◇その6
グラジオン大陸の何処かの海岸近くにある無人島に出現(?)してから5日目の朝、外来人の少年・笹森明は、いよいよ大陸に渡るべく海に漕ぎ出そうとしていた。
そのための竹材を用いた
水平線の彼方から太陽が顔を出したタイミングから逆算すると、現在の時刻はおそらく午前7時前後(アールハインの時刻も地球同様24時間制だ)。天気も雲ひとつない快晴。さらに風もそれほど強くなく波も穏やかと、これ以上ない出航日和だった。
* * *
【Akira's View】
「竹小屋についてはあのまま放置するしかないとして、荷物はコレとコレ、武器は──念のため小さめの竹槍を持っとくか。あとは、水を掻くための“
“航海”にあたっての最終確認をする。
なにせ、食料確保するメドが立った2日目以降、手の空いた時間は、
──とは言え、やれることと使える
たとえば浮輪的なモノを作り、それに掴まって泳いでいく──というのも不可能ではないだろうが、海中にサメなどの肉食生物がいた場合の危険が大きい。肉眼でかろうじて視認可能という大陸との距離からしても、俺が途中で力尽きる可能性もある。
逆にもっとちゃんとした船を作るというコトも考えないではなかったんだが、労働力が俺ひとりで、かつ小舟程度にせよキチンとした代物を作れるまで(仮に竹製にして「万能竹細工」の力を借りたとしても)どれだけ時間がかかるかわからないということもあって、その中間の筏で妥協することに決めた。
現実的な話、ただでさえ中身が空洞な竹を、小屋の壁の時のようにキッチリ隙間なく並べて縛って板状にすれば、人ひとり乗っても沈まないだけの浮力を確保するのはたやすかった。
あとは、陸についてからも役立つだろう保存食その他の確保とその厳選、さらに万が一海に落ちた時の対策を講じるだけで済んだし。
保存食と言えば、あれからもう1匹ウサギモドキを林の中で狩っている。
前回の反省を踏まえて、2匹目は投擲用に細めの竹で作った槍を投げたんだけど、胴体でなく後ろ足に刺さったせいか一撃では殺しきることができず、手負いのウサギモドキに、手にした竹槍でトドメを刺すことになったんだ。
後ろ脚が半分千切れかけながらも、それでも凄い速度で逃げていくウサギに後ろから追いすがり、手にした竹槍を突き刺す。
ちょうど首の根元あたりに刺さったソレが致命傷となって、ぐったりした獲物を、ビニル袋に入れて小屋のある浜まで持ち帰る。
昔読んだサバイバル小説だと、本当は殺してすぐに首とかを切って血抜きしたほうがいいらしいけどね──まぁ、刺した場所が場所だから、結構出血はしてたのはラッキーだった。
ともあれ、前回よりは多少精神的にも余裕があったんで、竹三本を組んだ小型の櫓を水際に立て、ウサギモドキの首を掻き切ってしばらく逆さに吊るしておいた。
10分ほどしてあまり血が出なくなったのを確認してから、いよいよ解体作業に入る。正直、気は進まないけど、冒険者やるなら必須の技能だろうしなぁ。
で、前の時よりは多少はマシな程度の手際で肉塊を作り、毛皮と骨と内臓は土に埋め、内臓の中で唯一残したレバーをその場で焼いて食べたんだけど……うん、コレは普通に美味かったな。
何度か林の中を踏破した結果、異世界暮らしビギナーにとっては非常に有り難いことに、この島には中型以上の肉食動物は棲息してないらしい──という結論に俺は達していた。
強いて言うとイタチかカワウソっぽい小型の哺乳類はいたけど、近づいただけで逃げていったし。まぁ、鶏とか飼っている状況なら、油断できない相手なんだろうけど。
おかげで林内の探索もはかどり、甘酸っぱい(しかも酸味のほうが強い)けど一応食べられる柑橘系の果実と、桑みたいなベリー系の木の実を見つけることができたのは、正直助かった。
タケノコが主食?で、あとは肉&魚オンリーという食生活は3日で飽きてきたからなぁ。
嗜好品としては、一応万家さんの店で買ったお茶や珈琲も多少あるんだけど、“笹の葉茶”というモノがあるのは知ってたので、折角だから竹の葉でも同様のものができないかも試してみた。
──うん、まぁ、「薬草茶的な感じで飲めないこともない」レベル? クマザサの葉を使ったお茶は、素人が作ってもほのかに甘くて美味しいらしいけど、さすがに真竹の葉では、そううまくいかないか。
ともあれ、2匹目のウサギモドキの肉は、日持ちがするようにすべてスモークに加工。魚の干物もコツがわかってきたので、毎日2匹分つくって古いものから消費するというサイクルを作って今後に備える。
興味半分で作ったタケノコの燻製も、珍味というか思ったより悪くはない味だった。ギフトを使えばいつでも新鮮なタケノコが作れるんだから、俺自身にはあまり意味はないが、もしかしたら人里に行けば売れるかもしれないしな。
そうそう、鶏と言うか大きめのうずらみたいな鳥も狩ることができた。こいつは一応飛べるけど、あまり速くないうえ飛距離も短いみたいで、投げ槍がかすめただけであっさり墜落したので、走り寄って竹槍でトドメ刺すことができた。
もちろん、鳥肉はしっかり
で、旅に持っていく食料も多少は確保できたところで、いよいよ海を渡るための船……というかイカダ作りを開始したんだ。
船体部分は、さっきも言った通り簡単に作れたんだが、問題は“動力”と“操舵”だ。
無人島脱出物のマンガとかだと、よく筏には帆柱を立てて帆を張ってるけど、現実には素人がキチンと帆船を操作するのは難しい。
次善の策は手漕ぎ式。とは言え、ある程度の大きさがある船(筏だけど)を、池のボートもロクに漕いだことのない男がひとりで(しかも手作りのオールで)動かすとなると、その速度はたかが知れてるわけで……。
陸地までの距離を漕ぎ渡るとなると、どれだけ時間がかかるかわからない。
川にある渡し舟みたく水底に竿をさして動かす……なんてのも、海の深さからして不可能だ。
しかし、俺にはひとつ腹案があった。
それを披露する前に、まずは俺の“現在の”ステータスを見てほしい。
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■笹森ささもり 明あきら
ヒューマン(外来人) 18歳 男 レベル5
称号:無人島サバイバー
所属:なし
職種:なし(一般人)
[能力表示]
筋力14 耐久13 敏捷14 器用15
知力12 精神13 集中12 運用14
生命力41(41) 魔力量49(39+10) スタミナ26(26)
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─────────────────────────(↑)
[習得技能]
・野外生存術:初級
野外活動をするためのごく初歩的な知識と技術を持っている。
・槍投げ術:初級
手にした槍を目標に向かって投げる技能。初級なら、人間程度の大きさの静止目標に対し20メートル以内の距離なら90%の確率で命中させられる。この技能は本来「槍術」の派生スキルであり、「槍術」の習得にプラス補整がつく。
・槍術:初級
手にした槍で戦うための技能。初級なら、自分の体格に合った長さ・重さの槍を武器として、自分より2、3レベル高い敵とも互角に戦うことができる。「棒術」の習得にプラス補整がつく。
・ランニング
短距離走と長距離走の能力を総合的に高める技能。ただし、どちらかに特化した技能よりはやや劣る。「ダッシュ」、「持久走」、「逃走」などの技能の習得にプラス補整がつく。
・木工細工:初級
木材を加工して、生活用品や武具・玩具の類いが作成できる。初級ではかろうじて実用に耐えるが、売り物にできるほどではない。他の細工系技能の習得にプラス補整がつく
・魔力増加:初級
魔法の鍛錬を連日限界近くまで続けることで得られる技能。初級なら本来より魔力が10増える。
[固有権能]
・環境適応
アールハインの一般的な大気、水、細菌、食物などの環境に適応した身体を持つ
・言語理解:初級 (グラジオン)
グラジオン大陸における共通語による会話および読み書きができる。
・身体能力底上げ:中級
4つの身体能力を最低15まで引き上げる。15以上のものについては変化なし。
(※能力表示には反映されない)
・利便魔法習得:初級
アールハインで標準的な魔法のうち、利便系魔術を習得している。初級なら、【点火】【灯明】【結露】【清浄】【送風】【脱臭】【耕地】【足場】を使用可能。
*無限之竹林(アンリミテッドバンブーズ):Lv2
魔力を消費することで、何もないところから竹を生やせる。また、このギフトは熟練度に応じて成長する。Lv2では、魔力1を消費し、3メートル四方の地面(石畳や木の床でも可)に30秒間精神を集中することで100本ほどのタケノコを生やし、さらに魔力を1注ぐことでおよそ30秒で成長した竹になる。
また、これによって生み出される竹の質・種類も熟練に従い増加する。Lv2なら真竹に加えて良質な孟宗竹も生み出せる。
ちなみに、一度生み出した竹は普通の植物同様に根付き成長する(ただし成育に適さない環境だと、そのまま枯れ落ちる)。
*万能竹細工(マルチバンブーワークス):Lv2
竹水筒、竹皿、竹竿、竹箒、竹槍のような簡単なものから、竹籠、竹ざる、竹縁台、竹刀のようなやや高度なもの、さらに家具や武器防具、果ては建築物に至るまで、竹を素材にしてできるものなら何でも作れるようになる能力。ただし、あくまで自分の手で「作る」能力なので、相応の素材(竹)とある程度の道具類と時間は必要。また、いきなり高度なものを作るのは無理で、ある程度熟練度を上げる必要がある。Lv2なら店売りの品としてもかなり複雑で高品質な竹製品が作れる。
また、タケノコ料理を調理する際にプラスの補整が加わる。
─────────────────────────(↓)
習得魔法については変わっていないので割愛するとして、いくつか増えてたり、微妙に成長していたりするのだ。
まずはレベルが4から5に上がっている。
──おかしいとは思わないか? 俺がこの世界に来て倒したのは、ウサギモドキ2匹とウズラモドキ1匹だ。それだって、“戦闘”と言うより、一方的に“狩った”というほうが正しい。某国民的RPGのレベル1主人公だって、最弱のスライムをたかだか3匹倒したくらいで、レベルが上がったりはしない。
そう、勘違いしやすいが、この“レベル”というのはあくまで“本人の現在の戦闘能力”の測定結果(いや、誰が測定してるのかは謎だけど)。“モンスターなり生物なりを殺して経験値を得たからレベルアップする”なんてゲーム的な仕組みじゃないんだ。
万家さんによれば、蟻んこ1匹斃さなくても、たとえば剣術の鍛錬で剣の腕前が上がれば大抵はレベルも上がってるし、それどころか脳内シミュレーションで自分にとって最適な戦い方に思い至っただけで上がる可能性さえあるらしい。
逆に、たとえ何十匹モンスターを殺したとしても、何も考えずにただ惰性と反射で身体を動かしてただけなら、自分の成長につながる戦闘経験が得られたとは到底言えず、当然、
だから俺に関して言うなら、実際にこの手を汚して生物を殺したことで“戦う”、“殺す”ということに覚悟が決まって、必要以上に委縮したりためらったりすることがなくなった──という意味で、戦闘能力が上昇したとみなされたんじゃないだろうか。
さらに言うと、
今の俺の場合、“魔力量”がいくらか増えてはいるが、これは魔法やギフトを繰り返し使うことで“精神”と“集中”が1増えたのと、新たに習得した“魔力増加”のスキルの影響だろう。
もうひとつ増えた技能の“槍術”に関しては、読んで字の如く“槍を扱うための技術全般”だ。実際にウサギやウズラに槍でトドメを刺したほかに、竹槍の素振りをしたり、探索時に下生えの草をかきわけたりして、確かに多少は槍の取り扱いに慣れてきた……ような気がする。
普通はその程度で武器系の技能が生えたりはしないんだろうけど、外来人の場合は、初級技能の習得が現地人こちらの人より幾分容易らしいし、それに加えて俺の場合、元々“槍投げ術”を持っていたことの補正があるんだと思う。
俺独自の
──おっと、前置きが長くなった。
大方予想はつくだろうが、俺は魔法の力を借りて筏を動かすつもりなのだ。
【送風】の魔法。アレは業務用大型扇風機を強にしたくらいの風力が生み出せるから、利用しない手はない。
まず、“無限之竹林”で可能な限り太い竹を生み出し、長さ30センチくらいに切る。この時、節を避けて中身がパイプ状に素通しになるような形状にしておくのがポイント。
それを3つ並べて筏の後部に取り付け、真ん中のひとつはガッチリ固定、両端のふたつはある程度左右に動かせるようにしておく。
で、3つの竹パイプの前端部分にまとめて【送風】をかけて後端部から勢いよく風が噴き出すようにすれば、魔術式簡易ジェットの出来上がりってわけ。
方向転換したい時は左右どちらかの竹筒を、ちょちょいっと弄ってやればいい。
この方式の欠点は【送風】の持続時間が10分程度だってことだ。
俺の魔力量は49だから1回で2消費する【送風】を24回使用できることになる。時間に直せば240分だから、おおよそ4時間。ただし、その4時間のあいだにも魔力はじりじり回復するから、さらに1、2回は使用できるだろう。
それでも25、6回。船のスピードが時速5キロくらいなら20キロ程度は進める計算になるだろうか。ドーバー海峡の最狭部が34キロくらいだったはずで、仮にこの島から陸地までも同じぐらいだと仮定すると、3分の2程度は進めてもまだ足りない。
──ただし、これは俺が【送風】式ジェットだけに頼った場合の話だ。
手漕ぎ用の櫂も作ってあるし、さらに慣性というやつもあるから、【送風】が切れてもすぐに筏が停止するわけじゃなく、スピードは落ちても多少は進むはずだ。【送風】が切れたら、しばらくはオールで漕ぐことで補い、それでも船の勢いがなくなったら、再び【送風】を使って加速する──というサイクルを続ければ、7~8時間くらいで、少なくとも陸地がはっきり見える位置までは進めるだろう。
その時点でいけそうなら手漕ぎ式で上陸するまで漕ぎ着け、無理そうなら海上に停泊して、翌日残りを進めばいい。
問題は、海上でサメやシャチ、あるいはクラーケンみたいな巨大生物に襲われる可能性だけど……まぁ、正直これは気にするだけムダだな、うん。少なくとも島から観察できる範囲では、サメやシャチの類いは見当たらないし、沖に出て襲われたら、よっぽど運が悪かったと割り切るしかない。
いや、最後の瞬間まで生存をあきらめるつもりはないけどな。
「さて……そろそろ行くか!」
覚悟を決めて、俺は大海原……というには少々狭いが、それでも生身で泳ぎ切るのにはツラい海面へと、手製の筏で乗り出した。
* * *
さて、結論から言うと──気合充填120パーセントといった感じの明の決意や覚悟は、実のところ、その半分以上がムダになった。
と言うのも、4時間ほど航行したところで、陸側から来た漁船(帆と魔道具式推進器の併用タイプだ)に遭遇して、親切にも港まで乗せてもらえることになったからだ。
せっかく作った筏は少々惜しかったが、無理に曳航していくほどの愛着があるわけではなく、積み替える荷物もさほど多くはないので、そのまま置き去りにすることにする。
「いやぁ、助かりましたよ。ありがとうございます」
「なぁに、困った時はお互い様じゃ。しかし、にぃちゃん、なんであんな辺ぴなトコロにいたんかのぅ? ここんとこ海も穏やかで、客船が難破したっちゅう話も聞かんが」
「えーと……」
古いアメリカンコミックの某水夫を30年老けさせたような逞しい漁師に問われて、ちょっと答えに窮した明だったが、恩人に嘘をつくのもしのびなかったので、ここは正直に答えることにする。
「実は、俺、神様に異世界から連れてこられた「
初老の漁師はさすがに驚いたものの、明の見慣れぬ服装と荷物、この辺りでは珍しい黒髪・黒瞳・黄肌という特徴から、どうやら信じてくれたようだ。
「ほぅほぅ、グラジオンに来たと思ったら、無人島に出たと。そりゃまた災難じゃったのぅ」
「ええ、本当に。まぁ、おかげで
そんなことを話しているうちに、漁師の地元の漁村に到着する。
「すみません、お世話になりました」
船から降りた明は、初老の漁師にペコリと頭を下げる。
「なんの、大したことはしとらんよ。にぃちゃんも疲れとるじゃろうし、とりあえずは今晩はワシん家ちに泊まっていくがよかろう」
「さすがにそこまでは」と遠慮しかけた明だったが、自分が此方(アールハイン)のお金は一銭も持っていないことを思い出す。
「重ね重ね、ご迷惑をおかけします」
「ハハハッ、なーに、こんな田舎でめったに客も来ん土地柄じゃ。礼代わりに外来人さんの故郷の珍しい話を聞かせてくれたら、それで十分じゃて」
「あ、そうだ。これツマラナイモノですが、もしよかったら酒の肴にでもどうぞ」
せめてものお礼にと、島で作った保存食2品を差し出す明少年。
「ほぅほぅ、これはコミミウサギの肉の燻製じゃな。こっちの褐色の燻製の方は見たことがないが……」
「スモークタケノコです。此方(グラジオン)でも南東部の一部には自生しているらしい“竹”という植物の若芽を加工した食べ物ですよ」
「ふーむ。確かに匂いは悪くないのぅ」
──こうして、いささか締まらない
-番外編3、ひとまずfin-
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