17.外来人 皆を集めて さてと言う

 占術師というとびきりの手抜ズルを使おうとしたことを考慮に入れても、ポールの案内は確かに的確で有益なものではあった。


 単なる噂好きで早耳の主婦から、真っ当な“情報屋”(ちなみに酒場の店主をしている片目の中年男性だった)、街を徘徊する浮浪者ルンペンのとりまとめ役、さらにはポールと似た年代の子たちが多数所属していると思しきストリートキッズのサブリーダーにまで、多彩なコネを持っている。

 無論、情報屋や浮浪者頭には、それ相応の“情報料ネタだい”は要求されたものの、ユーロピア姫らしき少女の目撃証言は得られたので丸っきりムダになったわけでもない。

 そのほかの数人の情報源も彼女らしき人物を見たという話は知っていた──ただし、そのすべてが“今回”ではなく、おそらく“以前”に何度か訪れた時のものらしいのが歯がゆいが。

 しかも、最初の3回は、呆れたことに下級冒険者を護衛に雇っていたようなのだ。

 実際、「地方から上京した下級貴族ないし富裕な商人の娘が、好奇心半分で下町を散策するため」という口実であれば、Dランク冒険者ふたりほどを臨時のお伴にするのは、さほど不自然な流れではない。

 未成年であり、公務などで国民の前に姿を現した回数の少ないユーロピアであれば、一般市民にそれほど顔は知られていないし、そうそう第二王女だとは気づかれまい。

 ただ、昨日の“家出”の際は、これまでの“ちょっといいところのお嬢さん”風なドレス姿ではなく、王宮メイドの地味な紺色のワンピースを着ていたらしいのが痛い。

 ワンピース自体はそれなりに上等な生地で作られているが、古着屋で買ったショールを羽織り、半頭巾帽ボンネットのひとつもでもかぶれば、周囲に溶け込めてしまう。

 さらに言うなら、その紺ワンピさえ脱いで、別の服に着替えている可能性も高確率であるのだ。


 「さて、ある程度の情報は集まったものの……判断が難しいな」

 ポールのオススメだという茶店を兼ねた食堂のテーブルのひとつをシュートたち5人で占拠して、休憩がてら情報を整理することにする。

 「えっと、とりあえずは、ドレス姿で観光(?)してる時に目撃された場所に行ってみないんですか?」

 ベロッサが、恐る恐る一番地道な方法を提案するが、姉のペリオノールが首を横に振った。

 「1回目はともかく、わざわざ2度、3度も目立つ格好で歩き回ったのは、たぶん引っ掛けのためだとペリオちゃん思うなぁ。3回目の目撃日と今回の一件のあいだが、けっこう開いてるから、たぶんそれ以降は、まったく目立たない服装でひっそりこの下町に溶け込んで動いてるんじゃない?」

 「でも、その“あったかもしれない4回目以降”の情報がつかめてない以上、少しでも手掛かりになりそうな情報を完全に無視するわけにもいきませんよね。頭がいいというか意地が悪いと言うか……」

 土地勘のあまりない場所を散々歩き回って疲れたせいか、リーヴェンシルの言葉も随分容赦のないものになっていた。

 無駄足になる可能性が高いと知りつつ、それでも確認しにいくというのは、誰だって気が進まないし、うんざりするに決まっている。


 「一応聞くが、まだほかに情報もらえそうなアテはあるか、ポール?」

 「シュートにーちゃん、ムチャ言わないでよ。そもそも、今までのだってオイラ自身ってより、ばーちゃんに恩義がある人頼ってやっとこさ話してもらったんだから。

 あとは……せいぜい、夜鷹しょうふのおねーさんたち数人となら面識はあるけど、お姫さんがわざわざそんな人に近づいたりはしないんじゃない?」

 しかし、ポールの返事を聞いたシュートは、いきなり目を見張り、思わず椅子から立ち上がった。

 「! そうか、そういう手があったか!」

 他の3人が頭上に?マークを浮かべたようなうろんげな表情をしているのに対して、ひとりリーヴェだけがシュートの考えに気付いたようだ。

 「──そう、高貴な女性が夜鷹に近寄るとは思えない……だからこそ、夜鷹それ変装けてしまえば、盲点になって簡単に見つからなくなるということですか」

 密偵見習いの少女の言葉に、ハッと顔を見合わせるペリオ&ロッサ姉妹。

 「確かに夜鷹なら、濃いめの化粧とか派手な衣装で容姿を誤魔化しやすいね~。早朝とかでない限り、どの時間帯に歩き回っていても不自然じゃないし、あまり悪目立ちもしないけど。でも、そこまでヤるかなぁ?」

 「それに、夜鷹ってことは……その、お、“お客さん”に呼び止められたりする可能性もありますよね。さすがにそれは困るんじゃないですか?」

 夜鷹と客が“する”であろう行為を想像したのか、真っ赤になりつつロッサがシュートに疑問を投げる。


 「俺たちが捜している相手は、ロムルス淑女のたしなみとして、ひととおりの護身術程度は修めているんだ。下手なチンピラくらいなら余裕で撃退できるだろうな」

 「それに、たとえ多人数相手でも、【瞬動(ブリンク)】を使えば、逃げ出すことは難しくありませんよね。“買い”に来た客に同意したフリをして、人気のないところまで移動したら、逃げるなり気絶させるなりすれば……」

 「気絶させたら財布のひとつも抜いとけば、単独犯セルフ美人局つつもたせと思われるだろうね。この辺りじゃ、美人局そういうのって珍しくないし」

 リーヴェの意見をポールが補足する。

 「なるほど……ポール、夜稼業そちら関係の元締めへのツテはあるか? 正規以外の“そういう”輩の動向も、そこなら把握してると思うが」

 「うーん、この辺だと、トニオにーさんトコの上がそうかなぁ。あ、さすがにツテはないからね。トニオにーさんとも顔見知りって程度だし」

 予防線を張るあたり、ポールはどうやらそちら方面の人間と接触するのは、あまり気が進まないようだ。

 「仕方ないな。なら、さっき言ってた知り合いの夜鷹の女性に話をさせてくれ。不定期に現れる余所者の夜鷹なり美人局なりがいれば、その筋に噂くらいは流れてるだろう」

 「まぁ、それくらいなら、何とかなる、かな」

 首を捻りつつも、食堂を出た後、心当たりのいるであろう方角へ案内しようと、ポールは歩き出す。


 会計を済ませてそれに続こうとしたシュートは、背中をツンツンと突かれた。

 「? ペリオ、何か用、か?」

 何とか普通の口調で聞き返すシュート。本人たっての望みとは言え、ずっと丁寧語で話しかけていた相手だと、気を抜くとすぐに以前の口調が出そうになる。

 「ねぇねぇ、シューくん、これから夜の蝶なお姉さんと逢うわけだけど……平気? ちゃんと普通に話せる?」

 どうやら女慣れしてないシュートが、“本職”の女性の色香に迷ったり、キョドったりしないか心配しているらしい。

 「あのねぇ。確かに俺は女性との会話が得意なほうじゃないけど、仕事関連でそういう醜態をさらすつもりはないよ。ギルドの仕事のほうでも、そのヘンはある程度慣れたし」

 ガックリ気力を削られつつ、ちょうどいい機会とばかりに、シュートはペリオの耳元で素早く“あること”を囁いた。

 「へっ? そりゃまぁ、スカウトのたしなみとして、いくつか持って来てるけど……」

 「助かる。ソレ、俺が合図したら、いつでも使えるようにしといて」

 シュートの意外な指示に首を捻りつつも、今回の任務は彼がリーダーなのだから、とペリオは承諾の意を示した。

 「さて、それじゃあ、この茶番もあと少しだろうから、もうひと踏ん張りしますかね」

 ニヤッと──師匠ドムス弟子かれをからかう時そっくりの──人の悪い笑みを浮かべつつ、シュートは、ポールとふたりの仲間のあとを追うのだった。

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