21.十フィート棒って持ち歩くのはすごく邪魔ではなかろうか

 暗闇の中、蛍数匹分程度の僅かな灯りを頼りに一行は慎重に石畳の廊下を進んでいた。

 光源はリーダーらしき青年が首に下げたペンダントで、底に嵌め込まれたオレンジ色の結晶が、豆電球にも及ばぬほどの淡い光を放っている。

 松明どころか下手な蝋燭式ランプにも劣るほどの照度だが、一行5人のうち、青年以外の4人はさまざまな理由で夜目が効き、青年も自身に暗視力強化の魔術を掛けているため、現状特に問題はない。

 「と言うか、このパーティ、何気に俺以外、全員隠密系技能持ちなんだよなぁ」

 リーダーの青年──シュートが、しみじみと呟く。


 リーヴェンシルは、どちらかと言うと格闘家グラップラーとしての素養が高いとは言え、これでも諜報担当“刀子の軍団”の一員として、そちら関連の訓練も受けている。

 ファング&トゥースからの出向(?)組であるペリオノールは暗殺者アサシン技能持ちの(実質忍者に近い)双剣士、ベロッサは屋外での偵察役も兼ねた猟兵レンジャーだ。

 最近加わったポールも、都市部での活動を主体としているとはいえ一応、盗賊シーフのハシクレではある。

 (もっとも、最後のひとりはどうかと思うけど)

 実はこのポールと名乗る12、3歳の少年に見える人物は、マジックアイテムで姿を変えたこの国の第二王女だったりする。

 そんな国家的重要人物が(師匠関連で国王と面識があるとはいえ)、本人は一介のCランク冒険者でしかないシュートたちのパーティに加わって、少なからず危険のある冒険に出かけてていいのか、と思わないでもないのだが……。

 (あのあと、面と向かって王様本人から頼まれちゃったからなぁ)

 なんでも、このロムルスでは、王位継承権持ちの王族は少年期から青年期にかけて1~数年、王族としての身分を隠して庶民の間に紛れ、様々な経験を積むという慣習があるらしい。

 シュートの師ドムスと組んで即位前に冒険者やんちゃしていたサトゥマ国王はもとより、現在北の砦に赴任している第一王子も、15歳から17歳の間、この国唯一の港町で見習い水夫として働いていた経験があるし、たおやかな美姫として知られる第一王女も、昨年まで2年間、王都下町にある神殿で見習い神官として勤行と社会奉仕に励んでいたのだとか。

 (庶民の暮らしを知らないと良い為政者にはなれないって理屈はわかるけどさぁ)

 それ自体は王族側にとっても、将来治められる立場の民の側からも、好ましいことではあるだろう──その“修行期間”に、神経を擦り減らすことになる王族警護おもり役の胃壁と心労を考えに入れなければの話だが。

 もっとも、サトゥマの場合、身近にいたテーバイがよく悪くも大雑把な鋼メンタルで、そういう胃痛ストレスとは無縁だった(少なくとも傍からはそう見えた)ため、その辺りの配慮にいまひとつ思い至っていないのかもしれない。

 (テーバイ様ェ……)

 剣士としてはシュートも尊敬しているし、個人的にもその地位(法衣貴族にして軍団長かつ現王の親友)に比して気さくで気風のいい好人物だとは思うが、ある意味、ドムスやサトゥマ以上の“問題児”だという評価も否定できない。

 (フェイア様は、よくあの御三方をコントロールしてたなぁ)

 その反作用で、フェイアに対する尊敬度がますますアップしたりするのだが──実情は彼女の場合、「制御は無理なので、被害の方を最小限に食い止め、かつ事後に叱責する」という、ある意味潔い行動方針たいどだったりする。


 閑話休題。

 そんな経緯で少年盗賊ポールに変身中(見た目だけじゃなく身体的には完全にローティーンの男の子になってるらしい)の第二王女ユーロピアを含めたシュートの徒党パーティは、現在、冒険者ギルドの依頼で、このダンジョンに潜っているのだ。

 「だっけどスゴいよね~、訓練のためにわさわざ迷宮ひとつ作るなんて!」

 ペリオの言う通り、この場所はロムルス王サトゥマの肝煎りで作られた官民合同出資の実戦訓練用施設だったりする。

 とは言え、“官”はサトゥマの私財へそくりの一部、“民”は冒険者ギルドがメインで出資しており、コンセプト&設計、製作はドムスが(ほぼ無償で)取り組んでいるため、パッと見ほど金がかかっているワケではないが、それを踏まえても地下6階まであるというのだから、相当大規模なものだ。

 「その…ドムス様自身は、地下10階まで作りたかったけど、時間とお金足りなかったので断念したってボヤいてたよ」

 ロッサの言葉が本当なら、何がそこまで師匠ドムスを駆り立てるのだろうと、げんなりするシュート。

 ちなみに、彼らが請けた依頼は「開業直前のこのダンジョンを地下3階まで一通り踏破して、探索の手ごたえを報告レポートする」というものだ。報告書の出来次第で報酬にボーナスがつけられるので、なにげに難度は高い。

 訓練迷宮の主目的はD~Cランクの冒険者のスキルアップなので、Cランクとしてはかなり戦闘力の高いシュートたち5人なら、地下3階の敵では十分勝てるだろうとは聞いているが、同時に鼻歌混じりで進めるほど彼らもダンジョン探索に手慣れているわけではない。

 「──慎重に進まないといけませんね」

 探索を開始するにあたってリーヴェが呟いた言葉には、シュートも全面的に同意している。F&T時代にこのテの探索に慣れているはずのペリオとロッサも頷き、御調子者イケイケのポールもさすがにそれに異議を唱えなかった。


 冒険者ギルドのある中流街ミドルタウン下町ダウンタウンのちょうど境目辺りに設置された小さな祠に擬装された建物に、扉の鍵を開けて入り、床に開いた一辺が2メートルほどの正方形の穴から梯子を伝って3メートルほど下ると、そこはもう真っ暗なダンジョンの中だった。

 天井の入口から僅かな光が入ってきてはいるが、角度の関係で数メートルも移動すれば、その光も届くまい。

 「入口からは北と東に通路が伸びてるね! 空気の流れからすると、どちらもすぐに行き止まりってワケじゃないみたい。どうする、シューくん?」

 ペリオからの情報に、シュートはしばし考える。

 「どの道、全区域を踏破する必要があるんだから、迷ってても仕方ない。右──東の方の道から確認していこう」


 ……と、ここで場面が冒頭部に戻るワケだ。

 「そう言えば、シュートにーちゃん、どうして【灯明(トーチ)】を使わないの? 魔力がもったいないならオイラが使おうか?」

 「いや、戦闘時はポールには後衛から魔法で援護してもらうつもりだから、むしろソッチが魔力を節約してくれ。それと【灯明】は便利だけど使うと間違いなく目立つからな」

 明かりの魔法である【灯明】が生み出す光球は、その近くなら十分本が読めるほどの明るさがあるため、視覚的なハンデはなくなる反面、かなり遠くからでも、そこに誰かいることがわかるという明確な欠点もある。

 その奇襲之危険デメリットと引き換えにしても、通常の冒険者パーティーなら視界を確保するほうを選ぶものだが、幸いシュートたちは前述の通り薄暗闇で行動できる者が揃っているので、思い切って照度を絞って行動しているのだ。

 「でも、シュートさん、さすがにこの明るさだと、床や壁に何かあっても見逃しそうなんですけど」

 そう、確かにモンスターに対する備えとしては有効だが、このテの迷宮ダンジョンの危険は敵ばかりではない。落とし穴や吊り天井あるいは隠し扉などの仕掛類トラップも、また立派に障害足りうるのだ。

 「う……そうか。そちらには思考が回ってなかったな。すまん、俺のミスだ」

 リーヴェの指摘に理を認めたシュートは立ち止まり、しばしの思案の後、“先達”ふたりに水を向ける。

 「ペリオノールとベロッサの意見も聞かせてくれ。ドムス師匠と他の大陸でもダンジョン探索とかしただろうから、いろいろ知ってるだろうし」

 ここで“経験豊富な他人に頼る”という選択をとれるあたりが、シュートの美点だろう。師であるドムスは、若い頃にそれが出来ず苦労した(無論、今はできる──というかむしろ積極的に放り投げている)分、“人に頼る”ことの重要性をちゃんと理解している弟子シュートを高く評価しているのだ。

 もっとも、シュートも日本にいた頃は、どちらかというと“ひとりでできるもん”的優等生気質なところが多々あったのだが、自分の常識の通じない異世界アールハインに飛ばされたことで「あっ、これ意地はってたら死ぬわ」という事実を頭ではなく心で理解した──という経緯がなきにしもあらずなのだが。

 「うーん……状況と目的による、としか」

 「? どういうこと?」

 ロッサの言葉にポールが首をかしげる。

 「たとえばさ~、「すでに一度通った場所を極力戦闘を避けて通り抜けたい」とかいうなら、シューくんが今回とった方策で正解だろーね」

 「逆に、戦闘回数をこなして経験を積みたい、あるいは未知の場所を確実に探索しながら進みたいのであれば、灯りがあったほうがいいってことか。なるるほど」

 即座にペリオの言いたいことを理解するシュート。

 「となると、今回は初見ですし、シュートさんかポールさんのどちらかに【灯明】を使ってもらうほうがいい……んでしょうか」

 自信なさげなリーヴェに向かって頷き、シュートが【灯明】の呪文を唱えた。

 かざした掌から夏蜜柑ほどの大きさの白い光球が発生し、彼の頭より少し高い位置まで浮かび上がる。

 「俺の頭上30センチに浮かんで追随するようにしてある。たぶん前衛が明るい方が戦いやすいだろうし」


 さて、改めて臨戦態勢を整えうえで、東の通路を慎重に進んでいく一行。

 隊列は、ペリオとリーヴェが先頭に立ち、その後ろにシュートとポール、最後尾をロッサが警戒する形だ。それぞれの間隔は2メートル程度。

 (周囲の床や壁、天井なんかを警戒しながら進むから、盗賊系技能持ちが前に行かないといけないのはわかるけど、微妙に罪悪感があるな)

 無論、この隊列かたちが一番合理的なのはシュートも理解している。

 罠感知のことを除くとしても、4メートル足らずの道幅的に肩を並べて前列で戦えるのはふたりかせいぜい3人。仮に前のふたりが奇襲を受けたとしても、シュートとポールは魔術で援護できるし、最後尾の弓兵ロッサは言わずもがな。

 逆にバックアタックを受けた場合も、戦い慣れたロッサなら一撃であっさりやられることはないだろうし、シュートがすぐさま入れ替わりに前に出て、直接切り結ぶ形にもっていける。

 ただ、それはそれと割り切れないのが男子の意地とかプライドというヤツなのだろう──口に出すほどシュートも愚かではなかったが。


 ほんの2分ほどで一行は「ト」の字を左右逆にしたような形の分岐のある場所までたどり着いていた。

 「シューく~ん、左手に分岐路があるけど、どーしよっか?」

 ペリオに問われて「ふむ」とシュートは思案する。

 「この支道、先は長そうか?」

 「いえ、たぶん10メートルほどで終わってます。ただ、行き止まりというわけでなく、よく見ると扉があるみたいです」

 ペリオと並んで通路の様子をうかがっていたリーヴェからの情報を得て、シュートはリーダーとして決断を下した。

 「なら、そちらに進もう。迷宮探索の基本は、手近な場所から地図を埋めていくことが遠回りのようで近道だって、ギルドの講習でも言ってたからな」

 たとえば、この支道を無視して直進した後、行く先で何かトラブルがあって逃げ戻らないといけなかった時、下手すると支道の先の部屋から出て来たモンスターに帰路を塞がれる危険性もあるわけで、その可能性をつぶすためにも最低限、部屋に何かいるのか/あるのかくらいは確認しておく方が賢明だろう。

 「隊列はこのまま。扉の前まで着いたらペリオが扉に鍵や罠がないか確認。どちらもなければ扉を開けて中に突入──という手筈でどうだろう?」

 他の仲間の顔を見回しながら、意見がないか聞いてみる。

 「鍵や罠がある場合は?」

 「どちらも解除できるか否かでその後の行動を決定。できるなら先述の通り。できなければ、いったんあきらめて引くことにしよう」

 「ペリオちゃんからていあーん! 中に入るにしても~、全員で突撃する前にチョロッと開けて確認するのがいいと思うな♪」

 「──それだと奇襲をかけるのは不可能になりますけど……」

 「でも逆に待ち伏せを受けて、あたふたする可能性もなくなるよね。ペリオねーちゃん、冴えてるぅ」

 一通り意見が出揃ったようなので、シュートは先程のものにペリオの案を追加した形で行動指針を決定する。

 そうして進んだ支道の先には、確かに突き当りの壁の7割くらいの面積を占める大きな鉄の扉が設置されていた。

 他のメンバーを制して扉にゆっくりと近づいたペリオは、蝶番やドアノブを中心に扉を調べた後、右手の親指と人差指で輪っかを作って他のメンバーに見せる。もちろん「OK」を意味するハンドサインだ。

 扉のノブに手をかけ、ほんの少し──1センチほどだけ隙間を作って中を覗くリーヴェ。無言のまま扉を閉め、首を縦に振り、ついで横に振る。これは「中が無人ではないが何がいるかまではわからない」際のジェスチャーなのだが……。

 シュートは数秒の思案ののち、突入することを選んだ。

 蹴破るような勢いで扉を開いて中に入り、すぐさまペリオ/シュート/リーヴェとポール/ロッサの3・2のフォーメーションを取る。

 その警戒はどうやら間違いではなかったようで、中にたむろしていた数体の人影(?)らしきものが、彼らに反応して動き出したのがわかった。

 【灯明】の光の範囲内に入った“敵”の姿は……。

 身長1.5メートル弱、人に似た直立二足歩行の骨格ながら明らかに人とは異なる獣に似た頭蓋骨が付いた骨怪スケルトンとくれば、初心者冒険者でも比較的容易に正体は看破できる。

 「アンデッドオークか!?」

 獣人種のなかでも人と敵対する危険な種族の筆頭に挙げられる豚鬼(オーク)、その死体から肉が腐り落ち、残された骨に雑霊が憑依して動き出した、極めて低位のアンデッドモンスターだった。

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