第三部:師匠元気で留守が良い?

20.王には王宮、料理人には厨房がその適所──しかしここに例外が存在する

 「──以上をもって、我がロムルス王国の新たなる爪牙、“杖の軍団”を設立する。また、その軍団長としてドムス・エンケレイスを任命するものとする」

 ロムルス王宮の大謁見室で、居並ぶ文武百官(と言っても、実際にはこの国の規模だと30数人程度だが)を前に、国王であるサトゥマ・ロムルス・アルゲノートが、朗々たる声で宣言した。

 普段は一国の王とも思えぬ腰の軽さと破天荒さが目立つサトゥマではあるが、こういう場面では外さずピシッとキメるあたり、やはり生まれついての“王様”は違うな……と改めて認識させられる。


 ──おっと、俺の方もキチンと応じないとな。

 「謹んで、その役職を拝命します。浅学非才の身なれど、我が力の及ぶ限りこの国の鎮護と発展のために尽くしましょう」

 畏まった言い回しにはあまり慣れちゃいないが、事前にフェイアの姐さんと相談して、一通りの礼儀作法プロトコルの確認はしてあったから、無難な答えを返すことができた。

 “剣”、“弓”、“刀子”といった俺に好意的な軍団の長たちはもちろん、こと此処に至っては、中立の“盾”はもちろん、俺を目の敵にしている“騎兵”や騎兵寄りの“槍”も異議は挿し挟まず、おとなしく此方を注視している。

 ──そもそも、俺(そして魔術師)に対する感情的なしこりを別にすれば、他の軍団長にとってもデメリットよりメリットの方が比較的多い話なのだ。


 他国で言う“近衛兵”に相当するロムルス国王直属の軍団には、平時任務として“当直”と呼ばれる王宮の警備の割り当てが与えられている。

 無論、“仕事”なのだから無償で。いや、その為に高い給料払ってるんだと言われそうだが、警備ソレとは別に、各軍団ともに普通に訓練やら、様々な目的での城下や地方への人員の出張はけんやら、報告書その他の書類作成やらの“本来の仕事”は各々抱えているのだ。

 軍団の運営的にそれらの方が優先度は高いが、とは言え王城警備も疎かにするわけにはいかない。近年は周辺の国際情勢などは比較的安定しているとは言え、やはり国家の中枢の警備が手薄というのは問題だろう。

 そこにこの度7つめの軍団として“杖”が加わったことで、警備の負担が単純計算で七分の一は軽減されることになっている。端的に言えば「休みが増えるよ、やったね〇〇ちゃん!」というワケだ。

 まぁ本音を言うなら、人数がまだまだ少ない(当面の目標人員100人だが、現状護衛兵を含めても50人ちょっとだ)“杖”の軍団にも、馬鹿正直にその当直フる気か? と抗議したいところなんだが、ここぞとばかりに“槍”と“騎兵”の長が「国王直属の軍団としての自覚云々」とかヌカしてきやがったんで、抗しきれなかったのだ。

 もっとも、コレに関して言えば、数百人単位の人員を擁する他の軍団にとっては、元々たいした負担にはなっていないので、それほどメリットが大きいというわけではない(総勢100人にも満たない“ウチ”にはかなりの負担だが)。


 もうひとつのメリットが“技能の習得”だ。

 サトゥマの意向で、それぞれの軍団の専門分野──たとえば“剣”なら刀剣の扱い、“騎兵”なら乗馬術などについて、他の軍団から教えを乞う(というほど殊勝な態度をとる者はほぼいないが)ことができることになっている。こちらも基本は無償ロハで。

 マクロな視点では、複数の軍団間での交流を密にし、連携をとりやすくすること、そして個々の軍団員にとっては保有技能(≒生存能力)を増やせるというメリットがある。

 あるのだが──この制度も、正直“ウチ”にとっては負担にしかならんのだよなぁ。

 というのも、武器戦闘技術を学びたいのなら、“剣”、“槍”、“弓”、あとは“楯”のどれかに頼めばいい。乗馬は無論“騎兵”が専門だが、他の軍団にも教えられる人材はそこそこいる。

 逆に、“刀子”の隠密技術なんかは、一朝一夕に教えられるものでもないし、覚えたがる者も少ないので、伝授を乞われることもそうそうないだろう。

 それに対して、魔法は“杖”の専門分野だ。特にこの国は(成立時の経緯もあって)、同じサイデル大陸の他国と比較しても魔法を習得する機会に恵まれていないから、他の軍団に所属する者で、多少なりとも魔力に秀でて目端の利く人間が、無料ただ魔法それを習得するために押しかけてくる可能性が多分にあるのだ。

 前述の通り、ただでさえ少ない人材を他軍団よその教育なんぞに取られたくはないのが本音だが、国王がじきじきに宣言している方針なだけに「だが断る!」とは言いづらい。


 ──なに? 「この国では魔法は軽視あるいは忌避されているのではないのか」?

 ちょっと違う。敬遠されているのは、あくまで“魔術師”、なかでも特に純後衛の砲台型ないし対人特化型のソレだ。

 予想はつくだろうが、前王朝末期に暗躍した宰相が、まさにソレ──【魅了】や【洗脳】などの精神系魔法で手駒を増やしつつ、いざ戦いになったら大火力の攻撃魔術で遠方から焼き払うタイプだったからだろうな。

 逆に言うと、この国の(とくに古い世代の)人間は、魔法の恐さそのものは骨身に染みてるのだ。


 幸いにして俺は、補助魔法・阻害魔法をかけてから自分でぶん殴る、正統派から見るとだいぶ異端ニッチなタイプだし、フェイアの姐さんも一番得意なのは回復系だから、魔術師ながら周囲にそれほど忌避感を持たれずに済んだ。

 ……とは言え、サトゥマが即位した5年前くらいまでは、やはり色々言われたり嫌がらせを受けたりもしたんだがね。

 話が逸れたが、さっきも言った通り、ロムルスの人々は魔法の威力や効果そのものは認識している。なので、乱暴な言い方をすれば、「敵に持たれて恐い武器があるなら、自分も持てばいいじゃない」という脳筋理論で、魔法を身に着けることには実はそれなりに積極的だったりするんだな、これが。


 幸か不幸かサイデル大陸の人間は他の2大陸に比べて魔力の低い者が多いので、そういう魔力に乏しい人には「うーん、ちょっとこの魔力では魔法の習得は難しいですね」と諭して翻意を促すことはできるだろうが、必要十分な魔力を持つ相手にはキチンと教えないわけにもいかないだろう。

 もっとも、いわゆる“魔法戦士”や“魔剣士”といった職業のように武器戦闘と魔法行使を高度に両立させ得る水準に達するのは、至難の業だが。俺自身だって、あくまで「前衛での武器戦闘が可能」なだけで、本業はあくまで魔術師だ。

 うちの弟子シュートは、その意味ではホント天賦の才に恵まれているのだ──まぁ、本人の自己評価はイマイチ低いみたいだけどな。


 ……なんてことをつらつら考えているうちに、どうやら式典そのものは無事終わったようだ。

 一応断っておくと、さっきみたいなことを頭の片隅で考えつつも、意識の大半はこの式典に向けてたからな?

 いわゆる分割並行思考というヤツで、戦闘型魔術師コンバットメイジには不可欠なテクニックだな。俺自身は、純粋に戦闘型というよりは若干生産型にも寄っているが、それでも2系列は余裕、多少無理すれば3系列の並行思考もできなくもない。

 風の噂だと、人類の限界をブッちぎったレベル50オーバーの大魔術師アークメイジなんかは、5系列並行思考が可能で、しかも大半の呪文詠唱を単文節ワンワードで済ませられるから、十数個の魔法をガトリングガンのごとく連続行使できるらしいが……。なまじ“本人”を知っているだけに、デマだと断言できないのが恐ろしいな。


 ともあれ、今回の“杖”の軍団結成式典は終わった──そう、式典“は”。

 こういう式の常で、このあと懇親会という名目の宴席(パーティ)があるんだよなぁ。はぁ~……。

 正直、書類仕事なり儀式ばった式典なりよりも、こういう宴席之場つきあいがイヤで、今まで宮仕えから逃げてたというのが本音だから、俺としては気が重いことこのうえない。

 ──まぁ、それも今更か。ハラをくくろう。

 俺は、可能な限りにこやかな顔(弟子に言わせると「オーガが笑ったような表情」らしいが)で、傍らに副官兼護衛としてユランとエルシアを引き連れて宴会会場の大広間へと向かう。

 「大将、ふぁいと、でやんすよ!」

 内心嫌がっている気配がダダ漏れだったのか、ユランが小声で励ましてくれる。

 「お姉様、こういう場合は「がんばれ♪ がんばれ♪」の方が効果的なのではありませんか?」

 「おぉ、そう言えば今のあっしらは、ミニスカ履いてるんで丁度いいでやんすな」

 くっ……誕生の経緯を考えると、“娘”といってもおかしくない被造物あいてなのに「ちょっと見たいかも」と思ってしまった自分のスケべ根性がニクい。

 なお、“うち”の護衛部隊の女性用礼装のボトムは、確かにミニスカートではあるが、別にチアコスっぽい軽装というわけではない。どちらかと言うと、白を基調に一部赤で彩られたカラーガードかマーチングバンドっぽいカッチリした略式軍服っぽい衣装だな。無論、俺の趣味だ……って、それはともかく。


 「そこまでにしておけよ、ユラン、エルシア」

 大広間の直前で煩悩(?)を振り払って小声でふたりをたしなめると、俺は意を決してパーティ会場へと入っていく。

 (まぁ、以前、仕事で参加させられた某国の舞踏会みたく、会場に入る時に、わざわざ名前と肩書きを読み上げられるような大仰なパーティに比べれば、幾分マシか)

 そうは言っても、ほぼ間違いなく“本日の主役”として注目されることが確定している身としては、あまり救いにならないけどな。

 (チクショウ、なんか今から胃が痛くなってきた)

 まったく、なんで俺がこんな厄介めんどうなメに遭わんといかねーんだよ!


  *  *  *


 「──なんでだろう。今、師匠が本気ガチで凹んでいるような気がする」

 冒険者ギルドの窓口で紹介された依頼クエストの取捨選択について、ギルドに併設されている食堂で他のパーティメンバーと話し合っていたシュートは、突然遠い目になって、脈絡のないことを呟いた。

 「?? いきなり何言ってんの、シュートあんちゃん」

 パーティの最年少かつ新入り……だが、態度は妙に馴れ馴れしい“少年”(諸般の事情で、この姿の時は男扱いすることになった)ポールが、シュートに胡乱げな目を向ける。

 「あ~、でもソレ、たぶん、気のせいじゃないよ?」

 「ドムスさまって、ああいう場がお嫌いだから……」

 7年あまりも従者ごえいをやっていただけあって、ペリオノールとベロッサのふたりは大よそのドムスの心境が予測できているようだ。

 「まぁ、確かに師匠って堅苦しい式典の類は苦手そうだよなぁ」

 一応、この国の魔法関連の元締めみたいなことやってるのに……と、納得顔になったシュートだったが、テーブルの向かいに座ったペリオが芝居っ気たっぷりに「チッチッチ」と右手の人差し指を顔の前で振ってみせる。

 「ちょ~っと違うんだなぁ。ドムス様はぁ、確かに堅っ苦しいのはあんまし好きじゃないけど、必要な時にその場に応じた態度をとるくらいなら、さほど苦にされないよー」

 それも納得のいく話だ。パッと見は脳筋マッチョとは言え、ドムスはアレでも高位魔術師かつ錬金術師、さらにAランクの冒険者でもあるのだ。

 元々の育ち自体も平民ではあるがかなり裕福な家の出で、幼いころから(外来人の祖父を含め)様々な傑物の薫陶を受けてきたようなので、教養という点でも十二分に高水準だ。

 無論、魔術師や錬金術師には偏屈で人嫌いで引きこもり&コミュ障なタイプもそれなりにいるが、ドムスがそれに該当するとは彼を知る者なら誰も思うまい。

 「その……式典そのものよりも、その後に待っている海千山千の貴族や官僚相手の宴席パーティーという名の“舌戦之場せんじょう”が嫌いなんじゃないかなぁ」

 ロッサの指摘は誠に的を射ていた。

 「──それは……確かに、憂鬱にもなりますね」

 あまりドムスとは親しくないリーヴェンシルもいささか同情的な言葉を漏らす。かなり箱入り気味とは言え、一応、“刀子の軍団(=諜報組織)”の一員なので、その辺りのブラックさは耳にしてはいるのだ。


 「ケケケッ、シュート兄ちゃんもリーヴェ姉ちゃんも他人事みたく言ってるけど、あと10年も経ったらふたりとも似たような苦労を背負うことになると思うぜ」

 そこで意地の悪い指摘を入れるポール。

 確かにシュートはドムスに「10年間は冒険者しててもいい(裏を返せば10年後はロムルス王宮に仕えろ)」と言われているし、リーヴェもカスミの半養女的立場の内弟子である以上、似たようなものだろう。

 シュートとリーヴェは顔を見合わせたあと、そのことに気付いて(というか再確認して)、揃ってガクリと肩を落とす。

 「と、とりあえず、先のコトは、今から心配してても仕方ないって、ペリオちゃん思うな~」

 「う、うん、そうだよね、ペリオお姉ちゃん。シュートさんもリーヴェさんも元気出して。あ、この植物採取の依頼なんか、いいんじゃないかな?」

 ペリオとロッサが懸命に淀んだ場の空気を換えようと(いや、ペリオの場合は半分以上は素だが)、ワザと明るい声を張り上げるのだった。

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