03.見覚えのない知人

 ドムスに連れられて、アラド山脈中腹の森での狩りに同行した日の翌朝。

 日本からの外来人エトランゼにして、「魔刃工匠マギクラフター」ドムス・エンケレイスの弟子である少年、シュート(本名・島津修人)は、師匠に会うために屋敷の玄関まで足を運んでいた。


 ちなみに、シュートは現在、屋敷の庭の片隅に建てられた離れに住んでいる──もっとも、“離れ”といっても、彼自身と師匠&ユラン達による合作の、丸太小屋に毛が生えた程度の代物なのだが。

 建物の広さ自体はおおよそ3メートル四方程度あるのものの、かまどと樽風呂(いわゆるドラム缶風呂の樽版だ)を設置した土間スペースを除くと、居住スペースそのものは団地間の四畳分くらいしかない。

 子供ならともかく19歳になったそこそこ長身の男が住む場としてはかなり手狭だが、そこはロフトベッドの下の空間に机を置いたり、持ち物の収納にはドムスからもらった【歪空収納】効果付きチェストなどを巧く利用したりして、それなりに快適な住処を保っていた。

 ドムスは「部屋は売る程余っているから、別にこのまま屋敷に住んでてもいいんだぞ」と言ってくれたのだが、ドムスが新たに屋敷を買って移り済んだことを契機に、多少なりとも自活した生活を営もうと、シュートの方から願い出て“ひとり暮らし”させてもらっているのだ。

 肝心の住居自体がドムスの屋敷の敷地内にあるのは、稀少な外来人をドムスが国から託されて保護しているという経緯たてまえ上、やむを得ないだろう。同じ敷地内にあるとは言え、普段の食事は(外食することも多いが)シュートが自炊しているし、掃除や洗濯も自分でやっているのだから、“ひとり暮らし”という言葉そのものに嘘はない。


 それはさておき、アクシデントで紛れ込んだりした場合などを除き、神々の手によって世界間移動させられた正規の(という言い方も変だが)外来人には、アールハインに来る際、いくつかの特典──ありていに言うと“チート”ともいえる優遇措置的な特殊技能の追加が行われるのが普通だ。

 もっとも、「固有権能ギフト」と呼ばれ、文字通り神からの贈り物とも言えるソレらは、確かに一般人から見ると大きなアドバンテージではあるが、それを持った人間が数人、いや十数人くらい集まったとしても、世界を変革・支配できるほどの大きな力にはならない。

 当然、与える神の側もそのあたりは考慮しているのだ。

 シュートの師であるドムスは、ギフトのことを「ゲームのキャラメイク時に、普通なら5、6点しかもらえないボーナスポイントを、太っ腹に20点ぐらいもらえたようなモン」などと表現していた。

 実際問題、こちらに来て少なくとも数年単位で冒険者なり傭兵なりの経験を積んだ者でもない限り、たとえ戦闘関連のギフトを授かった外来人でも、一流の冒険者に勝つことは難しいし、超一流には一蹴されるだろう。

 ギフトとはその程度の代物であり、だからこそ、ソレがあってもアールハインに来た外来人は色々と苦労するハメになるのだ。


 (まぁでも、色々話を聞く限りでは、その点俺はだいぶ恵まれてる──というか、甘やかされてるよな。このサイデル大陸だと、基本、外来人は放置か軟禁に近い囲い込みかの両極端だって言うし)


 “やる気と才能があれば”という但し書きはつくものの冒険者として割合成功しやすいグラジオン大陸や、現代地球に比較的近い身分・人権観念を持つクラムナード大陸と異なり、各地で紛争や小競り合いが続いているサイデル大陸は、少々大げさに言うなら“修羅の地”だ。

 ほとんどの国は、強力なギフトを持つ外来人を自国で便利な即戦力として利用しようとするだろう──逆に、即物的な力にならないギフト持ちは、疎まれるか無視に近い扱いを受けるらしいが。


 このロムルスも、そういった意味では、確かにシュートに価値を見出し、それなりに取り込み、利用しようとしていると言えなくもない。

 しかしながら、国王を始めとする国の首脳部に比較的善性の人間が多く、また国としても現在は周辺国との関係も含めておおよそ安定していることもあって、「外来人のことは外来人の縁者に任せよう(意訳:厄介事の丸投げ)」という結論に達して、彼の身柄と扱いはドムスに一任されたわけだ。

 無論、強面な外見に反してお人好しなドムスがシュートをどのように扱うかも見越したうえでの話だ。


 結果、シュートは“事実上の次席宮廷魔術師の内弟子”というなかなか強固な立場と後ろ盾を得られたのに加えて、「修行のため」と称して冒険者という形で行動の自由もある程度保証されている。

 同じ外来人でも、“冒険者天国”グラジオンのど真ん中にいきなり放り出された者(比較的多いケースだ)や、学歴社会的な傾向のあるクラムナードで資格をとるための学資を貯めるべく四苦八苦している者が、シュートの(ある意味気楽な)環境を聞いたら、羨むどころの騒ぎではない。

 それを考えたら、住む場所と国外への移動が制限されている程度の不自由は、甘んじて受け入れるべきなのだろう。


 (今のところ、別段、この国を出たいってワケでもないしなぁ)

 日本にいたころだって、積極的に海外旅行したいと思ったことはなかったし、それどころか住んでいた県の外に出ることさえ稀だったシュートとしては、その点に関して別段不満はなかった。


 ちなみに、シュートが持つギフトは「言語理解」、「環境適応」、「身体能力底上げ」という外来人御用達(?)の3点セットを除くと、「魔法適性C」と「猿真似ミミック」のふたつだけだ。前者は「きちんと師に就き勉強すれば、ごく一般的な魔法学校の生徒並の学習速度で中級レベルまでの魔法を習得できる」という一見地味なもの。後者は確かにある意味“チート”ではあるのだが、実戦の場で使うには少々使い勝手が悪く、それだけで無双できるような便利な代物ではない。詳細は別の機会に譲るとしよう。


 (というか、俺の「猿真似」って、主戦力じゃなくていざという時のための奥の手として温存しとくのが明らかに正解だよなぁ。ポンポン使うのは何か悪役クサいし、負けフラグ立ちそうだし)

 と、そんなことをつらつら考えているうちに、玄関に着いたので、シュートは扉の脇にある真鍮製のボタンを押した。

 この釦は、元日本人の祖父から得た知識を基にドムスが製作した、魔具マジックアイテム式の呼鈴インターホンと連動しているのだ。もちろん、ビデオカメラに相当する機能も組み込まれていて、中から来訪者の顔もバッチリ確認できる。


 「…………う゛~、シュートか。入れぇ……」

 眠たげなドムスの声で応答があり、ガチャン! と遠隔操作で玄関の鍵が開かれる。

 「はい、お邪魔します」

 カメラ越しとは言え、ペコリと頭を下げてからシュートはドアを開けて屋敷に入る。このあたりが律義だと言われる所以か。

 あの声の様子だと、師匠のドムスはまだ目を覚ましたばかりなのだろう。あるいは呼鈴の音で自分が起こしてしまった可能性さえある。

 いくら同性とは言え──いや、同性だからこそ、目上の男の寝室に足を踏み入れるシュミはシュートにはない。

 「……いや、だからって、女性レディの寝室なら、喜んで入るって意味じゃないぞ?」

 誰にともなく言い訳するようにひとり言を漏らしつつ、勝手知ったる師の家、とりあえず居間のソファに座ってドムスが来るのを待つことにした。


 「にしても、結局、昨日の素材で、ドムス師匠は何作るつもりだったんだろ」

 完全に日が暮れた頃に【転移】で屋敷に帰ってきたとき、一応聞いてみたのだが、ニヤリと笑って片目を閉じ、おそろしいほどサマにならないウィンクをしながら「ヒミツだ!」と誤魔化されてしまったのだ。

 「ま、少なくとも魔具関連の製作に関しては、この国で師匠の右に出る人はいないだろうから、失敗する心配はないか」


 「そいつは少々買被り過ぎやもしれやせんね。大将だって新しい試みとか失敗するときはするでやんすよ?」

 「へえ、ちょっと意外。あの師匠なら、失敗する要因を極力排除してから、実験に挑みそうな気がしてた」

 豪放磊落な巨漢といった風情に似合わず(いや、日常生活ではそういう面も大いにあるのだが)、ドムスは魔法関係の仕事に関しては神経質に近いくらい念を入れる傾向があった。

 「確かにおっしゃる通りっスが、それでもごく稀に予想外のコトが起こるからこそ、“実験”するんでやんす」

 「99.9%は100%じゃない、検証と備えが大事ってコトか。肝に銘じておくよ」

 「成程、奥が深い」と、したり顔で頷きながらも、改めて疑問に思ったことをシュートは口に出した。


 「ところで、さぁ……どちらさん?」

 当たり前のような顔をして、自分に話しかけてきた人物へと誰何する。

 「! えーーっ、もしかして分からないんでやんすか?」

 相手はかなりショックを受けたようだ。

 「いや、分からないというか、“わかりたくない”というか……」

 マジマジと“聞き覚えのある、あり過ぎる三下風口調”でしゃべる、目の前の“人間”へと胡乱げな視線を向けるシュート。


 無造作に頭の後ろで結わえられた、肩を覆うくらいの長さの蜂蜜色の髪と、雪花石膏アラバスターのような白さと滑らかさを持った綺麗な肌。

 背丈は、高校三年時の身体検査で178センチだったシュートより若干低いくらい。この国の女性と比してやや高めだが、悪目立ちするほどではない。

 そう、目の前できょとんとした顔をしている人物は紛れもなく女性、それもシュートとほぼ同年代の、下手したら“少女”と形容されてもおかしくないうら若い娘さんだったのだ。

 顔立ちも非常に整っており、男女問わず道ですれ違ったら半数以上は思わず振り返るのではないだろうか。特にアーモンド型の翠色の瞳が印象的だ。

 白い亜麻織布リネンのダブッとしたワンピース……というか長衣ガウンのようなものを着ているので体型はわかりづらいが、それでもチラッと見ただけで、長衣の胸元がけしからん具合に膨らんでいるのは確認できた。


 「お? 生真面目で、てっきりそういうコトに興味ないのかと思っていたら、シュートさんも男の子なんでやんすねぇ」

 どうやら視線の向かう先を、読まれたらしい。

 もっとも、相手は嫌悪や軽蔑の表情ではなく、納得したような訳知り顔でウンウンと頷いているので、さほどバツの悪い思いはせずに済んだ。


 「えっと……これまでの会話で、おおよそ予想がついているというか、正直当たってほしくはないんだけど……もしかして、ユランさん?」

 恐るおそる問い掛けてみたシュートに返ってきた言葉はYESだった。

 「なーんだ、分かってらっしゃるんじゃないスか。シュートさんもお人が悪いでやんすねぇ」

 このロムルスの王都アルゲルで、ミスコンというものが仮にあったとして(というか、近いものは実際あるらしい)、それに出場したら間違いなく上位入りを狙えそうな美少女の口から、聞き慣れた三下口調の言葉が流れてくるのは、激しく違和感を感じさせる光景だった。

 (しかも、声も微妙に変わってるし……)

 確かに、元のユランの声もどちらかというとハイトーンで中性的な印象があったが、今の彼(彼女?)は、ルックスを抜きにしても明確に若い女性のものにしか聞こえないメゾソプラノでしゃべっている。

 (なんていうか、某13番目の試作型メイドロボか弓使いの偽王女様みたいな声だな)

 何気にコアな感想を抱くシュートだったが、気を取り直して質問を続ける。

 「ソレって、師匠が昨日色々やってた作業の成果ですよね? もしかして、幻覚の護符アミュレットとかで見た目をカムフラージュしてるとか……」

 そういう魔法の道具が昔読んだファンタジー小説に出てきた記憶がある。シュートの師なら、それくらい作るのはたやすいだろう。

 「あ、それとも人間そっくりに擬装した“スキン”を骨格の上に貼り付けてあるんですか?」

 SF映画などだと外皮が剥がれて金属骨格が露出するアンドロイドの演出などがよく見受けられるが、それに近い仕組みなのだろうか?

 (カメレオンの皮が材料とか、いかにもソレっぽいしなぁ)


 「んー、惜しいがちょいと……いや、だいぶ違う」

 しかし、シュートの予想を部屋に入ってきた人物が否定した。

 タンクトップ風の袖無しシャツとステテコパンツという、いかにも「今起きた」と言わんばかりの格好に加えて、無精ひげとボサボサに乱れた髪のせいで、いつもよりむさくるしさが3割方増したドムスだった。

 「あ、師匠、おはようございます」

 「ありゃりゃ……大将、シュートさんのお相手はあっしがさせてもらうんで、もぅちっとゆっくり準備してくださっても、よかったんスよ?」

 もしかして婉曲に身だしなみを整えろと薦めているのだろうか。

 「あ゛~、家族同然の此奴シュートの前に出るのに今更カッコつけても仕方ないだろ?」

 「まぁ、そう言ってしまやぁ、そんなんでやすが……」

 苦笑する自称“ユラン”な女性──いや、ドムスが“彼女”の言を否定しないということからして、確かに事実なのだろう。

 シュートの対面のソファに、どっかりと腰を下ろすドムスを見て、ユランは「お茶を淹れてきやす」と言って部屋を出て行った。


 「それで、師匠、さっきの「惜しいがだいぶ違う」っていうのは、どういう意味なんですか?」

 改めて先ほどの言葉の意味をシュートは聞いてみる。

 「ん? ああ、ユランのあの変化に対するお前さんの考察さ。まず、俺がユランの姿を変えた理由は、お前さんもわかってるよな?」

 「国王陛下──サトゥマ様に、ユランさんたちを軍団長の直衛にすることを咎められたからですよね?」

 「より正確には、言い出しっぺは国王じゃなくて「槍」と「騎兵」のトップだけどな」


 このロムルス王国には現在、王国直属の常備兵力として剣、弓、刀子、槍、騎兵、盾の6つの軍団があり、それぞれに2000から3000人程度の軍団員が所属している。

 合計しておおよそ1万5千人。少ないように思うかもしれないが、実際には各地の領主が抱えている領主軍兵力も合計すれば同数程度いるし、他国との戦争などになれば、さらにその倍近い人間が臨時兵力として動員される。

 そもそもロムルス自体が、陸地は北海道の倍程度の面積で、総人口は100万人足らずなので、国土防衛にはこれで十分なのだ。むしろ、有事に人口の1割近い人間を動かせるという点で、かなり軍事に力を割いている国だと言えるだろう。

 ちなみに、小国が乱立しているサイデル大陸の中では、これでも国力は中の上程度はある部類だ。

 欠点は水上兵力の貧弱さ。ロムルス自体は一応海に面してはいるのだが、先ほどのたとえで言うなら海岸線は知床半島の横幅程度で、その半分以上が切り立った崖になっている。まともな港も僅か3カ所しかなく、海運や漁業もさかんとは言えない。

 船の数も少なく、軍船と言えるほどの代物は王家が所有する5隻ぐらい。当然「海軍? なにそれおいしいの?」状態で、先ほど挙げた軍船も3つの港近くの海域を交代で警備するに留まっている。

 もっとも、サイデル大陸は、“まるで何者かが意図したかのように”大陸を取り巻く海流が全体的に荒く、沖に出ると大型船舶でも遭難する危険が高いため、海戦や海軍力に力を入れている国自体、ほとんど存在しないのだが。


 閑話休題。

 今回、7番目の軍団として、ドムスが魔法使いを中核とする「杖の軍団」を組織することになったわけだが、当たり前の話ながらこれに反対する勢力もあった。

 宮廷では譜代家臣の中の頭の固い者、そして軍組織では6つの軍団のうち、「槍」と「騎兵」の軍団長が異を唱えていたのだ。

 当代国王のサトゥマ・ロムルス・アルゲノートは、王としての権威と、「剣」、「弓」、「刀子」の軍団長の賛意(「盾」は中立を表明)をもって、彼らの反対を押し切り、ドムスに国家専属魔法兵力を組織させることを宣言したわけだが、せめてもの抵抗いやがらせとしてふたりの軍団長が主張したのが、ユランたち竜牙兵へのイチャモンだった……というわけだ。


 「国民や他国への見栄えや体裁という点では、アイツらの言うことも確かに一理あるから、国王も認めざるを得んかったんだろうな」

 「はぁ、なるほど……」

 言われてみれば、確かにパッと見はまるっきりガイコツなのだ。見慣れた者はともかく、初対面の人間なら、かつてのシュートのようにビビッたり嫌悪したりするのも無理はない話かもしれない。

 「俺の揚げ足を取りたくて仕方ないそんな連中が、幻術でユランたちの外見を偽装したくらいで満足すると思うか?」

 「それは、まぁ……ムリでしょうね」

 となると、やはりあの見た目は実体を伴うものだったらしい。


 「で、だ。最初はお前さんが言うように生体組織から作成した“皮”を表面に張り付けて済ませようかと思ったんだが……色々考えてるうちに、ちと研究者としての血が騒いでな」

 【石化解除ストーントゥフレッシュ】と【蘇生リザレクション】の秘薬と、物品にかける【仮生付与アニメイト】の術式を組み合わせて調整して、イイ感じに新しい魔法を編み出してみた──とドムスは親指をグッと立てる。

 「いや、イイ感じにって……新しい魔法を作るのって、凄く大変なんじゃないんですか?」

 「そりゃ、“まったく新たな魔法を1から”ならな。俺の場合は、基本的にすでにあるモノを組み合わせて調整しただけだから」

 ほれ、ピラフとスパゲティとトンカツを合わせたトルコライスみたいな……と微妙なたとえをドムスが挙げ、シュートも「はぁ、そんなものですか」と不得要領げな顔で頷いているが、実際ふたりの会話を魔法学院アカデミー出の正統派魔術師が聞いたら、「そんなワケあるか!」と渾身のツッコミを入れることだろう。

 ──いや、ドムスも別大陸とは言え一応真っ当な魔法学院をそれなりに優秀な成績で卒業してるはずなのだが。


 「じゃあ、結局のところ、ユランさんのあの外見は“皮”だけじゃなく筋肉とかの“中身”もキチンとあるというわけですね」

 「と言うより、ユランの人格こころ骨格からだを素材もとに、新しく“誕生”させたある種の人造人間ホムンクルスと言った方が正しいかもな」

 サラリと問題発言をするドムス。

 「ホムンクルスって……もしかしてそれ、ほとんど奇跡の領域じゃないですか!」

 日本にいた頃のラノベやゲームの知識に照らし合わせて、さすがにシュートも、師匠がトンデモないモノを作り上げたらしいことに薄々気づき始める。


 「いやいや、このサイデル大陸ではともかく、お隣りのクラムナード大陸あたりでは、一流レベルの錬金術師ならその気になればホムンクルスは作れるから。あっちにいた頃、俺も何体か見たことあるし」

 「それ、間接的に自分は一流だって言ってません?」

 半眼になってジトッとした視線を師の顔に向けるシュートだったが、ドムスの方はサラリとかわす。

 「じゃあ聞くが、客観的に見て魔法の腕前が二流や三流の人間が、次席とは言え一国の宮廷魔術師に相当する職に就けると思うか?」

 「──納得しました」

 溜息をつきながら改めてソファに深く腰掛け直すシュート。

 「もっとも、俺の場合は“かろうじて一流”と呼べるって程度トコだがな。超一流には程遠いし、物心ついてからの人生の半分を魔法の研鑽に費やして、ようやっとコレだ。魔力特性の問題もあるから、たぶん今以上は大成せんだろうし」

 イカツいその顔に微妙に寂しげな表情を浮かべるドムスを見て、「マイペースに見える師匠もアレで色々思うトコはあるんだな」とシュートの心にも僅かにセンチメンタルな感慨が浮かぶが……。

 (単なる魔法学校ではなく原則的に1国に1個しかない)正規の“魔法学院”を卒業した(この時点で十分エリートな)魔術師の中でも、上級魔術をひとつふたつでも使える域に達することができるのは30人にひとりいるかどうかだという、この世界の現実を忘れないでいただきたい。

 つまり──ごく一部の高位攻撃魔術&回復魔術、中級以上の召喚魔術を除いて、一般に流布している魔術の大半を(得手不得手はあるにせよ)行使できるドムスは、“一流”と呼んで何ら問題ないハイレベルな魔術師なのだ。


 外来人であり、まだ魔法関連の常識が完全に身についていないシュートはともかく、ドムスがそれほどまでに自分を低く見積もるのは、これまでの環境に由来している。

 彼が学院卒業後に改めて弟子入りしたベテラン魔術師は、国内でも1、2を争う魔法剣の鍛冶師でもあり、そこでまず一流魔具職人としての高い壁を見せつけられることになった。

 続いて、冒険者として組んだ最初のパーティに、後に竜退治のエキスパートとして名を馳せる若き天才魔術師がいて、自分の“攻撃魔術に関する”才能の無さを痛感させられてしまう。

 とある事情でパーティが解散した後、グラジオン大陸からクラムナード大陸に渡った際も、魔法の本場とも言えるかの地の国立錬魔学院で教育レベルと技術レベルの高さに舌を巻き、さらにこのサイデル大陸に辿り着いてからも、「剣豪王」の異名を持つサトゥマや「ロムルスの白き魔女」フェイアのような“英傑”と呼ぶにふさわしい人材を、すぐそばで見続けてきたのだ。

 はっきり言って比較対象が悪過ぎたと言えよう。

 豹や狼は、確かに虎や獅子と1対1で正面から戦えば勝てないかもしれないが、兎や鹿にとっては、絶望的な脅威であるという点ではほとんど差異はないのだから。

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