第35話

 全員が自らの得物を掲げた。

 俺は自動小銃、ギルは日本刀、プリーストは掌。他にも怪しい光を発する弓矢や、俺同様に火器を構える者もいる。


「おっと、今出ていくから、皆武器を仕舞った方がいいよ」


 その言葉を、皆は冗談かと思った――プリースト以外は。


(待て、攻撃するな!!)


 直後、球体から現れた人影に、これでもかと攻撃魔術が集中した。プリーストの思念が聞こえたのは、そばに控えていた俺とギルくらいだったらしい。


「攻撃を止めろ! プリーストの指示だ!」


 ギルが慌てて声を上げる。しかし時すでに遅し、だった。


(皆、伏せろ!!)


 すると、球体から現れた人影は霞んで消えた。幻惑魔術を使ったらしい。

 俺たちが視線を左右に遣ろうとしたその時、


「がは……!?」


 俺の隣にいたエルフの喉元に、発光する矢じりが刺さっていた。立ったまま絶命するエルフ。

 彼が倒れ込む間に、次々と魔術攻撃が俺たちに降りかかってきた。正確には、俺とギルとプリースト以外に。


「何が起こってるんだ、ギル!?」

「私にも分からない!」

(反射魔術だ!)


 プリーストの思念。


(自分の身代わりに攻撃を集中させ、その魔術的破壊力を反射する! 奴の十八番だ!)

「その通りだよ、プリースト。流石、僕の部下だったことはあるね」

(私は当時の自らの行いを悔いている。これ以上、貴様のために犠牲を出すような真似はせん!)

「じゃあその身体でどれだけ戦えるかな、っと!」


 霧散魔術などという生ぬるいものではない。影ができるよりも速く、キングは疾走した。弾丸より速いのではないかと思わせるほどだ。実体化している以上、ダメージは与えられるかもしれないが、霧散魔術よりも遥かに速く突進・停止ができる。

 コンバットスーツ姿のキングは、ふっとプリーストの前に現れた。それを読んでいたのか、プリーストは両腕を左右に開く。すると、プリーストを中心に淡い球状のフィールドが現れた。バリアのようだ。

 プリーストの腹部を狙ったキングの打撃。しかしそれはバリアにひびを入れて止まった。


「へえ、プリースト、君も腕を上げたね?」

(嬉しくもない)


 その横合いから、


「はっ!」


 ギルが斬りかかる。しかしキングはキングでバリアを展開した。例の赤い透明な壁だ。


「ギルさん、だっけ? 君も飽きないね。あれだけ深手を負わせたのに。さぞ痛かっただろう?」

「あんなもの、掠り傷だ!」

「それは威勢のいいこと――だッ!」


 キングはバリアを残し、大きく跳ねた。するとバリアを幾重にも空中展開。壁状になったバリアを蹴って、より高みへと上っていく。

 魔弾を連射してキングを追い込むプリーストと、キングの着地地点を読んで駆け出すギル。

 その時になって、俺はようやく気がついた。メリナが呪文の詠唱を始めていることに。

 ラテン語のような響きに振り返ると、生き残っていた仲間たちがメリナを囲んでいる。その隙間から、いつか見た淡いブルーの輝きが差してくる。ブラックホールを展開しようとしているのだ。


「剣斗!」


 ギルの声に振り返ると、キングは魔剣を精製していた。ギルが地上で迎え撃つ。

 俺はさっと自動小銃を構え、フルオートで連射した。相手がコンバットスーツを着ているからといって、衝撃までが相殺されるわけではない。これでキングの姿勢を崩すことができれば……! 

 しかし、


「これはこれは、石崎剣斗くん」


 俺の耳元で声がした。

 はっとして、俺はバックステップを試みる。すると、俺の頭部があった場所から風が吹いた。鉄でも切断できるのではないかというほどの、凄まじい風圧だ。

 俺は盾をかざしながら、必死に思考を展開した。

 こちらにいるキングは実体化している、つまり幻ではない。ということは、ギルに向かって降ってくるキングは偽者だ。銃弾に魔術は込められていないから、反射魔術も使えない。

 だったら俺が、こいつの眉間に一発お見舞いすればケリがつく。


 しかし、キングの打撃速度は半端なものではなかった。自らが台風の目になったかのように、両手両足が回転しながらあらゆる方向から襲ってくる。俺は盾で防御するのが精一杯だった――が。

 ガゴン、という打撃音がした。同時に、今までにない妙な感覚が腕から伝わってくる。


「おやおや、せっかくの綺麗な盾が凹んでしまったね」


 どんな魔弾でも弾き返してきた盾が、ダメージを受けている。俺は思いっきりバク転し、その途中で盾の様子を見た。

 キングの言う通りだ。盾がこちら側に、めり込むように凹んでいる。


「いつまで持ちこたえられるかな?」


 次のキングの強打で、盾にひびが入った。

 俺が動揺した次の瞬間、キィン、という鋭い音が響き渡った。キングのつま先が盾を蹴り上げたのだ。


「チェックメイトだ」


 俺は、蛇に睨まれた蛙よろしく震えあがった。あれだけの風圧を生み出す拳をまともに喰らったら、俺は……!

 思いっきり腕を引くキング。その顔には、相変わらず無邪気な笑みが浮かんでいた。

 眼球の黒目がすっ、と狭まるのが見える。

 キングの口の端がますますつり上がる。


 ここまでか――。俺は、視界が絶望という色に染まるのをはっきりと見た。

 人間、窮地に陥ると周囲のものの動きがゆっくりに見えるそうだが、今の俺がまさにそれを体現している。

 だが、待てよ。時間がこれほど妙な流れ方をするなら、俺にも回避するチャンスはあるのではないか。

 俺はバックステップを諦め、向かって右に思いっきり転んだ。転倒だ。身体のバランスを取るだけの時間は捨てた。ただただ無様にコケた。

キングの右拳が、俺の左頬を切りながら通過していく。回避したらしい。その直後だった。


「うあああああああ!!」


 唐突に鼓膜を叩いた絶叫。俺は石床の上を一回転して屈み、自動小銃を構えた。その先には、


「ぼ、僕の腕、僕の腕があああああああ!!」


 キングが喚き声を上げていた。ギルのいた方を見ると、ちょうどギルは何かを投擲するようなポーズを取っていた。向かって反対の石壁には、投擲物である日本刀が突き刺さっている。

 しかし、この距離で投擲された日本刀が、綺麗にキングの腕を斬り飛ばすものだろうか?


 いや、考えるのは後だ。俺はようやく自分の手中に戻ってきた愛銃を構え、ふっと息をついた。そして、ズタタタタタタタッ、と冷静に、情け容赦なく銃弾をキングに叩き込んだ。

 キングはまるで操り人形のように、身体を何度もびくり、と弾ませながら銃弾を受けた。自動小銃の弾倉が空になるまで。


 気づけば、俺は尻もちをついた姿勢で呆気に取られていた。腕には硝煙を上げる自動小銃が一丁。放っておいたところ、俺の腕は勝手に動き出し、弾倉を交換した。


(無事か、剣斗!)

(は、はい! プリースト、今のは……?)

(危なかったな、剣斗)

(ギルも大丈夫か? 一体何が……)


 聞けば、ギルは自分に向かってくるキングが偽者であることに気づき、窮地に陥っている俺を援護しようとした。

 しかし、手裏剣程度ではキングに痛手を与えることはできない。そこで半ば賭けのつもりで、手にした日本刀を放り投げたのだ。その軌道修正を、咄嗟にプリーストが行った。これは攻撃魔術ではないから、キングも反射魔術を使うことができない。

 結果、大きなダメージに加えてさらに大きな隙を見出だすことができた。

 今、キングは倒れたままだ。ぴくりとも動かない。


(これでキング・クランチを倒せたと言えるのでしょうか、プリースト?)

(……)


 ギルに返答しないプリーストに、俺は顔を向けた。当のプリーストは、ホールの天井を見上げている。

 キングの状態がどうあれ、メリナの能力を活かしたブラックホールに陥れる、という作戦の骨子は変わらない。だからまだ、プリーストは警戒を解いていないのだ。

 単にそう思っていた。数秒後、何が起こるかも考えずに。

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