◇その2

 某文豪の有名作品ではトンネルを抜けた先が雪国だったわけだが、彼──笹森明が、異世界の女神の手で跳ばされた先は……。


 「いらっしゃいませー、ヨロズ・マートへようこそ!!」


 ……どこからどう見ても“日本のコンビニ”にしか見えない店の中であった。

 明るい照明と清潔な店舗。店員が待機している清算カウンター。

 画一的な数多の棚に整然と並べられた見覚えのある商品の数々。

 加えて、雑誌スペースやATMはもとより、イートインコーナーまで完備されている。

 どこにでもありそうな……強いて言えば店舗面積が広い(おそらく300平米近くありそうだ)ので、定義的にはコンビニエンスストアと言うよりスーパーマーケットと言う方が正しいのかもしれないが、しかし素人目にはまごうことなき“コンビニ”である。

 ──いや、もうひとつ。

 「? 何かご不審な点でもありますか、お客様?」

 店員が一般的な制服ではなく、白い着物&緋袴のいわゆる巫女装束姿なのは、さすがにどうなのだろうか?

 とは言え、日本のどこかに神社が経営しているコンビニがないとは限らないし、その神社に勤めているバイトの巫女さんが社務所の売り場のノリで、そのままコンビニに詰めているケースも微レ存……?


 「こらこら、いたいけな少年をからかっちゃいけませんよ、サヤ」

 いきなり背後から声をかけられて(正確には声をかけられたのは店員さんのようだが)、ビクッとして振り返る明。

 そこには、藍色の作務衣のような服装をした30歳前後の男性が立っていた。

 「君が笹森明くんですね? 我が“越界萬屋オーバーワールドコンビニ”へようこそ。私はここのオーナー……といっていいのかな。まぁ、そんな存在です。名前は──万家文紀(よろずや ふみのり)といいます」

 「あっ、はい、よろしくお願いします」

 反射的に頭を下げてから、おそるおそる明は聞いてみた。

 「あのぅ、ここは……」

 異世界に跳ばすとは聞いていたが、店員さんも目の前の万家氏も黒髪黒瞳の典型的な日本人だ。コンビニっぽいたたずまいもあいまって、どうも“異世界”に来たという実感がない。

 その思いが明の顔に出ていたのだろう。

 万家氏は、「ふむ」と顎に手を当てると、ひとつ提案してきた。

 「色々聞きたいことがあるとは思いますが、質問はあとで受け付けますから、ある程度私の方からまとめて説明しましょう」

 明としても否やはないので素直にうなずく。


 万家氏の説明をまとめるとこうだ。

・ここは万家氏の固有権能ギフトで一種の亜空間内に作られた店である。

・この店には一度入ると一時間しか滞在できない。

・本来ここには万家氏と一緒にしか来られないが、今回は神様の介入による特例。なので、ここから出たら(少なくとも万家氏に会って連れて来てもらわない限り)二度と来られない

・店の品揃えは“日本国内のコンビニに置かれたことのある商品ならなんでも”。ただし、ひとつの品につき1個しか置いていない。

・買い物はいつもニコニコ現金払い。ただし、アールハインの金貨・銀貨の日本円への両替は可能。


 「こんなトコロですね。簡単な事情は聞いていますが、「外来人エトランゼ」が現地に持ち込めるのは、その時着ている服と手荷物だけですから、グラジオラ様が明くんのことを気遣ったのでしょう」

 本来、神による異世界転移の場合、たいてい告知から実際の転移まで数十分から数時間程度の猶予が与えられるので、普通はその間に持っていく物や服装を厳選するのだと言う。

 ただ、明の場合は、あの時は着の身着のままに近い状態で、裏山歩き用にトレーナー&ジーンズ&スニーカーという服装だったのはともかく、携行していたのはホームセンターの鉈と消火器だけ。

 前者はともかく中身を使いきった後者はせいぜい鈍器代わりにしか役立つまい。

 ここで買い物させてもらえるというのは有り難い話だったが……。

 「すみません、あんまり現金の持ち合わせがないんですけど」

 一応ズボンのポケットにねじこんであった財布の中身は千円札が二枚と小銭が500円程度。これでは大したものは揃えられそうにない。

 しかし、万家氏はニッコリ微笑んで店の一角を指さした。

 「大丈夫。あそこのATMでキャッシュカードが使えますよ」

 「ここ、本当に異世界なんですよね!?」


  * * *  


 万家氏のアドバイスなども受けつつ、明はまず、できるだけ丈夫で大きめのトートバッグ(コンビニなのでリュックなどは置いていないのだ)をふたつ購入し、それにシルバーシート(優先席ではなく断熱布の方だ)や毛布代わりの膝掛け、軍手、救急セットに非常用のカロリー補給バーなどを買って詰め込んでいく。

 「最近のコンビニは十得ナイフなんかも置いてるんだなぁ。しかも100円!?」

 「ああ、それは百円均一系コンビニのモノですから、あまり耐久性はありませんよ」

 万家氏いわく、普通のコンビニにはカッターなどの文具以外、刃物類は殆ど置いていないので、そちらはどうしても百円均一系コンビニの安い商品になるらしい。

 「それでもあるのとないのでは大違いですから、十得と普通の包丁、それと包丁砥ぎあたりは購入しておくのがオススメですね」

 食器は落として割れる危険性を考慮して、プラスチックのマグと深皿、金属製の先割れスプーンを買う。

 「人里に着くまでと割り切るなら、調理器具は小さめのフライパンひとつで足りるでしょう」

 確かに大きな鍋とかは嵩張るし重い。

 「まぁ、頭にかぶって簡易ヘルメット代わりにするという手もありますが……」

 「! その手があったか!!」

 鍋ヘルメットが何やら琴線に触れたらしく、嬉しそうな顔つきになった明に、万家氏は釘を指す。

 「とは言え、本格的な鉄鍋ならともかくここで売ってるアルミ鍋程度では防御力は紙みたいなもの、ないよりはマシ程度に考えたほうがいいですよ」

 「デスヨネ~」

 そうそうウマい話はないものらしい。

 「あとは……飲料水かな」

 500ミリ入りペットボトルを2本買い込む。空になったボトルも短期間なら水筒代わりに使えるだろう。

 「そうそう、まだ入るなら塩も多めに持って行ったほうがいいですよ。調味料としてはもちろん、不死系魔物除けや、海から離れた場所ならちょっとした換金物としても使えますし」

 万家氏の的確なアドバイスに感謝しつつ、残金が1000円を切ったところで、明の買い物はひと段落した。


 「残り時間は……20分弱ですか。そうですね。多少なら此方アールハインでの暮らしについてアドバイスもしてあげられると思いますが、どうします?」

 「本当ですか!? ぜひ!!」

 イートインコーナーでチンしたカレーライスをパクつきながら、明は万家氏の“10分でわかる外来人エトランゼ生活”とやらを聞かせてもらうことになった。


 「まず、君が送られるのはアールハインの中でもグラジオラ様が守護している“グラジオン大陸”というこの世界最大の大陸……のどこかです。

 大陸はほかにも“クラムナード”と“サイデル”というふたつがありますが、トータルとしてみれば外来人にとっては生活していくのに一番難度が低い地域だと言ってよいでしょう。

 クラムナードは魔法文明が進んでいる反面、学歴&資格社会なので、ポッと出の余所者には少々居心地が悪いですし、サイデルは地球で言うアフリカや南米、中東に近い、未だ戦乱の絶えない土地ですから」

 その点、グラジオンはここ数十年大きな戦争がなく、かつ冒険者ギルドが発達しているため、冒険者としての身分を得れば余所者でも比較的信用を得やすいのだ、と万家氏は語る。

 「もちろん“冒険”者と言うからには、危険が皆無というわけではありませんが……しかし、固有権能があるぶん外来人は普通の人に比べてかなり有利です。慎重に行動していれば、そうそう致命的なことはないでしょう」

 無論、それに溺れて考えなしに「ヒャッハー」してれば即アウトですけどね、と笑う万家氏の微笑みに隠された“凄み”に、明は遅ればせながら気づく。

 (! そうだよな。この人もこの世界で苦労して暮らしてきた外来人なんだもんな)

 異世界転移の大先輩である彼に、可能な限りの多くの情報を聞いておくほうがいいだろう。

 「えっと……問題の固有権能とやらの使い方についてもアドバイスが欲しいんですけど……」

 おそるおそる申し出る明の言葉に、ほんの一瞬考え込んだものの、万家氏は大きくうなずいてくれた。

 「ふむ……アドバイスすること自体は構いませんが、ひとつ注意しておいてください。アールハインにおいて、外来人という存在はそれなりに認知されており、かつ国によっては注目もされています。

 その辺りを理解している外来人は、安易に他人に自分の固有権能を明かすことはしません。時と場合によっては、それは絶体絶命からの逆転の手段にも、逆に自らを拘束する鎖にも成りえるからです」

 「はい」

 それは、確かに理解できる。たとえば地球の現代社会でさえ、「100%的中する未来予知」だとか「一日1トンのチタンを生み出せる能力」あるいは「いかなる現代兵器でも傷つかない超人」などの異能が存在すれば、国家レベルでの監視や、場合によっては抹殺なども視野に入るだろう。

 聞いた限りでは、アールハインの文明レベルは中世末から近世、せいぜい近代初期といった水準のようだし、現代地球に比べて“個人”が持つ力の比重は大きく、当然影響も大きくなるはずだ。

 「だから、自分であれ他人であれ固有権能の情報を他人に漏らす際は、細心の注意を払ってください」

 「ええ、わかっています。でも、俺は万家さんの固有権能を知ってしまいましたし、そのうえで色々お世話になりました。せめて、自分のソレを明かすのが誠意フェアだと思ったんですが……ダメ、でしょうか?」

 やや自信なさげに問う明を見て、万家氏が苦笑する。

 「律儀ですね。ですが、そういうのは嫌いではありません。聞かせてください。私にできる範囲で助言しましょう」


 そして、明に与えられた6つの固有権能を聞いた万家氏は、ほんの数秒間沈黙したのち、内容を整理しつつ助言を始めた。

 「まず、“環境適応”についてはパッシブな能力なので気にする必要はほぼありません。“言語理解”については、初級だとグラジオン大陸の公用語の会話と読み書きに対応しているはずですね。地球にあってアールハインにない文物や概念、あるいはその逆については、無理やり意訳されるので、その時わかるでしょう。

 “身体能力底上げ”は中級ですか……これは、地球で言うなら各種大会の日本代表候補になれるアスリートクラスだと思ってください。最初は力加減に注意したほうがいいでしょうね」

 “中級”という言葉に惑わされていたが、思ったより凄いものだったらしい。

 「ただし、過信はしないでください。それでも冒険者や軍人としてはあくまで“中級”なんですから」

 つまり、それ以上の猛者がたくさんいるということなのだろう。「慢心、絶対ダメ」と明は心に刻んだ。

 「“利便魔法習得(初級)”というのは初めて聞きましたが、まぁ、想像はつきます。“魔法習得(初級)”の限定版ということでしょう」

 魔法を希望する外来人の大半は“魔法適性”を与えられ、実際に正しい方法で勉強しないと魔法が使えるようにならないのだが、“魔法習得”の場合はその過程をスッ飛ばしてすでに使える状態らしい。

 「もっとも、“魔法資質”のほうがポイントが少なくて済むので、跳ばされる先が魔法後進地域のサイデル大陸でもない限り、ある意味リーズナブルなんですが……明くん、覚悟しておいてください。わざわざグラジオラ様がソッチを選んだということは、君が跳ばされる先は多分簡単に魔法を学べるような環境ではない、ということなのでしょうから」

 あまり嬉しくない万家氏の予想だったが、確かに理に適った意見だった。

 「そして君オリジナルの固有権能ふたつについてですが──私から言えることはふたつだけですね。「最初のうちは可能な限りいろいろな使い方をして、できることをすべて確かめろ」、ただし「魔力消費型のようなので魔力の残量に常に注意しろ」、この2点ですね」

 万家氏のアドバイスに明が神妙に頷いたところで、「ピピピッ、ピピピッ……」とアラームのような音がコンビニ内に鳴り響いた。

 「おっと、タイムリミットまであと3分ですね。明くん、まだ多少お金は残ってましたよね。コレとコレも買っておくことをオススメします」

 万家氏が差し出したモノふたつを明は急いでレジに持っていき、店員さん(じつは万家氏の奥さんらしい)にお金を支払ってビニール袋に入れてもらう。


  * * *  


 「それでは、良きアールハイン生活を。縁があったら、またお会いしましょう」

 「はい。お世話になりました」

 万家氏と店員さんが見守るなか、深呼吸して荷物を持ち直し、コンビニ“ヨロズ・マート”の自動扉を出た──瞬間、明はどこかの砂浜に立っていた。

 反射的に後ろに振り向いてみても、すでにあのコンビニの扉は存在せず、少し離れた場所にまばらに木が生えた林らしき地形が広がっているだけだった。

 先ほどまで残っていたどこか半信半疑な気持ちが消え失せ、とうとう異世界に来たのだという怖れと興奮の入り混じった感情が湧いてきて、明はしばし立ちすくんでしまった。


 「……おっと、惚けている場合じゃないな。現在地を確認しないと」

 念の為、腰に下げたホルダーからナタを外して右手に持ち、左肩から下げたトートバッグの位置を整えつつ、明は周囲を警戒しながら観察してみた。

 最初に気付いたとおり場所的には浜辺で、海水浴によさそうな砂浜が広がっている。波打ち際から砂場が途切れるところまでおよそ50メートル弱といったところか。そこから普通の地面となり、すぐに林が始まっていた。

 (体感気温は日本の春ないし秋ぐらいな感じだな。20度前後ってとこか)

 とりあえず、近くに人や動物はいないようだし、人工物も見当たらない。

 それを確認したうえで、慎重に波打ち際まで歩み寄り、右手の小指を水に突っ込んでから引き上げ、ペロリと舐めてみる。

 「しょっぱい……ってことは、これは海だな」

 水平線の向こうのほうに、陸地らしきものが見えるような気がするので、早速、万家氏のオススメで買った最後の品のうちのひとつを袋から取り出す。

 それは、100円ショップで売っているプラスチック製のオペラグラスだった。

 「買ってすぐに役立つとはなぁ」

 目に当てて覗き込むと、安物なのでたいした倍率ではないが、いくらかはっきり海の向こうが見えた。

 「一応、それなりに大きな陸地があるみたいだな。たしか英仏間のドーバー海峡が35キロだっけ? テレビで観たアレよりは多少近そうだけど……」

 広い海のまっただ中の孤島というわけでないのは朗報だろう。

 「ていうか、此処が島だと決まったわけでもないよな」

 “お約束”的に無人島漂着だと思ってしまったが、人が住んでいたり、そもそも島ですらない可能性もある。

 「島だと思ってたら実は単なる半島の先端部でした」というのも笑い話にありがちなオチだ。

 「とりあえず、それを確かめないといけないか」

 明は、トートバッグから出した軍手をはめ、近くに落ちていた木の枝を適当にナタで切って簡易な杖にすると、それを手に、まずは砂浜沿いに歩き始めるのだった。

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