◆番外編2.アルストロメリアは騎士になりたい

◇その1.女騎士(志願者)アルストロメリアの第一歩、そして挫折(早ッ!)

 サイデル大陸の“北の玄関口”と称される港湾都市セロムトープ。

 同大陸の北の雄である大国ギリアークの王都も兼ねるこの街は、北部でも有数の商業都市であり、サイデル大陸全土──のみならず、非公式ながら隣のクラムナード大陸との船のやりとりも年間数隻はあるほど“人”と“物”の流れのさかんな場所だ。

 その港町の外洋向け大型船用桟橋の前に、ひとりの少女が腰に手を当てて立っていた。

 身長は160センチ台後半と、この国の女性の平均と比較するとやや長身だが、顔だち自体はまだ幼さが残っている。おそらくは15、6歳といったところか。

 長く伸ばした紫紺色の髪をポニーテイルの髪型にまとめ、この大陸では珍しい白磁のような白い肌と綺麗な琥珀色の瞳を持ち、顔だちも整ったなかなかの美少女だ。

 少々意匠は古いがしっかりした造りの鋼板鎧プレートメイルを上半身にまとい、腰に長剣ロングソードを下げ、そしてそれらの重さに振り回されている様子も見えないところから、それなりに膂力ちからはあるようだ。


 「──あれが私の乗る船か」

 長く伸びた桟橋の先に係留されている大型船を見つめながら少女が感慨深げにつぶやく。

 地球で言うと15世紀に発達したカラック船に近い、船幅の広いずんぐりした形状の帆船だが、全長は60メートル強とかなり大きい。構成材質も、木材を基材ベースにしつつ、随所を鉄で補強したうえ、帆と帆柱には亜竜素材が、舵とそこに連動する機構には魔法で強化された合金が一部使用されているなど、サイデル大陸を取り巻く荒海を乗り越えるための工夫が施されている。

 ──もっとも、船にはてんで素人の少女にはそんなことはわからず、せいぜい「随分大きな船だな」と感心する程度であったが。


 「あれに乗ればクラムナード大陸に着く。いよいよ我がローズ家を再興するための私の冒険の旅が始まるのだな」

 芝居っ気たっぷりにそんな説明台詞を口にする少女だったが……。

 「おい、嬢ちゃん、そんなトコに突っ立ってると邪魔だ邪魔だ!」

 大きな木箱を肩に担ぎ、頭にバンダナをかぶった隻眼髭面の筋肉達磨マッチョという、どこからどう見ても荒くれ水夫(もしくは海賊一味)にしか見えない中年男性に一喝されると、様子が一変する。

 「あ……す、すみませんすみません、すぐにどきます」

 ペコペコと頭を下げながら謝罪の言葉を口にするその様子は、先ほどまでの凛々しい女騎士風のたたずまいとは大違いだ──というか、たぶんコッチの方が地なのだろう。

 「あ、あの~、あの船の乗組員の方ですか?」

 桟橋へと歩み去る水夫(?)におそるおそる声をかける少女。

 「ん? まぁ、そうだが……」

 「えっと、あたし、船主オーナーさんにお願いして、この船に乗せていただく約束になっているんですけど……」

 紹介状らしき代物を水夫(?)に見せる。

 「ふむ、客か。まぁ、いいだろう。まだ出港までは多少間があるが、どうせなら、今、ワシと一緒に乗っちまうほうが面倒がないぞ。どうする?」

 ゴツい見かけのわりには案外親切なようだ。

 「あ、乗ります乗ります」

 少女は足元に置いたかなり大きな背嚢ザックを持ち上げ、肩にかける。

 その大きさと手にしたときの揺れ方からしてかなりの重さがあるようだが、その荷重を受けてもさほど辛そうに見えないあたり、年齢に似合わずなかなか身体は鍛えられているのだろう。

 (どこぞのお貴族様の道楽冒険者ごっこかと思ったが……少なくとも“本気”でやる気はあるようだな)

 瞬時にそう判断した水夫(?)は、少女と並んで桟橋を歩きつつ、さりげなく話題をふって彼女の情報を聞き出す。

 その結果わかったことは……


 ・少女がこの国から見て西方に“かつてあった王国”の元貴族の家柄の娘であること

 ・幼少時に国が滅んだ際、彼女の家は国外に落ち延び、今は辺境の村でひっそり暮らしていること

 ・その家を再興するために、グラジオン大陸で一流冒険者になろうとしていること


 ──以上の3点だった。


 「(おいおい、いくら世間知らずって言っても警戒心零ガバガバ過ぎだろ)──それで、その格好からして、嬢ちゃんは女騎士あたりを目指すつもりか?」

 「はい……じゃなくて、うむ。我がローズ家は、その初代に勇者をいただく血筋。あた…私も、その故事に倣うつもりなのだ」

 どうにも口調が安定しないのは、少女が「自分あたしの考える“こうきなおんなきしさま”」を演じているからなのだろう。

 「──まぁ、夢を見るのは自己責任かってだから他人のワシがとやかく言う筋合いはないが……とりあえず、船に乗ったらそのクソ重たそうな鎧は脱いだほうがいいぞ」

 「む? いや、しかし、コレは私の騎士としての……」

 「万が一船から落っこちた時、ロクに泳ぐこともできずに沈んでもいいなら無理にとは言わんが」

 「脱ぎます。今すぐ、はい」

 あっさり鎧の留め金に手をかけた少女を水夫(?)は慌てて止める。

 「こらこら、あとにしろ、あとに。アンスリウム船主オーナーからの伝言で頼まれとるから、お前さんには個室を割り当ててやる──と言っても、別のご婦人との相部屋になるのは、飛び込みの依頼だから勘弁してくれ」

 「あ……すみません、ご迷惑おかけします」

 “演技”している時を除けば、どうやらこの娘は案外素直で腰の低い性格らしい。

 (ひとりでは無理だろうが、信頼できる仲間に恵まれれば、冒険者としてもそれなりの域に達せるかもしれんな)

 自身も若い頃は冒険者として活動していた時期のある彼はそう考えたが、ちょうど船に乗るための渡し板のところまで来ていたので、口にしたのは別の言葉だった。

 「では、ここから乗船してもらう──ようこそ、我が「海神の波濤」号へ。船長として歓迎するよ、騎士志願の嬢ちゃん」

 「あっ、はい……って、せんちょお? え、嘘ぉ!?」

 頷きかけた次の瞬間、少女は大きく目をみはって、水夫──いや、「海神の波濤」号の船長と名乗った男性と船の間を視線で行き来させている。

 船長の方は、少女がプチパニックになっている様子を、「してやったり」と言った顔つきでニヤニヤしながら眺めていた。


 「船長キャプテン! お戻りでしたか……って、そちらのお嬢さんは?」

 騒ぎを聞きつけたのか、船の甲板から20代後半くらいの茶髪の男性が姿を見せる。

 「おぅ、ダグ。お客さんだ。オーナーからの肝煎りだから、その辺りは多少考慮してやってくれ」

 「はぁ、それは構いませんが……今回2等船室の空きはなかったのでは?」

 「ミセス・ファーブルに相部屋にしてもらおう。話はワシがつけるから、お前はこの嬢ちゃんを、とりあえず休憩室に案内しといてくれ」

 「了解アイ・サー!」

 幅50センチ、長さ3メートル足らずの渡り板を、大きな木箱を担いだまま、ひょいひょいと危なげなく渡り、船内へと消えて行く船長。

 残された少女の方も渡り板に足をかけたものの、意外にたわみ揺れるその不安定さに、思わず足がすくんで立ち止まってしまう。

 「あ~、申し訳ありません、お嬢さん。この船の規則で、その板を自力で渡れない方は乗船をお断りしてるんで、そこはどうにか頑張ってくださいとしか……」

 船の側で待っている、船長から案内役を引き継いだ青年は苦笑気味にそう告げる。

 「だ、大丈夫です……これから壮大なる冒険の旅に出ようというあた…私が、この程度の障害に怖気づいてなぞいられないのだから」

 つまり、そう自分に言い聞かせないと挑戦できない程度には、恐怖を感じているらしい。どうやら先ほど船長に「鎧を着たまま海に落ちたら溺れる」と言われたことが効いてるのかもしれない。

 そんな少女の虚勢を微笑まし気な笑顔で青年が見守る中、ザックを肩ではなく背中に改めて背負い、足元の革長靴ブーツの紐をしっかり締め直した少女は、緊張した面持ちで一歩一歩渡り板に歩みを進めていく。


 ──ギィ……ギィイ……


 途中何度か板が軋む音にビクッと肩を震わせたものの、そこで立ち止まることもなく、都合7歩ほどで無事船の甲板へとたどりついたのだった。

 「ふぅ~」

 小さな溜息をついて肩の力を抜いた少女は、青年の生暖かい視線に気付いた瞬間、シャキンッ!と姿勢を正す。

 「コホンッ……ふっ、私にかかればこの程度の障害などあってなきが如きものだな」

 ドヤ顔で言い放つ少女に対し、「いや、それ、障害って言うか、俺ら乗組員にはただの通路なんですけど」とツッコミたいのを懸命にこらえた青年は、唇の端がピクピク引きつるのをこらえつつ、少女の案内を始めた。


 「基本的にこの船は貨物船ですが、クラムナードに行く船は貴重ですから、人の運搬も引き受けてます。とは言え、乗客用の船室キャビンはやはり少なく、3等船室──とは名ばかりの10数人まとめて押し込めるための空部屋ものおきと、二段ベッドが4つ並べられた二等船室、それとオーナーとその知り合いのみが利用できる個室の一等船室がそれぞれひとつずつあるだけです」

 お嬢さんは、オーナーの紹介状があったから、船長も一等船室を使ってもらうことにしたんでしょう、と青年は告げる。

 「その、“お嬢さん”と言う呼び方は止めてもらえないだろうか。名乗るのが遅れたが、私の名はアルストロメリアと言う」

 「おっと、失礼しました。俺は、この船の航海士を務めるダグダと言います──あ、ここです」

 互いに自己紹介したところで、当面の目標地点である“休憩室”に着いたようだ。

 4メートル四方ほどの広さのその部屋は無人で、長椅子ベンチに毛が生えた程度の質素なソファが2脚と、やや大きめのテーブルひとつ、それに椅子代わりの木の樽が数個置かれていた。

 「今は出港前なので皆出払っていますが、航海中に暇ができた乗組員は、ここで暇つぶしにカードやボードゲームの類いをやってるんですよ。時にはお客さんが混じることもありますね」

 「へぇ~」

 そんなことを話していたところに、おりよく船長がやって来た。

 「おぅ、ミセス・ファーブルの許可がもらえたぜ。嬢ちゃんは、コッチ来てくんな」

 髭面の船長に連れられて、こんどは甲板上の段差を利用して設置された小屋のような建造物へと向かう。どうやらここが一等船室らしい。


──コン、コン!


 「ミセス・ファーブル、先ほどお話しした相部屋になってもらうお嬢さんを連れて来たぜ」

 「あらそうなの。じゃあ入ってもらって」

 部屋の中には、僅かに蒼みがかったプラチナブロンドの髪を腰まで伸ばし、スカート丈の長い赤いワンピースを着た女性が、穏やかな微笑を浮かべて立っている。

 一等船室の先客であるミセス・ファーブル──アトラ・ナイキ・ファーブルは、ヒューマンであるアルストロメリアからすると、15歳の彼女よりもさらに幼い12、3歳の少女のようにも見えた。

 しかし、丸くて大きな耳朶、そして身長に比して随分と大きい靴を履いていることに気付けば答えは簡単だ。

 「もしかして……グラスフェロー、ですか」

 「正解ね。まぁ、わたしは母方の祖母がヒューマンで、そちらの血が出たせいか、同族の女性と比べると随分大女なのだけれど」


 グラスフェローは、このアールハインでヒューマン、エルフ、ドワーフに続く第四の種族だ。

 成人時の平均身長はドワーフよりもさらに小さい120センチ前後で、丸っこい顔の輪郭とクリクリした大きな目、落ち着きのない性格などもあって、知識のない者ならヒューマンの子供と勘違いすることもあるが、耳と足を見れば見分けるのは比較的たやすい。

 目の前の女性はアルストロメリア自身の身長から逆算すると140センチに届くかどうかというラインだから、確かにグラスフェロー女性としては規格外に長身と言ってもよいだろう。

 ちなみに、アールハインで“人間”と言えば、通常、前述の4種族にトロールを加えた5種族を指す。この5種族間では(受胎率はやや低いものの)ふつうに子供が生まれるため、大きく人間という範疇にまとめられているのだ。

 なお、混血とは言ったが実際には、地球の空想物語ファンタジーなどで出てくる“ハーフエルフ”のようなモノは“原則的に”存在せず、父か母、どちらかと同じ種族になる(数少ない例外は外来人関連だ)。

 とは言え、もう片方の親の形質がまったく遺伝しないわけでもなく、たとえば外見はまるっきりヒューマンでも、片親がエルフの場合、普通のヒューマンより魔力が高くやや長寿な傾向があるし、片親がトロールならかなり長身になることが予想される。

 アトラもヒューマンの祖母の形質を隔世遺伝で受け継いだのかもしれない。


 「そうそう、ミセス・ファーブルは、こう見えて5人の子供を持つ母親で20レベルの軽戦士、かつクラムナードでも有名な商会を経営する遣手女性キャリアウーマンだから、礼儀はわきまえといたほうがいいぞ」

 船長に耳打ちされて、ギクーン!と身体を強張らせるアルストロメリア。

 「! いいい、言われるまでもない。騎士は御婦人レディには礼儀を尽くすものだからな」

 ──最初にドモっていなければ、その台詞にもそれなりの説得力はあっただろう。

 「あらあら、そんなにシャチホコばらなくても良いのよ? 商会会頭トップの地位はすでに息子に譲ったし、さすがに身内でも部下でもないお嬢さんを“教育”するほど、お節介ではないつもりだから」

 アトラはニコニコと穏やかな笑みを浮かべているが、そこに逆に底知れない“凄み”を感じ、アルストロメリアは外見こそがんばって平静を保っていたものの、脳内では「キャインキャイ~ン」と尻尾を丸めた負け犬状態だったりする。


 ともあれ、そんなこんなで騎士志願の少女は、大商会の主である女性と相部屋になったわけだが、本人が言う通りアトラはアルストロメリアを不必要に威圧するようなこともなく、むしろ暇を見ては人生の先達として彼女のためになるような話を色々してくれた。

 アルストロメリアとしても、母親以外で年上の女性とこんな身近に暮らしたことはなかったため、半月あまりの航海が半ばを過ぎる頃には「ミセス・ファーブル」から「アトラおばさま」へと呼び方を変え、それなりに親しみをもって接するようになっていた。

 実際、若い頃は行商人としてグラジオンとクラムナード、2つの大陸を股にかけて巡り、今の地位を築いてなお、必要とあらば危険なサイデル大陸にまで単身自ら足を運ぶほどの女傑の語る話には、実家の僅かな蔵書や辺境の農村の井戸端話では入手できない貴重な情報と教訓が含まれており、アルストロメリアは深く感じ入っていたのである。

 また、やや夢見がちでカッコつけな傾向はあるものの、本質的には素直で聡明なアルストロメリアのことをアトラも気に入り、少女にとっては幸運なことに、クラムナードからグラジオンへ渡る際の船便の紹介をしてくれることになった。


 * * * 


 「それでは、おばさま、大変お世話になりました。船長さんも色々ありがとうございます」

 クラムナード大陸での降船時には、乗船時のイタい言動はどこへやら、ふたりに至極礼儀正しく真っ当な挨拶をして、アルストロメリアはそのままアトラに紹介されたグラジオン大陸行きの船(タイミングよく1時間後に出航予定なのだ)へと乗り込んでいく。


 ──そして1ヵ月後。


 「ここがグラジオン……「冒険者天国」にして「夢見る者たちの出発点スタートライン」……」

 アルストロメリアの乗った船は、予定より2日遅れでグラジオン大陸東南部の港のひとつ、アヴィターバに到着していた。

 2日遅れとは言っても、この世界の長期航路でその程度は十分誤差の範囲だ。今回の航海でも、一度ちょっとした嵐に巻き込まれて航路から逸れたものの、船に大きな損傷もなく、2日ぽっちのロスで無事到着したのだから問題はないと言ってよい。

 よい、はずなのだが……船から降りた騎士志願の少女アルストロメリアの顔色は冴えない。セロムトープで意気揚々と「海神の波濤」号を眺めて気焔もうそうを吐いていた時と同一人物とは思えないほど意気消沈している。

 いや、雰囲気だけではなく、実際に痩せてやつれてもいるようだ。


 「ぅぅ……もぅダメ」

 渡し板から桟橋に降り立った直後、2、3歩フラフラと足を進めたものの、ガクリと膝をついて崩れ落ち、かろうじて地面に両手を突いた姿勢で何かに耐えるような表情をしている。

 「ん? おい、アンタ、どうした? 大丈夫か!?」

 たまたま用があって桟橋に来ていた人の良さそうな黒髪の青年が、彼女の様子に気付き、しゃがみこんで声をかけたところで……。


 「おぇええええええ~~」

 「うわっ、ちょ、せめて吐くなら海ん中に向かってやれよ!」

 “リバース”するところを真正面から目撃してしまう。


 ──こうして、アルストロメリア・ノヴァ・ローズの“冒険者として華麗に活躍して名を上げてローズ家を見事再興♪”計画は、どうやら第一目的の地・グラジオンに着いて早々に、暗礁に乗り上げた(と言うか木っ端微塵に砕け散った)ようであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る