閑話1.(AD)venture business
人生(竜骨生?)初の“私物の買い物”を楽しんでいるエルシア達“
食堂とは言っても、キチンとした建物ではなく、丈夫な天幕で囲われた大型テントのような作りで、総勢6名の一行が入っただけで席の半分が埋まるようなこじんまりした代物だ。
もっとも、この辺りに顔の利くフェイアに言わせると、「このお店、表通りのキチンとしたレストランにもヒケをとらないくらい美味しいんだよ」とのことなので、味はそれなりに期待できるだろう。
4人テーブルに姉妹たちを座らせ、あぶれたふたりはすぐそばのカウンターに腰かける。
「──うーむ……」
注文を済ませて料理が来るまでの僅かな時間に、こっそり溜息をついているのは、無論、荷物持ち(兼男性視点評論家)として連れ回されている少年、シュート・シーマンズだ。
「さすがに疲れた? シューくん」
隣りに座ったフェイアが、僅かにいたわるような声音で問い掛ける。
「あ、いや、それもあるにはあるんですが、なんていうか素朴な疑問が湧きまして……」
「ん、なになに? せっかくだから、ボクでわかることなら教えてあげるけど」
先ほどまでの“若人をからかう悪戯好きおねーさん(?)”モードから、ドムスと並ぶ彼の
「そのぅ、今更なんですが、“冒険者”って何だろう、って……」
「──ああ、なるほど」
どうやら、今回の荷物持ちが正式に依頼としてギルドに認められたうえ、自分を名ざしで指名していた──という事態に直面して、自らが属している“冒険者”という存在に改めて疑問を抱いたらしい。
「んー、ザックリしたのとバッサリしたの、それとキッチリしたの、どの答えが聞きたい?」
その
「うん、じゃあ、バッサリ
「──いや、そりゃ、確かにそれで間違ってはいないんでしょうけど……」
「違う、そうじゃない」と言いたげなシュートの様子を理解しつつ、重ねてフェイアは言い聞かせる。
「でも、公的な──それこそ、このロムルス王国だけでなく、サイデル大陸全土……ううん、ドムくんから話を聞いた限りでは、グラジオンやクラムナードも含めて“この世界”における正式な定義はそういうコトだよ。
逆にいうと、ギルドに登録していない人は、どれだけ腕利きだろうと高い地位や財産を持っていようと、“冒険者”とは認められないってこと──登録を抹消された人もね」
何気なく最後につけ加えられた一言に含まれた、予想外に重いニュアンスに、シュートはギョッとして、思わずフェイアの顔を見返す。
「あはは、ちょっと脅かし過ぎたかな? でも、
「は、はい」
コクコクと頷くシュート。辛いことや苦しいことが皆無というワケではないものの、彼自身は冒険者という職業自体は気に入っているので、登録を抹消されるような事態は、できれば避けたい。
(それに、師匠の内弟子って立場にいる俺みたいな人間はともかく、普通(?)の冒険者になった外来人にとって、その冒険者資格を失うってことは……)
他の2大陸に比べると規模や権威が低いとは言え、サイデル大陸においても“冒険者ギルド”という組織は少なからぬ“力”を持っている。
ギフトという多少の恩恵はあろうとも、(当然ながら)身分もツテもない単なる一外来人にとって、ほとんど無条件に受け入れ、仕事と身分保障を与えてくれる冒険者ギルドの存在は、非常に有り難く、また得難いものであるはずだ。
そこからハジキ出されるということは、単なる失職に留まらず、ほとんど
まぁ、冒険者時代にそれなりのツテやコネを外部の人間と構築していれば、その限りではないのかもしれないが……。
「じゃあ、バッサリした定義はそれでいいとして、もう少し実態についてザックリ話そうか。
そうだなぁ、チキュウに冒険者って職業があるのかどうかは知らないけど、この世界アールハインにおける冒険者は……ずばり、“よろず
「み、身も蓋もありませんね」
あんまりな言いぐさだと異議を唱えたいシュートであったが、フェイアは「チッチッチ」と気取った仕草で右手の人差し指を振る。
「シューくん、夢や大志を抱くのと現実を見ないのは大きく違うことだよ? 「主に民間からの要望や需要に応えて、護衛したり狩猟したり、時には調査や交渉したりする何でも屋さん」、これくらいの認識でちょうどいいと思うな!」
「はぁ、了解です」
そんな風に表現されると一気に世知辛くなってしまうのだが……。
「そして、ここからキッチリ編の説明ね。そもそも、“冒険者ギルド”自体が、じつはまだ百年ちょっとの歴史しか持たない、比較的新しいシステムなんだよ」
「ひゃ、100年経っても“新しい”ですか」
「当然!
そう言われて鑑みてみれば、確かに現代地球でも数百年を超える歴史を持つ国家は少なくない。そもそも日本自体が1000年以上前から成立している国だ。
その日本に置き換えれば、明治中期以降に普及した社会システムということになる。さらにこちらの人間には、ヒューマンの数倍長命なエルフやドワーフが少なくないことを考えれば、確かに“新しい”という表現もあながち間違いではないのだろう。
「なるほど。理解しました」
「うん、よろしい。で、そもそもその“冒険者”とか“ギルド”とかいう概念を
もちろん、それ以前から、モンスター素材とか行商人の護衛とかの需要はあったし、傭兵とか腕利きの猟師とかがその一部を満たしてはいたんだけどね~」
それでもトータルで見れば絶対的に人材が足りなかったのだと、フェイアは言う。
「そんな状況のなかで、グラジオン大陸に来たある外来人のひとりが、大陸規模の活躍をしたうえで、各地にコネとか影響力とかを持ちまくった挙句、作り上げたのが、冒険者ギルドなんだって」
ボクも人づてに聞いた話なんだけどね、笑うフェイア。
「結果はシューくんも知っての通り。冒険者ギルドの設立と成功によって、グラジオン大陸は大きく繁栄と進歩への道を歩み出したんだ。
もちろん、いいことばかりじゃなかったんだろうけど、これは見習う価値があると考えたクラムナード大陸にも、グラジオンから遅れること20年あまりで“冒険者組合”ができ、さらにそれから50年近く経ってようやくサイデルにも冒険者ギルドができたんだよ……っと、おっと来た来た♪」
ちょうど話の区切りがよいところで、注文したメニューが運ばれてきたので、食事にとりかかる。
「コッチにもミートスパがあるとは思いませんでしたよ。もしかして、コレも?」
「うん、外来人の人から伝えられたレシピなんだって。ハンバーグとかコロッケとか、向こうの人は、ごく普通の食材を美味しく食べるためのコツをたくさん知ってるよね~♪」
先程までの年長者的な雰囲気はどこへやら、夢中になってハンバーグランチをパクつく様子は、外見通りの年若い少女にしか見えないが……。
「すみませーん、コロッケ定食とカラアゲ定職も追加でお願いしまーす」
小柄な体躯のどこに入るのかと思わせる健啖ぶりは、いかにもドワーフ女性らしかった。
「ふぐふぐ(ゴックン)……で、えーとなんだっけ?」
さすがに口の中に物を入れたまましゃべるような行儀の悪いことはせず、飲み込んでから、フェイアは話を再開する。
「“冒険者ギルド”と“冒険者”という概念システムが、外来人がもたらしたもので、まだできて100年くらいだってトコですね」
「あぁ、そうそう。で、そもそも創設者の構想自体が“冒険”という壮大な言葉のイメージとは微妙にズレてて、創設当初から今みたく戦闘と縁のない割と小さな依頼も引き受ける形にしてたみたいなんだよ。
むしろ、だからこそ、ここまで一般に受け入れられ、広まったのかもしれないね」
「? どういうコトです?」
「うーん、すでに所属してるシューくんには分かりづらいかな。あ、でもシューくんが、もしコチラに来たばかりの頃、たとえば傭兵ギルドにお使いに行けって言われて、気後れとかしなかったと思う?」
「それは……したでしょうね」
正式に冒険者として働き始めた今では、元傭兵だったという冒険者と話したり、行商護衛の依頼時などに現役傭兵などと一緒に仕事をしたこともあるので、それほど忌避感はないが、とくに荒事と無縁な日本の民間人だった頃なら「なんとなく荒っぽくて怖そう」という恐れを抱かずにはいられなかったろう。
「もし“冒険者”という職業がモンスター狩りや荒事ばかりを専門にしてたら、それと同じことになったんじゃないかな? 今みたく、一般の人々が気軽に依頼出したり、普通に街角で話をしたりしてくれたと思う?」
なるほど、つまり冒険者が危険や
「それに加えて、E、Dランクの冒険者のための雇用の確保という目的もあるのでしょうね。前歴が兵士なり猟師なりでそういうことに慣れていない方が、いきなりモンスターなり野盗なりと命のやりとりをできるとは思えませんし」
「戦いに関する気構えもそうだが、実戦に使用する装備などを買い揃えるための準備期間でもあるらしいからな」
声の方向を見れば、そちらも昼食は食べ終わったらしく、エルシアやクトゥニアも話に混じってきた。
「えっと……それに加えて、今の冒険者ギルドには多彩な人材が集うから、表向き官憲では手を出しづらい微妙な
普段は内気なベロッサも意を決して口をはさんで来たのは、会話の相手がシュートだからだろうか。
「ま、そんな感じだろーね。だ・か・ら、今回のドムくんがギルドに出した依頼も、決して筋違いじゃないんだよ♪」
予想される
「その選んだ手段ってのが俺個人にとって負担が大き過ぎるんですが……」
“手段”と目された当のシュートは、「理解はできるが納得はできない」といった様子だ。
よく見ればシュートの傍らには、ひと抱えはありそうな木箱が3つも置いてある。午前中の買い物の成果だろうか。
「いくら中身が服とかの軽い物ばかりでも、これだけの大荷物を人ゴミの中、運ぶのはホネなんですよ」
「そこはガンバレ、男の子♪ ……ってのも酷か。しょうがないなぁ」
立ち上がったフェイアがヒョイヒョイっと木箱を持ちあげると、一瞬にして3つとも消えてしまう。
「えっ、な、何が……って、そうか、【歪空収納(ストレージ)】ですね」
シュートは一瞬慌てたものの、“魔法使いの弟子”としてすぐに該当する知識に思い至ったようだ。
「ご名答。ドムくんほどの容量はないけど、ボクだって一応高位魔術師だから、これくらいはね」
「いや、フェイア様に“一応”とか言われたら、この国の他の魔術師の立つ瀬がないと思うんですけど……って、あれ? フェイア様が同行する以上、もしかして、荷物持ちとしての俺って不要だったんじゃあ」
ようやくその点に思い至るシュート。
「ふふっ、そうかもしれないけど……そうじゃないかもしれないよ。ねぇ?」
フェイアの視線の先にいるベロッサはほのかに顔を赤らめているし、ペリオノールは露骨に視線を逸らして「ピュー」と吹けもしない口笛を吹く真似をしている。
(それってまさか……いや、さすがに自意識過剰だよなぁ)
一瞬チラッと脳裏に浮かんだ(自分に都合の良い)疑念を、即座に否定するシュートだったが……。
「それじゃ、このお店の支払いはよろしくね、シューくん」
「え!?」
ニコニコしているフェイアから信じ難いことを言われて、思わず素で聞き返してしまう。
「だって、シューくんの今日の“お仕事”は、エルちゃんたちの荷物持ちとお伴でしょ。その労働の一部をボクが肩代わりしてあげてるんだから、ソレくらいの対価はあって然るべきじゃないかなぁ。それなりの額の報酬も出るはずだし♪」
「なんだったら、箱3つ持って午後からも歩く?」と問われて、シュートは一瞬悩んだものの、すぐに首を横に振る。
(アレが最後の荷物とは思えない。これから先、第二、第三の荷物が現れる可能性が!)
ショッピングにつきあっているのだから、当たり前である。
「ちくそー、フェイア様、この国の筆頭宮廷魔術師なんだからお金はあり余るほど持ってるでしょーが!」
「あはは、ボクはあくまで“相談役”だから、実はお給料たいしたコトないよ? それに、こういう部分のケジメはきちんとしておかないとね。親しき仲にも礼儀あり、ってチキュウの格言なんでしょ」
──ぐぅの音も出ない正論だった。
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