16.路地裏の少年と下町の賢者
「こっちこっち!」
ポールに案内されて歩くことおよそ3分。たどりついたのは、かなり古びてはいるが、こんな下町にしてはなかなか立派な作りの家だった。日本で例えるなら、築30年オーバーだが、傷んだ箇所がキチンと修理改装してある、昔ながらの日本建築の庭付き一戸建て……とでも言うべきか。
もっとも、ロムルスの家の多くは基礎建築に石材を採用しているので、木と漆喰をベースにした日本式家屋とは耐久年数その他に大きく開きがある。あくまで、シュートからの印象としてそれくらいに見えるというだけだ。
「ただいま、バアちゃん、お客さん連れて来たよ!」
案内を乞うまでもなく、玄関の鍵を開けてそのままその家に入るポール。どうやら知り合い──というか、先ほどの呼びかけからして身内の家なのだろう。
(それにしても……“客”、ね)
この場合は、訪問者という意味ではなく“顧客”という方の意味だろうか。
だとすると、先ほどのオーダーでわざわざ連れて来るというからには、いわゆる“情報屋”か、もしくは……。
「ほら、ここ」
(──まさかのビンゴか)
ポールについて、その部屋に入った時、シュートは、“もうひとつの可能性”の方に当たったらしいことを確信する。
「客って……ああ、すみませんね、みなさん。この子がロクに説明もせずに引っ張って来たようで」
部屋の奥の安楽椅子に腰掛けていたのは50代後半から60代頭くらいの女性。すっかり白髪の割合が増えてはいるが3割くらいはまだ本来の黒髪が残っているため、全体としては灰色に見える。それなりに整った顔立ちで、顔に刻まれた皺もそれほど目立たず、若い頃はかなり美人だったのではないだろうか。
家同様、古びてはいるがそれなりに質のよさそうな布地のワンピースにショールを羽織り、足元も簡易な自家製サンダルではなくきちんとした靴屋で買ったと思われる革靴なので、相応の収入ないし資産はあるのだろう。眼鏡をかけているというのも、貧民層では考えられない贅沢だ。
だが、彼女自身やその身なりもさることながら、部屋全体の調度──というか、雑多なモノの数々が、ただの下町の女性ではないことを如実に物語っていた。
壁際の本棚に並ぶ魔法関連の書籍や、作業台の乳鉢・すりこ木・調合鍋の3点セットなどを見れば、薬師か錬金術師、もしくは呪術師かとも思われるが、正面の小さめのテーブルに置かれた夏みかんほどの水晶球が、彼女の専門分野を如実に表している。
「失礼ですが、もしかして“占術師”の方ですか?」
地球と異なり、アールハインにおいて専業の占い師という存在は、じつはかなり珍しい存在だ。
なにせ、神様の実在が確信されているうえ、(十数年に一度程度だが)実際に降臨するし、そこそこ頻繁にメッセンジャーとしての神官・巫女に“お告げ”という形で色々な情報や指示を伝えてくるのだ。
このため、アールハインで神の名を(意図的に)騙る人間はほぼいないし、地球の占い師に多い「大いなる存在にコンタクトして未来を教わった」という権威づけは、(下手すればそれこそ神罰が下るので)ほぼ不可能なのだ。
無論、“花占い”や“札占い”のような、庶民の遊び、手慰みレベルのものは存在するが、その結果を本気で信じる者は、いい歳した大人にはまずいない。
ただし、数少ない例外として、上級利便系魔術のなかに“限定的な未来予知・過去探知”や“遺失物の正確な探査”などの術は存在する。また呪術にも、それと近い効果を持つものは存在するのだが、どちらにせよ適性面でかなり人を選ぶ系統の術だ。
それ故、そういう予知・感知系の術に適性があるとわかった魔法使い(あるいはその見習い)は、そちらを専門に学ぶのが普通で、そういった術を修めた人物を“占術師”と呼ぶのだ。
ロムルス程度の規模の国では、実用レベルで“使える”占術師は国内にひとりかふたりいればいい方──と言えば、その希少さは理解できるだろうか。
幸いにして、シュートはそのあたりの事情を魔法関連の座学の講義で学んでいたため、目の前の初老の婦人の職業に気付いたのだ。
「ええ、そうですね、以前はそれをたつきの道としていました。もっとも、還暦を迎えた今は半ば引退しておりますが……」
一瞬ピクリと眉を寄せるシュート。
「バアちゃんバアちゃん、この人たちこの辺りで人を捜してるんだって。いつもみたく、パパァーッと占ってよ」
ポールの無茶振り(?)に、老婦人は苦笑する。
「こらこら、パパッて言うほど簡単なものではないのだよ?」
「おば様、相応の労力と対価が必要だということは心得ております。ですが、もし可能であれば、お力を貸していただけませんか?」
これまでのアッパー(というかあっぱらぱー?)気味な口調とはまるで異なる、落ち着いた“よそいき”の言葉遣いで老婦人に頼むペリオの様子に、驚きを隠せないリーヴェが、ロッサに囁く。
(ペリオノールさんって、ああいう話しかたができたんですね)
(わたしも初めて聞きました~)
何気に失礼な妹である。そもそもペリオが“話す”ことができるようになったのは、つい数日前のことなのだが──竜牙兵どうしの意思伝達コミュニケーションでも、ひょっとしてあんな口調だったのだろうか?
もっとも、ユランがドムスの
これまでは、
故に、“ごく普通の常識的な少女”のフリができてもおかしくはない、というコトか。
(だったら、普段からそうしろよ……ってのはヤボなツッコミなんだろうな)
あの能天気アッパーテンションが“地”なのだとしたら、当然今のように生真面目な口調はそれなりにストレスを感じる行為なのだろうし。
ともあれ、辞を低くして乞うペリオの態度が良かったのか、あるいは単にポールが連れて来た客だからか、老婦人はシュートたちの目当ての人物の行方を“占って”くれる気になったようだ──無論、それなりの金銭的対価は要求されたが、その辺り
「──さて、料金交渉が終わってから言うのもどうかと思いますが……占術師にも得手不得手というものがあります。
私がもっとも得意なのは数時間から数日程度の
そこで、少しばかり“裏技”を使って、「目標の人を見つけるための方法」を占ってみるという形なら、それなりに信頼度と精度が上がるのですが……。どうします? それでも私に依頼しますか?」
ここで最終確認をとってくるあたり、占術師としては十分良心的と言えるだろう。まぁ、探知がうまくいかなかった時の予防線なのかもしれないが。
一瞬顔を見合わせた4人だが、誰も反対する様子はなかったのと、要求された金額がそれほど高くなかったので、代表してシュートが返事をした。
「よろしくお願いします」
承諾の返事を聞いたところで、老婦人は安楽椅子から立って仕事用(?)と思しき水晶球の載った机の前に座り直した。傍らに香炉を置いて
手招きされたシュートも、彼女と向き合ってスツールに座った。
「それでは、捜している人の特徴を教えてください。もし差し障りがあるのでしたら、本名などは結構です」
「──ご配慮、痛み入ります」
シュートは老婦人の気配りに感謝したうえで、捜し人──ユーロピア王女の特徴を挙げていく。
流石に目標がこの国の第二王女だと明かすわけにはいかないので、“高貴な家柄の少女が家出したので、それを捜している”とボカすしかなかったが……それでも水晶に手をかざし、呪文らしきものを唱えた老婦人はなにがしかの手がかりを感知したようだ。
「──そうですね。あなた方がお探しの人物は、確かにこの町にいます。ただ、そこへたどり着くためには……」
水晶球に浮かぶビジョンから視線を外し、別の方向へと目をやる老婦人。
「この子が鍵になりますね」
「え? オイラ!?」
そう、老婦人はポールを見つめていた。
「ええ。あなたの思い当たる場所を案内してさしあげなさい。それが、この方たちが目的を達する近道になります」
「え~、そういうのダルいから、バアちゃんのところに連れて来たのにぃ~」
どうやら「厄介事は老婦人に丸投げして、案内料を楽してズルしていただきぃ」とか考えていたようだが、生憎そうは問屋が卸さないらしい。
「ま、働かざる者食うべからずってね。さ、次はどこに連れて行ってくれるのかね、ポールクン?」
「ちぇっ、アンタ何様だよ」
「無論、雇い主様、さ」
文句を言いつつも、素直に4人を連れて占術師の部屋から出て行こうとしているあたり、この子もシュートの見立て通り、義理堅いというかなんだかんだで金をもらった以上やるべき仕事はするタチらしい。
そんな彼らの様子を、老婦人は(シュートたちも含め)やんちゃな孫でも見守るかのような生暖かい視線で見つめている。
「おっと忘れてた。占術師殿、単なる興味半分なのですが、ひとつお聞きしたいことが……」
部屋から出る寸前で、シュートが占術師の前に戻って話しかける。
「あら、何かしら……もしかして、あの三人のお嬢さんのどなたと恋仲になれる可能性が高いか、とか?」
茶目っ気たっぷりに小声で問い返す老婦人に、「いやいや」と首を振りつつ、シュートはひとこと耳打ちする。
「! あ、あなた、もしかして……」
途端に老婦人の顔色が変わった。
「ええ、まぁ、お察しの通りです」
「……そう。ならば、先ほどの所見にひと言“青い鳥”という言葉を付け加えておきましょう」
「──なるほど。興味深い言葉ですね、ええ」
曖昧な表情で微笑み合う青年と老婦人。
「おーーい、シュートの兄ちゃん、何やってんの? 行くよ!」
「はいはいっ、と。では、失礼します。これも何かの縁ですので、機会があれば、またお会いしましょう」
足早に立ち去るシュートの背中を、占術師の老婦人はいわく言い難い感情を込めて見送るのだった。
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