第17話

 夕食後。

 既に空は真っ暗だ。俺は博士の研究室から出て、付近の公園に来ていた。砂場に踏み込む。


「なあギル、お食事は大変美味しくいただいたが、こんなところに何の用だ?」


 俺は多少の不満を滲ませながらそう言った。今のギルは甲冑を身につけてはおらず、薄手のコンバットスーツのようなものを纏っている。

 かぶりを振って相手の胸元から目を逸らし、俺は抗議した。


「流石に飯の後だ。何かするなら、もう少し後でも――」

「甘いな」

「何だと?」


 ふっと背筋が熱くなった。

 これでも俺は、七年間それなりに戦闘訓練を積んできた身だ。頭ごなしに『甘い』と指摘されるのは心外だった。


「怒っているか、剣斗?」

「まあ、それなりにな」 

「そうだな……。まあ、適当に怒ってくれ。ただ、平静さを失わない程度にな」


 からかってるのか? という疑念が持ち上がる。しかしギルの言葉は理に適ってはいる。適度な怒りは、士気の高揚に繋がるからだ。だが、そうして俺に何をさせようというのか。


「魔術が一般的に使われる『この宇宙』においては、敵がいつ来るか、『剣斗のいた宇宙』よりも計りづらいんだ。いつでも動けるようにしておけ」


 それはいつどこの戦士にしたって同じじゃないか。しかし、俺が抗議しかけたその時、

 

「ほら」

「おう」


 何気ない所作で差し出された、一本の棒。暗くてよく見えなかったが、


「気をつけてくれ、真剣だからな」

「ふうん……って何!?」


 俺は慌てて、しかしゆっくりと『それ』を目の高さに掲げた。


「ほら、実戦訓練を始めるぞ。早く抜刀しろ」

「く、訓練?」

「ああ、そうだ」


 俺が視線を上げると、ギルは竹刀のようなものを振るっていた。重さを確かめているようだ。

 俺もゆっくりと抜刀してみることにする。本物の刀を持つのは、これが二、三回目。それも訓練でのことだ。しかし以前持ったことのあるものよりも、それは遥かに軽かった。ちょうど、警視庁主催の剣道大会で用いられる竹刀と同じくらい。


「これは……」

「我々エルフが、『お前たちの宇宙』の技術を用いて鍛えたんだ。どうだ? 使えそうか?」

「ああ、でも――」


 次の瞬間、ギルの姿がかき消された。俺が瞬きをした、文字通り一瞬のことだ。眉をひそめた直後、


「!」


 俺は反射的に刀を頭上に振りかぶった。すると、


「うむ。流石だな」


 目の前に降り立ったギルが目に入った。跳躍から脳天をかち割る、十八番の斬撃。どうやら俺は、それを防ぐことに成功したらしい。が、


「うっ!」


 竹刀の切断された先端部が落ちてきた。俺が目だけを動かしてそれを回避しようとした瞬間、腹部に軽い鈍痛が走った。


「やはり、まだ甘い」


 ギルはリーチの短くなった竹刀で、見事に俺の脇腹――肝臓に当たる部分を捉えていた。俺はまんまと嵌められたのだ。

 

「おい、これは卑怯だぞ!」

「実戦に卑怯も何もあるものか」

「だってギル、お前さっき『訓練だ』って言ったじゃないか!」

「違う。『実戦訓練』だ」


 俺は露骨に舌打ちをした。言葉遊びかよ。やってられるか。


 しかし今度は、


「隙あり!」

「痛っ!」


 ギルは先の短い竹刀を放り投げ、俺の眉間に直撃させた。

 

「ほら、どんどん行くぞ!」


 どうやらここで実戦訓練をすることは、ギルの中では決定事項だったらしい。近くの草むらに屈み込み、そこから二本目の竹刀を取り出した。

『実戦訓練』ね。上等だ。俺は懐から拳銃を取り出した。密かに持ち歩くのに、ガンベルトは目立ちすぎる。

 だが一瞬、俺は躊躇った。立ち上がりかけたギルを撃つのは、それこそ卑怯ではないか。ギルは俺に真剣を持たせてくれた。つまり、実戦で使えるようにと考えてくれているのだ。そんな彼女を、無防備な姿勢だからといって撃つのか?


 だが、そんな考え、迷いこそが実戦での最大の敵だ。

 そう思い直し、俺は刀を捨てた。そして両手で拳銃を構え、


「二本目の竹刀だ。今度はちゃんと――」


 と言いかけたギルの正面から速射した。ギルの腹部を貫通する軌道で弾丸が放たれる。


「ふっ!」


 ギルは竹刀を捨て、大きくバク転した。

 だが、その挙動は甲冑姿の時と変わらない。

 俺は刻一刻と舞い上がるギルの身体を眺めながら、わざとタイミングをずらして発砲を続けた。ちょうど次の瞬間に、ギルの身体が射線上にくるように。

 ギルの瞳が驚きに見開かれる。そして、


「ぐっ!」


 当たった。コンバットスーツに垂直に刺さるような軌道で。しかし、幸い俺の持っていた拳銃はそうそう威力の高いものではない。これなら多少痛みはしても、怪我にはなるまい。

 ギルが着地するまでに、俺は一つの弾倉を使い切っていた。

十六発も使ってしまうとは。もっと狙いをつけられるようにならなければな。


 ギルは大きくしゃがみ込み、体勢を立て直そうとする。その隙に弾倉を交換した俺は、


「いくら強くたって、一本調子じゃ動きを読まれるぞ!」


 と告げた。銃口はギルの額にポイントされている。

 俺は自分の唇の端が、勝手に吊り上がるのが分かった。


(ではこれはいかがかな?)

「え?」


 突然脳内に響いた暗い声。俺が気配だけで銃口を向けようとしたその時、


「ぐあっ!?」


 突然襲ってきた痺れ。見えない鎖で全身を締めつけられたかのような感じだ。


「プリースト? どうなさったんです!?」


 ギルが叫ぶ。すると俺とギルの間に、ふっと影が現れた。俺の方に身体を向け、水晶玉を掌の間に浮かばせている。


(石崎剣斗、貴殿は銃の腕前は確かであろう。だが、戦に対する心構えはいかがなものか?)


 そのまま俺は宙に浮かべられた。だんだんと足先が地を離れていく。冷静にそう分析する俺がいる一方、突然の魔術攻撃に遭ったパニックが俺から落ち着きを奪っていく。


「はっ……なせっ……」

(よかろう)


 ふっと俺の身体の支えが消えた。重力に引かれ、呆気なく落ちていく俺の身体。俺は慌てて受け身の姿勢を取り、砂場の上を転がった。締めつけられていた首を擦りたかったが、そんな暇はない。

 起き上がりざまに拳銃を構えようとしたが、俺はわざと転がり続けた。頭を上げるよりは安全だ。しかし、そんな俺の回避など、プリーストには全く通用しなかった。


「ッ!」


 ヒュン、と空を斬る音がして、俺の腹部に何かが刺さった。

 刺傷であれば灼熱感を覚えるところだろう。だが、その傷はとても冷たかった。まるで俺の身体から熱を――生命力を奪っていくかのように。


「プリースト、あなたは戦士に何てことを!!」


 本当に、ギルの言う通りだ。突然引っ張られてきた俺は、ろくな武装もしていない。コンバットスーツさえ身に着けていないのだ。

 プリーストは、恐らく俺にも聞こえるようなテレパシーでギルを諭した。


(石崎剣斗……。この者は優秀な戦士だが、まだ若い。若すぎる。実戦での敗北や苦しみ、理不尽なことなどほとんど経験してはいないだろう)


 伝え終えるや否や、再び俺の身体は持ち上げられた。今度は寝そべった姿勢のままだ。


「くっ!」


 俺は自由の利く右手に拳銃を握らせ、プリースト自身に向けて撃ちまくった。しかし弾丸は全て弾かれる。甲冑を着ている時のギルを思い出したが、プリーストの細身の体躯から察するに、何も防御武装は装着していない。


 その直後、


「うわっ!?」


 また俺は地面に落とされた。今度は発砲するのに夢中で、受け身を取ることすらできなかった。


(止むを得ん。貴殿には、わしの本性を見せてやるしかないようだな)

(あ、あんたの……本性……?)


 すると、プリーストの両目が真っ赤に輝いた。爪の長い六本指の手が、そっとフードを取り払う。そして見えてきたプリーストの姿に、俺は、そしてギルも驚きを隠せなかった。

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