閑話2.十分に発達した魔法は科学と見分けがつかない?

 それは、ドムス・エンケレイスがまだ一介の(と言うには少々この国にとって大きい存在だが)嘱託魔術師で、国から預けられた外来人の少年を教えるようになって10日あまりが過ぎた頃のお話。


 「師匠、ひとつ疑問があるんですが……」


 “自分の中の魔力を感知して、その流れをある程度制御する”ための訓練(これは、すべての魔法の基本となるものだ)を教わったシュートは、今日も四苦八苦しながら魔力をコントロールしようと頑張っているが、なかなか難航しているようだ。

 もっとも、呼吸するように自然に魔力を操る魔族や妖精などと異なり、生まれつき特別な才がある者を別にすると、多くの人間は自分の中にある魔力を感知すること自体がそもそも困難だ。

 始めて3日目なのに魔力を“感じる”こと自体は問題なくできるようになっているシュートは、むしろ十分優秀な方と言えるだろう。無論、彼の固有権能ギフトのひとつ“魔法適性”のおかげでもあるが、そもそもこのギフトはあくまで「魔法を習得する可能性を与える」だけで、実際に魔法を覚えて使いこなすには本人の努力が不可欠という、なかなかにシビアな能力アビリティでもあった。

 ちなみに今は、集中力が落ちてきたのでドムスの指示で小休止を入れているところだ。


 「ん? なんだ? 何かわからないコトがあるなら、今のうちに聞いとけよ」

 弟子の修行を監督する傍ら、乳鉢でゴリゴリと何か薬草めいたモノを擦り潰していたドムスは、作業の手を止めて顔を上げる。

 「今更なんですけど、“魔法”と“魔術”ってどう違うんですか? 師匠は“魔術師”とも“魔法使い”とも呼ばれてるみたいですが」

 「ああ、そこからか。すまん、根本的なことを説明するのを忘れてたな」

 「しまった」という表情を浮かべたドムスは、改めて弟子の方に向き直ると、彼の疑問について話し始めた。


 「魔法と魔術の違いか──ものすごく簡単に言うなら範囲の違いだな。外来人のお前さんにわかりやすく言うなら、関西と大阪、ネコ科とネコ、パスタとスパゲティ、ってトコか」

 「えーと、つまり“魔術”は“魔法”の一種だけど、魔術に含まれない魔法も存在する……ってコトでしょうか?」

 「おおよそ正解だな。だから俺は、魔術師であり魔法使いでもある。さらに言うなら、さっき挙げた例と同様、魔術は魔法の代名詞的な存在でもあるから、こっちの世界の人間でも混同しているヤツは結構多いんだがね。」

 手元にある乳鉢とその中の物体に目を落とすドムス。

 「まぁ、その辺りに詳しくない世間一般の解釈としてなら、魔術師と錬金術師、あと呪術師くらいが“魔法使い”と呼ばれることが多いな。“狭義の魔法使い”ってヤツさ」

 「呪術師、ですか」

 魔術師や錬金術師ならわかるが、呪術師あるいは呪術とは何なのだろう、とシュートは首を傾げる。“呪う”という字面からはおどろおどろしい印象があるが……。


 「ふむ。その前に魔術師とは──いや、もっと大前提があるか。“魔力”とはいったい何だと思う?」

 師匠ドムスに問われて困惑する弟子シュート。

 「え? うーん……このアールハインの大気中に存在する魔素マナを生物が取り込んで、自らの力としたもの……でしょうか」

 それでも、一昨日受けた座学の講義で教えられた魔力回復の理論から、何とかそれらしい理屈をヒネり出せるあたり、なかなか頭の回転は早いと言えるだろう。

 「50点、だな。確かに、魔素を取り込むことでも魔力は回復するが、なかには自分の体内で魔力を生み出す生物も存在する。無論、魔素が皆無か極希薄な空間にいても、だ。誤解を恐れずに言うなら、魔力とは“精神力に方向性ベクトルを与えて、魔法その他に利用しやすい形に加工したモノ”ということになるだろう」

 「──すみません、イメージが湧かないというか、ちょっとよくわかんないです」

 ここで見栄をはって「そ、そうですか。うん、大体わかりました」などと誤魔化さないのがシュートの美点だろう。

 「ザックリ言うなら、鉱石を製錬して金属にするようなモノと思ってくれ」

 「あ、いや、そこは分かるんですが、その大本の精神力の辺りが……」

 シュートの言葉に、「ふむ……」としばし考え込むドムス。


 「そうだな──まず、この世には物質のほかに魂とか心とか呼ばれるモノが存在している。これはいいか?」

 「はい」

 純粋な唯物論者でもなければ、その辺りは地球の人間でもおおよそ納得するだろう。

 「で、このこころってヤツは、存在きてるだけで周囲にある種の“力”を発散する。まぁ、火山で高温の溶岩マグマから熱気が立ち昇るようなものだと思ってくれ。とは言え、そのままだとせいぜいその熱気で何かを温めるくらいにしか使えないが──ここでたとえば地熱発電所を立てたらどうなる?」

 「ま、また一気に飛躍しましたね」

 時々、ドムスはアールハインの生まれと思えないほど地球くさい文物の名前を口にすることがある──おそらくはシュートに分かりやすいよう慮ってのことなのだろうが。

 「そこまでいかなくとも、ふもとに温泉旅館を建てるのでもいいな。そうすれば一気に利用方法が広がるだろう?

 その“熱気=精神力”で湯を沸かすなりフィンを回すなりした結果生まれるエネルギーが魔力で、その魔力エネルギーのさまざまな利用方法を考えるのが魔法、ってワケだ」

 「わかったようなわからないような……ああ、でも何となくですがイメージはできたかもしれません」

 先ほどよりはシュートもいくぶんスッキリした顔をしている。


 「で、だ。このたとえを流用するなら、魔素を取り込んで魔力に変えるというのは、地熱発電に加えて周囲の環境を利用した風力発電や太陽光発電を併用するようなものだな。どちらかではなく両方をできるだけ上手く利用するのが効率的な魔力の運用ってワケだ」

 「なるほど」

 比喩を多用しているため抽象的な話になるが、その分、シュートにも理解はしやすかったようだ。


 「魔力を電気になぞらえるなら、魔術はもっともダイレクトにそれを利用する電化製品みたいなものだな。物を熱する、あるいは冷やす、風を吹かせる、マッサージするといった様々な“現象”を魔力を消費して顕現させる。対して、錬金術というのは、その電気によって工作機械を動かした結果、何らかの製品を生み出すものと考えればいい」

 「つまり、錬金術には必ず“原料もと”が必要で、結果的に何かの“加工品もの”が生まれるってことですか?」

 シュートの言葉に満足げにドムスは頷く。

 「そうだ。よく気が付いたな。無から有を生み出すことは少なくとも現在の魔法では難しい。現象そのものなら魔力というエネルギーを消費あるいは変換することで発生させることは可能だが、なんらかの“物”が欲しいならその素となるモノも当然必要になる」

 「つまり、“E = mcの自乗”は魔法の世界では成立しない……」

 「──とも言いきれないのが厄介なトコロでな」

 微妙な言い回しをするドムス。


 「まず、物質を魔力エネルギーに転換するのは比較的簡単な部類の話だ。“魔力触媒”と呼ばれる類いの物を最上級魔術の行使時に使用することが多いんだが、コレはつまり足りない魔力をその物を魔力に変換することで補っているからだしな。

 だが、その逆の魔力そのものを物質に変換するのは「理論上不可能ではないが著しく困難」だと言われている。“賢者の石”なんて言葉を聞いたことはないか? アレは、そういった“魔力から生み出された物質”を指すんだ。当然希少なんてレベルじゃない。現在のアールハインで、賢者の石の安定した精製に成功したという話は、少なくとも俺は寡聞にして知らないな」

 「不安定にならあるんですか?」

 「七曜神が関わる事件やS級に達するレベルの外来人のギフトで、偶発的に生み出された……という噂なら、聞いたことはあるな。真偽のほどは確かめてないが」

 つまり、眉唾物ということだろう。


 「──話が盛大に脇道に逸れたが、魔力面から見た魔術と錬金術のおおよその立ち位置は理解できたな?」

 「はい」

 「で、だ。その流れで“呪術”を説明するとなると……そうだなぁ」

 顎に手を当ててドムスはしばし考え込む。

 「これまた比喩的な説明になるが、マイナスイオン発生装置とかパワーストーンブレスレット、あるいはL字棒を使ったダウジングの類いに近いな」

 「えーっと、つまり気休めのおまじないレベル、ってコトですか?」

 「“気休め”は言い過ぎだ。実際、ある程度の効果が発揮されることは証明されているんだぞ? ただ、魔術や錬金術は明確な理論づけがなされているのに対して、呪術は民間伝承や民間療法の延長にあると考えてほぼ間違いない。「なんかよくわからんけど、これこれこうやったら効果があったので、経験則それを代々伝えている」って感じだな」

 「そ、そんないい加減な……」

 呆れたような表情になるシュートに対して苦笑するドムス。

 「とは言っても、近年はだいぶマシになったが、魔術や錬金術をキチンと身に着けるのには多くの時間と修練が必要で、しかも使用者を選ぶからな。無論、呪術だってある程度そのふたつは必要だが、さっき言ったように“原理”や“法則”を考えずに経験則に基づく一定の“型”を踏襲するだけだから、いくらか手間は省けるのさ」

 このサイデル大陸だと、ちょっと辺境いなかの方に行ったら、魔術師も錬金術師もいないような小さな村落を薬師を兼ねた呪術師が知恵袋として支えている──なんてコトもザラだぞ、とドムスは付け加える。


 「他の大陸は違うんですか?」

 「ああ、魔術と錬金術の本場たるクラムナードでは、錬魔学研究機構アカデメイアによる啓蒙活動もあって、今では呪術の要素はほぼ魔術と錬金術に分けて吸収されている。

 グラジオンには、広いだけあってまだ呪術師もそれなりの数いるだろうが、それでも100年ほど前に比べると随分減ってる。冒険者ギルド創設とそれに伴う各地での魔法学校設立の余波だな」

 いいんだか悪いんだか──と、巨漢の魔術師は苦笑する。

 「え? いや、単に減っただけでなく、その分魔術師とか錬金術師が増えてるんですよね。それって普通に良いことでしょう?」

 「──それは呪術師を魔術師や錬金術師より下位互換したに見た判断せりふだな」

 「……あ!」

 どうやら知らず知らず自分が学んでいる魔術ものを上に見た傲慢な発言をしてしまっていたか……と少年は反省する。


 「まぁ、効果面では確かに呪術はその両者に及ばないことは多いし、呪術師ができることは大概、魔術か錬金術で代替可能ではある。そういう意味では下位互換だという判断もあながち間違いじゃないんだが……」

 ドムスは言葉を切って嘆息する。

 「さっきも言った通り、呪術師ってのは養成する手間が魔術師とかより格段に少なくて済むんだ。それこそ、畑仕事なり猟師なりの普通の仕事をしている魔力多めの一般庶民が、空いた時間を費やして覚えられるくらいにな。オマケに、初歩的な魔術と錬金術の両方の分野にまたがるような成果も得られるから、辺境の集落とかにはひとりくらいはいてほしい人材なのさ」

 庶民の台所には鉄の出刃包丁一本あればそれでこと足りる。カツオやマグロを解体するような大型の正広包丁や、モンスターの解体に使う剥ぎ取り用特製ナイフ、ましてやマサカリや魔剣の類いは不要だろう──とドムスはまとめる。


 「近年、魔術の有用性が周知された反面、相対的に呪術を下に見たり馬鹿にしたりする傾向が増えちまったんで、成り手が減ってるという問題があるみたいでな」

 なんとなく「今時、呪術師なんてダセぇし~、やっぱ魔術師か錬金術師っしょ!」とか言ってる野良着姿のJKを想像してしまうシュート。

 「これがクラムナードくらい教育が普及している土地ならさほど問題ないんだが、サイデルではなかなかそこまで手が回らん。そもそも、この大陸は、少なからぬ国が戦争・紛争状態にあって、統一的な教育制度を作ること自体不可能に近いからな」

 まぁ、一介の嘱託魔術師が考えるようなこっちゃないがね、とドムスは肩をすくめた。


 この時の発言がフラグになったのかはわからないが、その半年後に彼はロムルスの杖の軍団長──すなわち魔法使い全般を統括する立場に就くことになり、“国内における魔法を使える人手増員”という頭の痛い問題を押し付けられることになるのだった。

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