13.シティコネクション(情報源的な意味で)

 さて、“テーブルトークRPG”という単語を知っている人は少なくないだろうが、そこで遊ばれるシナリオの中に“シティアドベンチャー”と称されるジャンルがあるのはご存じだろうか?

 通常の“RPG”という言葉で連想される、フィールドやダンジョンの探索やモンスター討伐などではなく、文字通り(町や村を含む)“シティ”を舞台に行う“冒険アドベンチャー”を意味する。

 人捜しや失せ物探し、謎の噂の真相を突きとめる、対立する2陣営を仲裁する──などなど、その内容は多岐にわたるが、どれも単なる戦闘馬鹿バトルマニアでは解決が難しい。

 世の中「叫んで斬ればするりと解決」というワケにはいかないのである。


 シティアドベンチャーでもっとも必要とされるのは、“情報の収集”だ。手段やツテは多ければ多いほどよい。そこにはコネや縁の類い、さらには運も含まれる。

 無論、最終的に荒事に発展する可能性があるならある程度の戦力は必要だし、集めた情報から正しい解決手段を導き出せる思考力・洞察力も必要だが、前提となる情報が手に入らなければ、そもそも真っ当な方向に動くことも考えることすらロクにできないのである。

 そしてソレはゲームばかりではなく現実にも当て嵌まる話で……。


 「というワケで、まずは情報収集したいんだけど……正直、このメンバーでにそういう面で成果が期待できるか、かなり不安がある気がする」

 他のメンバーからの推薦(という名の押し付け)により、「姫君捜索班」の暫定リーダーとなったシュートは、どんよりと表情を曇らせていた。

 「あーっ、シューくん、ひっどーい! ペリオちゃん、これでも偵察兵スカウトとしてはかなり腕利きなんだよッ!」

 栗色の髪を両耳の上でお団子にした可愛らしい少女がぷんすかと抗議の声をあげる。

 言うまでもなく、竜歯姉妹ドラゴントゥースシスターズの“三女”にあたるペリオノールである。

 「でも、ペリオお姉ちゃん、わたしたち街中での聞き込みとかそういうのをした経験はぜんぜんないわけだし……」

 そして、そんな彼女を“姉”と呼び、なだめている薄紫のオカッパ髪の少女は姉妹の末っ子たるべロッサだ。


 ドムスから“姿をくらませた第二王女ユーロピアの捜索”という難題の解決を命じられたとき、当初はシュートとリーヴェンシルのふたりでやる予定だったのだが、さすがにふたりだけでは厳しいだろうということで、その場に居合わせたファング&トゥースの中から、ペリオが助力を申し出たのだ。

 「シューくんの剣の腕前は知ってるけど、街中での探しものはあんまり経験がないでしょ」

 「えぇと、その辺を補うためにわたしが“刀子”から派遣されたのだと思うのですが……」

 任務の内容を知って一度は錯乱(?)したリーヴェンシルだが、師匠カスミも承知の上での派遣だとドムスに聞かされて、腹をくくることにしたらしい。

 「うーん、でも、リーヴェちゃんって、技能的にはどっちかって言うと格闘家寄りだよね? 多少は尾行とか隠密とかのスキルを身に着けた感じの」

 「それは……」

 事実なので、彼女としても否定できない。

 なにせ、師であり後見人でもあるカスミの命によって3ヵ月ほど前に“刀子の軍団”の下っ端として働き始めるまでは、カスミの家で内弟子兼家政婦的な立場で、道場での鍛錬と家事手伝い(ちなみに無職の言い訳ではなくキチンと掃除や洗濯などを行っていた)に励んでいたからだ。

 “刀子”に就職(?)してからは、密偵に必要な基本は一通り教えられたし、真面目な性格なのでそれをモノにしようと彼女なりに努力はしていたが、いかんせん、まだまだ付け焼刃という感はぬぐえない。

 「それに、練習や試合ならともかく、人と本気で殺やり合った経験もまだないでしょ」

 こちらも図星だった。

 どうやら、カスミは「一見穏和に見えて中身は腹黒──だけど身内には激甘」なタイプだったらしく、内弟子にしたリーヴェンシルを、稽古の時以外は傍目から見てもかなり過保護だいじに育てていた。

 “刀子の軍団”に入れたのも、「どうせ働かせるなら自分の目の届く範囲のほうが……」と思ったからのようで、その証拠に訓練時以外は彼女はこれまでほとんど内勤の仕事しかさせてもらってないのだ。

 魚心あれば水心というべきか、最初の頃は強引に内弟子にされてビビっていたリーヴェンシルも、ほどなくカスミと打ち解け(そもそも、元々頼りになる武術の師として慕っていたのもあって)、現在では養母はは義娘むすめに近い関係を築いている。

 ──もっとも、そのせいでコミュ障気味なリーヴェンシルの人見知りがあまり改善されなかったという弊害もあるのだが。


 閑話休題それはさておき

 「ドムスさまが言ってた地域エリアはスラムってほどヒドくはないけど、下町でもあんまり治安おぎょうぎのいい場所じゃないからね~。荒事になる覚悟もしとかないと」

 そう諭すペリオノールを見ていると、格好すがたや口調こそ年端もいかない──リーヴェンシルと同年代の小娘のようでも、中身は長年ドムス直属の護衛を務めてきた竜牙兵ベテランなのだなと、シュートは改めて思い知らされる。

 「そういうワケだから、偵察と暗殺はペリオちゃんにまかせろー、ばりばりばり」

 「やめて! いや、ネタじゃなくてマジで暗殺は勘弁してください」

 そして、上げて落とすのはお笑いの基本でもあった!


 「すみませんシュートさん、ペリオお姉ちゃんも悪気はないんです……あの、お姉ちゃんのストッパーってワケじゃありませんけど、わたしもご一緒しましょうか?」

 ペリオお姉ちゃんほどじゃありませんけど、私も追跡とか隠密とかの狩人ハンター系のスキルはそこそこ得意ですし──と付け足すベロッサ。

 シュートとしても、顔を合わせたばかりのリーヴェンシルとハイテンション脳天気娘なペリオノールを相方に難度の高い仕事に挑むのは気苦労が絶えないので、良識派いやしわくのベロッサの申し出は渡りに船だった。

 唯一の懸念はドムスの許可が得られるかだったが……。

 「ん? ペリオとロッサか……いいぞ。ただし、ふたりの実働分、お前さんへの成功報酬は割り引いとくが」

 「えっ、師匠、そんなモノいただけるんですか!?」

 「当たり前だろうが! 命の危険は、まぁ、それほど高くないとは言え、誰がどう見たって厄介事トラブルの塊りみたいな任務しごとを無料奉仕でさせるほど、俺は外道ブラックじゃないぞ」

 「まぁ、お前さんが正規の“杖”の軍団員ぶかなら、業務の一環として押し付けたかもしれんがな」と付け足して、ドムスはニヤリと笑う。

 (猶予期限の10年間は絶対、冒険者みんかんじんとして頑張ろう、そうしよう)

 色々な意味で“逃げられない”のだとしても、できるだけ王宮に勤めるのは遅くしようと、決意を新たにするシュートだった。


 ともあれ、これで魔法剣士(見習い)、駆け出し密偵兼格闘家、偵察兵/双剣士(?)、弩弓使い/猟兵という、いささかイビツな4人パーティが始動することになり、屋敷の一室に集まって、とりあえずどう動くべきかを話し合っているところだった。

 「えっと、一応、わたし、盗賊ギルドに情報を売ってもらうための符牒や方法は知ってますけど……」

 おずおずと手を上げるリーヴェンシル。もっとも、本当に“知ってる”だけで、未だ試した経験はないのだが。

 ちなみに、この国ロムルスにおいて“盗賊ギルド”と呼ばれる組織はあるにはあるが、あまり大きな力は持っていない。

 ドムスらの肝煎りもあって、(あくまでサイデル大陸の他の国と比べると、という注釈はつくが)冒険者ギルドの規模や権限がそれなりに拡充しているのと比べると、むしろ零細と言ってよい規模だと言えるだろう。

 ただ、サトゥマを筆頭とする為政者サイドも、現代日本の893と一緒で、そういう“裏”の流れを根絶するのは基本的に不可能(仮にできても非効率)だとは理解していたので、“あくまで目に余らない範囲の活動”については黙認というか、目こぼしはしていた。

 冒険者フリーターにすらならない/なれない小悪党ロクデナシをある程度統制したり、“裏”の情報を集めさせたりするのには、その方が都合が良いからだ。

 故に、ある意味競合組織である“刀子の軍団”の面々メンバーも、状況次第でこの盗賊ギルドと接触する必要があるため、そのための方法は教えられているのだ。

 「そっちは最後から2、3番目の手段かな。おふたりは他に何か心当たりはありませんか?」

 不本意ながらリーダー役を引き受けたシュートが、話をぺリオノールたちにフる。

 「うーん、純粋なツテやコネという方面では期待しないでほしいかな。ほら、ペリオちゃん達ってば、つい一昨日までは“ああいう姿”だったワケだしさぁ」

 「見かけた相手を追跡するととかこっそり尾行するのとかは得意なんですけど……」

 確かに、竜牙兵だった頃のふたりは、ユランやエルシアたちと異なりしゃべれなかったので、他者とのコミュニケーション手段も極めて限定されていた。ジェスチャーや筆談くらいなら一応可能ではあったが、それで和気あいあいと会話を楽しむ……というのもちょっと考えづらい。

 「そうなると、やっぱり聞き込みの基本の基本から始めるしかないですか」

 溜息をつきながら、シュートは自分なりにまとめた“今後の行動指針”を他の3人に伝えるのだった。


 * * * 


 「で、俺のところに話を聞きに来たってのか」

 おもしろそうに目を細めるドムス。

 「ええ。情報統制されてる現状で今回の件を持ち出しても問題がなく、ある程度以上の情報を確実に持っていて、俺たちが接触できる人となると、俺には師匠とフェイア様、それとカスミさんしか思いつきませんでしたので」

 「サトゥマやテーバイはどうだ? あいつらの方がユーロピア王女に関しては詳しいぞ」

 「ご冗談を。いくら俺がドムス師匠の弟子だからって、単独アポなしで王様に面会できるとは思ってませんよ。テーバイ様は……確かに訪ねて行けば会えないこともないでしょうが、話を聞いた限りでは第二王女に関してはフェイア様のほうが詳しそうでしたし。それに……」

 ニヤリと笑い、意味ありげにシュートは言葉を切る。

 「それに?」

 「“依頼人”から情報を絞り尽くすのはシティアドベンチャーの基本おやくそくじゃないですか」

 「この馬鹿弟子ゲームのうめ!」

 シュートを罵倒しつつ、ドムスの方も機嫌は悪くなさそうだ。

 「ああ、その通りだとも。この種の裏がありそうな依頼については、依頼主とその周辺からも極力情報を得てから動くのが原則だ。でないと、正義の味方のつもりで動いていたら、いつの間にか悪事の片棒を担がされていたってコトにもなりかねないからな。

 “だから”たとえ師であろうと遠慮なく情報をむしりとろうとするその意気や良し! 欲を言えば、緊急の要件なんだから、別方面あねさんとカスミからも同時に情報収集しておくのが好ましいが……」

 「そっちは、ペリオノールさん達とリーヴェンシルさんにお願いしてます」

 「合格点パーフェクトだシュート! 褒美に、今なら聞きたいことを3つまで無制限に答えてやるぞ」

 「3つだけ、ですか?」

 「知っての通り、俺も色々忙しいんでな。「では、今から2時間、みっちり事情聴取します」とか非常識マンチキンなこと言われても困る。それに、俺のような知人相手でない、初対面の“依頼人”の場合は、その程度話につきあってくれれば御の字だろうさ」

 ドムスの言葉でシュートは今回の不自然な任務が(さすがに事件そのものがドムスの仕込みではないにせよ)、自分達──おそらく自分シュートとリーヴェンシルの“教育”のために用意されたモノなのだろうと確信する。

 (たぶん、王女様の身の安全もこっそり監視員とかがいて、すでに確保してるんだろうなぁ)

 即座に王女を連れ戻さなかったのも、王女自身に“経験”を積ませることを目的としているのかもしれない。

 わざわざ自分達に捜させているのは──もしかして、シュートとリーヴェンシルに手柄をたてさせて箔をつけるためだろうか?

 (余計なお世話だ……とは言いきれないんだよな)

 身近にいると忘れがちだが、ドムスは現在のこの国の重鎮のひとりであり、それは刀子の軍団長たるカスミも同じだろう。

 その彼らの内弟子みうちという立場は、他者からは羨望と嫉妬の念を抱かせるに十分で、心無い中傷や揶揄を投げかける者がいないとも限らない。いや、シュートも数回陰口を叩く輩に出くわしたことはあるのだ。

 だから、王女の失踪を奇禍として、ドムスたちがふたりに厄介事解決トラブルシュートの経験を積ませつつ、それなりの“功績”を上げさせようとしているのでは──とシュートは推理したのだ。

 「ん? どうした?」

 「いえ、なんでもありません。それでは、師匠、まずはユーロピア姫の人となりについて、ご存じの範囲で結構ですので教えていただけないでしょうか?」


 * * * 


 「シュートさん、どうやら大将の目論見について、見当がついてるみたいでやんすねぇ」

 的確な質問でドムスからそれなりに役立つ情報を得て、シュートが執務室から出て行ったことを確認してから、ドムスの傍らに控えていたユランが感心したような言葉を漏らした。


 「まぁ、アイツほどの頭があったら、さすがにこの任務が不自然なことには気づくだろうから、多少はな」

 「姫さんのほうはよろしいんで?」

 「フェイアの姐さんの使い魔が見つけて、カスミ直属の腕利きがつかず離れずで監視してる。遠距離からの狙撃とか広範囲攻撃呪文で回避不能の大ダメージを受けるとかしたら流石に無傷とはいかんが、そうでもない限りは問題ないはずだ」

 一国の王女の身の安全に関して、「死んでさえいなけりゃあ、俺と姐さんが協力すりぁ治せる」としれっと言い放つドムスの無頓着さに、ユランは溜息をつく。

 「それ、一昨日も似たようなコト言って、シュートさんにツッコまれて慌ててやしたよね」

 「あの時は、対象がサトゥマだったからな。痩せても枯れてもアイツはこの国の国王だから、記憶喪失とかシャレにならんし」

 「ユーロピア王女も、まがりなりにも王女様でやんすよ? 前々から思ってやしたが、大将、あの姫さんには妙に塩対応でやすね」

 いぶかるようなユランの口ぶりに対して、ドムスは唇の端に微妙に苦い表情を載せる。

 「そうか、あの時はユランじゃなくて確かエルシアが同行してたんだったな」

 思いがけない主の言葉に、その忠実なる衛者は驚く。

 「え!? 確か、あっしが大将の御伴ごえいとして王宮に行った時、姫さんと初対面の挨拶をしてたと思うんでやすが、もしかしてその前にも会ってらしたんで?」

 「ああ。と言っても、“会った”と言うより“見かけた”っつーほうが正しいが。その時のあの第二王女殿下の言動は、とても一国の姫君、いや淑女レディとしてもふさわしいとは到底言えるもんじゃなかったんでな。アレが本性だとすると、俺はどうにも好きになれん」

 平民出かつ元々冒険者として暮らしていた以上、口や柄の悪い女性なんていくらでも見てきたはずのドムスがそこまで言うということは、どうやらユーロピア王女の態度はよほどのものだったらしい。

 「上の姫さんみたく絶賛されてるわけじゃありやせんが、ユーロピア王女の評判もそこまで悪いものではなかったと思うんでやすが……」

 「外面みかけはそれなり以上にいいからな。だが、あれ以降も第一印象を覆すような言葉や行動は俺の耳に入って来てないから、評価を改める気にはなれん」

 「そういうワケで俺としては極力、ユーロピア王女とは関わりを持ちたくないんだ」と締めくくるドムス。

 「! シュートさんに今回の件を任せたのって、もしかして……」

 「それは──言わぬが花だろ?」


 今回の一件に関するシュートの予想はほぼ当たっているのだが、実はもうひとつ重要な理由に彼は気づいていない。

 そう、彼の師ドムスは、「この事件を契機としてシュート自身も独自に王族とのコネを持つ」という名目で、第二王女ユーロピアの被害担当艦せわやくを押し付けたのだ!


 「ま、次世代組ネクストジェネレーションズの宿命と思ってあきらめろん。もっと真っ当なほかの王子・王女にもちゃんと紹介はしてやるから」

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