第18話

 月光に照らされたプリーストの顔は、とても端正なものだった。吊り上がった目と、すっと伸びた鼻梁が特徴的だ。しかし彼の顔の特徴、否、本性はそちら側ではなかった。

 ざっとフードが脱ぎ取られた時、俺の目に入ってきたのは髑髏だった。整った顔立ちであるのは左側面。そこから右側面に視線を移す度、だんだん皮膚や肉を削ぎ落されたような骸骨姿が現れてくる。俺は目を逸らしたかったが、できなかった。それこそ、魔術で視線を固定されてしまったかのように。

 取り敢えず甲冑は着ているが、それもボロボロだ。そして右半身と同じように、甲冑の右半分は歪み、ひしゃげ、削れていて、とても実戦に耐えうるものには見えなかった。


「プリースト、あなたはどうしてそんな姿に……?」


 か細い声でギルが尋ねた。するとプリーストは


(呪いだ)


 と一言。


「の、呪い……?」


 おずおずとオウム返しをする俺に真っ赤な目を向けながら、プリーストは頷いた。


(周囲の混乱を防ぐため、ずっと内密にしていたが、君たち二人とメリナには伝えよう。わしはかつて、キング・クランチの側近であった)


「な……!?」


 声を詰まらせたのはギルだった。正直、俺も驚いてはいたが、どれほどそれが大変な事態なのかは把握しきれていなかった。


(しかし、ある時気づいたのだ。キング・クランチはやがて全ての宇宙を食い尽くす。『この宇宙』も『君たちのいた宇宙』も。だが、その結果得られるものは何だ?)


 プリーストは尋ねる、というよりも考えさせるような間を置いた。


(何もない。『無』だ。全てが『無』に帰してしまう。私は不意に、それが恐ろしくなったのだ)

(プリースト……)

 

 俺とギルは、どちらともなく呟いた。


(そうなる前に、キングを止めなければ。さもなくば、この次元だけでなく、全てのものが食い散らかされ、踏みにじられ、消滅させられてしまう。わしがキングに仕えていたのは、どこか我々を受け入れてくれる『宇宙』を探すのが目的なのだと思っていたからだ。あまりに魔力が強いからな)


 ここでプリーストは大きく深いため息をついた。


(しかしキングはある時から、暴飲暴食を始めてしまった。わしがそばで見ている限り、キングは少なくとも十三の宇宙を破滅させたのだ。もはやそこから新たなビッグ・バンが起こるとは思えない。ここは別次元、無を隔てた領域といっても、確かに生命が存在する『宇宙』であり地球なのだ。何としても守らなければ)

(それであなたはキングを裏切って『私たちの宇宙』へ……?)

(その通りだ、ギル)


 片足を踏み出すギル。対するプリーストは眉間に手を遣っている。


(もしキングが今取りつくとすれば、『この宇宙』であろう)


 これは直感に過ぎなかったのだが、と付け加えるプリースト。


(しかしわしの勘は当たっていたようだ。奴は『ここ』にいる)


 それからプリーストはキングを裏切った。しかしいくら強力な魔術師だとはいえ、キングたちとの戦いは壮絶を極めた。


(だからこのように呪いを受け続け、身体が崩壊しかかっているのだ)


 俺は相槌を打てる気がしなかった。ギルも同じく。


(雑魚を一蹴するのは、今のわしにとっても容易いことだ。しかし張本人であるキングを倒すには、わし一人では不足だろう。だからこそメリナには、『別な宇宙』に赴き、戦士を募ることを任せているのだ)


 キング・クランチを倒すためならば、仲間は多すぎるということはない――。

 そう伝えられた時、全く唐突に、俺は初めてメリナやギルと出会った時のことを思い出した。


「ギル、一つ訊かせてくれ」


 俯いていた顔を上げ、俺の言葉を待つギル。


「お前たち、確か言ってたよな。説明不足の人間を引き込んだら、えっと、確か――」

「それは『反乱者』だ」

「そう、そいつだ。何者なんだ?」


 するとギルは、ぱっと目を見開いてから視線を逸らした。 


「もちろん、説明はしていたんだ。『いろんな宇宙』からやって来た戦士たちに。しかし……」

「それを受け入れられない奴もいた、ってことか」


 するとギルは再び俯いた。微かに顎を上下させて首肯している。


「一体どんな奴なんだ、そいつは? 教えて――」

「新山真治だ。お前の友人の」

「……は?」


 俺は一瞬、視界が真っ白になった。それでも顔から血の気が引いていくのが分かる。


「理由は分からん。だが、私たちが転移させた人間でキング・クランチの元へ走ったのは、彼だけだ」

「じょ、冗談だよな?」

「事実だ」


 顔つきをいつものそれに直したギルは、真っ直ぐ俺を見てそう言った。


「新山真治は、キングの手によって魔術的処置を施され、今はキングの右腕にまで成上がっている。私たちの手落ちだ」


 すまない――。そう言ってギルは深く頭を下げた。しかし、驚きの連続で俺はもはや狼狽のしようがない。代わりに浮かんできたのは、真治の言葉だった。


「けど、俺が会議場の屋上で戦ってた時、あいつは妙なことを言ってたぞ」

「何と言っていたんだ?」


「若菜――三木若菜が死んだから、自分は耐えきれなくなって悪の道に入った、とか」

「それはあいつの勘違いよ、剣斗」


 その声にはっとして振り返ると、


「若菜! それにメリナも……」


 考え込んでいたせいで、二人の接近に気づかなかったらしい。不覚だった。

しかしそんなことはお構いなし――というか、些細な問題だったらしい。二人の少女は互いに目を合わせ、頷き合った。身を乗り出したのは若菜だ。


「そのことはあたしから説明するわ」

「そうだ若菜、お前、どうして『この宇宙』にいるんだ? 何があって――」

「ちょっと施設の先生と喧嘩してね。困らせてやるために、危険だって言われている廃棄区画に行ったのよ。そこでメリナとギルに出会ったの」

「本当なのか、メリナ?」


 するとメリナは無言で頷いた。

 しかし、若菜も俺と同じように、『元いた宇宙』よりも『この宇宙』の方に愛着があるようだ。確かに『両親に裏切られれば』そうもなるだろう。


「あたしはあんたや伸介と違って戦うことなんてできないから、使いっ走りをやらせてもらってるの。何もしないよりはいいでしょう?」

「まあ、そうだな……」


 落ち着きを取り戻した俺は、『それで?』と言って若菜に続きを促した。


「問題はね……。真治が、あたしを死んだものと勘違いしてるってことなの」

「は?」


 そんな馬鹿な。若菜は今、こうして生きて喋っているじゃないか。


「お前が姿を見せれば誤解は解けるんじゃないか? そうすれば――」

「そんな簡単にはいかないのよ、剣斗。『ドッペルゲンガー』って知ってる?」

「一応は」


 ドッペルゲンガーとは、自分と顔形の全く同じ人間、あるいはそいつと遭遇することだ。

 

「宇宙間転移先の『この宇宙』で、私は死んだのよ。正確には『私の立場にあった別人』なんだけれど」


 その事故はまさに真治の目の前で起きた。聞けば、メリナが魔弾を放って若菜のドッペルゲンガーを殺してしまったのだという。


「そんな幻覚を見せるくらい、キングには簡単なことよ。でも、私のドッペルゲンガーが殺されたのは事実。きっと真治は思ったでしょうね。メリナは敵だ、自分が加勢するべきはキング・クランチだって」


 そして復讐するためにキングに加担したのか。

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