じ仕組みらしい。全く、ファンタジーなのかSFなのか、判別のつかない世界だ。
「ハーディ・ロック博士、ギル・シャンティスです」
《おお、ちょうどよかった》
スキャナー横のスピーカーから声がする。そんなに老けているような印象はなかった。
《今テレビで拝見していたよ。皆無事かい?》
「ええ。私と剣斗……新米戦士がゴーレムを片づけました。止めはメリナが刺したのですが、なにぶん宇宙間転移を行ったのが昨日の今日ですから、疲労がピークに達してしまったようです」
《了解。ギル、君はすぐに対策本部の会議場へ向かってくれ。私は説明が終わり次第、剣斗くんを会議場へ連れて行く》
「分かりました」
すると、ピピッ、という軽い音がして扉が開いた。
「やあ、お三方」
「お久しぶりです、ハーディ博士」
「ど、どうも……」
俺はおずおずと頭を下げながら入室した。そして、目の前の光景に圧倒された。
天井全体がプラネタリウムになっていたのだ。とても広い。
「うわあ……」
思わず見とれてしまった俺に向かって、
「君が石崎剣斗くんだね?」
俺は慌てて視線を戻した。
「はっ、はい!」
「ギル、聞いていたよりよっぽど若いじゃないか。これなら私もいろいろと教え甲斐があるというものだ」
「あんまりいっぺんに語り過ぎないでくださいよ、博士。剣斗にドン引きされても困りますから」
「分かっているよ」
博士は笑みを絶やさずにそう答えた。
歳は三十代後半くらい。外国人なのだろうか、金髪で青い瞳をしている。背は高く、甲冑姿のギルと同じくらいだ。
「ギル、悪いがメリナを医務室で寝かしつけてきてくれないか。私はコーヒーを淹れよう」
「私は結構です。すぐに対策本部へ報告に参らねばなりませんので」
そう言うギルに頷いてみせながら、
「剣斗くん、コーヒーは大丈夫かい?」
「え、ええ」
「では二人分だな」
と言って、博士はプラネタリウム部屋の隅にあるコーヒーポッドに向かった。コーヒーを淹れる所作は、俺のいた地球と変わらないようだ。
ギルはメリナを守るため、結界を張った。薄ぼんやりと青い魔方陣が浮かび上がり、ゆっくりと回転し始めた。これで一週間は、メリナの身は安全だろうという。飽くまで『見つからない』という意味だが。
ギルが立ち去る頃に、コーヒーは出来上がった。それまで俺は、ぼんやりと星々を見上げながら質問事項をまとめていた。せっかく『博士』なる人に出会えたのだから、説明を求めなければ。
「ハーディ博士」
俺は博士の背中に呼びかけた。すると
「何だい?」
という穏やかな応答。
「お尋ねしたいことが三つほどあります」
「ああ。大体察しはつくが、取り敢えず訊いてみてくれ」
俺はコホン、と空咳を一つ。
「今俺がいる『この宇宙』と、元々いた『前の宇宙』の間にはどんな関係があるんですか?」
「言ってみれば、パラレルワールドのようなものさ」
コーヒーカップを握りながら、博士は俺の座っていた椅子とテーブルに向かってくる。その眼鏡が一瞬きらりと光った。
「君はビッグ・バンという言葉を知ってるかい?」
「宇宙が生まれる時の爆発でしょう?」
博士は『その通り』と言いたげに俺を指さした。
「ではビッグ・クランチという言葉は?」
俺は首を横に振りかけて、止めた。確かメリナの言っていた『宇宙覇者』が『キング・クランチ』という名ではなかったか。
「何か思うところがあるようだね?」
「はい……」
博士は俺にビッグ・クランチとは何かを教えてくれた。曰く、宇宙が収縮して潰れてしまい、全てが――時間さえも――存在しない無に帰すことだという。
「今我々がいる『この宇宙』と君がいた『別の宇宙』は、ビッグ・バンとビッグ・クランチの繰り返しの中から生まれたものだ。私の計算が正しければ、『この宇宙』は二十から三十回目、君のいた『別の宇宙』は三十から四十回目のうち、いずれかのビッグ・バンで生まれたものだ」
「ふむ……」
「ただし、一度ビッグ・クランチが起こってしまえば時間も順番もなくなるわけだから、『この宇宙』は君にとって、遠い過去でもあり、未来でもあるわけだ」
俺は顎に手を遣りながら、視線を落として考えた。
俺の考えがまとまったことを察したかのように、博士は次の説明へと移った。
「しかし、だ。その節理を破壊し、あらゆる宇宙を従えて魔王にならんとする者がいる」
「それが、キング・クランチ……?」
すると博士は両目の眉を上げた。
「ほう! そこまで知っているんだね?」
「はい。『宇宙覇者』だとか何だとか……」
博士は一旦コーヒーに口をつけ、足を組み直しながら説明を続けた。
「奴は宇宙がビッグ・クランチで無になっても、その存在を維持することができる」
「え?」
俺は驚いて目を見開いた。
「だって、場所はないんでしょう? 時間さえないんだって、博士が言ったばっかりじゃないですか?」
「そこなんだよ、奴の厄介なところは」
これは君のいた宇宙でも観測されているだろうが、と前置きして、博士は続けた。
「宇宙の九十六パーセントは、未だ謎の物質、通称『ダークマター』によって構成されている。これが宇宙の均衡を保っているようなんだが、キング・クランチにはダークマターを吸収し、エネルギーに変換するという能力が備わっているんだ。『どの宇宙』における地球でも宇宙物理学という学問があるが、皆同じ計算を弾き出している」
「ふむ……」
古風な壁掛け時計の秒針の進む音が、穏やかに響き渡る。ふと、俺はひどく喉が渇いていることに気づいた。コーヒーカップに口をつけると、『俺のいた宇宙』のコーヒーと全く同じ味がした。少し濃い目だろうか。
「後は自然と会話の中で分かってくることがあるだろう。私からはこんなところだが……。どうだい、答えになっているか?」
「はい、概要は掴めたように思います」
すると博士は満足気に頷いた。
「では、二つ目の質問に移ろうか」
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