第13話
突然飛び込んできた俺は周囲の皆を驚かせたが、俺自身も十分驚かされていた。
彼らが『違う宇宙』に住む地球人たちなのか。彼らの姿はぱっと見人間だったが、どこかが僅かに違っている。
「何をしている、剣斗! 迎撃に出るぞ!」
「お、おう!」
学校のグラウンド程度の円形の会議場。主に白い内壁で、ドーム状の造りになっている。半円形に湾曲したテーブルがあり、その先の円の中央部には大木が一本植わっている。
不思議なスペースだと思ったが、今はそれどころではない。俺は不思議な人々や大木から目を逸らし、肩にかけていた自動小銃を構えながら駆ける速度を上げた。
会議場の反対側から出ると、そこは住宅地だった。先ほどゴーレムと戦ったようなオフィス街ではないが、相変わらず既視感は感じられた。このあたりも、俺のいた地球と一緒なのか。
唯一違うのは、やはり空を覆いつくさんとする『影』がいることだった。
「ギル、弾丸はあんな上空には届かねえぞ!」
「敵は地上から攻めてくる! そんな気配だ!」
「確かか?」
するとギルは、とある人物の方を顎でしゃくった。そこに立っていたのは、一人の男性だった。僅かに俺やメリナのような『普通の地球人』とは異なる。
頭頂から真っ黒なフードを被っているので全身を窺うことはできない。しかし、手の指が六本あったのだ。どの指からも鋭い爪が伸びっ放しになっている。
彼の手中には、水晶玉が浮いていた。
(総勢五十。徒歩の者が三十、馬上の者が二十。どちらかは分からぬが、強力な魔術力を有する者が一人)
それは、不思議な声音だった。頭の中に直接入り込んでくるような。これがいわゆるテレパシーなのだろうか。
俺はその男性から目を外し、前方を見据えた。敵の姿はまだ見えないが、あの水晶玉には映っているのだろう。
すると全く唐突に、
(石崎剣斗殿)
「は、はい!?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
(念じるだけでよい。わしにはそれで通じる)
(あの、あ、あなたは……?)
(わしに名はない。敢えて言えば、『プリースト』とでも呼んでくれ)
テレパシーを介しているので、声音から男性――プリーストの年齢を推し量ることはできない。だが、その気配から相当な場数を踏んできたことは察せられた。
(貴殿に頼みがある。この会議場の屋上から、敵を狙撃してもらいたい)
(お、俺が……?)
(貴殿のいた地球からもたらされた銃器の技術は、他の地球から来た者たちの技術とは比較にならぬ。魔法と比べても、効率よく遠くの敵を倒すことができる。頼めるか?)
そうだったのか。俺は多少驚きつつも、それを押し潰すようにして
(わ、分かりました、プリースト)
と念じて振り返り、一旦会議場に戻った。ギルが何も言ってこないところからして、俺の行動は作戦に織り込み済みだったのだろう。
俺は階段を駆け上がり、会議場の屋上へ出た。ふっと肌寒い風が舞う。それが殺気を孕んでいるように思われたのは、気のせいではあるまい。
俺は自動小銃を狙撃モードに設定し、うつ伏せに寝そべった。そしてスコープを取りつけ、覗き込む。まだ敵の軍勢がやって来る気配はない。
普段なら地上侵攻部隊と連携を確認するところだが、この世界に電気通信は存在しない。俺はヘルメットを深めに被り直し、スコープを覗き続けた。
十分ほどが経っただろうか。スコープの先、木々に挟まれた小道に、砂埃が上がり始めた。間もなく視界に入ってきたのは、
(敵です! プリースト!)
(見えたのだな?)
(はい!)
いつの間に俺がテレパシーを使えるようになったのか、さっぱり分からない。だが、プリーストは俺に敵の捕捉を任せたのだ。役に立たなければ。
(距離は?)
(約九百メートル!)
(分かった)
メートル法が通用したことに安堵しつつ、俺は馬上の敵の頭部に照準を合わせた。だが、これは飽くまで近接戦闘用の自動小銃だ。敵を倒せるとしても、せいぜい射程は五百メートルくらいだろう。
俺がそれを伝えると、プリーストは『うむ』と肯定するような意志を送ってきた。
(では、我々の攻撃魔術の最大射程――四百メートルほどにまで敵が接近したら、貴殿も攻撃を始めてくれ)
(了解、プリースト)
それから先はあっという間だったはずだが、俺には先ほど博士と語らっていた時の方がよほど短かったように思われた。敵を眺めていながら何もしない、できないというのは息が詰まる。せいぜい風速に合わせて照準を絞ることくらいだ。
(タイミングを合わせましょう、プリースト。今から十秒カウントを。可能ですか?)
(うむ。遠距離魔術攻撃に優れた者たちの総意も一致している)
(では……)
唇を湿らせ、十、九と数え始める。
全身の血が、頭から足元へと引いていく。
ふっと息をつき、呼吸と指先を連動させる。
後は時間の流れに任せるだけだ。
(……五、四、三、二、一)
パァン、と火薬の弾ける音がした。が、それもすぐに雑多な魔術の放たれる音にかき消された。
スコープの向こうで、敵の黒い甲冑の頭部に真っ赤な華が咲いた。落馬してその死体が引きずられる。ほぼ同時に、極彩色の魔弾が一斉にこちらから放たれた。
「第二射、急げ!」
「陸戦隊、迎撃準備!」
「攻撃魔法が不得手な者は、直ちに後退しろ!」
俺は次弾を装填し、基本的に馬上の敵を狙撃した。その方が、この細い通路上を進む敵部隊の隊列を乱しやすいからだ。
当然、敵もやられてばかりではない。ある者は手を、ある者は杖を、ある者は呪文の詠唱を用いて反撃を開始した。敵の魔術攻撃は、俺にはレーザー砲やビームの弾丸のように見える。ただ、色は黒や青、紫といった暗い色のものが多い。
そこまで観察した直後、
「ッ!」
俺目がけて、魔弾が通過していった。俺はそれが発射される直前、転がるようにして避けたのだ。自分自身は無事だったが、自動小銃はというと
「!」
溶けて蒸発するところだった。しかし、俺にそれを見届ける暇はない。地上部隊が接近戦に入る前に、ありったけの武器を使い切る覚悟だった。
手榴弾を思いっきり投擲。敵陣の中央、やや手前に落ちて土埃を舞い上げる。もう少し近づくまで待たなければ。
俺は適宜横転を繰り返しながら、様子を見計らった。
「そろそろ届いてくれよ……!」
そう呟いてから、二個目、三個目の手榴弾を投擲した。ちょうど敵陣中央で爆散したそれは、一瞬の爆発の光によって敵の姿を浮かび上がらせた。あれは――オークとかいう奴か? 豚を二足歩行にしたような姿で、それぞれ斧や槍といった近接武器で武装している。甲冑というにはあまりに薄いが、真っ黒な防御服を着用していた。
ギルの甲冑には俺の銃撃は通じなかったが、この程度の防御服なら難なく破ることができる。あるいは、ギルの甲冑には防御系の魔術を施されているのだろう。
それは後々考えるとして。
俺は僅かに顔を上げて、住宅地での戦闘を見守った。あちらこちらで白兵戦が始まっている。これでは狙撃も爆発物の投擲もできない。味方を負傷させる可能性がある。
俺が歯噛みしていると、下方少し前方でギルが戦っていた。日本刀を握ったまま回転し、まとめて敵を薙ぎ払う。しかし、敵は人海戦術が主なのか、次から次へとやって来る。
すると、ギルは一度その場から退いた。ここぞとばかりに襲い来るオークの軍勢。だが、奴らの得物がギルを襲うより、遥かに早くギルは魔方陣を発生させていた。
真っ白に輝く円陣。その中央で跪くギル。
するとギルは落ち着いた調子で数歩後ずさった。そこに現れたのは――。
「ユニコーン?」
頭部に立派な角を生やした白馬だった。
ギルは颯爽とユニコーンに飛び乗り、再び自分を包囲せんとした敵の前方に突進。
一人と一頭の相性は抜群だった。ギルの日本刀とユニコーンの角は、あっという間に敵陣の中央に向かっていく。
ギルの後にも、立派な毛並の馬たちが続く。これなら、今回の敵は追い帰せるだろう。
俺は安堵からか、ゆっくり立ち上がろうとした――その時だった。
「暇なのか、剣斗?」
「!」
慌てて、しかし拳銃のセーフティを解除しながら俺は振り返った。
「真治、お前……!」
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