第2話

 隊長の語った内容はこうだ。


 まず、つい十分ほど前、沿岸の廃棄区画で大規模な崩落事故が起こったこと。

 次に、その場の気圧変動が異常な数値を叩き出していること。

 そして、その気圧変動の中心に、謎の光源が確認されたこと。


 俺はまざまざと思い出していた。三日前の状況を。

 異常な気圧変動は、恐らく銀色の球体による暴風だ。それによって廃棄区画の脆くなった鉄骨群が崩落事故を起こしたのだろう。そして光源とは、球体そのものによる発光現象だ。


「上層部は、三日前の謎の現象が発生してから神経を尖らせている。既に一般人・三木若菜と、我々の隊員である新山真治の二名がここから姿を消している。何らかの超常現象に巻き込まれた可能性が高い」


 隊長の言葉によって、隊員たちの間にざわめきが広がった。皆が『超常現象』という言葉に踊らされているようだ。

 俺は肘をテーブルにつき、じっと目を閉じて、最後に見た真治の様子を思い返した。

 また誰かが拉致されるのだろうか。真治も若菜も無事だろうか。そもそも救出できるものだろうか。


 考えていても仕様がない。この目で確かめてやる。なんだったら、俺が二人を連れて帰ってきてもいい。

 そう腹をくくった時、隊長がイヤホンに手を伸ばし、『了解』と呟いた。

 

「屋上にヘリが到着した。皆、行くぞ」


 するとざわめきはすぐさま消し飛び、全員が立ち上がって出入り口に向かった。

 奥の席に座っていた俺は、ゆっくりと会議室を横切る。その途中、


「石崎隊員」

「はッ、隊長殿」

「これは君が経験したことと同じだと思うか?」


 俺は髭のない顎に手をやって、


「恐らくそうかと思われます」


 すると隊長は二度、大きく頷き、


「詳細はヘリに搭乗してから、全員にイヤホンで伝えてくれ」

「了解しました」


         ※


 三月とはいえ、夜気は実に冷ややかだった。


「皆、行くぞ! ヘリを待たせるな!」


 待機していたのは、二機の人員輸送ヘリと一機の支援ヘリだった。

 俺は隊長に続いて手前のヘリに乗り込んだ。ヘリの回転翼がキイン、と音を立てて回転を始める。

 そして微かに揺さぶられ、ヘリの離陸を感じた。隣の隊長を見遣ると、俺に頷き返してくる。自分が見たものを、皆に伝える時だ。


「こちら石崎。皆さんに自分が経験したことをお話します」


 俺はマイクにむかって訥々と語った。

 真治が拉致されたこと。銀色の球体の巻き起こす奇妙な強風。そして謎の人物二人が関与していること。


「一人は大変小柄です。もう一人は対照的に、西洋甲冑に身を包んだ背の高い人物です。二人とも我々を殺そうとはしていないようですが、気絶させるくらいの攻撃は仕掛けてくるかもしれません」


 隊長が言葉を続けた。


「上層部は、その二人の身柄確保を最優先目標としている。殺さずに捕縛するんだ。もしかしたら、拉致された二人を引き戻す手がかりが得られるかもしれん」


 すると、イヤホンにパイロットの声が割り込んできた。


《目標地点到達まで、あと二分》

「あと二分だ!」


 隊長がキャビンにいる面々に呼びかける。

 俺は頭を捻って、窓の向こうに広がる東京の街並みを見下ろした。もし自分が拉致されたら、またこの夜景を見に戻って来られるだろうか――。


《あと一分》

「あと一分! 総員、戦闘用意!」


 鶴の一声とでも言うのだろうか。俺も仲間も隣の隊長自身も、全員が自動小銃を取り上げた。一旦弾倉を取り外し、弾丸がフルに込められているのを確認する。それから弾倉を自動小銃に叩き込み、初弾を装填した。


 俺たちが担当するのは地対地戦闘だ。廃棄区画の入り組んだ道を、迅速かつ正確に移動しなければならない。その点、この小振りな自動小銃は頼れる相棒だった。俺は慈しむように、外郭九課のロゴマークを撫でた。映画『ゴースト・バスターズ』のシールが貼られている。


 ガタン、と一度大きく揺さぶられて、俺はさっと顔を上げた。キャビンの照明が白から強烈な赤へと切り替わる。


《着陸》

 

 とのパイロットの声。


「行くぞ!」


 隊長が発破をかける。俺は我ながら慣れた挙動で隊長の背後につき、軽い駆け足でヘリのキャビンから降りた。

 既に状況は開始されていた。俺たちは訓練通りに視線を合わせ、手信号を送り、少人数に分かれながら廃棄区画に攻め入っていく。

 だが、目的地は一緒だ。倒壊したビルの基礎構造部分。ここがまさに、銀色の球体が現出している場所だ。俺たちは身を屈めながら、迅速に足を進めた。


 しかし、そうそう上手く『身柄確保』などできるだろうか? 射殺なら正直自信があるが――胸に二発、頭部に一発撃ち込めばいい――、死亡させない程度にダメージを与えなければ。

 それを思うと、あの西洋甲冑の立ち回りが気にかかった。殺気はなかったが、こちらが一方的にコテンパンにされる恐れがある。そもそも、俺たちの有する九ミリ弾が通用するかどうかも怪しい。


 その時だった。暴力的な気配が俺の背を凍らせたのは。


「全員伏せろ!!」


 叫びながら俺は前のめりに倒れ込み、頭上に掌を当てた。その直後、俺に同伴していた仲間の一人が後方に思いっきり吹っ飛ばされた。


「何だ!?」


 俺はパニックになりかけた自分を制し、今の遠距離攻撃がどこから来たのかを直感的に判断した。


「そこか!」


 飽くまで小声で、俺は呟いた。伏せたまま銃撃し、相手を牽制する。今の音で、他の仲間たちも異変に気づいたはずだ。

 銃撃を一旦止め、赤外線スコープを覗き込む。その先にあるのは、何の変哲もないコンテナだ。相手はその陰から攻撃してきた。問題は、相手の得物が何なのかということだ。

 姿が見えないのでは何とも――。


 と思った、次の瞬間だった。

 俺の視界に西洋甲冑が降ってきた。反射的に俺は銃撃する。

 しかし、俺の放った弾丸は全く通用しなかった。

 キリキリキリ、という金属音が響き渡り、弾丸が甲冑に弾かれる。と同時に、甲冑は鎖のついた鉄球を回し始めた。恐らく、先ほど仲間を倒したのはあの鉄球だろう。


「一旦引くぞ!」


 俺は残りの仲間に向かって叫んだ。皆はしゃがんで頷き、這いつくばったまま後退する。鉄球は俺のいた地点に直撃して、アスファルトにひびを走らせた。


「石崎、ありゃあ一体何なんだ!?」

「何って、甲冑だろう!?」

「それは分かってる! どうして最新鋭の銃器で傷一つつけられないんだ!?」


 そこまで言った直後、仲間は唐突に吹っ飛ばされた。最初に吹っ飛ばされた奴と同じように、身体をくの字に折って昏倒する。


「おい!」


 慌ててコンテナの陰へと引っ張り込む。命に別状はなさそうだが、無理に動かすのは賢明ではないだろう。

 俺は必死に頭を回転させた。一体どうやって戦えばいい?

 僅かにコンテナから顔を出し、敵の様子を確かめた。するとそれを狙っていたかのように、鉄球が飛んできて俺を牽制する。


 俺は胸元から手榴弾を取り外した。ピンを抜き、コンテナの陰から走り出る。また鉄球が飛んできたが、俺はこれを身を翻して回避、その回転の遠心力を活かして甲冑の手元へと手榴弾を投げ飛ばした。

 反対側のコンテナへと倒れ込み、頭を守る。直後、鈍い爆音がして軽くコンテナが振動した。

 爆風が吹き抜ける気配を感じながら、俺はコンテナに背を当てて向こうを見遣る。すると、ジャラジャラと耳障りな音を立てながら鉄球の鎖が千切れるところだった。


 相手の飛び道具を封じることができたことに安堵しつつ、左胸に手を当てる。

 防弾ベスト越しにでも、心臓の脈打つ隆起が感じられた。

 今度は甲冑がコンテナの陰に入り、こちらの様子を窺うためか、気配を消した。

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