22.骨を折る(字義通りの意味で)

 この世界アールハインにおいて、魔族や獣人と“人間(ヒューマンを始めとした5種族)”との関係は、大陸ごとに大きく異なる。


 面積、人口ともに最大最多であり、文明度も高く、総合的な国力ならぬ“大陸力”において、他を間違いなく凌駕している現在のグラジオンでは、獣人は(ごく一部の敵対的種族を除き)ほぼ人間と変わらぬ扱いを受けている。また、魔族に関しても、100年ほど前に魔界と地上の間で正式に協定が結ばれ、「三族同盟」が成立したことにより、正規の手続きを経て魔界から地上に来ている者は(法を犯さない限り)、通常の“人”に準じる待遇を受けられることになっている。

 無論、協定締結以来100年“しか”経っていないため、魔族に対する偏見や差別的な空気が皆無というわけではないが、少なくとも公的な場における身分は保証されているし、魔族と接する機会の多い辺境の地では、ごく当たり前のように村の隣人として暮らしているケースも普通に見られる。ざっくり言うなら、異種族問題について一番リベラルな立場と風潮の地と目せるだろう。


 対して、魔法──特に魔術と錬金術についてもっとも進んだ技術を持ち、3大陸中魔力持ちの一番多い地であるクラムナードの人間は、獣人はともかく魔族に対しては「非友好的中立」と言える立場をとっている。道を歩いているだけで魔族が討伐される……なんてことは(殆ど)ないものの、大多数の人間は恐れや嫌悪に近い感情を魔族に対して抱いているし、当の魔族側の感情も、決して人間に対して友好的とは言いづらい。

 それでも、互いの領分を侵さず引きこもり、どうしても必要な場合のみ、最低限の交渉とコミュニケーションをとるようになっただけ、数十年前よりはマシになったのだろう。無論、これはグラジオンにおける「三族同盟」の成立が影響を与えていることは間違いない。

 それまで不倶戴天の決してわかりあえない怨敵とみなしていた存在が、(大陸は違うと言えど)その気になれば手を取り合える相手だと証明されたことは、クラムナードの人間(そして魔族)たちにとっては衝撃的だった。

 もちろん、長年血みどろの領地間抗争を行っていた両種族が、「じゃあ今日から仲良くしましょ♪」なんて言えるはずもないが、「三族同盟」からの助力もあり、消極的な停戦に基づく冷戦状態と言える段階にまで落ち着いたことも事実である。火種が燻っていないわけではないが、現状、それらが大きく燃え広がる兆候は見られない。


 最後のひとつ、サイデル大陸に於いては、人間にとって魔族ははっきり“敵”と認識されている。加えて獣人は、クラムナードにおける魔族に近い、“非友好的中立存在”と見なされていると言って良い。

 この事でサイデルの人間を狭量と謗るのは簡単だが、この大陸が他の二大陸と比べて決して恵まれた地ではないことも考慮に入れるべきだろう。奪い合うパイの大きさが、グラジオンなどとは比べものにならないほど小さい(=貧しい)のだ。

 「衣食足りて礼節を知る」とはよく言ったもので、満足な食糧や資材が確保できてこそ、博愛や隣人愛の概念が生まれ、広まるのだ。逆にそれらが不足している状況下では殺伐とした空気になるのも生存本能的に仕方ない部分もある。

 そしてだからこそ、未だサイデルに於いては、人間と魔族……どころか人間の国家間においてすら、戦争あらそいが無くなっていないのである。


 閑話休題。

 前述のように、魔族や獣人に対する態度スタンスは、3大陸の人間では大きく異なるのだが、一方でまったく変わらないスタンスとなる種族(?)も存在する。

 それが不死者アンデッドであり、とれる態度は「見敵必殺」一択だ。

 不死者とは、スケルトン、ゾンビ、グールなどの実体を持つ者から、ゴースト、レイス、スペクターなどの霊的存在まで多種多様に分類されるが、「存在するだけで生者にとって害となる」という点ではほぼ共通している。

 アールハインにおける不死者とは、「死に瀕して生への執着を捨てきれず、さりとて自力で蘇生することも叶わなかった中途半端な魂」が堕する種族そんざいだ。

 「死にかけて自力で蘇生するなんて無茶言うな」と思われるかもしれないが、アールハインでは、魔法薬や回復魔法、神の奇跡など、その種の手段は意外に豊富に用意されている。

 また、同じく死んで肉体を喪っても、相応に魂のレベルが高く、意識をキッチリ保てるなら、屍解仙リッチとして“第二の生”(厳密には生きているとは言えないが)を歩むことも不可能ではないのだ(無論、その域にまで自分を鍛え上げることは決して容易ではないが)。

 ちなみに、アールハインにおけるリッチは広義の不死者の範疇に入れられることもあるが、基本的には生者に害を為さず、豊富な知識・見識を持つことが多く、またその成立経緯から、ある種の「不滅の賢者」として尊敬されることすらある。もっとも、大多数は人目を避けて好きな研究に没頭する「隠者」と呼ぶ方が正しいのだが。

 ともあれ、リッチのような例外を除けば、不死者は生者(特に生前の自分と同種族)を嫉み恨み、その生気ライフエナジーを強奪しようとする性向があるため、非常に危険な存在なのだ……。


 「──と、まぁ、そういう理由で、よほどの悪条件が重ならない限り、不死者を殲滅するのを躊躇う必要も理由もない、というわけだ」

 玄室内にいた“最後”のアンデッドオークを、腰骨の位置で真横に両断した後、上半身だけになって蠢くソレを右足で踏みつけ、間髪を入れずに豚に似た頭蓋骨を左足のブーツの踵で踏み砕きながら、駆け出し魔法剣士の青年シュートは、仲間──おもに盗賊ポール格闘家リーヴェンシルに向かって、言葉を投げかける。

 「いや、まぁ……」

 「それはわかりますけど……」

 視線を向けられたふたりは、何故か軽くヒいているようだ。

 「ん? 何か不審な点でもあったかな?」

 さらに両肩の関節を砕き、豚鬼由来の不死者が完全に動かなくなったことを確認していたシュートも、ふたりの様子にようやく気付いたようだ。

 「ニハハ、リーヴェちゃんとポールんは、シューくんの戦い方に、ビックリしてるんだよ」

 シュート同様前衛としてアンデッドオークを手早く“片付けて”いたペリオノールが、苦笑混じりにシュートの疑問に答える。

 「そんな驚くくらい手際良かったかな? 不死者とは言っても、しょせんはレベル5くらいの駆け出し冒険者でも単独で十分倒せる相手だし。むしろ、俺が2体片付ける間に、ロッサの援護付きとは言えアッサリ5体倒したペリオには遠く及ばないと思うんだけど」

 シュートが首をかしげる。

 「いえ、その、手際というか……」

 「にーちゃん、普段の戦いぶりと違い過ぎて、ちょっとコワかったんだよ」

 リーヴェが言葉を濁した部分をあっさりポールが口にする。

 「む。そうか? いや、まぁ、確かにアンデッド相手に手加減や手心を加える気はサラサラないけどな」

 まさか、狂化バーサークもしてないのに、味方から恐れられるとは……と、ちょっぴりショックを受けるシュート。


 ──では、改めて、シュートがアンデッドオークを仕留める過程を見てみよう。


 1.真正面から突進してくる豚鬼の骨に相対して、左斜めにステップして突進をかわします。この時、行き違いながら、まずは相手の右肩近くに刀を振り下ろして右腕を斬り落としましょう

 2.右腕を落としたら素早くターンして、体勢を崩した敵の背後から残る左腕も斬ってしまいましょう。これで相手の攻撃力は10分の1以下になります

 3.「人」の字状態になった骨怪の腰骨のあたりを攻撃(位置的に武器ではなくキックも有効です)して、上下半身を分断します

 4.仕上げに頭蓋骨を粉砕し、不死者としての存在にトドメをさしましょう。スケルトン系の不死者は頭部を完全に破壊されると依代を失って、活動できなくなります


 「な? 簡単だろう?」

 ケロリとした顔で説明してみせるシュートだが、リーヴェとポールは絶句している。

 ((簡単なはずないじゃないですか、やだー!))

 確かに、アンデッドオークは不死者として──いや、モンスターとしてもごく低ランクな存在だが、討伐難度はランクに比して決して低くはない。

 生者でないが故に痛み等で怯まず、フェイントも効かず、さらに壊れる限界近くまで身体を酷使して襲ってくるのだ。生前同様、武器などは普通に使ってくるし、戦力的には素体もととなったオークなどより手ごわい(なにせオークは不利になるとすぐ逃げるのだ)と言われているのだが……。

 「トゥース&ファング」所属のペリオ達はまだしも、Cランクに上がったばかりシュートが、ここまで手際が良いのは、意外過ぎた。


 「いやぁ、Dランクに上がったばかりの頃、ドムス師匠に連れられて、こういうスケルトン系のモンスターがうようよ湧くダンジョンに放り込まれた時は死ぬかと思ったけど……案外身体が、こういう時の対処方法を覚えてるモンだな」

 薄々察してはいたが、どうやらかなりのスパルタ教育を受けてきたらしい。


 「で、でも、シュートさん、あの“骨怪疑似洞”の地下1階を、ほとんどドムス様たちの助けなしに、確か2時間くらいでクリアーされてましたよね」

 「あれでペリオちゃんたちもシューくんのこと見直したんだよ~。まだ未熟だけど、ガッツがあって飲み込みも早いなぁって♪」

 このふたりのシュートに対する好感度の高さは、そういう理由もあるらしい。

 (あれだよな、自分たちが守護ってやらなきゃと思っていた少年が、意外に根性あって男らしいトコロ見せたんで、そのギャップにコロッといった感じ?)

 ポールの囁きに思わずうなずきそうになったリーヴェだが、明言コメントは避ける。

 (しかも、当時は未だ竜牙兵だったおふたりが、その場に控えてらしたんですよね)

 人骨そっくりな彼女たちの援護を受けつつ、スケルトンの群れに立ち向かう少年剣士の図を想像すると、非常シュールだ……などと心の中で密かに考えるリーヴェ。詳しく観察すれば無論差異はあるが、一見したところ、竜牙兵はヒューマン素体のスケルトンと見た目が非常に酷似しているのだから。

 (間違って斬りかかったりしなかったのでしょうか。もっとも、当時のシュートさんの実力ではF&Tの皆さんには一蹴されるでしょうけれど)


 そんなとりとめもないことをのんきに考えていたリーヴェたちに、いきなりシュートが“爆弾”を落とす。

 「じゃあ、次の玄室は、リーヴェとポールが主体になっていってみようか」

 次も(シュート視点で)楽勝な相手とは限らないのに、にこやかにそんな事柄を、シュートは徒党リーダーとしてふたりに告げる。鬼か!

 「ええっ!?」

 「にーちゃん、ソレちょっと無茶ぶりじゃね?」

 片や仰天し、片やストレートに無謀と答えるふたりだったが、シュートは笑みを崩さない。

 「心配しなくても、危なくなったらすぐ援護フォローに入るから。ふたりとも相応の戦力はあるはずなんだし、余裕のあるうちに一度自分の“底”を確認しておいたほうがいいと思うよ」

 リーヴェンシルは、道場や訓練場での戦闘経験は豊富だが、このように自分の命のかかった“実戦”の場数を踏んだことは片手で数えるほどしかない。

 ポールに至っては、間違いなくこの国で有数の“箱入り”だったはずなのだから、確かに敵が弱いうちに、こういう人外の存在との戦いの空気に積極的に慣れておくべきではあるだろう。

 それらを踏まえれば、ぐうの音も出ない正論だった。


 「じゃあ、ペリオ、先行偵察をよろしく。ロッサは、後方警戒を頼む」

 「オッケー、まーかして!」

 「あの、任せてください」

 てきぱきと探索の段取りを進めていく3人の様子を見て、「これ、反論は無駄なんだろうなぁ」とあきらめモードに入るリーヴェとポールなのだった。

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