第14話

 真治は何も武器を持っていない。一見丸腰だ。しかしそれは飽くまで『一見』。黒く艶のないコンバットスーツに身を包み、黒いマントをなびかせている。その姿からは、一体どこにどんな武器を仕込んでいるのか分からない。

 俺は両手で拳銃を構え、無防備な頭部に狙いを定めた。が、すぐに引き金を引くことはできなかった。


「お前、本当に新山真治なのか?」

「そうとも」


 真治は両腕を広げてみせた。


「お前らしくないな、剣斗。躊躇いなく撃ってくると思ったんだが?」

「そりゃあな。俺も狐に化かされたような気分だ。まさか敵が真治の姿で襲ってくるとはな」


 すると真治はぷっと噴き出して、腰を折って笑い出した。


「何がおかしい?」

「おかしいも何も、おいおい、冗談よしてくれ」


 ひらひらと手を振って見せながら、


「俺は正真正銘、お前のダチの新山真治だよ」


 もし化かされていると確信できたら、すぐにでも射殺できるのに。俺は唇を噛み締めた。それほどに、目の前の相手は見れば見るほど真治に思えてくる。

 俺は肩を上下させ、ふっと息をついた。同時に、真治は敵なのだと認識を改める。拳銃の弾数は十六発。どれか一発でも眉間に当ててやれば、俺の勝ちだ。

 そんなことを考えていると、


「目つきが変わったな、剣斗」


 俺は沈黙を以て応じる。


「その猛禽類みたいな目、まさか俺に向けられる日が来るとは思いもよらなかったぜ」

「何故だ? 何故キング・クランチに味方する? お前だって、『自分のいた宇宙』を守りたいとは思うだろう?」

「それがそうでもねえんだ」


 真治は俯き、肩を竦めた。


「俺の両親は死んじまった。それがどれほど大変な事態なのか、理解するにはだいぶ時間がかかったな。けど、気づいちまったら後は簡単だった。俺はいつどこで死んでもいいと思ったんだ。だったら、できるだけスリリングな方が充実するだろう? そのスリルを、俺たちのキングは与えてくれたのさ」


 俺には、真治の目が黒い光を発したように見えた。正面から冷気がぞっ、と俺の頬を撫でる。

 視線を合わせ続けるだけでも、寒気がまとわりついてくる。

いつどこで死んでもいい、なんて嘘だ。何故なら真治、お前は……!


「そんなことで……」

「何だ、剣斗?」

「そんなことでお前は悪の道に落ちたのか? あれほど若菜のことを思っていたお前が?」


 その直後、真治の口元が歪んだ。苦虫を噛み締めるように。

 今までの余裕はどこへやら。がむしゃらになった胸中を隠さずに、真治は叫んだ。


「三木若菜は死んだ!!」


 俺は自分の耳を疑った。そんな馬鹿な。


「何だって? 俺はさっき出会ったし、話も――」

「そんな意味じゃない!!」


 何だ? 真治は何を言っている?

 俺の混乱を知ってか知らずか、真治は


「お前も若菜の元へ送ってやる!!」


 と言って唐突に右腕を差し出した。


「ッ!」


 俺は反射的に身体を左に転倒させた。立ち上がると、真治は再びこちらに右腕を突き出してくる。

 その掌に、黒みがかった紫色の球体が現れるのが見えた。それが掌を離れ、俺の頭部に向かって飛んでくる。俺はサイドステップでこれを回避。その時、灼熱感にも似た微かな痛みが頬に走った。この違和感からすると、皮膚が一文字に裂かれたのだろう。


「避け切れるか!!」


 ジュッと何かが燃え上がるような音を立てて、黒い光が真治の両手に宿る。それを見て、俺は身体を横に向けて駆け出した。拳銃を片手持ちにし、銃口を真治に向けて連射する。

 俺の背を掠めながら、真治の魔弾が空を斬る。俺が前転して真治の方を見ると、その身体が黒い霧になって消え去るところだった。が、


「!」


 俺の真横に殺気が現れた。気配がしたのだ。

慌ててそちらに銃口を向けたが、


「遅いな!」

「くッ!」


 気配のした方から、真っ黒なブーツが突き出された。俺の手を掠めたつま先が拳銃を蹴り飛ばす。

 横転しながらコバットナイフを引き抜くのと、黒い霧が真治の姿を取るのは同時だった。


「はッ!」


 俺は半ば霧状態の伸介の首元にナイフを突き出した。


「チッ!」


 今度は真治が舌打ち。僅かに人型を取り始めた霧が、再びすっと消え去る。その隙に、俺は拳銃の弾倉を交換した。同時に、考えを巡らせる。

 俺は、拳銃の弾倉の予備を一つしか持ってこなかった。つまり、あと十五発しか発砲できない、ということになる。

 それに対し、真治はあと何回魔弾を放つことができるのだろう? もしあのエネルギーが無限だとすれば、俺の勝率はぐっと下がることになる。


 真治が逃亡を図ったのではないことは明らかだ。この屋上には、今だに殺気が満ちている。俺の隙を窺っているのに違いない。


 一体どうしたら――。

 俺の額から流れた汗が、頬を伝っていく。俺は伸介に背後を取られないよう、わざと屋上ギリギリに立って前方を見回した。と、その時だった。


(後ろだ、剣斗!)


 プリーストの声。俺が慌てて振り返ると、円盤型の何かがこちらに放られてくるところだった。それは、ギルが使っていたのであろう円形の盾だった。


(スペアだ。使え!)


 俺はさっと振り返った。地面を見下ろすと、そこには相変わらず水晶玉に見入るプリーストがいた。そばには甲冑姿でユニコーンに乗ったギルの姿がある。俺は二人に大きく頷いてみせた。左腕、肘の辺りに装着する。

 その直後、ふっと湧き立つように殺気が俺の背後を取った。俺は左回りに思いっきり振り返る。そこには、


「てめえ、いつの間にそんな武具を……!」


 刀を俺に叩きつける真治の姿があった。タイミングが功を奏したらしく、盾は見事に真治の刀を受け止めている。いや、刀というには語弊があるかもしれない。先ほどの魔弾と同じ、暗黒のエネルギーに満ち満ちたサーベルだ。


 そこまで観察してから、俺は左腕から肘鉄を繰り出した。装着した盾と共に、真治のサーベルが振り払われる。

 真治は振り払われた勢いを殺さずに一回転。今度は俺の右側頭部を狙って襲ってきた。しかし俺は何の予備動作もなく、軽くローキックを繰り出し、


「うあ!?」


 真治の身体のバランスを崩した。前のめりに転倒しかける真治。

 俺は盾を押し出すようにして真治の顔面を殴打、そのまま突き飛ばし、屋上に転がる拳銃に向かってダッシュした。


「させるか!」


 真治は叫んだが、足は俺の方が速い。恐らくサーベルの形状を変えるためだろう、真治が再び魔弾を撃ち始める前に、俺はスライディングしながら拳銃をその手に取った。振り返りざまに盾をかざし、しゃがみ込んだまま魔弾を防ぐ。

 魔弾の射出速度は秒速一発、といったところか。十分だ。俺は真治が魔弾を撃ち出す隙に、彼に向かって右手の拳銃を連射した。

 しかし真治の行動もまた機敏だった。弾丸が彼を捉えた――と思いきや、着弾の寸前に再び霧状の姿に戻ったのだ。弾丸は虚しく空を斬り、真治の姿は見えなくなった。

 またこの状態か。

 俺はどこから襲われても対応できるように、屋上の淵にしゃがんで盾をかざした。残り六発の拳銃を、そっと覗かせる。しかし、


(戦いは終わりだ、石崎剣斗)


 プリーストの声が脳内に響いた。


(敵の気配は遠方に去った。そこにも敵はいない)


 彼を疑うわけではないが、俺は再度、自分の目で屋上を見渡した。確かに、うなじの毛が逆立つようなピリピリした感覚はなくなっている。


(我々と合流するのだ、石崎剣斗)

(りょ、了解です)


 俺はゆっくりと腰を上げ、屋上に出る階段へと向かった。

 足早に下りていくと、あちらこちらで治癒魔術のものと思われる魔方陣が描かれていた。

 手足を失った者、脇腹をえぐられた者、頭部からの出血が激しい者など、状態は様々だ。しかし、誰に対しても『見るのが辛い』という点では一致していた。

 これが、『この宇宙』での戦いなのか――。得体のしれないものに立ち向かうことに対する一抹の恐怖感が、俺の肩を震わせた。

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