第12話

 博士の穏やかな瞳を見返しながら、俺は


「じゃあ二つ目……。この地球には、『違う宇宙』から来た人々が大勢居住しているんでしょう?」

「そうだ」

「どうやって選ばれてきたんです? 僕は『親和性が高い』なんて言われましたけど……」


 続けて? と博士はゆっくり促した。


「えっと……。その親和性が高いって、具体的にどういう意味なんです?」

「それも一種の魔術だ」


 またその言葉か。『魔術』……。


「誰かが『この宇宙』に呼び込まれる際、基本的な生活ができる程度の魔術が施されるんだ。『別な宇宙』の地球から呼び出す以上、彼らの呼吸器系や重力・気圧に対する耐久性は、この地球でも適用できる。ただ、魂というか……精神エネルギーの働きを呼び込むのにはコツがあってね。魂が上手く呼び込まれないと、姿を顕現させることができないんだ」

「じゃあ、『僕の元いた宇宙』でギルが戦えたのも……?」

「彼女には『自分の元いた宇宙』『この宇宙』『君の元いた宇宙』の、それぞれに親和性があったんだ。だからあれだけの運動性能が発揮できたんだろうね」

「なるほど」


 博士は眼鏡の弦を軽く押し上げた。


「ギルのように、キング・クランチ討伐に参加の意志表明をしてくれたエルフは三十四人いたんだ。だが、親和性の問題で結局十名しか『この宇宙』に来ることができなかった」


 俺は我知らず、膝の上に手を置いて博士の説明に聞き入っていた。頷きすぎたのか、少し肩が凝ったような気がする。

 だがそれよりも、俺の好奇心の方が勝っていた。身を乗り出す俺に、博士は『ただし』と続けて


「メリナ・ユニヴァ……。彼女はイレギュラーだ」

「と言うと?」

「彼女には、親和性の高い人間が『どの宇宙』の地球にいるかが察知できるんだ。だから君の前にも現れた」

「でも、だったらメリナが『どの宇宙』のどの人物を引っ張ってこい、って伝えればいいだけじゃないですか? 彼女自身が危険を冒してまで赴く必要はないのでは?」


 しかし博士は人差し指を立て、軽く振ってみせた。


「メリナの探知能力が活かせるのは、『どの宇宙』に戦士候補がいるか、ということだけなんだ。つまり、実際に会ってみないと分からない、ということだね。理由は分かっていないが、親和性の問題だと僕は睨んでいる」

「ふむ……」


 博士は立ち上がり、コーヒーポッドに向かいながら


「二つ目の質問の答え、満足してもらえたかな?」

「あ、はい……」


 マグカップにコーヒーの注がれる水音がする。


「それで、三つ目の質問だが――」


 と博士がいいかけたその時だった。

 チリリリン、と家電が鳴った。博士は慌てて部屋を横断し、


「私だ。ん、ちょっと待ってくれ。剣斗くんにも聞こえるようにする」


 博士が電話機のボタンを押すと、


《こちらギル。剣斗、聞こえているか?》

「ああ。よく聞こえる」

《どうやら敵にメリナの居場所がばれてしまったようだ。キング・クランチの腹心の部下が手出しにやって来る。すぐに私たちと合流して、迎撃の任にあたってくれ!》


 俺はギルの指示を詳しく聞いた。敵はまず、今行われている緊急会議の会議場を襲うつもりだ。地形的な問題だという。そこにどの程度の戦力があるか分からないが、敵の目的はそこを突破し、メリナを誘拐することだろう。


「博士、俺も行きます」

「分かった。その前に、一旦ついて来てくれ」


 博士は勢いよく踵を返し、俺をプラネタリウムの部屋の奥へといざなった。

 そこは、


「こ、ここもか……」


 立派な武器庫だった。メリナの別邸にあった部屋に勝るとも劣らない。

 

《今、ハーディ博士の研究所の前に車を向かわせました! 剣斗、急いで乗ってくれ!》

「りょ、了解! 博士、武器はどれでもいいんですか?」

「もちろん! それより、急いで選んでくれ!」


 俺は自動小銃の弾倉を四つ、手榴弾を三つをチョイス。手榴弾をコンバットスーツの胸元に装備した、その時だった。

 凄まじいクラクションが、入り口そばから聞こえてきた。


「随分と飛ばしてきたな、三木の奴……」

「三木?」


 俺はその名前に微かな違和感を覚えた。偶然の名字の一致か? それとも……。


「何をぼさっとしているんだ、剣斗くん! さ、早く行くんだ!」


 博士に促され、追い出されるような勢いで俺は外に出た。そして無造作に上を見上げて――ぞっとした。

 空が暗い。黒々とした空間に覆われている。雲や飛行船の影ではなく、思わず浮足立ってしまうような暗さが空を蝕んでいる。

 これが、キング・クランチの力なのか。


「何ぼさっとしてるの! 早く乗って!」


 その言葉に、俺ははっと目の前の自動車に目を遣った。四人乗りの、少し古風な自家用車だ。

 俺は後部座席に乗り込みつつ、


「どのくらい時間がかかるんだ?」

「あたしの腕を信じてくれれば、三分もかからないわよ!」


 そしてその瞬間、俺は先ほどの違和感の正体に気づいた。


「お前、いや、君は――三木若菜なのか?」

「今頃気づいたの?」

「だって、え? じゃあお前もメリナに導かれて『この宇宙』に……?」

「それ以外どんな方法があるのよ?」


 この挑発的な物言いに、俺は確信した。

 彼女は三木若菜。俺や真治のいた養護施設に、時々やって来ていた女子だ。

 俺と伸介がその運動能力を買われ、『国のために戦わないか』との誘いを受けたのが六年前。さらにそれ以前に、家庭内の問題でしばしば施設を訪れていたのが若菜だ。

 彼女が施設に入ることはなかった。しかし、彼女の両親が真剣な話し合い――今思えば、離婚の調停だったのだろう――をしている間、三人で一緒に遊んでいた。

 それからはずっと音沙汰がなかったが、まさかこうして出会うことになるとは。


 今の若菜はバッサリとした短髪で、以前よりもよほどボーイッシュに見えた。身長は俺と同じくらい。訊きたいことは山ほどあったが、


「さ、飛ばすわよ!」


 との言葉に相殺されてしまった。


「ッ!」


 身体が背もたれに押しつけられ、シートベルトが胸部に食い込む。そんな俺の状態を知ってか知らずか、見慣れたオフィス街を若菜は我が物顔で運転していった。 こんな目に遭うなら酔い止め薬を勧めてくれればよかったのに、と博士のことを思ったが、流石にそんな場合ではないのだろう。

 それよりも俺が不安を煽られたのは、どんどん暗くなっていく空の様子だ。暗雲が立ち込める、などという生易しいものではない。まさに空を食い破り、深淵の闇が広がっていくようだ。雷鳴が轟き、不気味な七色の光が蛇のように走っている。


「お、おい、大丈夫なのか?」

「あたしたちが間に合えばね!」

「俺たちってそんなに戦力になるのか?」

「焼け石に水だとしても、やるしかないわよ!」


 こんな男勝りなところは相変わらずだ。

 

 しばらく幹線道路を通り、大きなT字路に差し掛かったその時、


「見えた!」


 窓を開け、顔を出して俺も前方を確かめる。

 そこにあったのは、確かに会議場で使われるようなホールだった。『俺のいた宇宙』では屋内野球場だったが、今はどうでもいい。


「もうじき敵の先遣部隊が会議場に到着する! あたしたちは迎撃準備を!」

「了解!」


 急ハンドルを切り、若菜が車を止めたと同時に俺は外へと飛び出した。

 そこには、


「剣斗、こっちだ!」


 ギルが待機していた。今回は日本刀を使うつもりらしく、腰元に手を遣っている。


「若菜はひとまず会議場内へ! 我々は反対の出入り口から出て、迎撃態勢を取る!」


「了解!」

「了解!」


 二人で復唱したところで、俺たちは会議場になっているホールへと踏み込んだ。

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