19.剣の国の小賢姫(さかしらひめ)

 「──それで、何か言い訳はありますか?」


 行方不明であったユーロピア姫が、“無事に発見”された日の翌々日。

 シュートを始めとする“あの”捜索に加わった4人は、王宮の南外郭にあるお馴染みのスペース──ロムルス王家の私的な応接室へと呼び出されていた。


 関係者のうち、ドムスは「杖の軍団」編成のための準備に忙しく、カスミは今回の件を機に王宮の監視網の穴を見直す作業を部下数名と行っている。

 「剣の軍団長」テーバイや「弓の軍団長」ルカディアにも一応話はいっていたが、今回の件に積極的に関与していないため、“関係者”という枠からは外れるだろう。

 かと言って、この年若く未熟な(シュートやリーヴエンシルだけでなく、ペリオノールとベロッサも対人コミュ面では微妙だ)4人だけで王女と面会させるのは不安が残るということで、消去法的に国王相談役であるフェイアがこの場に立ち会うことになった。

 そのうえで、少年ポールの変装を解き、白を基調としたドレスを始め王女らしい衣装に身を包んだユーロピア姫と、改めて対面しているのだ。

 私的な面会ということで、大きめの長テーブルの上座に第二王女がつき、その正面にあたる席にシュートが、左側にリーヴェが、右側にペリオとロッサが座る。付き添いのフェイアはリーヴェの隣り席に腰を下ろしていた。


 間近で目にする第二王女は、金髪翠眼と銀髪碧眼という色彩こそいくらか違えども、容貌そのものは、確かに人化してからのユランとよく似ていた。

 もっとも、王女は15歳で、ユランは外見年齢的には18歳前後。身長や体格も異なるので、ふたりが並んでいれば姉妹のようには見えるだろうが、見間違えられる可能性は低そうだ。


 「どうなのです? 答えなさい!」

 なにより、一線級の武人でありながら常に腰が低く、(三下口調とは言え)誰に対しても丁寧に接するユランとは、その態度や雰囲気が違い過ぎた。その意味では、ドムスたちがふたりの相似を想起しなかったことも、あながち無理のない話なのかもしれない。


 「──いえ、特に言うべきことはありませんね」

 ここに来る前に、4人で相談して、王女との問答ではシュートが矢面に立つことになっていた。

 無論、彼に好意的なペリオやロッサはもとより、生真面目なリーヴェも彼ひとりに重責を押し付けることに難色を示したのだが、「リーダーを引き受けた以上は、その主たる責任も引き受けるべき」と他ならぬそのリーダー自身が主張しているのだ。

 半ば流れと消去法だったとは言え、他の3人が彼にリーダー役を任せたことは事実だし、その本人に「これはリーダーの役目とっけんだ」と言われると反論しにくい。

 それでも、割と遠慮がちで弱気なところのあるロッサやリーヴェは、この国の王女に向かって木で鼻をくくるようなすげない言葉を返すシュートの様子に、ハラハラしていた。


 「! 本気で言ってますの?」

 案の定、気色ばむ第二王女に対して、シュートは淡々と言葉を続ける。

 「違法行為を犯した王族を可能な限り速やかに捕縛して来い、手段は問わない──というのが、俺たちが師であるドムス・エンケレイス経由で受けた国王陛下からの指令です。さすがに生死不問ではありませんが、逃亡される恐れがある場合、武力行使も許可すると言われているんです。むしろ、ダメージは最小限に抑えた方だと思いますよ」

 「違法行為ですって!?」

 よりいっそう眉を吊り上げる第二王女に対して、シュートは(内心はともかく)表面的には鉄面皮を崩さない。

 「『国王、王妃、ならびに第五位内の王位継承者は、ロムルス王城に居住することを義務とする。また、緊急時を除き、王城から出入りする際は護衛を付け、国王、侍従長もしくは王城警備責任者の認可を必要とする』──ロムルス王室典範第17条に明記されていることですし、王女である貴方がこれを学んでいないはずがありませんよね?」

 「ぅぐっ……」


 ロムルス王室典範は、かつてサトゥマが皇太子だった時代に起きた彼の弟を担いだ反乱騒ぎの鎮圧の後に定められた法律だ。かつてのような反乱の芽を潰し、かつ王族自身の自律を促すために、それまでは比較的なぁなぁで済まされていた王族、とくに10位内の王位継承者の立場と行動について明文化している。

 とびきり捻くれた物の見方をすれば、王位継承者が無断でこっそり城の外に出るということは、密かに反乱を意図していると取れなくもないのだから。

 「それは……皇太子だった頃の父上だって、似たようなことをしていたでしょ!」

 「当時は王室典範はありませんでしたからね。それに、サトゥマ陛下も、少なくとも護衛としてアストロギン伯を常に伴っておられましたし、また父である当時の国王から“身分を隠して市井を視察する”こと自体は許可を得ていたそうです。無許可かつ法律違反の貴方とはわけが違います」

 第二王女の反論を冷静に切り伏せるシュート。

 ──ちなみに、彼がなぜ王室典範云々を知っているかと言えば、下町に実際に王女捜索に赴く前夜、念のために調べておいたからだ。

 皇室典範を持つ日本という法治国家の出身であったため、王族の特殊な立ち位置や法規制についてあらかじめ調べておこうと思いついたのは、結果的にグッドジョブだったと言えるだろう。


 「それなら、開拓士監督官として北部に赴任されているタキトゥス兄上はどうなるのです」

 「わかってて聞いてますよね? 『公的な役職に就き、必要性がある場合に限り、17条にとらわれず城外への居住が許される』と20条に記されています」

 「──王族に対する不敬罪というのは……」

 「慣習としてはともかく法律的には、この国には“不敬罪そんなもの”は存在しません。王族や貴族には一定の身分保障と義務が与えられてはいますが、“貴族・王族を敬わなかった”というだけで罪に問われることはないんですよ」

 この部分は流石にドムスからの受け売りだ。

 「たとえば“悪いこと”をした王子や王女に対して、その教育係が適切な範囲で叱責や折檻したからと言って、罪に問われたらたまらんだろ?」

 ちなみにこれは、現国王であるサトゥマ自身が王位に就く際に明言したものでもある。

 「やっせんがこつしたこどんば、がいたくっは当然じゃ」

 だからこそ、“貴族王族は、その身分故ではなくその行動と成果をもって民草からの尊敬を勝ち得るべし”という現在のロムルスの風潮があるのだ。

 ある意味、青臭い理想主義であり、反発する旧来からの貴族層もいないわけではないが、現王のカリスマとその指針に賛同する配下による国政改革の成功のおかげで、現時点ではそれなり以上に浸透していると言えるだろう。


 「…………」「…………」

 無言で対峙するシュートと第二王女。

 しばしの後、第二王女がフィッと視線を逸らし、茶化すような言葉を漏らす。

 「ふぅ……あなた、冒険者なんかじゃなく、法務省の役人か法学者にでもなったほうがよろしいのではなくて?」

 「ちょいと屁理屈捏ねるのが巧いくらいで簡単に法律の専門家になれたら苦労しませんよ」

 その言葉を契機に、ふたりの間に漂っていた緊張感が緩んだことで、見守っていたリーヴェたちはホッと息を吐いた。


 「聞いてもいいかしら? どうして“ポール”が“ユーロピア姫”だと気づいたの? わたくし、それなりに演技には自信があったのだけれど」

 「あの格好で下町を徘徊していても、一度も疑われたことはないし」と僅かに得意げな顔をする第二王女。

 「でしょうね。実際、俺たちだけなら見過ごしていた可能性は高いと思いますよ。気付いたのは、あの占術師ミライ・タカシマ氏がヒントをくれたからです」

 「そう、タカシマが……」

 遠い目をする第二王女を見て、あることを確信したシュートは、ふたりの様子を見守っているフェイアに「もうちょっとツッコんでいいか?」と視線で問う。

 フェイアが小さく頷いたのを確認すると、シュートはこの場であえて言わなくてもよいことも口に出した。

 「もしかして、「やっぱり私に味方なんていないのね」なんて悲劇のヒロイン気分に浸ってませんか? それを言うなら、貴方こそ、誰かに本気で肩入れしたことはあるんですか?」

 「!! 知ったような口を……」

 育ちの良い15歳の少女とは思えぬ剣呑な視線を向けられても、シュートはひるまなかった。

 「ええ、“知っています”から。客観的に見て恵まれた環境にいながら、ちょっと自分が欲しいものが与えられなかったからって、自分は不幸だなんて泣き言を漏らす勘違いの甘ちゃんのことは、よーーくね」

 シュートの言葉に含まれた自戒の苦みが、第二王女に淑女らしからぬ罵倒の続きを口にさせなかった。


  *  *  *  


 日本にいた頃のシュート・シーマンズ──島津修人は、いわゆる“優等生”だった。

 普通、優等生いいこちゃんと言うと、親や教師などの受けはよくても、同級生などには敬遠されるものだが、修人はその辺りのバランス感覚もよく、友人連中と一緒に適度なバカをやったり、困っている人間をさりげなく助けたりしていたため、周囲の大多数から「アイツはいいヤツだよ」という好意的な評価を得ていた。

 もっとも、彼は好きで優等生ムーブをしていたワケではない。

 少々複雑な家庭環境から、そうしないと色々マズかった(少なくとも彼はそう思っていた)だけだ。


 彼の生まれた島津家は、末流とは言え同名の大名の血を引く旧家であり、政治家や弁護士、医者などを輩出する地元の名士でもあった。

 実際、彼の父も国立大を優秀な成績で卒業し、現在は県警の本部長として地元の治安維持に貢献しており、さらに学生時代には剣道のインターハイで優勝した経験もあるという、文武両道を体現したような人物だ。

 実母は彼が6歳の時に病没しているが、その3年後に父が一族の女性と再婚して継母ができた。

 人格者の父が選ぶだけあって継母自身は非常にデキた女性であり、修人のこともキチンと息子として気遣ってくれたし、彼が10歳になる頃、弟も生まれた。その弟も物心ついた頃から兄である彼のことを非常に慕ってくれている。

 実母の死を除けば、客観的に見て彼の成育環境は非常に恵まれていると言ってよいだろう。

 ──けれど、彼自身は父が再婚した頃、いや、もしかしたらそれ以前から、自らの“家”に窮屈さを覚えていた。そして、その感覚は年々強まるばかりだった。


 ひとつには、彼はそれなりに優れた頭脳や知能、知識量、あるいは各種身体能力は持っていたが、それはあくまで多大な努力の末に勝ちえたもので、素質自体はあくまで人並み程度であり、そもそも特筆するほど優れた才能を持ち合わせていなかったのだ。

 彼は天才でも秀才でもなく、いわば“努力できる凡才”でしかなかった。あるいは、アールハインに来てからも時折自嘲している通り、“器用貧乏”という言葉が最適かもしれない。

 ごく普通の家庭環境であれば、それでも特に問題なかったろうが、彼の一族は良くも悪くも傑物揃いであり、自然とそのハードルが高くなっていた。

 そんな状況下では、彼はせめて日々努力するしかなく、そして努力してもなお“それなりに優秀”という水準にしか達しえない。

 その事実が、彼に無意識に息苦しさを感じさせており、大学受験で第一志望の大学(父の出身校だ)に落ち、第二志望(地元の公立大)に通うしかない事が判明した時点で、ついに爆発したのだ。

 高校卒業を目前にして、それまでの人の良さや努力家な面を放棄し、半ば無気力の塊りになっていた彼は、アールハインの神からの勧誘よびかけに応え、ここサイデル大陸に召喚されたのである。


 そんな修人が、同様に偉大な祖父と優れた父を持ち、一流冒険者になれる資質はあれど、色々な面で飛び抜けた“天才”たちに打ちのめされた過去を持つドムスに師事したのは、ある意味、天の配剤と言うべきかもしれない。

 ドムスの保護下にあるとは言え、現代日本よりも日々の生活に大幅に不自由と危険が伴い、“生きる”ことに必死にならざるを得ない環境に置かれて、ようやく修人シュートは、自分が如何にないものねだりをしていたかを思い知らされることになったのだった。


 そして、そのドムスは露骨に嫌っていたが、シュートにはこの第二王女の気持ちも理解できるような気がしていた。

 話を聞いた限りでは、おそらくこの王女も決して無能ではないのだ。むしろ、何事も人並み以上にはこなせている。それでも、上の兄姉や下の弟、何よりこの国ではちょっとした英雄とも言える父王の背中を見て育ったため、引け目を感じているのだろう。

 ドムスやシュートとの違いは、家族への愛憎の“愛”の部分をどれだけ持てたかだろうか。

 シュートの父は、厳格ではあったものの(実母を亡くしていることもあってか)修人に不器用ながら愛情を示す努力はしていたし、継母や弟も家族としての情を十分持っていることはわかった。ドムスも家庭環境自体は比較的恵まれていたらしい。

 (──まぁ、だからと言って、それで自分のコンプレックスが帳消しになるかって言うと、そうは問屋が卸さないんだから、人の心ってのは厄介だよね)


 けれども、たぶん第二王女は、“そう”ではなかったのだ。

 それが故に、自分の本心を押し隠し、王宮の人前では人畜無害な“お花畑の姫君”を演じ、周囲の人間は王女たる自分に傅かしずくべき駒に過ぎないと自分自身にうそぶきつつ……。

 「でも、本当は誰かに頼りたかった。甘えさせてほしかった。だから、王宮で唯一親身になってくれたタカシマ氏の元を訪ねたんでしょう?」

 「…………」

 シュートの問いに、第二王女は答えない。

 それには構わず、シュートは言葉を続ける。

 「けど、相応に知恵の回る貴方なら、今回みたいな事件を起こしても根本的な解決にならないことは理解されてますよね?」

 王都にいる限り遅かれ早かれ見つかるだろう。【瞬動】を巧く使えば王都を抜け出すことも不可能ではないだろうが、前後の行動から見て、完全に王女の身分を捨てて逃亡するふんぎりがついていたとも思えない。

 要するに、今回の一件は(国の最上層部が絡んでいるため大げさになったものの)地球で言うなら“過剰な期待をかけられた反抗期の女子中学生がプチ家出して知り合いのオバちゃんちに転がり込んだ”ようなものなのだ。


 「師匠に言わせれば、その程度の重圧は、王族なら根性で跳ね返すべきなんでしょうけど……」

 ある意味、これまでに出会った王族が軒並み立派過ぎたが故に、ドムスは“高貴な人間”に対する期待値が高すぎるのだろう。

 その点、現代日本で生まれ育ったシュートは(一応国内に“皇族”はいるものの)そういうモノに対して馴染みがない分、第二王女の“脱走”も、「年頃の女の子なら、まぁありがちなコト」として捉えることができた。


 「ま、それが誰にでもできるとは限りませんしね」

 軽く肩をすくめつつ、アッサリそう言いきるシュートの様子に、先ほどから沈黙を保っていた第二王女がついに爆発する。

 「──だったら無責任なコト言わないで! 仮に貴方の言う通りだったとしても……ワタシはどうすればいい、どうすればよかったって言うのよ!!」

 「それが分かれば苦労しませんよ。結局、俺も師匠も、ある意味、ソレから逃げ出したクチですから。かと言って、逃亡それはそれで別の困難にブチ当たるんでオススメできませんし」

 「じゃあ……」

 「でも、少なくとも王女殿下の場合は、俺なんかよりもっと親身になってアドバイスをくれる人がいるんじゃないですか?」

 彼の視線の先には……。

 「あはは、忘れられてるかと思ったら、まさかシューくんがココでコッチにフってくるとはね~」

 ミライ・タカシマと並ぶ第二王女の魔法の教師役を務めていたフェイアが、苦笑しつつ第二王女の方へと歩み寄っていく。

 「フェイア師……」

 「ごめんね、ピアちゃん。ボク、先生なのにキミがそこまで思い詰めてるなんて気づいてなかった」

 見た目ミドルティーン(実際には40歳オーバーだが)のいつも元気なボクっ娘であるフェイアが、申し訳なさそうに謝ってくる様に、逆に第二王女の方が慌てる。

 「いえ、そんな……フェイア師は十分懇切丁寧に指導してくださいました。すべてはワタシ──いえ、わたくしが至らなかっただけで」

 「取り繕わなくていいよ。この際だから思いきり、言いたいこと言っちゃって。ね?」

 自分より背の低い少女(※経産婦・二児の母)に、優しくなだめられている第二王女の背中を見つつ、気配を殺し、ペコリと頭だけ下げて部屋から出るシュートたち。


 無事に廊下に出たところで、シュートは「フハァ~」と大きなため息をついた。

 「ふん。あとのことはフェイア様とか実の母である王妃様とかに丸投げでいいだろうさ」

 鼻を鳴らし、やや乱暴にそう呟くシュートを見て、女性3人は顔を見合わせる。

 「……あのぅ、もしかしてシュートさんも色々ストレスが溜まってたりします?」

 意外にも口火を切ったのは、一番内気でおとなしいと目されているロッサだった。

 「今回の一件に関してなら言うまでもなく「YES」、此方アールハインに来たことに対しては──皆無とは言わないけど、地球あっちに居た時も、それはそれでストレスはあったから、プラマイで言えばたぶん減ってるから、気にしなくていいよ」

 幾分語調をやわらげてそう答えた後、チラッとリーヴェの後方に視線を向ける。

 「俺に出来るのはだいたいこんなトコロですけど、これでご満足ですか?」


 そこには、黒地に金色の蝶の模様を散らした留袖(っぽいアキツ衣装)を着た女性──リーヴェの師であり上司でもあるカスミが、いつの間にか佇んでいた。

 「んー、そぅねぇ……百点満点で七十五点くらいはあげられるかしらぁ。十分合格範囲よぉ」

 普段通りのニコニコとした糸目の笑顔を崩さないカスミ。

 「ったく、わざわざ素人にこんな茶番をさせなくても、最初からフェイア様なり王妃様なりが誠意を込めて説得すれば済むことでしょうに」

 「あらぁ、それはダメよぉ。あぁいうコは、ただでさえガードが堅くて意固地になりがちだから、同類項にたものの経験談でガードを緩めてから、本命に突っ込ませるのが最善手だもの」

 傍で聞いているリーヴェとしては、いかに軍団長とは言え、国王しゅくん姫君むすめを、王城の真っただ中で“あぁいうコ”呼ばわりする養母カスミのことが気が気ではないが、本人はまったく気にしていないようだ。

 「経験談……っつーか、自分の若気の至りを棚に上げて、上から目線でエラそうなコト言っただけですけどね」

 「それでも、シュートくんの言葉に真情じっかんが籠っていて、それを王女サマが感じ取ったのは事実よぉ」

 「──そういうことにしておきます。それで、俺たちはこの件に関しては、もうお役御免なんですよね?」

 シュートの(そうであってほしいという切実な願いの込められた)視線に対し、カスミは「んん~~」と口元に人差し指をあてつつ中空を見上げて考え込む。

 「実際に“動いて”もらう必要はたぶんないけどぉ、今回の一件について書面で報告書をまとめてもらう必要があるかしらねぇ。書類の書き方とかはドムスくんに聞いてネ♪」

 ニコニコとなんでもないことのようにそう告げると、カスミはシュートたちが止める暇も隙ない自然な動きで身を翻し、そのまま廊下の向こうへと消えていった。

 「報告書って……今回のコレ、非公式の機密事項じゃないのかよ」

 がっくり肩を落とすシュートに対し、恐る恐るリーヴェが口を挟む。

 「あの……カスミ様いわく、“表沙汰にできないことだからこそ、しっかりした経緯記録を残す必要がある”んだそうです」

 言われてみれば納得できる理由ではあった。

 「はぁーー……とは言え、これで厄介事も一段落したんだろうし、最後の報告書レポート提出くらい頑張るか」

 そこで他の3人に報告書作成を丸投げしたりしないあたり、何だかんだ言って律儀かつお人好しなシュートなのだった。


  *  *  *  


 都合3度の添削を経て何とか形になった報告書を、シュートが師であり今回の件の責任者でもあったドムスに提出したことで、とりあえず“脱走王女捕縛大作戦”に関しては、一件落着となった。

 あれから半月ほどが過ぎ、シュートはこれまでと同様、修行しゅみ実益かねかせぎを兼ねてCランク冒険者としての活動に勤しみつつ、週に2日ほどはドムスの講義を受ける暮らしに戻っている。


 以前と異なるのは、これまでは基本ソロで時々臨時に他の冒険者と組む程度だったのに対して、アレからなし崩し的にペリオノールとベロッサ、そしてリーヴェンシルがパーティメンバーとして加わったことだろう。

 竜歯姉妹のふたりは正式にドムスからの許可を得ているようだし、リーヴェに関しては“あの”カスミからの指示だそうで、こちらもシュートの立場では断りにくい。無論、3人ともキチンと冒険者登録は済ませており、一昨日の試験でDランクに昇格している。

 そもそも背後にいる人間の思惑はともかく、3人とも冒険者としてのシュートに欠けている部分(特に偵察・隠密・索敵関連)をうまく補ってくれるうえ、それなりに気心も知れているのだから、断る気もない。むしろ頭下げてでも協力を依頼すべき人材だろう。

 (それを考えれば、以前からのギルドの顔見知りに「リア充爆発しろ」的な視線と罵声を投げかけられたのも、まぁコラテラルダメージってヤツかね)

 今日は一週間ぶりの休養日オフであり、自室──エンケレイス邸の庭の一角にこしらえられた丸太小屋はなれで寝台に寝転がり、久々にのんびりと読書に勤しみつつ、シュートはそんなことを考えていた。

 確かに3人とも(少なくとも外見的には)かなりの水準の美少女で、ペリオは気安く彼にスキンシップを試みるし、ロッサは保護欲をそそる可憐な見かけで妹のようにシュートに甘えてくる。

 その点、リーヴェは控えめで奥手なせいか、シュートとある程度距離を置いて接してくれるのは助かるのだが、そのせいでナンパの標的になって困っているのを助けたりすることも多く、無問題とはお世辞にも言えない。

 (日本にいた頃の俺が、今の俺みたく男1・美少女3の集団見たら、やっぱ似たような感想は抱いたろうから、気持ちはわかるけどさぁ)

 シュートがとりとめもなくそんなコトを考えつつ、娯楽本のページをめくっていると、ログハウスの扉がノックされる。

 「えっと、シュートさん、お客さんがいらしてるんですけど……今、お手すきですか」

 ドアの向こうから聞こえて来たのは、ロッサの声だ。

 「あーーうん、大丈夫だよ」

 彼女たちと敬語・丁寧語抜きの普通の言葉遣いで接することにもすっかり慣れた。

 「了解」の言葉を返すのとほぼ同時に扉を開け、彼の自室たる丸太小屋に入って来たのは……。

 「ちわーっス! ポール・タカシマ、冒険者登録を済ませたばかりのピッチピチの13歳だよ。シュートのにーちゃん、今度はオイラの方から、よろしく頼むぜ!!」

 見覚えのあるハンチング帽とパーカー&ニッカボッカ姿の“少年”が立っていた。

 (──知ってた……)

 心の中で半ばあきらめの溜息を漏らしつつも、ベッドから立ち上がり、一応聞いておく。

 「──保護者の許可はもらってあるんだよな?」

 「もち!」

 腹立たしいほどイイ笑顔でサムズアップする“ポール”を見て、シュートとしても覚悟ハラを決ククるしかない。

 「わかった。パーティの一員として歓迎する。できるだけ早くDランクに昇級してもらいたいから、明日からスパルタでいくぞ!」

 「望むトコロだい!」

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