18.そしてコレが……あらかじめ捕縛しておいた第二王女です!
シュートが師であるドムスから“第二王女失踪事件”の解決を命じられて、丸一日──24時間近くが経過した頃。
「それでは、師匠、こちらが確保したユーロピア王女です」
「おう、たしかに確認した……にしても、俺が言うのもなんだが、お前さんも随分容赦ねぇなぁ」
シュートからドムスに“引き渡された”のは、目隠し、猿ぐつわ、後ろ手縛りの拘束3点セットを施された年若い少女──それも両者の言い分を信じるなら、れっきとしたこの国の第二王女だ。
そんな“貴人”をここまでぞんざいに扱っているあたり、どうやらシュートも師たるドムスに相当毒されていると見るべきか……あるいは他に理由があるのか。
「んんっ……むむむぅぅッ!」
特に意識を失っているわけでも、耳を塞がれているわけでもないので、“王女”が抗議するような呻き声をあげるが、ドムスもシュートも──ついでに言えば、同席しているユランやエルシア、ペリオノール、ベロッサも意に介さない。
残るひとり──リーヴェンシルだけは、落ち着かない風に視線を彷徨わせてはいるが、それでも積極的にユーロピア王女を解放(介抱?)する意思はないようだ。
「ま、このままウチで預かってても百害あって一利なしだし、そろそろ
「そうして下さい──それと師匠、今回の件のうちどれくらいが師匠の仕込みなんですか?」
ジトッとした視線を弟子に向けられて、ドムスは苦笑する。
「んー、まぁ、その辺りのことは帰ってきたらキッチリ話してやる。安心しろ、シラを切るつもりはないから」
そう確約してから、ドムスは拘束状態の王女を抱えて【転移(シフト)】の呪文を唱え、そして消える。おそらく、王宮なりその付近なりへ“跳んだ”のだろう。
「────ふぅぅ……」
巨漢の魔術師の姿が見えなくなったところで、ようやく緊張に糸が切れたのか、シュートはエンケレイス邸の応接間のソファにガックリと腰を下ろして溜息をつく。
「いやはや、シュートさん、ご苦労様でやんした。晩御飯の支度はできてますが、どうしやす?」
「
ユランばかりかエルシアにまで気遣われていることがわかったのだろう。
シュートは、今一度疲れた心身に鞭打って背筋を伸ばす。
「正直、このまま飯も食わずにベッドに飛び込んで惰眠を貪りたいってのが本音なんですが──まぁ、帰って来た師匠の話も聞かないといけませんしね。有り難くいただきます」
「あれ、わたし何かマズいことやった?」と内心慌てるリーヴェだったが、シュートは彼女に向かって深々と頭を下げた。
「リーヴェンシルさん、今回の件では色々お世話になりました。ありがとうございます」
「ぅえ!? いえ、あの、頭を上げてください、シュートさん。わたしなんて、むしろ全然お役に立ててませんし……」
実際、密偵(&暗殺者)の国営集団スペシャリストたる「刀子の軍団」からの派遣人員としては、捜査面でも護衛役としても驚くほど役立たずであったと、自分でも不甲斐なく思う。
「いえ、そんなことはないです。いきなりこんな見知らぬ若造の下について“厄ネタ”の名を借りた茶番劇に出演させられたんですから、十分“役目”は果たしていると思いますよ」
魔法使いの弟子の青年は如才なくそんな言葉をかけてくれるが、素直には頷けない。
「それに……たぶん、俺の想像が当たっていれば、これからの俺たちは一蓮托生でしょうし」
──ほろ苦い表情でシュートが漏らした言葉の真意をリーヴェが尋ねようとしたところで、応接間のドアが開き、先ほど王宮へ行ったはずのドムスが顔を覗かせた。
「おーい、お前ら、とりあえず飯にしよう、飯に。そのあとで、俺から話せることは諸々説明してやるから」
「随分早かったですね、師匠」
「お前からの連絡があった時点で、サトゥマたちにもじきにカタがつくって伝えてあったからな。そっちの……リーヴェンシルだったか、お前さんも一緒に晩飯食って行くといい」
「あ、いえ、わたしは……」
礼儀に則って(もしくはこれ以上の厄介事に巻き込まれることを嫌って?)ドムスからの誘いを固辞しようとしたリーヴェだったが……。
「あぁら、いいじゃない、たまにはよそのお家うちのおゆはん食べるのも悪くないわよぉ?」
聞き覚えのある、あり過ぎる声にビクッと背筋を震わせる。
「カスミ様……」
ドムスの背後から部屋に入って来た年齢不詳のゆるふわ美人は、「ノンノン!」と立てた人差指を顔の前で振って見せる。
「リーヴちゃ~ん、お仕事中は“お館様”と呼ぶように言ってあるでしょお」
その仕事中の部下を“愛称+ちゃん”付けで呼ぶのはいいのだろうか?
(親方様? 誰だ?)
(「刀子」の軍団長のカスミさんですよぅ)
(パッと見、天然系巨乳おねーさんだけど、油断しちゃダメだよ、シューくん。ペリオちゃんがふたりいてもたぶん勝てないくらい強いし)
いきなりの
「──そちらのお三方にも、「
限りなく優しい声音なのになぜか“怖い”。
そんな矛盾した感覚を、3人が同時に抱くことになる。
「い、いえ、俺たちの方こそ、その、リーヴェンシルさんには色々お世話になりましたから」
未だ日本人気質の抜けきらないシュートが、ほとんど反射的に社交辞令じみた謙遜を返したのは、良かったのか悪かったのか……。
ともあれ、カスミはシュートの言葉にニコッと微笑むと、視線を
「どちらにしてもぉ、今回の一件についてドムスさんとわたしから話があるから、貴女もいっしょにご飯食べましょ」
「ねっ?」と無邪気(に見える)笑顔で微笑みかけられては、部下であり実質養子に近い立場の弟子としても頷かないわけにはいかない。
「──ご一緒させていただきます」
何かを呑み込んだような、あるいは悟ったようなリーヴェの表情に、何となく彼女の心境を察したシュートたちも、言葉少なに食堂ダイニングへと歩き出す。
「今夜のメニューは、何なのかしらぁ?」
「ヒュージホロホロ鳥の山賊焼きとロムルス葱の胡麻和え、あとはブイヤベース風練り物と根菜の煮込み、それにゴハンって感じでやんすねぇ」
「主様からの指示で、シュートさんの故郷のワショク──グラジオンで言うアキツ料理に近い献立になっておりますので、カスミ様のお口に合うかはわかりませんが……」
「あぁ、だいじょうぶよぉ。わたし、アキツ料理だぁい好きだから。それにしてもぉ、ひと仕事終えた弟子を労うために故郷の味を用意してあげるなんて、ドムスくん、やっさしぃ~♪」
「まぁ、自分でも無茶振りした自覚はあるから、これくらいはな」
──その点、何事もなかったかのように当のカスミ本人と雑談を交わしているドムスやユラン、エルシアは流石に肝が据わっている。あるいは慣れなのかもしれないが……。
(こんな怖い相手との会話に慣れたくねー!)
つくづくそう思うシュートだったが、たぶんそれは今更ながら手遅れだろう。
ユランとエルシアの合作手料理(と言っても、エルシアが味音痴気味なので実質8割近い工程はユランが担当したものだが)による夕食は、家庭料理としてはなかなかに美味かつこの
エルシアが食後のお茶(アキツ料理に合わせた緑茶)を配り終えたところで、まずはこの家の主たるドムスが口を開いた。
「それで、だ。事情を説明する前に、俺からもいくつか聞きたいことがあるんだが……まず、シュート、お前さん、いつ、“アレ”が姫さんだと気づいた?」
「──はっきり言って、最初からうさんくさいとは思ってましたよ。マンガやラノベじゃないんですから、下町に足を踏み入れた途端、その下町に詳しい案内役が“偶然”見つかるなんてご
まぁ、その時は王女から金もらって俺たちの監視に来たのかも……くらいで、まさか“本人”だとは思いもよりませんでしたけど」
──そう、シュートたちに案内人を買って出た少年“ポール”こそが、ユーロピア王女の変装だったのだ。
あの時、知り合いの夜鷹のところへ話を聞くため案内させる──という建前で薄暗くて人気の少ない場所へと移動したところで、あらかじめシュートの指示を受けていたペリオが不意をついて“ポール”を背後から麻酔薬付きニードルで刺して昏倒させたのだ。
無論、“王女が夜鷹に化けている”という見当外れな推論も、“彼”を油断させるためのブラフだ。
そうやって意識を失った“少年”の帽子を脱がせると豊かな銀髪がこぼれおち、さらに顔に塗ったドーランを落とせばアラバスターのような白い肌が露わになり、渡された写真と照合するまでもなく、王女本人であることは傍目にも明かだった。
「ふむ……リーヴェンシル。お前さんは、何か不審に思わなかったのかな?」
「その、歩き方などからあの子……いえ、あの方が女の子だってことは見当がつきましたので、それはこっそりシュートさんに伝えさせていただきました。
ただ、ああいう土地柄なので女の子が男装してるのも無理はないかと……」
ドムスの問いに、リーヴェは申し訳なさそうにそう答える。
確かに、仮にあの子が王女でなくただの少女だった場合、あの美貌で治安の悪い地区に住んでいれば、ゴロツキどもの格好の的になった可能性は高い。それを避けるために男の子の服装をしているなら、むしろ合理的とも言えた。
「とは言ってもぉ、カワイければ男でもオッケイな輩もいるから、男だから安全だとも言いきれないのよねん♪」
クククスとカスミが含み笑いをする。
「それでも性別詐称に気付いたのは褒めてあげるわぁ。それで、シュートくんは、あの子がお姫さまだって気付いたのね?」
先ほどの“怖さ”の欠片もない、がんばって合格点を取った生徒を褒める女教師のような優しい視線をリーヴェに向けたのち、カスミがシュートに向き直る。
「あー……すみません。リーヴェからそれを聞いた時は、「そういうものか」で流してました。まぁ、後で考える時の状況証拠のひとつにはなりましたけど」
ここで期待を裏切るあたり、まだまだ“一流”や“天才”には程遠いシュートだが、レベル9でCランクの冒険者にそこまで求めるのは酷だろう。
ピキッとカスミの笑顔が凍ったような気がするが、あえてそれは見ないフリをして、シュートはやや早口に説明を続ける。
「俺が“ポール”に明確に疑いを持ったのは、例の占術師の女性から“青い鳥”というキーワードを聞かされたからですね」
アールハインの人間には何のことかわからないだろうが、外来人──地球の出身者である程度の教養があれば、その単語の象徴するものはわかる。
メーテルリンクの『青い鳥』──“幸せ”は身近な場所にあるという寓意が込められたその物語は、転じて目標物とするものがすぐそばにあることをも意味しているのだ。
「あの占術師の女性は外来人なんですよね?」
「ああ、一昨年退職するまでは、王宮に基礎魔法指導員として務めてもらっていた」
希少である意味危険な外来人を野放しにしておくことを是としないロムルスは、把握できる限りの外来人を何らかの形で“囲い込む”施策を進めている。
あの占術師──ミライ・タカシマ(高島未来)も、先代王であるサトゥマの父の時代に見いだされ、半ば飼い殺しに近い形で王宮に勤務していたのだ。
というのも、当時はこの国ではまだまだ魔法使いに対する偏見が強く、そんな状況で、如何に便利とは言え国王や重臣がお抱え占術師を持つことがはばかられたからだ。
もっとも、ミライ自身、自分の固有権能ギフトが戦闘に直接役立てにくいものである以上、冒険者などの荒事には(性格的にも)向いていないことは重々承知していたし、安定していてそれなりに給料のよい
ちなみに、彼女のギフトは「
このため「望む未来に至る方法がわかっても、それを実行する力が足りない」というある種の宝の持ち腐れに陥っていたのだ。
幸いにして「魔法適性(初級)」のおかげで、基本的な魔法の大半は覚えられたので、「ごくまれに見出される魔法の才能に溢れた若者に基礎的な指導を行う」という、国ぐるみで魔法に隔意のあったロムルスではまさに閑職と呼ぶにふさわしい役柄に就いていたわけだ。
「その役職上、魔法を学んだユーロピア王女とも面識があったんですよね?」
「と言うよりもぉ、フェイアちゃんと並ぶ、もうひとりの魔法の師だったというほうが正しいかしらねぇ」
いかにミドルティーンに見えても実年齢は40歳を軽く超えてるはずのフェイアを“ちゃん”付けで呼ぶあたり、カスミはいったいいくつなのだろう。
ふと、そんな益体もない考えがシュートの脳裏をよぎったが、当の本人に“ニッコリ”と微笑まれたため、慌ててその考えを消す。
「じゃ、じゃあ……ユーロピア王女が下町へ行ったとわかった時点で、カスミ様やドムス様、それに王様たちはあのミライさんのことを疑っていたんでしょうか?」
「わざわざあの地区に行った以上、王女が彼女と接触するだろうことは予想していたな」
リーヴェの疑問をドムスは間接的に肯定する。
確かに城を抜け出して行く先は、わざわざあんな治安の悪い場所でなくても、もっと普通の平民が暮らす地域でもよいし、その方が面倒事は少ないはずだ。
「それでもあそこに行ったのは、ミライ女史を頼るため……ですか。
そしてそれも師匠たちには予測しうる事態。なのに、わざわざ俺たちに王女を捜させたのは、俺たちに“こういうこと”の経験を積ませ、かつ“実績”を上げさせるためですか?」
以前、予想したドムスたちの意図をシュートが口にすると、ドムスとカスミは当然のように頷いた。
「それだけじゃないが、まぁ、それが大きいな」
「リーヴちゃんはぁ、真面目で座学は優秀なんだけど、こういう実地経験が不足してたからねぇ。せっかくだから、ドムスくんの案に相乗りさせてもらったのよぉ」
ふたりを含めた大人たちの掌の上だったということだろうが、すでに予測していたシュートや、あまり役に立てなかったと自虐気味なリーヴェは、今更それに怒る気はなかった。
これだけお膳立てされていたにも関わらず、結果的にはあの占術師からのヒントがなければ、王女を見つけられていたかは怪しいものだから。
「なに、聞き込みで得た人脈や情報を活かすのも、冒険者の力量さ」
「その意味ではぁ、オマケして合格点はあげられるわよぉ」
「杖」と「刀子」ふたつの軍団の長であり彼らの師でもある人物が褒めてくれるが、根本的な部分で生真面目なふたり──シュートもリーヴェも納得できるものではなかった。
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