第32話
それから数日が過ぎた。
家の外の喧騒で、ギルは目を覚ました。
声からすると、どうやら近所に住んでいる伯父たちが騒いでいるらしい。
その時、
「戦士たちが帰ってきたぞ!」
「!」
伯父のその言葉に、ギルの意識は一気に鮮明になった。木造の階段を下り、ロッジのような家から転がり出るように飛び出す。
「伯父さん、本当に? 兄さんが返ってきたの!?」
「ああ――」
と言いかけて、突然伯父は言葉に詰まったように喉をぐびりと鳴らした。伯父の視線の先を見ると、宇宙間転移用魔術が展開されていた。それを囲んで大人たちが半円を作って立っている。
「あ、伯母さん!」
「あ、おや、ギル。おはよう」
挨拶をした恰幅のよい伯母は、しかし通せん坊をするかのようにギルの前に立った。
「兄さんが帰ってきたって? 早く会わせて!」
「それがね、ギル。実は――」
するとギルは、易々と伯母と隣の人物との間をすり抜けた。そのまま駆け足で大人たちの間に割り込むようにして、どんどん前に進んで行く。
あと一人。もう一人だけ避けてもらえば、兄さんに会える。
「ああ、ギルちゃん、ちょっと――」
「兄さん!」
しかしそこに、颯爽と佇む兄の姿はなかった。慌てて踏み出したつま先が、何かに当たる。視線を下ろすと、
「……!」
兄が横たわっていた。腹部を貫かれ、瞳を閉じた姿で。
※
「それから先のことは、よく覚えていないんだ。私はその場で気絶してしまったそうでな」
「そう……だったのか」
ギルは両手を腰に当て、俯きながらため息をついた。
俺は何と言ってやればいいのか分からず、黙り込んだ。
「きっと、それがきっかけで私は戦い始めたのだろうな。『この宇宙』へ転移させてくれたメリナには、心から感謝している」
後にギルが聞かされたところでは、兄を連れて行った魔術師は、兄との共同戦線を張った際に戦死したそうだ。そこで当時は新米だったメリナが、ギルを『この宇宙』に転移させることにした。
「私は兄の愛刀を受け継ぐことになり、今も使っている。とにかく、兄が死んだと分かってからは、ずっと戦闘訓練をしてきた。生き残るために。兄の死から目を背けるために」
その言葉に、俺ははっとした。
「俺も同じことを考えてたよ。親父もお袋も死んじまったからな」
俺は自分の生い立ちを、かいつまんでギルに伝えた。
「親父もお袋も生きていてくれたらと、何度思ったことか」
自嘲的な笑みが浮かぶのを、俺は止められなかった。
「もしかしたら……」
「ん?」
仮説を呈したのはギルだ。
「もしかしたら、その『もし』という気持ちが強いから、剣斗は『この宇宙』に転移してこられたんじゃないか?」
「じゃあギルも、『もし兄さんが生きていたら』という気持ちがあったから『この宇宙』に?」
自分で口にしながら、俺は合点がいったような気がした。『もし両親が健在であったならば、それはどれほど幸福なことか』と。
ふと、真治のことが頭をよぎった。あいつも幼くして両親を亡くしている。俺ほどとは言わずとも、『もし家族が生きていてくれたら』という気持ちはあったはずだ。だから、転移して『この宇宙』で戦う道を選んだ。
そんな真治の心に追撃を加えたのは、『三木若菜』という存在の喪失だ。本人が死んでしまった以上、補えるものは何もない。
考えてみれば、俺は両親の死を忘れ、逃げるために戦いに身を投じてきた。それに対して真治は、若菜の死をきっちり受け止めようとしていた。結果、『もし若菜が生きていてくれたら』という思いがあまりに強くなってしまい、心理的に負荷がかかりすぎて、悪の道へと落ちていってしまったのではないか。
「真治の奴、本当に若菜のことを……」
俺と同じことを考えていたらしく、ギルは大きく頷いた。
「人のことを想い過ぎたがゆえに、悪の道へと引きずり込まれた。もしかしたら、珍しい話でもないのかもしれないな」
ギルの言葉に、今度は俺が頷く番だった。
真治……。俺もお前も、大切な人を理不尽な形で喪ってきた。そんな現実に立ち向かうのに、俺とお前はどちらが正しかったんだ? いや、そもそも死者のことを考えるという行為自体、意味のないことなのか? 今俺たちは、どうして敵対して殺し合わなければならないんだ――?
俺がその場に立ち尽くしていると、
「剣斗、先にシャワーを」
「あ、ああ、そうだな。悪い」
俺は自分の着替えを持って脱衣所に入った。服を脱ぎ、シャワールームで冷水を頭から思いっきり浴びせかける。正面のタイルに左腕をつき、全身を脱力させたが、
「……分っかんねえよ」
俺と真治、どちらが正しいかなんて。どうせなら、今この場で神様にでも決めてもらって、不適当な立場の方を殺してもらいたかった。しかし、
「……」
水音以外、俺に察知できるものはない。強いて言えば、この屋敷内のどこかで、ギルが素振りをしている音が聞こえるような気がする。
俺は吐き捨てるような息をついた。シャワーを止めて身体を拭き、それからパジャマを着込んで脱衣所を出た。
火器の整備に二時間、睡眠に七時間、火器の再度整備に二時間。余った四時間は移動にかかるものと考えておけば余裕だろう。
案の定、眠れるわけがなかった。
実質三時間眠れれば御の字、と思っていたので大した問題ではなかった。それでもメリナの安否を思うと、居ても立ってもいられなくなる。無意識に、枕の下に忍ばせた拳銃の把手に右手を伸ばしてしまう。
俺は、会議場で述べた作戦のイメージトレーニングを試みた。しかし、キング・クランチはどんな手を使ってくるか分からない。その不明瞭な要素は、俺の胸中にわだかまりを残した。
「……」
俺は本格的に眠ることにした。身体は適度に疲れている。これなら意識して脳の電源を切り替えることは可能だ。
さあ、眠ろう。
そう自分に言い聞かせ、俺は目を閉じた。拳銃の把手を握り締めたままで。
※
明朝。
近所の公園には、既に八名の戦士が集められていた。プリーストが一歩前に出て、水晶玉を両手の間に浮遊させている。
(来たな、二人とも)
(はい、プリースト)
即座にギルが答える。俺もギルもいつもの完全武装だ。
兜のせいで表情は窺えないが、ギルも精神統一をしてきたらしい。言葉や雰囲気から迷いや躊躇いは感じられない。
(では参ろうか。作戦は三段階。まず、新山真治を抹殺、または行動不能に陥らせること。次に、メリナ・ユニヴァの救出。最後に、メリナの展開したブラックホールにキング・クランチを飲み込ませること。何か質問は?)
真治を抹殺する。その言葉に、多少心がざわめくのを感じる。だが、もはや真治を救う術はないのだ。そう言い聞かせなければ、いざという時に撃ちそびれるかもしれない。
俺はパチン、と自らの頬を叩いた。
テレポーテーションなど、相手に気取られるような魔術は使えない。とはいえ、真治が待ち構えている以上、奇襲というわけにもいかない。いずれにしても、キング本人は万全の状態で待ち構えていると想定した方がよさそうだ。
しばらく西方に歩き、俺たちは森林に入った。そこかしこに、まだ収容されていない敵味方の遺体が転がっており、強烈な腐臭を放っていた。
(待て)
先頭を歩いていた人間が足を止めた。縦列隊形をとっていた俺たちは、その背中を見つめながら立ち止まる。
俺は即座に自動小銃を構え、大男のわきに並んだ。彼を援護するためだ。
唇を湿らせ、周囲に気を張りつめる。腐臭など最早気にならない。
周囲を飛び回る羽虫の音も聞こえなくなった、次の瞬間だった。
耳をつんざくような大音声が、頭上から降ってきた。俺は慌てて伏せながら、上方に視線を向ける。だが、そんな必要もなかった。
空が、墨汁をぶちまけたかのように真っ黒になったのだ。
(察知されたぞ!)
プリーストの思念が届く。今や、黒い空には巨大な龍のような稲妻が駆け巡っている。
(散れ! いっぺんにやられる!)
俺も必死にテレパシーで呼びかける。と、次の瞬間だった。
(見つけた、見つけたぞ剣斗!!)
この思念は、まさか……!
そう思う間に、俺の二の腕が何かに掴まれ、そのまま放り投げられた。
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