第33話

 俺は投げ出される勢いを殺さず、小さくバク転する要領で受け身を取った。

 周囲を見渡す。ここは俺たちがいた森林地帯ではない。石造りの古城のような場所だ。広大なホールになっており、壁に沿って蝋燭が点々と並んでこの空間を照らしている。

 俺が屈んで周囲を観察していると、ふっと横に何かが実体化する気配がした。

 

「くっ!」


 俺は横たわって冷たい床を転がり、実体化した何者かの攻撃を避けた。勢いよく振り上げられた足。そこに立っていたのは、


「やっぱりお前だったか、真治。だろうと思ったぜ」


 口の端を吊り上げ、挑発を試みる。しかし、真治は顔色一つ変えなかった。代わりにパチンと指を鳴らす。すると、


「きゃっ!」

「!」


 真治のそばの石壁が回転した。そこには椅子が括りつけられており、座らされているのは


「メリナ!!」


 俺は慌てて駆け寄りそうになった。が、ここは冷静であらねば。

 トラップは仕掛けられてはいないだろう。真治は俺との一騎打ちを狙っている。だが、メリナが人質にとられているという事実は、俺を動揺させるのに十分な効果を上げた。

 俺の動揺を気に留めることもなく、真治は掌を差し出したのだ。


「チッ!」


 俺は盾を構え、胴体を守る。すると、今までにない数の魔弾が俺を突き飛ばすように迫ってきた。

 俺は奥歯を食いしばった。本気で盾を構えていないと、盾が衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 盾を構えたまま、真治の真横へ回り込むように走る。俺は自動小銃を背負ったまま、拳銃を抜いて銃撃した。すると真治は反対の腕を突き出し、掌を開いた。

 銃弾が殺到するかと思われた瞬間、しかし、弾丸は防がれてしまった。キングが使っていたのと同じ、淡い赤色を放つシールドが展開されたのだ。


 遠距離攻撃は通用しないのか?


 ギルの日本刀による刺突のように、もっと勢いのある打撃力が欲しい。さもなければ、こちらは防戦一方だ。だが、それだけ有利な状況にあるにも関わらず、真治は表情を全く変えない。否、表情がない。

 俺の放った弾丸は、その場でチリチリと音を立てて落下した。こうなったら……!

 真治が片方の手をかざし、魔弾の発射体勢に入るのを見ながら、俺は前のめりになって駆け出した。盾で頭部と胴体を守り、真治に向かって。


「うあああああああ!!」


 すると真治も驚いたらしい。盾の向こうで、相手が怯む気配がした。俺はそのまま全速力で走れるだけ走った。

 駆け出す前の真治との距離は約二十メートル。真治には回避する間もないだろう、俺のタックルを。

 大きく目を見開いた真治に向かい、俺は思いっきり盾を振り上げた。アッパーカットの要領だ。


「がはっ!」


 僅かに鮮血が飛び散る。

 俺はそのまま盾を上方へ放り出した。両手が空く。その間に真治の両肩を掴み、思いっきり頭突きを喰らわせた。


「目を覚ませ、真治!!」


 叫びながら、その顔面にストレートを叩き込む。しかし直前、真治は自らを霧散させて、無理やり拳を回避した。

 またこのパターンか……! とは思いつつも、俺は俺で対策を練っていた。


「メリナ、目を閉じろ!」


 叫ぶと同時、俺は手榴弾を取り出し、足元で起爆させた。正確には、発煙弾を。

 俺が相手を見ることができないなら、相手にも見えないようにすればいい。せめて同じ土俵に巻き込むことができたら。


 俺は屈み、胸ポケットから小型の赤外線視覚装置を取り出した。眼帯をつけるようにして頭部に巻きつける。伏せたまま、殺気がどこから現れるかを察知する。すると、俺の背後をすっと横切る気配が感じられた。

 真治は、自らの視界が塞がれるという異常事態に冷静さを失っている。でなければ、こんな荒い動きはしないはずだ。

 俺はゆっくりと首を巡らせた。銃口は視線と共にある。

 再び霧散した真治は、こともあろうに俺の目の前で実体化して掌を差し出した。

 許せ、真治。


 それは奇妙な時間だった。俺は特別急いだわけではない。いつも通り、迅速・精確・躊躇なく。それをモットーに引き金を引いただけだ。真治の方も、慎重に狙いを定めるようにゆっくりと腕を上げた。ただ、ほんの少しだけ、俺の指の動きが早かった。それだけ。


 スタタッ、タタッ。


 自動小銃が火を噴いた。最初の二弾は真治の胸に、一弾は頭部に命中した。確かにその手応えがあった。

 胸部への銃撃は防弾ベストに阻まれただろう。だが、頭部への一発は確実に無防備な眉間を貫通したはずだ。


 ばたり、と背中から倒れ込む真治。だが、


「……?」


 その直後、まるで逆再生映像のように真治は立ち上がった。そして俺の目を奪ったのは、その容姿だった。

 真っ先に目に入ったのは、大蛇のようにのたくる鞭状の腕だった。しかも前回のような一本腕ではなく、両腕が展開して、合計六本の鞭がタコの足のようにうねっている。直後、


「うっ!?」


 真治の鞭が、壁に沿って引き延ばされた。次々に燭台が倒され真っ暗になる。

 俺には六本の鞭と二本の足の動きを完全に把握することは不可能だった。何とか胴体を狙って銃撃するも、鞭がそれを弾き返す。

 俺の手から自動小銃が突き飛ばされた。ならばと俺は足首からコンバットナイフを引き抜き、近づいてくる鞭を撫でるように斬りつける。そこからは真っ赤な鮮血が飛び散ったが、動きが止むことはない。


「ふっ! はっ!」


 俺は何度も何度も斬りつけたが、切断するにはほど遠い。どうしたらいい……?

 俺の脳が高速回転を始めたその直後、


「!?」


 一気に鞭が縮み、暗闇の向こうの真治の元へ収束する。そして、六本の鞭が凄まじいスピードで俺に向かってきた。俺は手榴弾――今度は本物だ――を投げつけた。慌てて伏せる。すると爆風が俺の頭上を通過し、鞭のうち一本が千切れて弾き飛ばされてきた。

 俺の視界に、先ほど放棄した自動小銃が入った。あれがあれば、まだ反撃できる。

 しかし、


「ッ!」


 一本の鞭に足を取られた。前のめりに転倒する。すると生きていた別な鞭が、俺の首に巻きついた。発声は無論、呼吸すらまともにできない。これは脅しの首絞めではなく、殺せればそれでいいという情け容赦のないものだ。


 俺は、かつての親友に殺されるのか。若菜からの預かりものもあったのに。その想いを届けてやることもできずに――。


 俺の視界が真っ白になりかけたその時、


 ドドドッ、と地面が割れた。メリナの数少ない攻撃魔術だ。ふっと鞭の握力が弱まる。


「剣斗! あれを!」


 メリナが叫ぶ。

 息も絶え絶えに頭上を見上げると、ギルが兄の遺品としていた日本刀が降ってくるところだった。


「受け取れ、剣斗!」


 ギルの声も上から響き渡る。何が起きているのか分からなかったが、とにかく今最も使えるのはこの日本刀だ。

 正直なところ、俺には特別な剣術のスキルはない。だが、この日本刀なくして勝機が見えるとも思えない。それに、俺にはギルの刀捌きを間近で見てきたという経験がある。

 

 やれるか……?


 今はメリナが呪文を詠唱しながら時間稼ぎをしている。その隙に、俺は両手で日本刀を持ち、呼吸を整えた。真治までの距離は、ざっと三十メートル。しかも真治はメリナの幻術に惑わされているのか、無防備だ。まるでイソギンチャクの触手のように、鞭をうねらせ、一部を腕に戻して頭を抱えたりしている。

 やるなら、今しかない。


 俺は思いっきり床を蹴り、低い姿勢で駆け出した。日本刀は右下に構えてある。

 すると流石に俺の殺気に気づいたのか、真治はこちらに振り向いた。鞭を振るう。しかしその時、既に俺は真治の懐に飛び込んでいた。

 踏み込む瞬間にすっ、と息を吸い、


「はあっ!!」


 向かって右下から左上へ、思いっきり振りきった。

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