◇その4.女騎士(?)アルストロメリアの成長

 アヴィターバ付近は、熱帯に近い温帯といってよい気候で、少し人里を離れれば豊かな森林が生い茂っている。

 町から南西に向かう街道沿いに小一時間ほど歩き、そこからさらに道を外れて数分南下した地域エリアの一角で灌木が密生した藪に陰に身を隠しつつ、一行のリーダーを務める青年シンに、メリアは小声で問い掛けた。

 「あれが今回の標的ターゲット、ですか?」

 彼女の視線のおよそ15メートルほど先には、ハエトリソウを成人男子より頭ひとつ分ほど大きくして、根元からさらに細長い触手のようなものを数本生やした植物(?)系のモンスターが、うねうねと蠢いている。

 「ああ、“ビナス・マントラップ”と呼ばれる食肉植物だ。リスやウサギ、あるいは小鳥が主なエサだけど、見つけたら犬猫なんかも普通に捕食するし、人間でも小さな子供とかグラスフェローあたりは危ないかな。

 1体だけなら、低レベルでもキチンと武装した冒険者が2、3人いればどうとでもなるんだけど、あんな風に群れられるとなかなか厄介なんだよ」

 シンの言う通り、その場には5体のビナス・マントラップが一定間隔をおいて生えて(?)いた。

 「まさか、植物なのに動物の群れみたく連携してくるんですか!?」

 「連携と言えるほど複雑なものでもないけど、単体の獲物には四方八方から群がり触手で自由を奪って封殺、複数相手なら適宜分散して当たる……くらいの戦術はとってくるぞ」

 そうなると、メリアたちは3人の場合、純後衛であるシン以外のふたり──クサキリマルとメリアが前に出て、ひとりで2、3体相手取る必要があるだろう。

 「とは言え、所詮は植物故、火を使えれば楽なのでござるが……」

 クサキリマルが残念げにそう言うのは理由がある。

 「依頼の目的には“素材の確保”もあるから、灰にしちまったら本末転倒だ。クサキリマルの火遁術ファイアーワークスは自重してくれ」

 ──つまりはそういうコトだ。今回、シンたちが受けた依頼は、“ビナス・マントラップの討伐とその素材回収”となっている。前者だけでも一応最低限の達成条件は満たせるが、素材を持っていけば結構なボーナスが出るのだ。


 「ま、それでもやりようはあるから打ち合わせ通りにいこう」

 「承知」「了解です」

 仲間ふたりが短く肯定の意を示したことを確認してから、シンは腰帯鞄ウェストポーチから蜜柑ほどの大きさの素焼きの小瓶を取り出し、コンパクトなフォームで、ビナス・マントラップたちのちょうど中央にあたる場所……の上空へと投げた。

 間髪を入れず、予め左手に用意しておいた射弾叉パチンコを構えて、小瓶を狙い撃つ。

 射弾叉から飛び出した礫弾は、狙い過たず放物線を描いて飛んでいく小瓶を撃ち砕き──瓶に仕掛けでもしてあったのか、広範囲に飛び散った液体がしぶきとなって降り注ぐ。

 途端に、食肉植物たちの触手の動きが目に見えて遅くなった。

 「よし、効いてるな。じゃあ、接敵開始」

 シンの指示に従って、繁みの後ろからまずは、クサキリマルが走り出し、数歩遅れてメリアも続いた。


 目の細かい鎖帷子チェーンメイルの上に、黒に近いダークグリーンの忍装束を着込んで小走りに駆けるクサキリマルの姿は、地球、とくに日本から来た外来人が見れば、ひと目で「忍者だ!」とわかるだろう。

 小鬼族ゴブリンである彼の歩幅コンパス草童族グラスフェローと同等、つまりはヒューマンの子供並に小さい。

 子供であれば、多少はしっこくても運動能力に秀でた大人の足の全速力には敵わないのが普通だが……種族的差異というのは大きく、グラスフェローの冒険者は、歩幅的には有利なはずのヒューマンに比して2、3割方速く走れるのだ。

 ゴブリンもまたそれに近い特性を持っている。体格的に頑健とも剛力とも言い難く、知性や魔力に関しても魔族の中では秀でている方だとはお世辞にも言えないが、素早さと器用さ、そして持久力スタミナに関する成長率のびはなかなか優秀だ。

 まして、クサキリマルの場合、まだ子供と言える年頃から冒険者に憧れ、将来忍者になるべくハードな訓練を積んできたのだ。その運動能力、とくに行動速度スピードに関しては、小柄な体躯から想像できる域をはるかに超えている。

 多種多様な職種クラスの冒険者が存在するグラジオンに於いて、「戦士は膂力ちからで叩き割り、剣士や侍は技量わざで斬り、忍者は速度はやさで切り裂く」と言われている。先天的にその“速度”に秀で、かつ後天的にもそれを磨きあげたゴブリンの青年にとって、忍者はある意味で天職とも言えるだろう。

 ──もっとも、同様にゴブリンの適職である盗賊シーフ野伏レンジャーなどに比べると、一人前になるまでの道のりは、ずっと険しいのだが。


 そして、そのような厳しい修行を経て、幾多の冒険者経験も積み、そろそろレベル30(≒準一流)の域も視野に入ろうかという階梯の忍者が、たかだかレベル10程度のモンスター(しかもデバフ済み)と対峙すれば……。


 「──成敗完了、でござる」

 さしたる反撃も許さずにあっという間に3体の食肉植物を切り倒すのは、当然の結果とも言えよう。

 複数の触手によって構築された相手の攻撃圏に踏み込むことは、確かに少々厄介ではあるが、触手の動きをはっきり視認でき、なおかつ大幅に上回るスピードの持ち主であれば、敵の攻撃をかいくぐって本体である触手の付け根部分を大きく切り裂くことで、ほぼ一撃で戦闘不能に追い込めるのだ。

 巨大な自重を支えるだけあって、ビナス・マントラップの表皮や体組織は決して脆くはないのだが、鋭利なクサキリマルの忍刀ニントーの前では、俎板の上の大根とさして変わりはない。

 ちなみに、速度と手数で勝負するクサキリマルのようなタイプにとっての天敵はアイアンタートルやメタルゴーレムに代表される“堅くて刃が通らない相手”なのだが、彼の場合、「忍法ニンポー」と呼ばれる呪術的な攻撃手段も持つため、そこまで致命的でもない。


 「さて、アルストロメリア殿の方は如何であろうか?」

 同じく前衛に立って残る2体の食肉植物を相手にしているはずのメリアの方に視線をやると……。

 「とっ、はっ、やっ……わわっ、と」

 危なげなく──とは言えないまでも、それなりに様になった動作で触手を斬り払い、あるいは盾ではじき返すなどして、きちんと“タンク”としての役割を果たしていた。

 メリアが左手に装備している凧形盾(カイトシールド)は、当面3人で組むにあたって、シンとクサキリマルが金を折半して購入し、彼女に渡したものだ。

 特に高級品というわけでもないが、それでも中型以上の盾は相応の値段はするので、騎士志願の少女は恐縮していたが、普段は両手で長剣を振るい、敵の攻撃を受け止めるよりかわすことに重点を置くタイプの彼女に、シン達の都合で防御ガード役をやらせるのだから、それくらいは必要経費だろう。

 無論、初心者である彼女にとっても、それなりにレベルが高い冒険者の監督えんごの下で戦術の幅を広げられることは、プラスになりこそすれ決して無駄にはならないだろうから、WIN-WINと言ってもよかろう。

 初心者に2体の敵を相手どらせるのは危険なように見えるかもしれないが、メリアの腕前ならこの程度の敵1体だけが相手なら比較的容易に斬り伏せてしまえるので、“訓練”にならないのだ。

 そもそもメリアほどの体格と(装備も含めた)体重があり、さらに初心者としては破格の重武装をしていることも加味すれば、目や口の中などの弱点に直撃でもしない限り、ビナス・マントラップ程度の攻撃で大ダメージを受ける可能性は極めて低いだろう。

 そのことをクサキリマルもシンも理解しているからこそ、前者はわざと2体見逃して彼女に相手させ、後者もより効率的に植物系モンスターを弱らせる“ハイパー除草剤X(製作&命名:シンタロウ)”の使用を控えて、普通レベルの除草剤を撒いたのだ。


 ともあれ、「敵からの攻撃はダメージが1しか入らない代わりに、こちらの攻撃も当たりづらい(ただし、当たれば普通に効く)」という、どこぞのシミュレーションRPGにも似た状況が2分ばかり続いた後、そろそろいいだろうということで、手の空いたクサキリマルがあっさり1体を片付ける。

 もう1体は、シンが根元に炸裂薬弾を当てて動きが一瞬止まったところを、好機と見て攻勢に出たメリアの剣が見事に切り倒し、それで今回の戦闘は終了となった。


 「え……やった、あたし、やったよ!」

 それなりに手強い(と感じた)敵を自分が一撃でバッサリやったことが信じられないのか、メリアは一瞬呆けていたものの、すぐに事態を飲み込んで歓声をあげる。


 「はいはい、うれしいのはわかるけど、他にも敵がいる可能性はあるんだからはしゃがない。俺が素材回収はぎとりしてる間、クサキリマルといっしょに周囲の警戒頼むぞ」

 切り倒されてなおウネウネと動いている食肉植物……の各部位なれのはてたちを巧みに捕まえて解体しながら、シンは指示を出す。

 「あ……はいッ!」

 ビシッと背筋を伸ばし、言われた通り警戒態勢をとるメリア。

 仮徒党を組んでから一週間目になるが、剣の腕はともかく“冒険”についてはまるっきりの素人だった彼女も、それなりに成長しているようだ。

 町にいる時はいまだ時々騎士厨的残念な言動がこぼれ出たりはするものの、少なくとも冒険行の間の彼女は素直で聞き分けがよく、経験の浅さの割には前衛としてもそれなりに頼りにできる、良き後輩だと言ってもよいだろう。


 (これは案外掘り出しモノかもしれませぬぞ)

 (俺としては、このまま正規採用もアリだと思うけど──ほかのふたりはどう思うかね)

 剥ぎ取りと見張りのかたわら、クサキリマルとシンは視線アイコンタクトだけで器用にそんな会話そうだんを交わす。


 「──よし、終わった。それでメリア、街に帰る前にひとつ寄りたいところがあるんだが、大丈夫かな?」

 話がまとまったのか、素材回収が終わると同時に、シンはそんな提案をメリアに投げかけた。

 「え? はい、特に急ぎの用事などはありませんけど……」

 言外の「どこに?」というメリアの疑問を感じたのだろう。クサキリマルが補足する。

 「拙者たちの仲間のひとりで、負傷のため療養していた御仁が、この近くに住んでいるのでござるよ」

 「ああ、確か盾役を専任でやっている方でしたっけ。でも、どうしてこんなところに?」

 荷物をまとめるのを手伝いつつ、メリアは小首を傾げた。

 ちなみに、ビナス・マントラップの素材は結構な容量かさがあるため、あまり大きくないシンの【歪空収納(ストレイジ)】には収まりきらなかったので、一部はそのまま束ねて背負子に積み、シンとメリアで手分けして担いでいくことになっている。

 クサキリマルが荷物運搬それをやらないのは、移動時の斥候を務めるからだ。

 「そいつ、ディンゴって言うんだけど、普段冒険に出ない時は、ログハウスに住んで副業で木樵をやってるんだよ」

 「いやいや、彼奴ディンゴに言わせれば、冒険者の方が副業ではござらぬか?」

 珍しくクサキリマルが相手の名前を呼び捨てにしていることからして、かなり親しい間柄なのかもしれない。

 「なるほど。それで“仕事場もり”の近くに丸太小屋おうちを構えてらっしゃるのですね」

 話を聞いてメリアも納得する。彼女も異論は唱えなかったので、一行は帰路の途中にある彼ディンゴの家に立ち寄ることになった。


  * * *  


 「丸太……小屋?」

 “丸太小屋(ログハウス)”という言葉で思い浮かべるイメージと、目の前にある建物のギャップに、しばし絶句するメリア。

 確かに、主要建材には切り出した木の丸太が使用されている。いるが……どう見ても高さ7メートル近く、面積にして100平方メートルは下らないだろう巨大な建物を“小屋”と呼ぶことには、激しく違和感がある。

 「驚いたかもしれないけど、この家の半分近くは“作業場”だから」

 「計算通してやったり!」という表情で、メリアの顔を眺めつつシンが説明する。

 「作業場、ですか?」

 「さよう。木を切り倒しても、そのまま街まで持って行って売るわけにはいかぬでござるからな」

 より正確には、そうしても別に構わないのだが、枝葉がついたままだと長距離の持ち運びには不便だし、値段も買い叩かれる。

 そのため、ディンゴは伐った木をいったん自宅いえまで運び、ある程度乾燥させたうえで、枝を落としたり、適当な長さに切り揃えたりして丸太に加工し、“商品価値”を高めているのだ。

 「ああ! 確かに、大きな木をそういう風に加工したり置いておくなら、屋根が高くて広い場所が必要ですね」

 「──ま、それだけが理由じゃないんだけどね」

 ポツリと付け加えるシンの言葉に、「え?」と聞き返すまでもなく、メリアにもその“理由”とやらが理解できた。

 「おんやぁ、ダグさとシンさ、来てくれただかぁ」

 高さ3メートル以上もある大きな扉を開けてのっそりと姿を現したこの家の主ディンゴは、この家にふさわしい巨大な体躯を有していたのだ。

 身長はメリアの倍近くあるが、体格的にはややヒョロっと細めの印象を受ける。木材にも似た薄茶色の肌と黒に近いモジャモジャの茶褐色の髪。ヒューマンの基準からすると随分と長めの腕と逆に短い足。熊革を加工したとおぼしきシンプルなチョッキと七分丈のズボンを着用し、足元は底と先端を鉄で補強した革靴を履いている。

 右手にハンドアックスらしきものを携えているが、おそらく並のヒューマンやエルフなら両手を使わないと持ちあげることも難しいだろう。

 まるで子供を脅かすための童話の中に登場する“人喰い巨人”のような第一印象みかけだが、よく見ればその表情は穏やかで、つぶらな目もうれしそうに細められている。

 「メリア、紹介しよう。俺たちのパーティの守護神とも言えるトロルのディンゴだ。ディンゴ、こちらは臨時で徒党を組んでる新米冒険者のアルストロメリア嬢」

 シンに紹介を受けて、巨人──ディンゴは相好を崩した。

 「オラ、ディンゴだぁ。“しゅごしん”なんてたいそうなモンじゃねぇだが、ダグさやシンさと組んで、ときどきボウケンに出かける仲だぁよ」

 どうやら見かけに反して(というか“見かけ通り”と言うべきか判断に悩むところだが)朴訥で人の良い男性らしい。

 「──はっ、はい、アルストロメリアと申します。どうぞヨロシク」

 どうやらクサキリマルの正体暴露時で耐性めんえきができていたのか、かろうじてメリアもまともに受け答えすることができたようだ。


 トロルとは、アールハインに住む“人間種ヒト”の中でももっとも希少な五番目の種族だ。極めて大柄で見掛けに比例して力も強い反面、知恵や魔力では一番劣っている。多くは山奥に小規模な集落を作ってまとまって住んでいるのだが、まれにディンゴのように町に出てくる者もいないわけではない。

 とは言え、普通のヒューマンの村人、町人なら一生目にすることのない者も多い。特に、ヒューマン以外の種族の割合の少ないサイデル大陸あたりなら、なおさらだろう。


 「ん~、せっかく来てくれたとこでわりいんだが、ちぃと薪をつくりにいくところだっただよ」

 さて、どうしたものかとドアの前で首を捻るディンゴ。いかつい体格と顔つきの割にはなかなか愛敬があった。

 「それやったらウチが相手しといたげるさかい、心配せんでもエエで」

 いつの間に歩み寄っていたのか、ディンゴの巨体の陰から、妙齢の女性がひょこっと姿を現した。

 「おぉ、ジンガァさ、そったら任せただ」

 ドスドスと重たげな足音を立てて、トロルの青年はログハウスの裏手へと消えていく。

 「! ジンジャー、戻ってたのか」

 「うん、今朝からな。通り道やさかい、ディー坊のとこにお見舞いがてら寄らせてもろたんや」

 アキツ西方のなまりのある独特の口調で話すその女性は、一見したところ20歳前後のグラマラスな銀髪美女に見えたが、肌が浅黒く、また笹の葉のように尖った耳朶を持っていた。

 「だ、ダークエ……」

 「おっと、アルストロメリア殿、その言葉は禁句でござる」

 とっさに背伸びしてメリアの口を掌でふさぐクサキリマル。

 外来人が珍しく悪い影響を与えた例のひとつが、この“ダークエルフ”という概念をアールハインに持ち込んだことだろう。

 何の因果か、50年ほど前にとある外来人の冒険者兼作家が書いた(アールハインとは別の世界を舞台にした)空想冒険小説が大当たりしたのだが、その中の敵方の女幹部としてダークエルフが登場したのがこの単語が広まった発端だ。

 大多数の地球人が思い描く“剣と魔法のファンタジー世界”に極めて近いアールハインではあるが、この世界に地球で言う“ダークエルフ”と呼ばれる種族は存在しない。

 より正確に言うなら、エルフ自体が大きくふたつに分類され、華奢で小柄で色白な“森エルフ”のほかに、長身で比較的体格がよく褐色の肌を持つ“野エルフ”が存在する。

 この野エルフが外見だけならダークエルフに近いと言えるだろうが……別段“闇に染まった邪悪な種族”でもなんでもない。むしろ、孤高・狷介な傾向の強い森エルフよりも、社交的で話のわかる連中と言ってよいくらいだ。

 その野エルフを(外来人由来の空想的概念である)“ダークエルフ”と呼ぶことは、著しい風評被害に該当する。野エルフ達的には「訴訟も辞さない!」とひどく嫌っている行為なのだ。

 地球で言うなら日本人に面と向かって“ジャップ”とか“日本鬼子”とか呼びかけるようなものと考えると、多少は近いかもしれない。

 現在では、「野エルフのことをダークエルフと呼ぶのはOUT!」ということは少なくともグラジオン大陸では、ちょっと物を知っている人間なら常識に近いレベルで浸透しているのだが、そのあたりの認識がサイデル出身のメリアになかったのは間が悪かったと言えるだろう。

 そういう内容を(普段は寡黙な)クサキリマルが手早く小声で説明してくれたあたり、実は目の前の野エルフ女性の逆鱗に触れる行為なのかもしれない。


 「ごめんなさい」

 自分の口にしかけた言葉が、どのような意味を持っているかを教えられたメリアは、意気消沈して目の前の野エルフ女性に頭を下げた。

 「ん、知らんかったようやし、素直に謝ったさかい、かまへん、許しちゃる!

 ──ところで、誰なん、この?」

 シンに“ジンジャー”と呼ばれた野エルフ女性は鷹揚に頷いたものの、すぐに当惑したようにシンたちの方へと振り返る。

 「さっきディンゴにも話したんだけど……ちょっとしたいきさつがあって、ふたりが復帰するまで臨時に徒党を組んでる新米冒険者さんだよ」

 「おお、なるほどな、後輩の面倒みるんは先輩冒険者の義務みたいなもんやし、うん、感心感心」

 シンの言葉に「うむうむ」とひとり頷くジンジャー。どうやら、先ほどのメリアの失言は本気で流してくれるつもりらしく、彼女にこれといった悪感情は抱いてないらしい。

 ホッと安堵の息をついたメリアは改めて自己紹介する。

 「サイデル大陸から来たアルストロメリアです。メリアと呼んでください」

 「ウチは、この3人の徒党仲間で、サブリーダーやっとるジンジャーや」

 「サブリーダーっていうより、経理さいふのひも係って言うほうが正確な気もするけどね」

 茶々を入れるシンの言葉に猛然とジンジャーは反論する。

 「そやかて、元からあんまし物に執着のないディー坊はともかく、マルやんもシンちゃんもお金の運用に無頓着過ぎるんやもん!」

 「あ、あのぅ……」

 「ああ、ゴメンなぁ、メリアちゃん。ディー坊も含めて、この3人、お金にガツガツし過ぎとらんのはある意味美徳なんやけど、普段が丼勘定過ぎるんが困りものなんや。必要なお金をケチらんのと、節約できるとこを締めへんのは全然別の話やからな!」

 心当たりがあるのか、シンもクサキリマルもバツの悪そうな顔をしている。

 「ま、それはおいとくとして……メリアちゃん、今、シンちゃんらと臨パ組んどるんやて? 装備見た感じやと重戦士か騎士志望ってトコやと思うけど……よかったら、ウチが“て”あげよか?」

 何を見るという言うのだろう。

 助けを求めるようなメリアの視線に気付いたシンの説明によると、ジンジャーが持つ魔具のひとつに、“その人の冒険者としての職種の適性を見抜く”眼鏡があるのだという。

 「あくまで“適性”だから思いがけない結果が出る可能性もあるけど、その分、自分の意外な資質がわかるって意味で知っておいて損はないと思うよ」

 「逆に現在の職種に関する自分の素質もわかり申す故、その意味でも励みになるのでござる」

 シンとクサキリマルの両方が肯定的な見解を示したので、メリアも思い切ってジンジャーに“視て”もらうことにした。


 そして出た結果は──。

 「うーん、誤魔化してもしゃあないし、正直に言うで。メリアちゃんの騎士としての適性は0やない。0やないんやけど……1や。それに比べると魔術師としての適性は3ある。つまり、大雑把に言うて、たとえば同じレベルの騎士になるより魔術師になるほうが3分の1の労力で済むっちゅうことやな」

 「!」

 故郷でも魔法の基礎を教えてくれた家庭教師に似たようなコトを言われていたたため覚悟はしていたが、明確な形で“それ”を突き付けられるのは、やはりこたえる。

 しかし、ジンジャーの言葉には続きがあった。

 「それとな、格闘家グラップラーとしての適性が6もあるねん。普通は高くてもせいぜい4か5くらいやから、この数値は破格やで!」

 「…………は?」

 あまりにも意外な情報を聞いて、しばし固まるメリアなのだった。

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