11.真面目であることと良識的であることは必ずしもイコールではない
無事、ユーディットとオリドロスの調製が終了したところで、とりあえず必要になるのが着るものだ。
いくら男でも──いや、男だからこそ、腰バスタオル1枚なんて姿は見てて楽しいモンではないんで、とりあえず着れそうな服を用意することにする。
俺の服ではデカ過ぎるが、シュート用に常備してあるものなら、身長・体格ともに近いし、ユーヂなら多少の誤差はあれど着れないこともないだろう。
「マスター、オレっちは?」
ドロスの場合、14歳くらいの少年という外見年齢を考慮しても、幾分小柄なので、シュート用の服だとぶかぶかだろうな。
「今作ってやるから、とりあえずドロスはバスローブ羽織ってろ」
魔動式ミシン(と言っても、電動ミシンを
「マスター、パンツがないんだけど」
えぇい、俺はお前のオカンじゃないぞ! 待ってろ、今……。
「大将~、買って来たでやんすよ~」
お、ナイスタイミングだ、ユラン!
とり急ぎ、最寄りの雑貨市場に走らせたユランからカバンを受け取り、適当にサイズを見つくろって買ってこさせた男性用下着を取り出して机の上に積み上げる。
「ほれ、こん中から好きなモン選んで履いとけ。俺はノーパンの男を身近に置くような
「その言い方だと、ノーパンの女性なら構わないように聞こえやすが」
阿吽の呼吸でユランのツッコミが入る。
「それはそれで……って、冗談だから、ユーヂ、「やれやれ」って顔して溜息つかないでくれ」
「──ええ、冗談ということにしておきましょう」
と言いつつ、明らかに表情がそれを裏切っているのは、さすがに5年以上身近にいて、俺の気性をよくわかっている、と言うべきか。
ちなみに、7年前にユランを生み出して3ヵ月くらいしてから、エルシアを筆頭とする“妹”たちを作り、さらにそれから半年ほど経ってクラムナード大陸にいた頃にこの
ま、今となっては、それほどハッキリした違いはなくなってるがな。
「あ、コレいいな! オレっちは、これにするゼ!」
──そして、此奴ドロスはある意味、まったくブレないな。
そもそも、何だ、その白地に赤いハートマークが散らされた柄のトランクスは? パンツ一丁になっても勇気を武器に戦うつもりか!?
「いやぁ、イチゴ柄の方が良かったでやんすかねぇ」
敵から一発攻撃受けただけで
と言うか、そもそも、グラジオン辺りならともかく、このロムルスでそんなファンキーな柄の布地が出回っていること自体が驚きだよ!
「ふむ、それについては、以前主殿がフェイア殿に頼まれて、いくつか布地の見本と製法を市場に流されたはずでは?」
──そういや、そうだった。まさかこんなくだらない形のブーメランが返ってくるとは予想外だな、ヲイ。
そんなこんなでムダに大騒ぎしているところで、
「へーい、今開けるよー」
魔道具越しに声をかけて、玄関の鍵を遠隔解除したんだが……微妙にイヤな予感がするから釘刺しとくか。
「言っとくがドロス、エルたちの前で「ぞ●さん」とかやるなよ?」
アレは年端もいかない幼児がやるから許されるんであって、お前の外見年齢なら、どう考えても猥褻物陳列罪はんざいだからな。
「マスター、そいつは“フリ”ってヤツだよナ?」
ぅわー、すっごくイイ笑顔でサムズアップしてやがる。
「ちげーよ! おい、ユーヂ、そのアホの手綱は任せた」
「はぁ、ご命令とあらば承りますが……貧乏くじですなぁ」
ショボくれてるユーヂには悪いが、この種の悪ノリするヤツに振り回されるのは、若い頃のサトゥマとテーバイだけでお腹いっぱいだ。
「でも、大将もノってる時は、未だに結構な悪戯小僧シロモノでやんすよ?」
グハッ……精神的痛恨の一撃をくらった気分だ。しかも、多少の自覚はあるだけに、ユランの言葉に反論もできないし。
「たっだいま~♪ ──あれ、なんで、そこのふたり妙に黄昏てるの?」
「おかえりなさいやし。いやぁ、大将には、アッシがちょいとマズいこと言っちまったんでさぁ。ユーヂの方は、大将が無茶ぶりしたんで、まぁ、ガンバレとしか」
部屋に入って来た姐さんとユランがそんなやり取りしてる間に、どうにか気勢を立て直す。
「──ゴホン! ああ、大丈夫だ、問題ない。それで、みんな、買い物の首尾はどうだった? 楽しめたか?」
よく見れば、エルシアたちは、出かけた時のありあわせの簡素な服装から、店で購入したとおぼしき、それなりにオシャレな格好に変わっている。
エルシアは、エンジ色をした襟高ハイカラーシャツに白いプリーツスカート。スカート丈がかなり短めなのが意外だが、その下に暗紫色のレギンスを履いているから、肌の露出そのものは低めだな。足元は白い革製ミドルブーツで、見栄えの面でも実用面でも悪くない選択だ。
「如何でしょう、お姉様?」
「ふむふむ……シンプルながら、女性らしい優美さと動きやすさを両立してるのは、なかなかポイント高いんじゃないでやんすかねぇ」
「! お褒めにあずかり恐悦至極、ですわ♪」
そこで、主である俺じゃなくユランにまず最初に感想を聞きに行く辺りが、いかにもいつものエルらしいが。
ペリオノールは……こりゃまた、ずいぶんヒラヒラしたカッコを選んだな。
「どう、ドムスさま、カワイイでしょ?」
フリルの多用された白い長袖ブラウスに濃紺のコルセットドレスという組み合わせ自体はオーソドックスだが、ドレスの胸の部分がバストを強調するように大きく開けられてる(ア●ミラの制服を思い浮かべてほしい)し、スカート丈はそれなりに長いものの、フロントにほとんどウェスト近くまでスリットが入ってる。
「それ、ちょっと動いたら下着がチラ見えするんじゃないか?」
「だいじょーぶ! 下に短めのアンダースカート着てるし!」
ピラリとまくった隙間からは、確かに白いレースのスカートが見える。足には、やや底が厚めのモカシンを履いてるようだ。
大方、ペリオのアサシン風戦闘スタイル的に、暗器をたくさん隠せてかつすぐに取り出せるようにとの配慮でこの服装を選んだんだろう。
「おお、意外に考えてるじゃないか」
「と、当然だよ! ペリオちゃんカワイくてデキる女だもん(完全に外見重視で選んだなんて言えない……)」
「(あ、コレ、全然そんなこと考えなかったって顔だ)お、おぅ、そうだな」
まぁ、コイツらは今日初めて(竜牙兵ではなく)“人間”として街に買物ショッピングに出かけたんだし、多少浮かれた程度で目くじら立てるつもりはない。
「ベロッサも、うん、なかなか似合ってるぞ」
「えへへ、ホントですか、ドムス様?」
シンプルな白ブラウスに、オーキッシュブラウンのビスチェと、同じ色のミディスカートという組み合わせは、ロッサの外見と相まって、ニホンかクラムナードあたりの女学生の制服姿を連想させる。
派手さはないが可憐で愛らしいロッサの雰囲気にはぴったりだな。
ただし、足に履いてるのが膝上まで保護する革製ロングブーツなのは、ロッサなりにしっかり戦闘を意識しているからだろう。肩に羽織ったケープが帆布製の丈夫なものなのも、見た目と実用の兼ね合いから選んだってトコロか。
「ホントは、この格好では戦うような事態にならないといいんですけど……」
とは言え、備えあれば憂いなしとも言うしな。
姉3人(ユランも入れれば4人)が全員、揃いも揃って
「おいおい、主殿、姉者やペリオノールはともかく、私は十分、常識的なつもりだぞ」
クトゥニアか。うん、俺も今朝まではそう思ってたんだが……。
「なぁ、姐さん、“コレ”ってまさかと思うけど、姐さんのシュミじゃないよな?」
「ドムくん、怒るよ? ボクなりに精いっぱい軌道修正した結果が“アレ”なんだからね」
そうか……いや、そうなんだろうな。
俺は、気を取り直して「何が問題なのかわからない」といった顔をしているトゥニアの方へと再度視線を向ける。
そこには、裸の胸にサラシだけ巻いた上に深紅の丈の長い上着──俺の記憶が正しければ
「Q.もしかして A.露出狂?」
「それだったらまだ良かったんだけどね……」
フェイアの姐さんいわく、どうやらトゥニア本人は動きやすさを基準に、マジメに服装を選んだ結果がコレらしい。
「もう、いっそ、師匠にビキニ鎧でも作ってもらった方が、まだマシなんじゃないですか、あれ」
シュートが死んだ魚みたいな目で投げやりに言う──って、いたのかお前!?
「そりゃいますよ!」
あ~、すまん。だが、いまひとつ一般常識に疎いエルシアたちや、“あの”サトゥマやテーバイの姉貴分として色々非常識な事態にも耐性があるはずの姐さんでさえ、ヒキ気味だからな。
常識人枠のお前さんとしては、あんな格好した若い女と表歩いてるという状況に胃が痛かったのだろうことは理解した。俺自らが調合した特製胃薬を進呈しよう。
「そーゆー対症療法より、アッチを何とかしてください!」
むぅ、やはりそうなるか。この種の情理を尽くしての説得というヤツはあんまり得意じゃないんだが……。
結局、ユランも巻き込んでの説得の結果、“皮膚の保護のために、普段はトップクの前のボタンを全部閉め、ボトムはスリムジーンズ仕様のズボンを履く”ということを、なんとかトゥニア本人に了承させることができたのだった──あー、ムダに疲れた。
* * *
……と、まぁ、そんな感じで、多少の
なんて言うか、“娘ないし歳の離れた妹の初めてのお買い物を見守ってる保護者”の気分? 実際、俺が彼女達を“作った”んだから、娘扱いでもあながち間違ってはいないだろうしな。
ところが。
「伝令! ドムス・エンケレイス師に、国王陛下より「相談事あり、至急登城されたし」とのメッセージをお届けに参りました!
なお、フェイア・ポルボーレン師にも同じ内容のメッセージを預かっております」
そろそろ夕飯作るべきかと考えてた頃合いに、王宮からの使者がやって来た。
──ちなみに、姐さんも食ってく気満々で、まだウチにいたので、伝令の人としてはちょっと手間が省けたかもしれん。
「それにしても、今から城に来い、か……」
「どう転んでもイイ話じゃなさそうだね」
フェイアの姐さんと顔を見合わせて溜息をつく。
それがわかっていても、行かないといけないのが宮仕えの悲しいトコロだ。
「と言っても、いきなり隣国との戦争勃発とか、国内に魔王が湧いたとかいう非常事態にはならんだろ」
どちらも可能性としては0じゃないが、少なくとも俺の見立てでは確率的には1%にも満たないはずだ。
「ユランは俺と同行、エルシア以下6名は3人ずつ交代で準警戒態勢を維持、シュートも念のため今日は本宅こっちに泊まれ」
「了解でやんす」
「承りましたわ」
姿形が多少変わったとは言え、長年俺の護衛をやってくれてるユランたちは、さすがにこのテの状況にも慣れてるから、返事が頼もしい。
「師匠……気を付けてくださいね」
逆に、此処に来て半年あまりで、まだ鉄火場の経験に乏しいシュートは、多少の不安を隠せない様子だ。
冒険者としての経験は積ませてたから、命のやりとりをする“戦闘”にはそこそこ慣れてるはずなんだが、こういう
「ま、あまり深刻に考えるな。あの
「さ、さすがにソレは……」
「ないって、言いきれるか、姐さん?」
「ない……と信じたい、かな」
長年親しくしている姉貴分からの信頼がコレという辺りに、この国に住む者として一抹の不安を覚えないでもないが、とりあえずその疑念は心の棚に放り込み、急いで身支度を整えて、王宮近くの
けれど、いつもの王家私用応接間に通された俺たちが、サトゥマ王から聞かされたのは思いもよらない言葉だった。
「すまん、ふたりの知恵ば貸してほしか──ピアがおらんようになった」
<第一部・完、第二部へ>
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