◇その3.女騎士(志望)アルストロメリアの困惑および覚悟

 ──彼女が初心者向け講習を受け始めて7日目の午後。


 「本日をもって貴様らはクソ虫を卒業する!

 本日から貴様らは“冒険者”である!!」

 口の悪い(というレベルではない)ギルドの教官の最後の訓示を、表情は神妙に、けれど内心では滝のような涙を流しつつ、聞いているアルストロメリアの姿があった。

 (辛かった……この一週間、ホント、ツラかった……)


 座学中心だった最初の3日間はまだいいとして(それでも基礎教養のない者にとっては、かなりスパルタだったようだが)、4・5日目は訓練所での特訓、6日目は町近くの森での狩猟採集実習、そして最終日の今日は、12人の受講者を2班に分けての6vs6の模擬戦──と、非常に濃密なスケジュールが組まれていたのだ。

 その模擬戦にしても、まずは訓練所での魔法や武技抜きでの集団手合わせに始まり、次はそれらも“有り”での真剣勝負、さらに最後は森の中で互いの位置を見つけるところから始める実戦感覚のバトルと、バラエティに富んでいる。

 一応、武器は練習用のもので、防具のない者には相応の鎧と兜を貸与してもらえるし、万が一のための回復魔法の使い手も教官の横に待機してはいたものの、色々な意味で心身を酷使する訓練だったと言えるだろう。

 無論、その分、いろいろと得られるものも大きかったのも確かだが……。


 なお、訓練所を卒業した冒険者には、ギルド謹製の「冒険者証(通称:ギルドカード)」と呼ばれる4×5センチくらいの黒いカード状の魔道具が渡される。これは、登録者本人が手にした時のみ、表面にその人の名前とレベル、冒険者ランクが文字になって浮かび上がるという代物で、冒険者ギルド成立から現在に至るまで、完全な偽造を行うことは不可能とされている。どうやら外来人であったギルド創設者の固有権能ギフトが関係しているらしい)。

 普通は冒険者登録時に銅貨5枚を登録料として取られるのだが、訓練所からのちょっとした餞別といったところだろうか。

 ギルドカードは冒険者の身分証明書であり、またいざという時の個人認識票ドッグタグでもある。何しろこのカード、べらぼうに丈夫で、ドラゴンのブレスで持ち主が黒焦げになった時でも、残った灰の中から見つかり、ギルドの読み取り機にかけることでその登録者の情報がわかるくらいなのだ。


  *  *  *  


 「──と言うワケで、なんとか訓練所は卒業できました」

 泊まっている宿屋「灰色イルカ亭」に戻って来た際、1階の食堂に仕事クエスト帰りらしきシンとクサキリマルの姿を見かけたアルストロメリアは、ふたりに声をかけて経過報告をしていた。


 同じ宿に泊まっているため、これまでの一週間も何度か食堂や宿の廊下で顔を合わせて、軽く挨拶などはしていたのだが、キチンと話すのは初日以来だった。

 「そうか、おめでとう。まぁ、アルストロメリアさんは剣士としての基礎はできてたみたいだから、途中で投げ出さないだろうとは思ってたけど、無事最後まで終えられてよかったな──冒険者としてはこれからが“始まり”なんだけど」

 「うむ、まずは重畳。されど、アルストロメリア殿、今の貴殿はようやく冒険者としての第一歩を踏み出す“準備”ができた状態。ゆめゆめ気は抜かれぬよう」

 ふたりとも彼女の無事(ああいう実戦形式なので、負傷する者もそれなりにいるらしい)を喜んでくれたものの、最後に釘を刺すことは忘れないあたり、親切と見るかシビアと見るか微妙なところだろう。


 「ありがとうございます。それで、その……あつかましいお願いだということは重々承知しているのですが……」

 一瞬口ごもったものの、勇気を奮い起こして続きを口にするアルストロメリア。

 「お願いです! あたしを、おふたりの徒党パーティに加えてください」

 深々と頭を下げるその様子は、つい数日前まで“お辞儀”という習慣を知らなかったとは思えぬほどサマになっている。それだけ真剣ということなのかもしれない。

 「うーん……訓練所の同期生と組もうって話は出なかったのか?」

 いくら講習を受けたからといって、駆け出しのうちから単独で行動していては、すぐに死ぬか再起不能な重傷を負うか、あるいは犯罪組織の餌食になるのがオチだ。

 それを回避するためにも、ギルドの方では、とりあえずDランクに上がるまで暫定的に初心者向け講習で一緒になったメンバーで徒党を組むことを、それとなく推奨している。最終日のグループ分けなども、その辺りのパーティバランスが考慮されているのだ。

 「それが、あたし以外の同期生たちは訓練所に来る前にすでに徒党を組んでたみたいでして」

 内訳は4+4+3。通常、冒険者のパーティは4~6人を一隊として活動することが多いので、3つのグループのいずれかに合流することは十分可能なはずだが……。

 「4人組のひとつは、全員あたしと同年代の男の子たちで、しかもあまり品がよろしくない印象を受けましたので、女ひとりで合流するのはちょっと……」

 いかに前衛職せんしけいとは言え1対4では多勢に無勢で“不幸うすいほんてき事故さいなん”が起きたら目も当てられない。

 「もうひとつの4人組の方は、男女ふたりずつで全員同郷の幼馴染みグループだそうで、人格的には信頼できそうだったのですが、ひとりだけ余所者だと疎外感を感じるでしょうし」

 付け加えるなら、二組の友達以上恋人未満なグループの中に混じるというのもかなりハードルが高い話だ。

 「3人の方は……どうも男性ひとりを巡って女性ふたりが取り合いをしている様子でした」

 そんなプチ修羅場まがいなトリオに「パーティ組みませんか?」と言い出せるほど、アルストロメリアは心臓が強くなかった。


 「そ、そうか。それはまた運が悪かったな……」

 シンも、さすがにコレは徒党が組めなくても仕方ないと納得する。

 「で、だ。前にも言ったと思うけど、オレたちはCランク、それもそろそろBへの昇格が視野に入ってきている段階だ。駆け出しのEには結構ハードだぞ?」

 「しかも、これからは“訓練”ではない故、命の危険も相応にあるのでござる」

 否定的な返事を聞いて、「やはりダメか」とアルストロメリアは肩を落とす。


 しかし、ふたりの言葉には続きがあった。

 「──とは言え、ちょうど今、徒党のメイン盾が病み上がりだし、経理係サブリーダーも里帰りしてるところで、オレたちふたりだけでは難度の高い依頼は請けるつもりはない。アルストロメリアさんが冒険者生活に慣れるまでの短期の仮徒党という形なら、しばらく協力してもいいぜ」

 「左様。袖すり合うも他生の縁。ここに至るまでの過程で我々も良き先輩方の手を借りたことは一度ならずある故、後輩の成長に手を貸すこともやぶさかではござらん」

 「! ほ、ホントですか!?」

 思わず立ち上がって小さく叫ぶアルストロメリア。

 そんな彼女を小さく手で制しつつ、シンが幾分、声音を落とす。

 「ああ、嘘じゃない。ただし、仮徒党を組むにあたって、あらかじめ言っておかないといけないコトがある。オレたちふたりは、ある意味“厄ネタ”持ちでもあるんだ」

 シンはテーブル席から立ち上がり、少し離れたカウンターの中でジョッキにエールを注いでいる店主に向かって声をかけた。

 「マスター、奥の個室、1時間ほど借りるられるかな?」

 「──あいよ。今の時間なら個室代は2時間1シルバだ。1時間内に切り上げるなら、あとでここに来た時、飲み物を出すぜ」

 シンが銀貨をカウンターに置くと、店主は前掛エプロンのポケットから取り出した鍵を放って寄越した。

 「助かる。アルストロメリアさん、奥でオレたちの事情は話すから、そのうえで本当にパーティを組みたいか、決めてくれ」


 * * * 


 宿屋や食堂によっては、宿泊用ではなく会議や打ち合わせのために、ある程度防音性のある部屋を時間割で貸すところもある。この「灰色イルカ亭」にも、ひとつそういう部屋が用意されていた。

 3人でその部屋に入ったのち、シンは先ほど店主から預かった鍵でドアに施錠したうえで、その鍵をアルストロメリアに預ける。

 「とは言え、ここまで厳重に警戒するほどの話でもないんだけどな」

 シンは肩をすくめる。

 丸テーブルのあちらとこちらに分かれて座り、腰を落ち着けたところで、黒装束の小男が口を開いた。

 「まずは拙者から話すほうがよいでござろう。アルストロメリア殿、驚かれるのは無理ないでござるが、できれば恐れず厭わず受け入れていただけると有り難い」

 そう念を押してから、クサキリマルは目元以外の顔を覆い隠した頭巾ターバンと覆面マスクをシュルリと取り去る。

 初めてクサキリマルの素顔を目にしたアルストロメリアは、事前に警告されていたにも関わらず、思わず椅子から腰を浮かし、無意識に少し後ずさってしまう。

 僅かに緑がかった白茶けた肌、額の小さな角、ギョロリと大きな目、上方向に尖り禿げ上がった頭頂部……など、その風貌は、自然とあるモノの存在を想起させたからだ。

 「え……ウソ、もしかして、ゴブリン!?」

 そう、シンの相方である古風な言葉遣いの冒険者クサキリマルは、“小鬼族(ゴブリン)”と呼ばれる魔族だった。


 「まぁ、そういう反応になるでござろうなぁ」

 「落ち着け、アルストロメリアさん。他の大陸では違うらしいが、現在のグラジオンにおいて、少なくとも“三族同盟”に加入している国では、魔族はとりたてて敵視される存在じゃない」

 「あ……」

 そう言えば、初心者講習の座学でもそういう話を聞いたような記憶が──と、思い出す。


 このグラジオン大陸が他の大陸ともっとも異なるのは、この“三族同盟”によって、他の大陸では敵対している魔族と人族が共存している点だろう。

 無論、この状態に至るまでは、色々と複雑な事情と、数多の関係者による長年の尽力があったし、現実にそれを為しえたのも、ひとえに肥沃で広い土地を持つこの大陸なればこそ、という事情もある。

 なお、“魔族を受け入れる”などと言うと神殿関係が真っ先に反対しそうなイメージがあるが、実際には逆で、この大陸の守り神ともいえる女神グラジオラを筆頭に、天空神ユークレウスや月陰神ヴェスパリアなども積極的に“三族同盟”に賛意を示した。

 のみならず、各地の大神官クラスに神託を下したり、配下の天使の一部を神族として受肉させて派遣したりして、混乱を収拾させるよう努めている。

 ちなみに“三族”とは人族、魔族、神族を指す。近年は、ここに亜人と呼ばれる種族も含めた“四族同盟”へと改訂するべきではないかとの意見も出ていたりするのだが、その辺りは余談だ。


 「とは言っても、あくまで法に触れるような行為を侵していない魔族ものに限り、でござるが。それに、あからさまに敵視しないということと差別がないということはまた別問題でござるからなぁ」

 クサキリマルは苦笑する。

 「──ごめんなさい」

 たった今、その“差別的な目”を向けた張本人である少女が謝罪する。

 「なんの、素直にそう言っていただけるだけでも、アルストロメリア殿は随分と思考が柔軟な部類でござるよ」

 人間じんかん伝承おとぎばなしなどでよく語られる“邪悪で狡猾な小鬼”とは信じられぬほど柔和な視線を、クサキリマルはアルストロメリアに向ける。

 「拙者は幼い頃、人族の冒険者に危ないところを救われて、それで自分も冒険者になろうと思い立ったのでござる。加えて、拙者のような魔族であっても冒険者として立派に活躍すれば、少しでもそういった偏見をなくせるのではないか、と思うのでござるよ」

 恩人である3人のひとりと同じ、忍者としての適性があったことも、偶然ではござろうが修練の励みになり申した──と付け加える。

 「それなのにすまないな。顔を隠すような真似をさせて」

 「いやいや。Cランクでは未だ有象無象のひとりに過ぎぬ身。今の段階で拙者が魔族と知られれば無用な厄介事とらぶるが舞い込むやもしれませぬ。一流のとば口とも言えるBランクにまで到達してから素性を明かす方が、諸々考えあわせれば賢明なのは確かでござるからな」

 シンとクサキリマルの会話を聞いて耳が痛いアルストロメリア。


 「ま、そういうワケだ。どうしてもこいつが魔族であることが気になるというなら、仮徒党を組むという話はナシにしてくれ」

 シンにそう言われて、アルストロメリアは慌てて首を横に振った。

 「い、いえ。そんなことはありません。ゴブリン全体がどうかはまだわかりませんけど、少なくもクサキリマルさんは信頼できると思います」

 「ふむ……第一関門は突破、と。それじゃあ、第二関門であるオレの事情を話そうか」

 シンの言葉に少女は居住まいを正す。

 「オレの場合は、ある意味、クサキリマルよりはバレにくく、同時にある意味こいつ以上に厄介だ。

 アルストロメリアさん、オレはね、外来人なんだよ」


 「外来人」。その言葉の意味が一瞬理解できず……しかし、次の瞬間、子供の頃に聞いたお伽噺が脳裏に浮かび上がり、アルストロメリアは息を飲む。

 「えっ……それって、アールハインとは別の世界から来た人って意味ですよね?」

 異世界チキュウからの来訪者にして、神の祝福を受けし者「外来人(エトランゼ)」。

 神から与えられた「固有権能(ギフト)」と呼ばれるさまざまな異能を持ち、規格外の力をふるう超人であり、この世界の既成概念を塗り替える改革者。

 外来人と聞いて思い浮かぶのは、そんな浮世離れしたイメージだった。


 「まぁ、歴史に名を残すような偉人・変人が何人もいるのは事実だけど、そこまで凄くない人もけっこういるらしいぜ。オレのギフトも、ある意味、地味と言えば地味だし」

 とは言え、使い方次第では相当なインチキも不可能ではないから、あまり多くの人には知られたくないんだ──とシンは補足する。

 「大雑把に言うと戦闘系というよりは知識系の異能だな。だからこそ、有力者や悪人に捕まってそれを利用されるような状況は避けたい」

 それは確かにアルストロメリアにとっても納得がいく考え方だった。

 「自重はしているけど、それでもまったく使ってないわけじゃないし、そうなるとどこかに情報が漏れても不思議じゃない。だから、そういう意味ではクサキリマルの素性より、ある意味厄介なのも確かだろうな」

 「どうする?」とシンが目で問うてきたが、アルストロメリアの答えは決まっていた。

 「その……具体的な異能の内容がわからないので、シンタロウさんがどれだけ大きな危険リスクを背負っておられるのかは理解できませんが、少なくともあたし──私からお二方の秘密を他者に漏らすことはしないと、家伝のこの剣に誓いましょう!」

 最後は例によって騎士厨っぽい物言いだが、己の出自に誇りを持っているアルストロメリアだけに、その約束ちかいが真剣なものではあることは確かだろう。


 「うん、ありがとう。それじゃあ──これから、しばらくの間、パーティメンバーとしてよろしくな」

 「よろしくお願いするでござる」

 僅かに緊張していたふたりの表情が緩んだことを見てとったアルストロメリアは、自らも心の中で安堵の溜息をもらす。

 「(ふぅ~、よかったぁ……)こちらこそよろしくお願いします! あ、それと、今後あたしのことはメリアと呼んでもらってでいいですよ」

 個室内に和やかな空気が広がる。

 こうして、南の大陸から来た騎士志願の少女は、冒険者としての第一歩を踏み出すことになるのだった。


 「──そして、新たに仲間に加わったメリアに朗報。すでにひとつお仕事を受けてるので、明日の朝4時、宿の玄関前に集合するように」

 シンの言葉にメリアは背筋を伸ばす。

 「! 早速依頼ですね。わかりました、寝坊しないよう気をつけます!!」

 ──と、初仕事に意気込む騎士志願の少女だったが……翌日、町から歩いて1時間ほどの“仕事場”に連れて行かれて戸惑うことになる。


 「えーと、シンさん、山中こんなとこで私たちは何をすればよいのでしょう? 何かモンスターを狩るのですか?」

 「ん? 言ってなかったっけ。タケノコ堀り」

 「……えっ?」

 「タケノコ。もしかして知らないか? おもにアキツ料理やフダラク料理で使われる食材なんだけど」

 「シャキシャキした食感がクセになるのでござるな」

 和気あいあいと会話しながら、腰をかがめて地面を観察し、目当ての採集物タケノコを探す仲間ふたりを、少女はぼんやりと眺めている。

 「「灰色イルカ亭」でもタケノコを使った新メニューに挑戦したいから、ちょいと多めに集めてくれって頼まれたんだよ。ああ、無論ギルドに話は通してあるから、キチンと実績として登録されるし、安心していいぜ」

 おそらくは善意で言ったのであろうシンの台詞に、逆に打ちのめされるメリア。

 (タケノコ堀り……記念すべきあたしの冒険者としての初仕事がタケノコ堀り……)

 「こ、こんなの、あたしの思っていた冒険者の仕事ぢゃなーーーい!」

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