15.ホシは何でも知っている

 朝5時半(ちなみに現在のアールハインでは、主に過去の外来人がやらかした御蔭で、一日は24時間制、度量衡はメートル・グラム法が一般的だ)と言えば、現代地球の先進国では黎明ないし早朝といってよい時刻だが、安価で明るい照明器具がそれほど普及していないため、就寝時間の早いサイデル大陸では、過半数の人間が起き出して、活動し始める時間帯だ。

 さすがにまだ薄暗いので本格的な人の流れが発生するのはあと1時間ほど待たねばならないが、朝もやにけぶる町並みのそこかしこに人の姿も見られるので、聞き込みを行うのに早過ぎるということはない──と思われたのだが。


 (まいったなぁ。こういう事態を避けるために、この時間に動き始めたんだけど)

 硬革鎧キルボアールを着て腰にカタナを下げた、普段冒険者稼業をしている時の装備かっこうで下町に来たのも、一般人と侮られるのを避けるためだったのだが、どうやら無駄になったようだ。

 「おぅ、兄ちゃん、朝っぱらから両手に花とは、いいご身分やのぅ」

 素肌に革チョッキ、下に黒っぽい革ズボンを履き、髪の毛を逆立てたうえに派手な赤と紫に染めた、地球で言うパンクロッカーじみた格好の若い男(たぶん20代半ばくらいだろう)が、大ぶりなナイフ片手に、ニヤニヤと嫌らしい笑いを下卑た顔に貼りつけて、シュートたちの前に立ちふさがった。

 もちろん、大同小異な恰好の子分チンピラを数人従えているのもお約束だ。

 「朝のこの時間なら、それなりに勤勉まじめな連中以外とは出くわさないと思ったんだけど……すまない。見込み違いだったみたいだ」

 軽く溜息をつきつつ、同行する“ふたり”──ベロッサとリーヴェンシルにシュートは謝罪する。

 「いえ、そんな……」

 「き、気にしないでください、シュートさん」

 青年の提案に「一理ある」と賛成したのはふたりも同じなので彼女たちはシュートを責めなかった。


 しかし、その自分達を歯牙に掛けない態度が気に食わなかったのだろう。

 「人の目の前でイチャついてんじゃねぇ!」

 いきなりキレたツンツン頭の男が、シュートに向かってナイフを振りかざして襲いかかってくる。

 そんな相手の様子に僅かな違和感を感じつつも、シュートは自分から男の方へと踏み込み、半身になって相手が突き出す単調な動きのナイフを躱す。

 攻撃対象を見失った男の上半身が泳いだ隙をついて、半円を描くように背後に回り込み、真後ろからツンツン頭の首筋に手刀を打ち込む。

 「ぇへげッ!」

 当たり所が悪かったのか(いや、シュート視点では“良かった”と言うべきか)、その一撃で白目を剥いて崩れ落ちるツンツン男。シュートには石畳みと男の顔面がハードキスしないよう、倒れかけた男の身体を靴の甲で一瞬支えてやるくらいの余裕があった。

 「で、ほかの連中は、っと」

 ツンツン男の背後にいた子分(?)の動向に改めてシュートは注意を向けるが……。

 親分(?)に同調してシュートに殴りかかろうとしていたチンピラふたりは、あっさりシュートの連れふたりにノされていた。

 「あ、あの、あんまり暴れられないで。下手すると関節が外れちゃうので……って言ってるそばから、もぅ」ゴキッ!

 「すみません、近接戦は苦手なんで手加減できないんです」

 無手武術の高段者相当であろうリーヴェンシルはともかく、本来射手であるはずのベロッサまでもが、荒くれ者──は大げさにしても、それなりにケンカ慣れしているだろう男相手にこんな簡単に素手でKOできると思わなかったため、シュートは少し意外だった。

 (……ん? 素手?)

 いや、完全に徒手空拳というわけではないようだ。よく見れば、両手の拳のうちに何かダーツのようなものを握りこんでいる。

 (アレは──ライトクロスボウ用のボルトか)

 武器としてはニードルほど鋭利なわけではないが、暗器と考えれば確かに有効だ。元竜牙兵だけあって華奢な外見に反して膂力は成人男性並みにあるはずだし、アレの先端で相応の場所を刺されれば確かに悶絶するほど痛いだろう。

 「こっ、こいつら……」

 ほんのひと呼吸でボスを含む3名を無力化されて浮き足だつチンピラたちに、その3名を連れて消えるように言い渡すシュート。

 「どうする?」という感じで顔を見合わせる連中に対して、チラリと腰のカタナに手をやる気配を見せると、彼がまだ得物を抜いてさえいなかったことに改めて気付いたのか、「おぼえてろよ!」というお決まりの台詞付きで逃げ出した。


 「ふぅ、余計な手間をかけさせないでほしいな。それにしても、このロムルスの王都で暮らすチンピラにしては根性なさ過ぎる気がする」

 チンピラとは言えこの国の一員なんだから、もっと根性ガッツあると思ってたんだけど──と、シュートは微妙に不完全燃焼げな表情を見せる。

 「いやいやいや、シュートさんの中で、この国はどれだけ物騒なんですか!?」

 思わずツッコミを入れてしまう常識人気質のリーヴェンシル。

 「え? だってサトゥマ様が国王で、テーバイ様が近衛隊長、それに加えてドムス師匠が魔法兵力をまとめてる国だよ?」

 きょとんとした顔で逆に聞き返すシュートの言葉に、三馬鹿サトゥマ・テーバイ・ドムスが武器を構えて高笑いする様子もうそうがリーヴェンシルの脳裏に浮かぶ。

 「……どうしよう、否定する要素がない気がしてきました」

 杖之軍団長ドムスと直接面識を持ったのは昨夜のことだが、まがりなりにも諜報関係部署の一員として教育を詰め込まれた身、僅かな会話からもそのおおよその性格は推し量れた。

 さらに国王サトゥマや近衛隊長テーバイの皇太子時代を含めた破天荒ぶりは、王都アルゲルでも伝説かたりぐさになっているくらいだ。

 個人的な境遇はともかく、自らがサイデル大陸にしては比較的平穏かつ豊かな国に生まれたことを感謝していた彼女だが、実は自国(の首脳部)が“イイ空気吸ってる勢”であることに改めて気づいてしまい、言いしれぬ不安を覚えているようだ。


 「それにしても──どうもヘンだな。俺は元よりリーヴエンシルもベロッサも、冒険者ないしそれに近い職業の者らしい服装をしてきてる。あの程度の輩が因縁つけるのは、普通はもっと無防備そうな一般人だと思うんだが」

 僅かに首をかしげるシュートに背後から声がかけられる。

 「あのイケテない連中、酔いが残ってたみたいだからねぇ。たぶん、朝まで酒場で飲み明かしてたんじゃないかなぁ~」

 「──むーーっ、んんっ!」

 ちょっと大きな“手荷物”を右手に引っ掴んで現れたのは、無論、ペリオノールだ。

 場所柄それなりに物騒な展開も予想されることから、いざという時に助けてもらえるよう、少し離れた位置から3人を追随していてもらったのだ。

 「ああ、なるほど道理で」

 夕方以降ならともかく、こんな朝っぱらから“飲む”そして“酔う”という発想がなかったため思いつかなかったが、言われてみれば確かに少しアルコールくさかった気がしなくもない。

 「そうだよな。いくら“この”国のチンピラとは言え、さすがにシラフの状態で、いきなり勝手にキレてナイフで襲い掛かってくるってことはないか」

 「ですから、シュートさんは、この国を何だと思ってるんですか……」

 納得顔でうなずく青年に、元貴族の少女は再びツッコミを入れてしまう。

 「ん? 聞きたいかい?」

 「──いえ、遠慮しておきます」

 たぶんかなり辛辣な評を聞かされる予感がしたが、同時にそれを100%否定できる気もしなかったので、リーヴェンシルは(主に自分の精神の平静のために)首を横に振った。


 「あ、あはは……。ま、まぁ、それはそれとして──ペリオお姉ちゃん、どうしたの、その子?」

 温厚篤実を絵に描いたような少女ベロッサが苦笑しつつ、姉に向かって疑問を投げかける。

 そう、ペリオノールが右手で猫の子のように襟首をつかんで引きずってきたのは、パッと見12、3歳くらいのヒューマンの子供だったのだ。

 両手を後ろ手に縛り、口元にドムス謹製の粘着テープを貼って声をあげられないようにしているあたり、はたから見れば完全に人さらいの図である。


 「いやぁ、シューくんたちとさっきのチンピラの乱闘……ってほどたいしたものじゃないけど、こっそり物陰に隠れて覗いてたから、とりあえず拘束してみちゃった☆」

 いや、「みちゃった☆」じゃねーよ!

 可愛らしい容貌に似合わぬ物騒な発言に、3人の心の叫びが一致する。

 「──さっさと解放してあげなさい」

 「え~~?」

 疲れたようなシュートの指示にペリオノールは不満げな様子を見せるが、それには構わずベロッサが、その子の腕を縛ったロープを解く。

 「ごめんね、ウチのお姉ちゃんが非常識で」

 両手が自由になったことで、自ら口元のテープをひっぺがしたその子は、「ぷはぁ!」と大きく息をついた。

 「うぅ、ヒドいメに遭った。そりゃ、確かにコソコソ隠れて様子を窺ってたオイラも怪しいかもしれないけどさぁ」

 脱兎のように逃げ出さず、恨めしげにブツブツ愚痴ってるあたり、意外に肝が座っているのかもしれない。

 「連れが失礼をした。これで美味いものでも食って水に流してくれ」

 謝罪半分、面倒回避半分で銀貨を一枚差し出すシュートだったが、この場に限ればそれは悪手だ。

 「あちゃあ」という表情のペリオノールと、止めようとして出遅れたリーヴェンシルの様子が、それを物語っている(ちなみに、お人好しを絵に描いたようなベロッサはわかっていない)。


 「にーちゃん、気前がいいねぇ……そうだ! にーちゃんたちの様子からして、何か探しものがあってココに来たんだよな。オイラが案内してやるよ!」

 案の定、シュートを“金払いのいいボンボン”とでも思ったのか、早速自分を売り込んでくる。

 「こう見えて、オイラ、なかなか顔が広いんだぜ!」

 精いっぱい自信ありげな顔をして胸をはる子供の言葉に、しばし考え込むシュート。

 確かに“地元民”の案内があるほうが、こういう場所での活動はスムースであろうことは予想がつく。

 その役目はリーヴェンシルに期待していたのだが、どうも彼女の行動範囲なわばりはここいらとは少しズレているようだから、ある意味、渡りに船と言えなくもない。

 (となると、あとはこの子が信用できるか否かだけど……)

 改めてしげしげとその子を観察する。

 茶色いハンチング帽子をあみだにかぶり、パーカーに似ただぶっとしたベージュ色の上着とグレーのニッカボッカを着て、足元には紺色の靴下と黒い革靴を履いている。

 いずれもやや着古してくたびれてはいるが、キチンと洗われそれなりにこざっぱりとしているし、スラムに近い下町の子としては身綺麗なほうだろう。

 あんなメに遭ったにもかかわらず、差し出された銀貨をひっつかんで逃げ出さないあたり、それなりに肝も据わっているうえ、いい意味での計算高さがあるようだ。

 (決まりだな)

 “計算高さ”とは言い換えれば、“自分が相応のものを指し出せば、相手がそれを適正価格で買うだろうと計算できる”そして“逆にこちらが相応のものを指し出せば、それなりに応える用意がある”ということでもある。

 いかに自分の持っているモノ(情報含む)を高く売りつけるかがポイントであり、空手形を乱発したり、カモるだけカモってトンズラしようと考えるのは、計算高いのではなく、単なる馬鹿だ。

 そういう意味でのクレバーさは、この子は持ってそうに思えた。


 「いいだろう。人を捜している。今日一日案内を頼みたい。最低3シルバ、有用な情報が得られたと判断したら5シルバ、お目当ての人間が見つかったら追加でさらに3シルバ出そう。1シルバは先渡しにしておく」

 「毎度ありぃ~♪」

 シュートから銀貨を受け取って満面の笑顔を見せる。

 ちなみに、3シルバというのは、Cランクの冒険者が泊まる平均的な宿の一泊の代金(朝食付き)だと思っていただきたい。下町の子供の臨時収入としては破格だろう。

 「オイラはポール。にーちゃんたちは?」

 「俺はシュート。こちらの3人が右からリーヴェ、ロッサ、ペリオだ」

 とりあえず偽名を名乗る必要もないので、真っ当な呼び名を名乗っておく。

 (ま、ホームズ先生いわく、ベーカー街遊撃隊は下手な警官より有用だそうだし……どうにもRPGっぽい流れだが)

 まるでゲームか娯楽小説のような都合のいい展開が微妙に気になるが、さすがにここまで師匠ドムスの仕込みということはないだろうと頭を振り、シュートは、ポールの知り合いで一番の情報通だという人物のもとへ向かうのだった。

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