◇その5.女騎士アルストロメリアの決意と選択

 私の本名は“アルストロメリア・ノヴァ・ローズ”と申します。今は亡きセングリード公国において「黒騎士」と称された武人、ハリィ・フォルク・ノヴァ・ローズ男爵の娘で、兄と弟がひとりずつおります。

 思えば、上と下に男子の跡継ぎ候補がいたからこそ、剣を習いたいという私のあまり女の子らしくない我儘を両親は笑って許してくれていたのでしょうね。

 ローズ家は、7代前の初代様が、魔竜を斃した勇者としてその功績を国に認められ、爵位と姓(かばね)を授けられたのが始まりです。

 代々武門の家柄として国内では知られていましたし、お父様もその名に恥じぬ優れた剣の腕と部隊指揮の技量を持っていた──と人づてに聞いています。


 同盟を結んでいたはずの隣国の卑劣な裏切りによって公都を急襲され、故国が滅びたのは、奇しくも私が六歳の誕生日を迎えるその前夜のことでした。

 その襲撃があった時、お父様は、たまたま私達家族が住む領地に戻っているところでした。

 ええ、私の誕生日を祝うために、休暇をとっていたのです。

 本来であれば剣士隊指揮官のひとりとして公都防衛戦に参加するべきであったはずのお父様が、しかしその事を知った時には、すでに公都が陥落して2日の時が過ぎていました。

 その間に、“表向きは”生き残った王族のひとり(公王陛下ご夫妻と公太子殿下は亡き者にされていました)による、隣国への降伏も宣言されていました。

 そういう状況に直面した時、模範的な武人ならどうするべきだったのでしょうね。

 素直に公都に出頭して、戦勝国からの沙汰を待つ?

 それとも国内の反乱勢力を統合して、レジスタンス活動を始める?

 いずれも、ある意味、筋の通った行動だと思います。


 けれど、お父様はそのいずれの道も選ばず、私達を連れて国外へと脱出されました。

 戦勝国とは我が国をはさんで逆の側にある国にツテを通じて入り、半月ほどの旅の末、辺境にほど近い場所にある田舎町に腰を落ち着け、それなりの広さを持つ農園を買って、その主としての第二の人生を始められたのです。

 その選択を非難する権利を私は持ちません。

 15歳の誕生日を迎えるまで、逃避行の一時期を除き、平和で、まがりなりにもそこそこ裕福な生活を営んでこられたのは、お父様とその選択を肯定し支えてこられたお母様のおかげであることは十分理解していますから。

 でも──もし、お父様が私のために領地に戻らず、公都に留まっていれば、色々なことが変わっていたのかもしれません。

 黒騎士ハリィ・フォルクが指揮する剣士隊は、防衛戦に強い精鋭として名を知られていましたし、襲撃を押し返せないまでも時間を稼ぎ、その間に各地からの応援が間に合った可能性だって(ごく僅かですが)あります。

 無論、その過程でお父様が戦死し、私達が悲しみ、その後辛酸をなめることになった可能性も、ですが。

 それでも、そうなれば少なくともお父様は“武人の本懐”を遂げることはできたのでしょう。

 私は、いつの日にかローズ家を立派な武門の家として再興することが自分の使命だと考えるようになりました──そんなこと、本当は両親も兄や弟も望んでいないと薄々知りながらも。

 あるいは、そういう風に行動することで、自分のちっぽけな罪悪感を誤魔化していたのかもしれません。


 ──ああ、すみません、話が盛大に横道にそれてしまいました。

 こんな愚痴めいたことをこぼすつもりはなかったのですが……。

 コホン!

 それで、です。

 近隣の村や街を荒らしていたため“魔竜”と恐れられていた、エルダードラゴンになる直前の火属性竜を、少人数の徒党で見事討伐した初代様──イベリス様には、4人の仲間がおられたそうです。

 「二矢不要(にのやいらず)」と称されたほどの弓の名手で、イベリス様の幼馴染でもあった男性。

 「瀑布の魔女」と恐れられた水系魔術の使い手かつ高度な呪術も使いこなす、成熟した大人の女性。

 「聖拳の女傑」と呼ばれ、回復魔法と徒手空拳での戦いを得意とした、いまだ年若い少女。

 呼び名は伝わっていませんが、槌・槍・弩・錬金術を巧みに使い分け、そしてそれ以上に戦況を読んで仲間に適切な指示を出すことに秀でていた賢者。

 それに「銀の盾」の異名を持つ重戦士であったイベリス様が加わり、冒険者としての一行は、どのような敵にも(さすがに苦戦くらいはあったようですが)敗北することなく立ち向かえたのだとか。

 魔竜討伐後、貴族に叙任された(元々、とある軍人貴族の従士長の家柄の次男で、そこそこの教育も受けてはいたようです)イベリス様は、成長した「聖拳の女傑」を妻に迎えて我がローズ家を興したのだ……と伝わっています。


 ですから、私が騎士・剣士としてより格闘家としての素質が高いことも、ご先祖様の血統的には十分納得できる話ではありますから、そんなにショックは受けていません。大丈夫ですよ、シンさん。


  * * * 


 さて、野エルフの美女ジンジャーから、意外なその資質を看破されたメリアだったが……指摘した当の本人が「ま、あくまでそういう素質があるってだけやから、そんな深刻に考えんでエエよ」とアッサリ流してしまう。

 「い、いいんですか、それで?」

 「ん? まぁ、考え方次第やねぇ。ウチらエルフみたく長寿な種族やったら、「好きなことと向いてること、どっちもそれなりにがんばればエエんちゃう?」て言うたやろうけど。

 ヒューマンとかグラスフェローの人生はそこまで長(なご)ぅないし、“好きなこと”と“向いてること”、どっちに手ぇ出すんか、それこそ悔いのないよう本人が決めるべきやと思うわ」

 この辺りの割り切りは、ヒューマンの4倍以上の寿命を持つエルフだからこその視点かもしれない。

 「あ、それから、シンちゃんらと組んでる臨時徒党の件も聞かせてもろたけど、“メリアちゃんがDランクに上がるまで”か“ウチらがBランクに昇級するまで”は約束通り続けてくれてかまへんよ。ウチもディー坊も別に冒険者として上に行くことにそれほどガツガツしとらんつもりやさかい」

 聞けば、ジンジャーは行商人や露天商としての資格も持っていて、暇なときにはアヴィターバの青空市場に露店を開いたり、旅先の立ち寄った村で行商としてちょっとした取引をしたりしているらしい。

 「まぁ、木樵が本業なディー坊とちごて、ウチの場合はあくまで“副業”の範囲やけどな」

 それでも冒険者として以外の収入の道があるからこそ、こんな風に鷹揚に構えていられるのだろう。


 「それは……ありがとうございます」

 実際ほかにツテなどないに等しいメリアにとって、信頼できるふたりに(ランクアップまでとは言え)このまましばらく組んでもらえるというのは非常に助かる話だった。

 「それと──厚かましい話で恐縮ですが、皆さん、アヴィターバで信頼できる格闘道場をどこかご存じではないでしょうか?」

 しかし、その後に続けられた彼女の言葉に、シンとクサキリマルは当惑して顔を見合わせた。

 「相応それなりの心当たりならいくつかあるけど……」

 「アルストロメリア殿、格闘家を目指されるのでござるか?」

 クサキリマルの言葉に、メリアは首を横に振る。

 「いえ、まだ決めたわけではありません。ですが、そもそも資質と言われましても、実際に自分の身体で確かめたわけではありませんし、格闘家の戦い方がどのようなものか私自身ほとんど知りませんので、見学と簡単な手ほどきをしていただけるところがあれば、と思ったのです」

 「私がこの大陸(グラジオン)に来て学んだことのひとつは、何事も自分で体験しないうちから軽々しく決めつけるのは愚かだ、ということですから」と付け加える。


 「ふぅむ……そういうことであれば、拙者の師匠に紹介するのは、あまり向いておりませぬな」

 クサキリマルをかつて助けてくれた冒険者は、今は現役を引退して町で総合武術としての忍者道場を開いているのだが、教える者は比較的厳しく選ぶ主義らしい。

 表はともかく“裏”では忍術は暗殺術としての側面も持つのだから、残当と言うべきだろう。

 「ウチの知り合いの道場は、冒険者向けやのぅて一般人用の護身術っていうたほうが正確やし」

 ちなみに、ジンジャー自身も武器(彼女のメインウェポンは槍だ)が手元にない時のために一応そこで基礎は習ったらしい──が、対人戦向け、しかも投げ技中心なので、モンスターを相手にすることの多い冒険者にはあまりオススメしないとのこと。

 自然と3人の視線がシンへと集まる。

 「ぷ、プレッシャーはかけないでくれ。俺の知ってるトコだと──その条件に合いそうなのは、クルシマ流とサナダシン流か」

 どちらも外来人の古武術家が何十年か前に此方アールハインへ来て立ち上げた流派で、それなりに繁盛しているそうだ。

 「あ、でも、サナダシン流の方は、クサキリマルの師匠ほどじゃないけど、武の道の探求にストイックなところがあるから、体験入学的なノリならクルシマ流の方が向いてるかな」

 ただ純粋に“強くなる”のではなく、“人相手だろうと人外相手だろうと負けない”ことを基本理念にした、ある意味、生存術サバイバビリティの極みとも言える流派らしい。

 「確か……“人間生きてりゃ丸もーけ、今日は敵わなくても明日は勝つぞ”ってのが開祖の教えだって聞いた」

 それを聞いて「不謹慎」ではなく「何それ前向き」と感じてしまったあたり、メリアも“(冒険者に)夢見る乙女”から順調(?)にスレてきていると言うべきか。


  * * * 


 さて、そんなこんなの騒ぎの末、冒険者稼業の傍ら、シンの仲介でアヴィターバの下町にあるクルシマ流の道場に通うことになったメリアだったが……。


 「──お嬢さん、(格闘家的な意味で)イイ身体的素養からだしてるね。来留島流ウチ内弟子にならない?」

 「もしくは養女むすめか凡骨息子の嫁でも可」と道場主に素面マジ半分冗談半分で言われるほどの成果をわずかひと月あまりで叩き出してしまう。

 ──ちなみに、その1ヵ月間も道場に専念していたわけではなく、(それなり以上に熱心ではあったものの)あくまで冒険者稼業の合間に道場に顔を出していただけであり、ジンジャーの言う“格闘家適性6”は伊達ウソではなかったらしい(なお普通は3か4あれば十分その道のプロになれる模様)。


 そうやって徒手戦闘の腕前を磨く一方で、普通に冒険者としての仕事──隊商の護衛や素材の納品、モンスターの討伐などを、シンとクサキリマルと組んで(ときにはジンジャーやディンゴのフォローも受けつつ)こなしていくことで、メリアは2ヵ月足らずでDランクへの昇進を果たすことになった。

 新米冒険者は、かなり勤勉かつそれなりに才能があっても、EからDへは3~4ヵ月くらいかかるのが普通だから、かなりのスピード昇格と言ってよい。

 ──ごく稀に、1ヵ月ほどでそれを単身ひとりでこなしてしまう外来人チート異能天才バグもいないわけではないが。


 「で、結論は出たん?」

 Dランク昇格祝いにシンたち4人と酒場で祝杯をあげている最中、ふと真面目な顔になったジンジャーが問う。

 「結論……というのは違うかもしれませんけど、“自分が目指す、目指したい道”は見えたと思います」

 今日の主賓しゅやくでありつつ、ひとりだけノンアルコールのカクテルをちびちび飲やっていたメリアは、少しだけ居住まいを正した。

 「あたし、騎士とも格闘家とも違う──その両者の特性を兼ねた“重装甲拳士(ヘビーアームドフィスト)”とでも呼ぶべき戦法クラスを、この身で実現しようと思います」

 スピードと回避に重きを置く格闘家グラップラーは、防具面では軽装なのが普通だ。

 しかし、クルシマ流の呼吸法と鍛錬法を学んだことで、元々高かった身体能力(とくに筋力とスタミナ)がさらに2段階ほどアップした結果、今のメリアは体格はヒューマン女性の平均程度ながら、ディンゴに準じる怪力の持ち主と化している。

 鋼板鎧プレートメイルを着たまま高速で敵に肉薄・密着し、頑丈な籠手を着けた拳で叩きつぶすことが可能なのだ。

 「過去に似たような冒険者れいが居無なかったわけじゃないようだけど……結構大変だぞ、それ」

 僅かに危惧するようなシンの言葉にもメリアはひるまない。

 「でもだからこそ、可能性はありますし、やり甲斐もあると思うんです──それに、この戦闘方法バトルスタイルなら、皆さんと組んでも戦力ちからになれますよね」

 「確かに徒党との相性コンビネーションは大事でござるが、それによって自分のあり方を曲げ過ぎるのは問題でござるよ?」

 「ダグさのいうとおりだぁ。盾役はオラがいるだで、無理することはないだよ」

 クサキリマルとディンゴの気遣いに、メリアは微笑みを返す。

 「いえ、むしろこれこそがあたしの適性みちだと思ってます──きっと元々口実だったんですよ、冒険者として有名になって騎士として家名を再興するなんて」

 そもそも家を復興させるだけなら、サイデル大陸を出る必要はなかったはずだ。むしろ、その“家”の背負う“名”に囚われたくなかったからこそ、無意識に別天地を求めたのだろう。

 「そのことが、最近自分でも認められるようになりました。今でもローズ家に生まれ育ったこと自体に誇りと感謝は感じていますが、あくまでただの冒険者個人アルストロメリアとして、どこまでやれるか、どこまで行けるのか試してみたいと思っています」

 わずかふた月程度で、随分しっかりした信念を持つようになったものだ。子供わかいこの成長は早いなぁ──と、つい年寄りじみた感慨を、シンは抱いてしまう。彼自身も、まだ20代始めで十分若いはずなのだが。

 「あの、それで、どうでしょう。あたし、このまま徒党にいさせてもらえますか?」

 先ほどまでの凛々しい表情から一転、気弱げな貌を見せるメリア。

 「そんなん、決まってるやんか。なぁ、リーダー」

 意味ありげに視線を投げてくるジンジャーのドヤ顔を肯定するのはシャクだったが、もったいぶっても意味はない。

 「ああ、もちろん。歓迎するぜ、メリア。我が徒党へようこそ!」



-「アルストロメリアは騎士になりたい」、(ひとまず)fin-



<オマケ>

 「ところで──“騎”士を目指すわりに、メリア、馬とかに全然乗らなかったよな」

 「て言うか、メリアちゃん、馬に乗れるん?」

 「い、一応、普通に乗って歩かせるくらいは。ウチの農園にいた馬で練習はしましたし」

 「──まぁ、その拳を武器に選んだ以上、騎乗スキルが役に立つ機会はあまりなさそうでござるが」

 「う~ん、そもそも馬っこさ乗って戦うんなら、槍とか大剣とかの長い武器えらんだほうがよかったんでねぇか?」

 「「「たしかに!」」」

 「ガーーーン!」

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