07.ご飯はおかずですか? いいえ、珍味です。

 剣軍団長テーバイと国王サトゥマ自らによる“新設杖軍団長ドムス直衛部隊”の試験が(ひとりの少年の胃を犠牲にしつつも)無事に終わったところで、ドムス一行は退出しようとしたのだが、「そろそろ飯の時間ぞ、此処で食ぅが」という国王の言葉で夕食を共にすることになった。


 「し、師匠ぉ、さすがに王宮のディナーでソツなく振る舞えるような礼儀作法マナーは身に着けてないんですけど」

 ドムスの袖を引いて小声でささやくシュートだったが……。

 「心配なか。場所はさっきの応接間で、飯の席にはおいとヌシら、それに我のヨメしか来ん。楽にせぇ」

 サトゥマ王本人からアッサリそう断言されて、微妙な表情になるシュート。

 「現代日本から来た俺だとイマイチその辺がわからないんですけど、この世界の王様とか王家って、こんなフランクでいいんですか?」

 「ふむ。俺も、ロムルス以外の王家とのつきあいは数えるほどだから断言はできんが……ま、普通はもう少し格式とか典礼とかにうるさいだろうな」

 「そういう機会はそうそうないでしょうが、少年も一通りの礼儀作法は身に着けておいて損はありませんぞ」

 ドムスとテーバイの言葉からして、やはりこの王様は規格外らしい。

 ──というか、“数えるほど”にせよ、ドムスにこのロムルス以外の王家とのつきあいがあったことがまず驚きだ。

 そして、テーバイもこのまま普通に臨席して、一緒に夕食を食べていくつもりなのだろうか。

 「それがしの妻は折悪しく里帰りしておりまして。広い食堂でひとりで晩餐を摂るというのも味気ないですからな」

 テーバイのふたりの子供の内、ひとりは独立し、もうひとりは軍学校の寄宿舎に入っているため、現在の彼の自宅で家族と呼べるのは夫人だけなのだとか。

 無論、それなりの数の使用人はいるのだが、意外にそのあたりのケジメはつけているらしい。

 だからといって、この国の幹部といってよい貴族が国王に飯をタカるのは有りなのか、と思わないでもないシュートだった。


 「難しく考えちゃダメだよ、シューくん。ご飯はみんなで食べる方が楽しいし」

 そしてもうひとり、ナチュラルに混ざる気満々の国王相談役殿の存在も。

 ちなみに、ミドルティーンの少女に見えても彼女も二児の母だ。さらに言えば、数年前に夫とは死別している。

 「あのぅ、だったらお子さんの分の晩御飯の支度とかは……」

 「あぁ、サッちゃんもメーちゃんも、もうそれぞれ家庭を持ってるから」

 ──改めてこの女性の歳は絶対に聞くまいと、シュートは堅く心に誓う。

 「まぁ、その、なんだ、前にも言った通り、サトゥマとテーバイは幼馴染で、フェイアの姐さんはその姉貴分だからな。ほんの7年前に加わった俺なんかとは比べものにならんくらい濃いつながりってのがあるんだろうさ」

 そう言うことにしとけ、と視線で弟子に合図するドムス。


 「いや、大将もはたから見てたら大概でやんすよ!?」

 「お姉様の言う通りですわね。そもそも、いくら私的な場だからと言って、国王陛下のことを名前で呼び捨てにできる方がどれくらいいると思いまして?」

 ユランとエルシアのツッコミには、シュートとしても同意せざるを得ないし、他の“ファング&トゥース”の3人──クトゥニア、ペリオノール、べロッサも「うんうん」と頷いている。


 ──ガチャリ

 「そう言わないであげて。旦那うちのひともテーバイも、なんだかんだでドムス殿がいてくれて助かってるって思っているのだから」

 ドアを開けて入って来たのは、やや緑がかった黒髪を腰まで伸ばし、藍色に近い濃い紫のタイトなドレスを着た、30歳くらいに見える落ち着いた雰囲気の女性だった。

 「エンケレイス師は、魔術師、職人としての技量と貢献もさることながら、サトゥマ様の無茶ぶりにも文句を言いつつ応えてくださりますし、私的な面でも得難い友だと思ってらっしゃるようです」

 続いて入ってきたのは、シュートより少し年かさ──20代前半くらいに見える若い女性だ。こちらは白を基調にした長袖のワンピースを着て、肩にかかるほどの藤色の髪を大きめのリボンで結わえている。

 「シュート、こちらの“ふたり”がサトゥマ国王のおさんの、チェリオとラティニアだ」

 ドムスに説明された初対面のシュートは、慌てて立ち上がり、直立不動の姿勢から深々と腰を折って頭を下げる。

 「えっと……お初にお目にかかります、外来人のシュート・シーマンズです。ドムス師匠のもとに弟子入りさせてもらってます」

 ここで昔、小説とかで読んだ宮廷貴族とかみたく「お妃様はご機嫌うるわしゅう」とかなんとか付け加えるべきか悩んだが、舌を噛みそうだったのでやめておく。

 「あら、礼儀正しいのね。そんなに畏らなくていいのよ、シュートくん」

 「エンケレイス師のお弟子さんと言うことであれば、少なくとも公的な場以外で、それほど他人行儀になる必要はありませんよ」

 絵に描いたような“王族の女性”といった見かけに反して、割合気さくなのは、このロムルスのお国柄か、あるいは国王の影響か。

 「公けにされてはいないけれど、私とラティも以前ドムス殿に魔法の手ほどきを受けました。ある意味、貴方の姉弟子といってもよい立場ですから」

 意外なチェリオの言葉にシュートが目を丸くして、視線を傍らの師に向けると、ドムスは苦笑していた。

 「手ほどきっつーか、ホントに基礎の基礎を半月ばかり教えただけだがね」

 そこから先は奥方たち自身の学習と研鑽の結果だしな、と肩をすくめるドムス。聞けば、チェリオ妃は回復魔術、ラティニア妃は攻撃魔術に適性があり、今では専門家プロとして立派に食べていけるだけのレベルにまで達しているらしい。

 「実際に魔術を使う機会はそれほど多くはありませんでしたが、自らの内に確たる力があることが、このひとを支えるための精神的な支柱にもなってくれましたからね」

 「少なくともあの騒乱のさ中、“物知らずで無力なお飾りの王太子妃”というコンプレックスに私たちが苛まれずに済んだのは、エンケレイス師に魔術を習っていた点が大きいでしょう」

 ベタ褒めといってよい程の高評価だ。ふたりが国王妃であると知らなければ、もしかしてドムスに気があるのではないかとシュートは勘ぐっただろう。

 「へぇ……それなのに、師匠に魔術を習ったことは秘密なんですか?」

 何気なく口にした疑問に、王妃たちがバツの悪そうな表情になるのを見て、シュートは自分が失言をしたことを覚った。

 「あ、すみません、言葉が過ぎました」

 「いえ、弟子としてそう思われるのも無理はありません」

 「エンケレイス師、シュートくんには“あの事”を……」

 ラティニアの問いに、ドムスは難しい顔をして頷く。

 「──ハッキリとは教えてない。そうだな、外来人とは言え、シュートもこの国で生きる以上、知っておくべきだろう。サトゥマ、フェイアの姐さん、構わないか?」

 「よか」

 「うん、教えてあげて。必要があればボクが補足するから」

 ふたりの「是」とする答えを確認したうえで、ドムスはシュートに“その事”──なぜ、この国が魔術師という存在にあまり好感を抱いていないのかについて説明する。


 それは、このロムルス王国の成立にも関わる、とある魔術師の所業が原因だった。

 元々この地には、「神聖レムス帝国」と名乗る、かつての古い大国の王家の血を引いた、それなりに歴史ある国が存在していた。

 もっともその大国自体がすでに滅んで久しく、レムス帝国自体も積りつもった伝統と因習の重みに内部の体制が淀み、歪み、先細りになることは目に見えていたのだという。

 そして、さらに運の悪いことに、17代目の皇帝が凡庸を通り越して暗愚に近く、言葉巧みに取り入って側近となったある魔術師が、宰相として国政を壟断したこともあって、国中は乱れに乱れた。

 「で、当時、一介の傭兵団の長じゃった祖父殿に魔術師を討つよう頼んだんが、我の祖母殿にあたる皇帝の末の姫君よ」

 傭兵団の長は、世間知らずな──けれど国民想いな姫君の懇願むちゃぶりになぜか応じた。

 そして魔術師(と皇帝)に反感を抱く宮廷外の勢力を糾合して戦いを挑み、激戦の末、魔術師を斃し……たまではよかったが、勢い余って皇帝までも倒してしまったため(これは配下の圧力に負けたという説が濃厚)、「せっかくだから、俺は新しく国を作るぜ!」とロムルス王国の建国を宣言した──というわけだ。

 「それが、大体今から50年近く前の話なんだよねー」

 「だから、この国では未だに高齢者を中心に魔術師を忌避する感覚が強いんだ」とフェイアが最後に付け加えて、一通りの説明は終了となった。


 「はぁ、なるほど。あれ? でも、俺が見た限りでは、師匠やフェイア様が人に避けられてるって感じたことはないんですけど。冒険者ギルドでも確かに数は少ないけど、普通に魔術師はいましたし」

 「少年、それこそが、このおふたりの長年にわたる努力の成果なのですぞ」

 ほぼ無言であったテーバイが口を挟む。

 いわく、サトゥマが国王の座に就く際にもひと悶着があり、それを鎮めるのにフェイアとドムスが王太子(当時)直属の配下として協力したこと、そして以後も王位に就いたサトゥマの幕閣として、様々な形で人々の暮らしをよくするべく魔法を応用してきた、その結果が人々の意識改革につながったのだという。

 「いや、俺はほんの5年ばかり好き勝手にやらせてもらっただけだから。この国が変わったとしたら、功績の大半は常識的に考えて、先代王の頃から頑張ってきたフェイアの姐さんにあるだろう」

 「と、本人は言ぅちょるが?」

 「そんなワケないでしょ。そもそもサッくんが王位に就く前は、ボクも魔術師として大っぴらに動くワケにはいかなかったんだから。それに、グラジオン出身の一流魔術師であるドムくんの知識とかツテとかがなかったら、ここまで急速な発展は望めなかったはずだし」

 どうやら、自分の師は思っていた以上にスゴい人だったらしい──と、シュートはドムスを見直すのだった。


  * * * 


 「では、難しい話はここまでにして、お夕飯にしましょう」

 チェリオ王妃の言葉とともに、次々に料理がこの応接間へと運び込まれ、中央の丸テーブルに並べられる。

 国王と王妃ふたり、テーバイ、フェイアという宮廷サイドの5人に、ドムスとシュート、さらにユランたち5人が加わった総勢12名とあって、直径3メートル近くある円卓でもやや手狭に感じられる。

 シュートが想像していたようなフルコースのいわゆる宮廷料理ではなく、大皿から各人の分を取り分ける形式の一般家庭のそれに近いのは、ドムス達庶民派を気遣ったのか、あるいは単に国王サトゥマが食べたかっただけか。

 もっとも、さすがに取り分けは個々人でとはならず、専用の侍女が給仕役として行うことになったが。


 だが、そんな状況でもシュートの目はサイドテーブルに並べられた木製の器のひとつに釘付けになっていた。

 「ま、まさか、こんな異世界の王家の晩餐でお米、それも炊き立ての銀シャリにお目にかかれるとは!」

 しかも、アジアでよく見られるインディカ米ではなく、まごうことなく丸っこいジャポニカ米、まさしく日本のおコメであった。

 「ニホンからの外来人と聞いていたので、急きょ用意させたのですが、喜んでいただけたようですね」

 ラティニア王妃の言葉に、ブンブンッと激しく首を縦に振るシュート。

 異世界アールハインでも、グラジオン大陸であれば、大陸南東のアキツやシリカなら同様の米飯が普及しているし、ヒンドル周辺にもインディカ米なら存在するのだが、このサイデル大陸で米の飯を食べる機会なぞそうそうない。

 「うれしいなぁ、お米なんて、こっち来てからは師匠の家で2度くらい食べたっきりだったし」

 普段はそれなりに常識人かつ年の割に思慮深い行動をとるシュートが、満面の笑みを浮かべてそわそわしている。

 さすがに場所柄と同席者の手前、自分でおひつにしゃもじを突っ込んで皿に山盛りに取るような行為は自重しているようだが、給仕をしている侍女メイドに「早く早く!」という視線を自覚無しに飛ばしているくらいは大目に見るべきだろう。


 しかし……。

 「──あれ? だとすると、こっちでは米って、実はものすごく高価だったりします!?」

 どうやらその貴重さと価値にも改めて気づいたようだ。

 「まぁ、そうなるな。と言うか、こっちの大陸では普通は栽培されてないから……ある意味、プライスレス?」

 途端にシュートの表情が一変し、上司に「今日は好きなだけ食べていいぞ」と言って、築地の高級寿司店に連れて行かれたサラリーマンのような葛藤に苛まれている。

 せっかくのチャンスなので思い切り食べたいのは山々だが、あまりに高価なモノを大量に頼むのは流石に気が引ける──といったところだろうか。

 「も~、ドムくん、意地悪だよ。あのね、シューくん。確かに、サイデル大陸全体ではコメの栽培している場所は普通ないけど、ウチの国ではドムくんのツテで入手したイネを植えた稲作がごく一部で始まってるから」

 「おぅよ。収穫量の多いコメがロムルスで採れるようになれば、食いモンの心配が大幅に減るからのぅ」

 フェイアとサトゥマの言葉に、ようやくシュートの眉間からシワが消えた。

 「ふぅ……脅かさないでくださいよ、師匠」

 「はは、すまん。とは言え、一般に出回るにはまだ数年はかかるだろうからな。ウチの家でもそんな頻繁には出せんし、せっかくだから好きなだけ食っとけ」

 「うむ、若いモンは遠慮なんばせんと腹ァいっぱい食うがよか!」

 国王のお墨付き(?)と言うことで、シュートもヘンに気を遣わず、数ヵ月ぶりのコメの飯を堪能させてもらうことにするのだった。


  * * *  


 「ところで、今更かもしれませんけど、ユランさんたちも普通に飲み食いできるようになったんですね」

 ご飯を主食に、魚の煮物や春野菜のピクルス、家鴨肉の唐揚げといった、どことなく日本の食卓を想起させるメニューを堪能したのち、食後のお茶をすすりつつ、シュートがふと、そんな言葉を漏らした。

 「もちろんだ。と言うか、今朝も説明したかと思うが、今のユラン達は、解剖学的に見れば、ほとんど人間と大差ないぞ?」

 ドムスによれば、皮膚、筋肉、内臓などの諸器官は、ほぼすべて再現されているらしい。

 「もとになった竜牙兵自体、外見的には人の骨格そのものなことは、お前さんも知ってるだろう? 強いて挙げれば……そうだな、外来人のシュートに分かりやすく説明すると、細胞とか遺伝子のレベルでは、さすがに純粋な“人”とは差異があるとは思うが」

 逆にいえば、そういった部分まで精査サーチできる魔術師、錬金術師でもない限り、人ではないと見破れないということだ。

 「しかし、それが本当であれば、外見からは想像し難いユラン殿やエルシア殿の力の強さは、少し不可解ですぞ」

 実際に剣を交えたテーバイが異議を唱える。

 「その答えは簡単だ。要は元々の竜牙兵であった骨格部分は以前同様魔力で動いてるんだよ。だから、筋肉に対する動きの負担は増えた自重の分だけ、ってことになる」

 「とは言え、実際には、腱の伸びや皮膚の捻じれの限界なんかの関係で、以前とまったくおんなじ動きってぇのは不可能でやしょうがね」

 ドムスの答えをユランが補足する。

 「でも、それを踏まえたうえでも、膂力パワーの面では余裕ができましたし、耐久性などの面でもかなり向上していると感じましてよ」

 さらにエルシアが付け加えた。

 「じゃあ、“人”の姿になったコトは、総合的に見てプラスって結論になるワケですか」

 感心したようなシュートの言葉は、居合わせた者全員の気持ちを代弁していたが、ひとりだけ微妙な顔をしている者がいた。

 「? フェイア殿、何か気になることでもあるのですかな?」

 テーバイに声をかけられ、一瞬ためらったものの、思いきって自分の考えを述べるフェイア。

 「あ~、ちょっと言いにくいんだけどさ。ドムくん、今の話からすると、ユーちゃんたちって“食事ができるようになった”と言うか、“食事しないといけなくなった”って方が正解なんだよね?」

 「ふむふむ、非戦闘時の動作は魔力だけで十分お釣りがくるとは言え、新陳代謝その他の生命維持活動は疑似的に行っているワケだから……確かに、定期的な栄養補給は必要だと思う」

 「だったらさぁ、これまでのドムくんとシューくんのふたりだけだった時に比べて、これからは食費が4倍以上に跳ね上がるんじゃないかなぁ」

 愕然とした顔で「その発想はなかった!」と呻くドムス。

 「サトゥマ……いや、国王、ユランたちの食費分を予算に増額……」

 「知らんしらん! そげなモンはヌシが裁量で自前の財布からひり出すのが筋じゃろ」

 苦手な財務官僚きんこばんとの攻防をやっとの思いで切り抜けたばかりのサトゥマは慌てて首を横に振る。

 「付け加えるなら、杖の軍団長殿はユラン殿達の分の俸給も軍団予算から出す必要があることに気付いておられますかな? 立場として軍団長の直衛部隊となる以上、これまでのように貴殿の私兵という扱いはできませぬぞ」

 テーバイの言葉がトドメとなって、ドムスはガクリとうなだれるのだった。

 「だから、こういう面倒な役職に就くのはイヤだったんだよー!」

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