14.現場100回……の前にできることはキッチリと

 シュートが師であるドムスから“第二王女失踪事件”の解決を命じられてからおよそ3時間あまりが経過した当日の夜。

 再びエンケレイス邸の一室に集まった4人──シュート、リーヴェンシル、ペリオノール、べロッサは、各自が集めた情報のすり合わせをしていた。

 「では、まずは俺から。ドムス師匠の現場検証みたてによると、ユーロピア王女の寝室には、王女の魔法の力量からすると明らかに過剰と判断できる魔力使用の痕跡があったそうです」

 シュートからの情報に、慌てるリーヴェンシル。

 「! そ、それって、まさか高位魔術師が魔法を使って王女様をさらった、もしくは逃がしたってコトですか!?」

 「あ、いや、すみません。俺の言い方が悪かったかな。王女の寝室に残されていた残留魔力は、波長からして間違いなく王女自身の魔力らしいです」

 「魔法を使ったのは、本人だってことですよね。でも、確か、ユーロピア姫様って、魔法の腕前は初級クラスだったんじゃあ……」

 ベロッサの言葉に対して、ペリオノールが珍しくシリアスな顔で告げる。

 「──あまり一般には出回ってないけど、魔力を一時的に上昇させる薬とかはあるよ。ドムスさまだって似たようなのは自分で作れるし」

 「俺もそういうドーピング的な手段を疑ったんですけど──師匠によれば、「アレはそういうモンじゃない」そうです」

 「そういうモンじゃない?」

 意味がよく分からずオウム返しするリーヴェンシルに向かって、おごそかな顔でシュートは頷く。

 「ええ。師匠いわく、「アレは同じ場所で特定の呪文を毎日毎日繰り返し何度も何度も唱えることでできる魔力のシミみたいなものだ」って……」

 「へぇ~、姫様って案外努力家だったんですね」

 素直に感心しているベロッサと異なり、他の二人の女性は顔つきがより厳しくなっている。

 「シューくん。それってもしかして……」

 「ええ。リーヴェンシルさんも、町道場の住み込み弟子なら心当たりがあると思いますが、トータルで見て初級ないし中級の腕前の格闘家だとしても、思いがけない隠し玉なりワンランク上の必殺技フィニッシュブローなりを持ってる人っているでしょう?」

 「は、はい、確かに。でも、そのためには、自分に相性がいい技を的確に選んで、そのうえで血のにじむような努力が必要だと……」

 同様のことは魔法に関しても当てはまる。総合的評価が“低位魔法使い”だとしても、それなり以上の研鑽を重ね、奥の手としてひとつやふたつくらい中級レベルの魔法が使えるようになっていてもおかしくはない。ここは四角四面なコンピューターゲームの世界ではないのだ。

 「師匠に聞いたんですが、中級レベルの魔術に【瞬動(ブリンク)】と呼ばれる利便系の術があるらしいです」

 【瞬動】はその名前から想像できる通り“瞬間移動”できる術だ。とは言っても、【転移】のような複数の長距離移動が可能なわけではなく、効果は術者本人のみ、目標地点は視認できる範囲かつ距離もせいぜい10メートル程度に限られる。使用魔力が多い割に効果が地味なので覚えている魔術師は少ないが、習得難度自体は中級魔術としてはそれほど高くはないので、相性次第では初級レベルの魔法使いでも覚えることは不可能ではないだろう。

 「お姫さんがこっそり自室で特訓して【瞬動】を使えるようになってたんなら、誰にも気づかれずにお城から抜け出すのなんてカンタンだよね」

 実際には10メートルの距離制限や消費魔力量の問題に加えて、見回りの兵士などもいるのでペリオノールが言うほど簡単な行為でもないのだが、事前の下調べと準備次第では確かに達成不可能ミッション・イッポッシブルとは言えまい。


 「その…王女様が城から脱出した方法は理解できましたけど、わたしたちの任務しごとって、“王女様の抜け出した方法”ではなく、“王女様本人”を捜すことなのでは?」

 控えめな口調ながらその点を指摘するリーヴェンシルに、密かに彼女への個人的な評価を上方修正するシュート。初対面時ファーストインパクトこそ頼りなさげではあったが、こういう“目的に対して何が必要か”をキチンと考えることができる人間は嫌いじゃない。

 「そうですね。ただし、王女を捕縛──あえて、こう表現します──捕縛することになった時、相手の能力をできる限り知っておかないと、思わぬ不覚を取る可能性があります。実際、王女が【瞬動】を使えることを知らないままだとヤバかっただろうし」

 捕物で犯人(!)を追い詰めたと思った瞬間、忽然と消えるとかイカサマなんてレベルではない。

 「あ! それならフェイアさまから、参考になりそうな話が聴けたよ」

 ペリオノールが手を上げたので、シュートは続きを促した。

 「お姫さんに魔術の基礎を教えたのはフェイアさまだけど、防御、回復、利便の3系統に関しては、最後に教えた頃にはおおよその初級魔術は使えるようになってみたい」

 「攻撃や補助、付与系は?」

 「攻撃は【魔力弾(マジックバレット)】しか教えてないけど、割とすぐに覚えてたから適性は低くはなさそうだって。逆に、補助とか付与はあまり興味をひかなかったみたい。「ボクの教え方が悪かったのかもしれないけどね」って、ちょっと苦笑いしてたけど」

 魔術師にも得手不得手はあり、ドムスが付与系と補助系のエキスパートなのに対し、フェイアの本領は回復系でそれに次いで得意なのが攻撃系と防御系だ。優れた魔術の使い手がイコール優秀な教師になれるわけではないが、苦手系統の魔術を他人に教えることはやはり難しい。

 ちなみに【魔力弾】とは魔術を学ぶ人間の大半が最初に習うことになるもっとも初歩的な呪文のひとつで、その名の通り魔力でピンポン球ほどの大きさの光の弾丸を形成し、それを目標にぶつける攻撃魔術だ。

 込める魔力によって攻撃力は多少上下するが、おおよその威力はゴルフボールを思い切り手で投げてぶつけるようなものと思ってもらいたい。

 油断している人間の顔などに至近距離から当たれば、それなりのダメージを与えることも不可能ではない──が、相手が身構えて腕などでガードすれば殆どノーダメージに近い。

 「そうなると、お姫様が他の攻撃魔法とかを身に着けてる可能性も低くはないですね」

 ベロッサの言葉にシュートも渋い顔で頷く。

 「ええ、なにせ独学で【瞬動】を身に着けてたくらいですからね。とは言え、師匠の見立てでは「決して天才肌というわけではないから、時間的な猶予から考えてそれ以外の中級呪文は覚えていてもあとひとつふたつくらいだろう」とのことですが」

 ここにいるメンバーは、【魔力弾】程度なら殆ど問題にならないくらいの実力は身に着けていたが、それより上位の攻撃魔術が飛んでくる可能性があるというのはあまりうれしい話ではなかった。

 「ほかにもフェイア様からめぼしい話は聞けませんでしたか?」

 「うーん、ベロッサちゃん、何かあったっけ?」

 シュートの問いを即座に妹にパスするベリオノール。

 「えっ!? えーっと……あ! 思い返すと姫様は最近は妙に上機嫌だったって、フェイア様は言ってました。あと以前より人前に顔を見せる機会が減ってたって」

 「──もしかして、王女様は今回のために陰で魔法の練習に時間を費やしていたのでしょうか?」

 リーヴェンシルの推測にシュートは眉を寄せる。

 「それだけならいいんだが……もとい、いいんですが」

 「その……わたしの方が歳下ですし、そのような丁寧な言葉遣いはしていただかなくとも結構ですよ。名前も呼び捨てで構いませんし」

 人見知りの強いリーヴェンシルにしては、こういう譲歩を会ったばかりの相手、しかも男性に対して見せるのは珍しいことだった。

 「あー……うん。そう言ってもらえると助かる」

 少しだけ肩の力を抜くシュート。

 「あ、あの……でしたら、シュートさん、わたしにも普通に話してもらえませんか? 外見的にはわたし、リーヴェンシルさんよりも年下ですし」

 「ペリオちゃんもね!」

 竜歯姉妹の下ふたりもそれに便乗しようとする。

 「いや、おふたりは師匠直属の戦士なワケですし……」

 やんわり断ろうとしたシュートだが、「ええぇ~、そんなぁ」という嘆きをうるうるした瞳いっぱいに浮かべた(少なくとも見かけは)美少女達の懇願には勝てず、やむなく「本業ともいえるドムスの護衛に就いている時以外はフランクに話す」ということをふたりに約束せざるを得なかった。

 それにしても、“人間の少女”としての姿を得てから3日と経っていないのに、すでに“女の武器”を使いこなしているとは末恐ろしい。いや、ユランの言葉を信じるなら、雌竜(の牙と歯)から誕生した5にんは元々女性だったのだからそれほど不思議ではないのかもしれないが。


 「──で、話を元に戻すと、だ。ユーロピア王女が隠れて魔法の鍛錬に努めていたのも事実だろうけど、もうひとつ。今回の“失踪”に先立って、“予行演習”をしていたんじゃないかと思うんだ」

 「「?」」

 「……あっ!」

 シュートの言葉を聞いた3人の中では、リーヴェンシルがいち早くその真意に気付いたようだ。

 「つまり、これまで人前に姿を現さなかった時に、何度かこっそり城の外に出ていた……」

 「ここまでに得られた情報からすると、今回の件は前々からじっくり計画していたようだし、ブッツケ本番にいきなり実行するというのは考えづらいかな、って」

 元々、ふらっと自室を抜け出しては、城の庭園の片隅でスヤスヤ居眠りしていたところを何度も目撃されているような姫君なのだ。「花畑之姫君プリンセス・オブ・フラワーガーデン」という綽名には、“花を愛でる優しい女性”という表向きの良い意味のほかに“能天気で頭がお花畑”という侮りも隠されている。仮に1、2時間姿が見えなくても、「また庭園でお昼寝か」で流されていたに違いない。

 城の人間もまさかその第二王女が独力で城を抜け出すなんて思ってもみなかったろうから、責めるのは酷だろう。

 「うーん、そうなると、“慣れない下町で右往左往するお姫さん”って構図は期待しないほうがよさそうだねぇ」

 ペリオノールの言う通り、相手は下調べをしてある程度土地勘があると見ておいたほうがよさそうだ。

 「な、なんか、不安材料ばっかり重なっていくんですけど……」

 ベロッサは微妙に引きつった笑顔を浮かべる。

 「それでも、“相手てき”を甘く見て返り討ちに遭うよりはマシだろうさ」

 「あの、シュートさん、わたしたちの任務やくめは、王女様を無事に連れ戻すことですからね? 決して逃げた賊を生死不問デッドオアアライブで成敗するわけじゃありませんからね!?」

 慌てたようなリーヴェンシルの言葉に、シュートはニコリとイイ笑顔を返す。

 「ヤだなぁ。もちろんそれは忘れてないよ」

 (まぁ、多少手荒くしてもいいというお墨付きは師匠からもらってあるから、いざと言う時は、こう……コキャッ、とね)

 心の中で不穏な発言をするシュート。さすがに一国の王女で、師匠の友人の娘でもある少女を容赦なく叩きのめすような真似はしないと信じたいが……。

 「そ、それならよろしいんですけど……」

 あまりよろしくなさそうな顔ながらリーヴェンシルはそれ以上追及しなかった。生粋の現地ロムルス人がその表情を見て不安に思うとは、この少年、修羅の地の流儀に染まりすぎではなかろうか。

 あるいは自分達がまごうことなき厄介事を押し付けられる原因おおもととなった王女に、少々腹を立てているのかもしれない。

 「じゃあ、最後にリーヴェンシル、カスミさんから何か目新しい情報はもらえたかな?」

 「すみません、それほど大した話は……一応、王宮内を内密に捜索した結果、下級の侍女メイド用お仕着せがひとつ紛失していたそうなので、王女様がそれを着て抜け出されたという線が濃厚ではありますけど」

 ロムルス王宮の下級侍女の制服は、長袖ロング丈の藍色ワンピースに白エプロンとメイドキャップという、比較的オーソドックスなデザインだ。キャップとエプロンを外してストールでも肩に羽織れば、ごく普通に街中に溶け込んでしまえる。

 もっとも、多少なりとも頭の回る人間なら、とっくに着替えて別の服装になっているだろうが……。

 「あ! それと王女様の似顔絵を預かってきました」

 リーヴェンシルがさし出すそれは、厳密には絵ではなく白黒写真だった。

 この世界(アールハイン)には、外来人から断片的にもたらされた地球の文化文明のカケラ(たとえば先述のメイド服もそのひとつだ)を、こちらなりの技術を用いて疑似的に再現している例も少なからず存在する。感光剤こそ錬金術によるものだが、ピンホールカメラによる白黒写真も大きな町なら写真館がある程度には普及しているため、貴族や少し裕福な層の平民なら、このように肖像を撮影していてもさほどおかしくはないのだ。

 ちなみに、レンズを使用したタイプのカメラは、レンズ製作できる者が限られる上に技術的にも高度な超高級品なため、普通は王族か上級貴族クラスしか所有していない。

 モノクロなので色彩はわかりづらいものの、写真の中でうっすら微笑むユーロピア王女の容貌は、確かに掛け値なしに美少女というにふさわしく、また、実の姉妹かと思うほどにユランとよく似ていた。

 「こんなにソックリなのに、ユランさんを見て王女のことを思い浮かべないとか、師匠も王様たちもダメダメ過ぎるだろ」

 「じ、実際に対面してみると全然印象は違うんですよ?」

 「ユラン姉さんみたくキビキビした動きはしてないし、物憂げって言うかダルそうな感じだしね~」

 シュートの呟きを聞いてベロッサとペリオノールが主人であり父とも言える人物ドムスをフォローするが、いまひとつ説得力がなかった。

 「ふーん、そういうものなのかな。ま、いいや。朝になったらとりあえずコレを持って現場、もとい王女の反応があったって言う下町のエリアに行ってみよう」

 「え!? しゅ、シュートさん、今すぐ動くんじゃないんですか?」

 リーヴェンシルの慌てっぷりは、「自国の王女を安全とは言い難い下町にひと晩放置していいのか?」というある意味当然の疑問からくるものだろう。

 「いや、聞き込みしようにも夜は人気ひとけが少ないだろうし、安全面でも色々アウトだからね。ああ、王女のことなら、前も言った通り“目的地”の“下見”は済ませているだろうから、そういう面での心配はあまりいらないんじゃないかな」

 無論、あくまでこれはシュートなりの推論だし、彼らは知らないが、ユーロピア王女にはフェイアの使い魔と刀子の軍団員という頼もしいボディガードがいるのだ。最悪の事態にはなるまい。


 「とは言え、朝一で行動開始したいから、よかったらリーヴェンシルもこの屋敷に泊まっていきなよ。師匠の許可はもらってあるし」

 「つくづく今回の件って茶番だなぁ」と思いつつ、そんなことはおくびにものぞかせず、シュートはリーヴェンシルに提案する。

 最初はためらっていたリーヴェンシルだが、「これは任務のため、決して私情からじゃないの」と何かブツブツ呟いていたかと思うと、了解の意を口にした。

 「あの、それではお世話になります……」

 「ひゃっほー! じゃあ、リーヴちゃん、せっかくだからペリオちゃんたちの部屋で御泊会パジャマパーティーしようよ!」

 「え?」

 「あ、それいいね、ペリオお姉ちゃん。エルシアお姉ちゃんたちも誘ってみる?」

 「え? え?」

 「うんうん、ロッサちゃん、ナイスアイデア♪ ほらほら、そうと決まればレッツゴー!」

 「え? あの、ちょっと……」

 ふたりに肩を押されて部屋から連れ出されるリーヴェンシル。

 ひとり取り残されたシュートは、女5人(もしくはユランも含めて6人か?)が寝間着姿でキャッキャウフフする光景を想像して「う、羨ましくなんてないんだからね!」と“酸っぱいブドウ”的な哀愁アトモスフィアを漂わせつつ、自らの部屋こやへ帰るのだった。

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