06.Sword Cavalier(ソウド・キャバリアー)

[シュート視点]


 ドムス師匠とフェイア様の技術の粋を凝らした合作だという地下闘技場……もとい“武技修練場”へと移動する。

 「へぇ、なんかローマのコロッセウムみたいですね」

 「外観のイメージの参考にはさせてもらったからな。もっとも、大きさは段違いだし、観客席スペースもほぼオミットしてあるが」

 師匠はお爺さんが俺と同じ日本から来た外来人で、そのお爺さんの固有権能ギフトのおかげで幼少時から日本の書物(おもにマンガとか小説とからしいけど)に頻繁に触れる機会があったらしく、こういう話が通じるのが楽だ。

 折角なので内部見学とかもしたいところだけれど、今はまずユランさんとテーバイ様の手合わせに意識を集中しないとな。

 一応は試合形式をとるということで、今ふたりとも簡単な訓練用防具を装備しているところだ。


 「師匠、あの防具の素材ってもしかして大型甲虫ラージビートルですか?」

 前に素材集めのクエスト受けて近くの森に行った時、あの黒光りする甲殻は見かけた記憶がある。最初は巨大ゴキブリかと思ってビビったけど、よく見るとカブトムシ……というかカナブンを黒くして、体長30センチくらいにまで育てたような生物だった。

 アレの前羽はそれなりの大きさと堅さはあるけど、簡単にペコペコ凹むから、鎧や盾にはあまり向かないって聞いてるけど……。

 「正解。大型甲虫の殻を簡易加工して、中に衝撃吸収用のゲル材が詰めてある」

 真剣相手ではやや強度不足でも、練習用の木製武器程度ならかなりの防御力を発揮するらしい。

 「軽くてコスパもそこそこ、さらに自己修復加工もしやすいと、練習用・初心者用防具としては破格の性能に仕上がってるぞ」

 「特許出願中……ってのはまぁ、冗談だがな」とカンラカンラと笑う師匠。

 この修練場の施設はこ以外にも、そういう備品や薬品類も師匠やフェイアさんの手が入っているんだとか。

 「軍用施設だからコレ自体は民生品とは言い難いけど、おんなじような仕組みの軽装鎧については、ドムくん、市場に流してるよね」

 フェイア様が教えてくれる。

 「いや、まぁ、こういう再現容易な技術は、独占するより広めた方が益がありますし」

 「それでも、初期の内は独占したらそれなり以上の利益が出やすのに、大将はホント欲がないでやんすねぇ」

 少し離れて防具を付けていたユランさんが近づいて話しかけてきた。

 「別に今更その程度の金にガツガツしてもな……っと、ユランの方はそれで準備はいいのか?」

 見れば、ユランさんは胴体というか胸の前部と腰の周りを守る程度にしか防具をつけていない。兜も工事現場の作業員がつけてるようなキャップ型の簡易なものだ。

注文製作品オーダーメイドでないと、下手にフィットしない重装備なんか付けても動きづらいだけでやんす」

 「然り然り。少年よ、確かに己が命を守る鎧兜は軽視してはならぬ。されど、それに頼りすぎるのもまた、己の成長の可能性にとって阻害要因にしかなりませぬぞ」

 テーバイ様も用意できたのか、こちらに来てそんなアドバイスをくれた。

 「あ、はい、肝に銘じます」

 まぁ、俺はフルプレート着て戦場に出る騎士とかじゃないし、そんな重装備になることもないだろうけれど……って、これフラグじゃないよな?


 「おぉ、ふたりとも用意できたようじゃの。なら、始めんが!」

 王様の指示に従い、修練場の真ん中近くに進み出るユランさんとテーバイ様。

 ふたりはおおよそ3メートルほど離れて対峙し、ぺこりと一礼してから互いに構えをとった。


 ユランさんは、左半身ひだりはんみになって左手に持った円形盾ラウンドシールドを顎の前に突き出し、右手の片手剣は腰から胸のあたりで軽く揺らして相手のどんな動きにも即応できるようにした、わかりやすい堅守の姿勢だ。

 魔術師としての師匠の護衛役として生み出された(そしてその役目を7年にわたり全うしてきた)だけあって、待ちに徹しているときのユランさんの守りは、某格闘ゲームの米国軍人並に鉄壁だろう。

 しかも、防御重視だからといって、こっちから積極的に攻めなければ大丈夫かというとそうでもなく、逆に少しでもこちらの体勢が甘いと容赦なくその隙を突いて有効打を繰り出してくる。

 剣道二段で、中学時代には市大会で準優勝した経験もあったから、実戦はともかく試合形式なら多少は自信があった俺も、じつは未だユランさんからまともに一本とったことはない。

 ──というか、本業が魔術師の師匠にすら全敗(もちろん、魔法抜きの純粋な武器格闘で、だ)なんだから、当たり前かもしれないけれど。

 師匠は「俺の格闘戦の腕前は、このロムルスではせいぜい中の上レベルだぞ」って言ってたけど、それが本当だとしたら、どれだけ修羅の国なの、此処!?

 もっとも、この国っていうかこの大陸自体が戦乱続きで、ゲーム風に言うと、武器戦闘そっち方面にパラメーター極振りしてるってことは聞いている。その分、文化的な面や魔法技術その他についてはほかの2大陸に大きく遅れをとっているらしい。


 ……っと、話が逸れた。

 で、そんなユランさんと対峙しているテーバイ様は、こちらは標準的な長さと大きさの長剣ロングソード……を模した木剣を両手で持ち、剣道や剣術で言う正眼──剣先を目の前の高さに合わせたオーソドックスな形に構えている。

 いや、人並み外れた体格のテーバイ様だから“標準的”に見えてるけど、本来アレは大剣グレートソードに分類されてもいいサイズだな。

 ユランさんが右手に持ってる小剣ショートソード以上長剣未満の中剣ミドルソードとでも呼ぶべき武器とは、刃渡りが倍近く違うぞ。

 しかし、テーバイ様には微塵も侮る気配はない。

 「ほほぅ、練習試合といえど隙がない。さすがは“竜骨衛者ボーンアイギス”の筆頭殿ですな」


 えっ、何それ? ユランさんたち竜牙兵チームは“愉快なホネホネ団”とか呼ばれてるんじゃあ……。

 「シュートさん、主様はかつてこの国を内乱から救った英傑のひとりで、現在の王宮の幹部ブレーン。そして、わたくし共もそのそばにずっと付き従って戦ってきましたのよ? そんな相手を、少なくともこの国の一般人の方々が気安く呼べると思いまして?」

 い、言われてみれば、確かにエルシアさんの言う通りかも。

 「いやぁ、そんなカッコイイ字名で呼ばれると照れるでやんすねぇ。あっしは、グラジオン時代からの“ホネホネ団”の呼び名も嫌いじゃないんスが」

 ゆ、ユランさぁん……。

 気の抜けた声に、一瞬脱力しそうになるが、よく見れば当の女剣士ほんにんには油断も気の緩みもカケラほども見当たらない。


 「ふっ、そのトボケた態度も、擬態とわかっておるそれがしには通用しませんぞ!」

 「えっ? こいつぁ、地でやんすよ?」

 ああ、うん。確かに、ユランさんのアレはまごうことなく天然だよな。

 と、高まった緊張感が一瞬にして霧散した瞬間を狙って、テーバイ様が、その巨体からは想像もつかないほどのスピードで突進をしかけた!


 身長190センチ強、体重は100キロを超えるだろう鍛え上げられたモヒカン頭の巨漢が、鋭い剣さばきとともに迫る様子は、少し離れた位置に立つ俺から見ても圧巻の一言に尽きる。

 正直、対峙しているのが自分なら、あっけなくギブアップするか、ちょっぴり小便漏らすかしてるかもしれない。

 距離を詰めたと同時に、息つく暇もない連続攻撃がユランさんに襲い掛かる。


 突進の勢いを殺さぬままの中段への突き。

 それがかわされることを込みで、強引に突進の慣性を殺しつつ、すかさず振り向きざまの横薙ぎ。

 返す刀(いや、木剣だけど)での三連続横斬りと、いきなり軌道を変えての下段突き。

 そのまま、かわしづらい足元からの腹部に向けての切り上げ。


 いくら手にしているのが木製の剣だとはいえ、テーバイ様の膂力と技量で振るわれるそれが一撃でもまともに当たったら、人間どころか下手なモンスターでも一発で再起不能になるだろうことは想像に難くない。


 なのに──ユランさんは、それを涼しい顔でさばき続けていた。


 突進からの突きへは余裕を持ったサイトステップによる回避を。

 剣道の“胴”に相当する左右の横切りは、巧みに上体を逸らすことでかわし続け、下段突きが来た時には、すでにその場から一歩引いている。

 下方からの切り上げも左手の盾でうまく受け流しているので、実質的なダメージは0だろう。


 「ふんむ……彼奴あやつ、いつもより動きがよくなかと?」

 「そりゃ、戦場では俺の前に出て護衛してくれてるからな。後ろに庇う相手がいなけりゃ、そのぶん自由に動けるだろうさ」

 王様と師匠の会話は、俺にも納得がいくものだった。


 「大将直近の“盾”として、そういう納得され方は、少々不本意なんでやんすが……」

 こちらのやりとりが聞こえていたのか、テーバイ様の剣を危なげなく防ぎつつも、珍しくユランさんが不満の声を漏らした。

 「主たる王を我が身に代えても守る騎士としては同感ですな。それに、お相手をしているそれがしとしては、実際にスピードとパワーは以前より増しているように感じますぞ」

 こちらも間断なく攻める手を休めないまま、テーバイ様もそんな言葉を口に出した。

 「おっと、こりゃ失敬。ユラン、別段お前さん達に守ってもらってるコトに引け目を感じてるワケじゃないんだ。

 それとテーバイ、それが本当なら、もう一段ギアを上げて、本気出してもらっても構わんぞ」

 「おぉ!」

 師匠の言葉に、歓喜の表情を浮かべるテーバイ様。

 「では、お言葉に甘えて、手加減は無しで」


 その瞬間、冗談抜きでテーバイ様の剣速が数段速くなった。

 剣道少年崩れの見習い剣士として、俺も多少は動体視力には自信がある方だし、現にさっきまではふたりの動きくらいは目で追えていた(対戦して無事かというとまた別問題だけど)のに、今度はテーバイさまの剣撃のほとんどが視認できない。

 せいぜい剣を振り終わったあとの残心の姿勢から、「あ、今、袈裟懸けに切りつけたのか」とかわかるくらい。それすら、ほんの一瞬だ。

 「こ、これは……さすがにキビしーでやんすね~」

 言葉はいつものゆるい調子ながら、ユランさんの顔に余裕はなく、冷や汗を浮かべている。

 先ほどまでの回避スウェー反撃カウンターがメインの組み立てから、盾と剣の両方を駆使した受け流し《パリィ》と受け止め《ブロッキング》によるガード重視の戦法をとらざるを得ないようだ。

 そして、体重とリーチに差がある相手に対する防御ガードは完全にダメージを殺しきるには至らず、少しずつダメージが蓄積されていく。

 いや、そのはずなんだけど……。


 「──ここまで、ですな」

 大上段から振り下ろされた一撃を盾で受けたものの、その勢いを殺しきれずユランさんが一瞬よろめいたところで、テーバイ様は追撃せずに剣を引いた。

 「くぅ、御見それしやした」

 「なんの。剣技を使わぬ素の模擬戦でそれがしの本気にここまでくらいついてくる者は、我が剣の軍団にも片手で足りるほどですぞ。それがしのほうが、ユラン殿の技量を見くびっておりました。申し訳ない」

 互いに離れてペコリと一礼して、それでこの立ち合いは終わりとなったようだ。


 「あれ? えっと……」

 「まぁ、そうなるよな」

 理解が追いつかずに師匠の顔を見ると、苦笑が浮かんでいた。

 「師匠?」

 「ユランの体勢が崩れた瞬間、テーバイが剣を引かなければ、普通ならそのままテーバイの勝ちが決まってたってのは、わかるよな?」

 「ええ、まぁ」

 説明してもらってるところに王様も口をはさんできた。

 「じゃけんど、ユランの目的はテーバイに勝つことじゃのうて攻撃を防ぎきることだがよ──後ろにいる誰かさんを守ると仮定しての」

 !

 「その意味では、あいつは完全に守り切ったわけでないにせよ、魔術師が詠唱するのに十分な時間を稼いだし、テーバイも速攻で倒しきれなかった。戦術的勝利で目標達成ってところかね」

 そうか──この試合って、ユランさんたちが人の姿になっても師匠の護衛としてふさわしい実力を持ってるのか見極めるためだっけ。


 「まぁ、こいが実戦ほんばんなら、剣技なり裏技きたないてなりも使うけぇ、一概には判断できんがの」

 「抜かせ。それを言ったら、ユランにも俺が魔法で支援飛ばすだろうが」

 師匠と王様が、笑ってコツンと拳をぶつけ合いながら、互いの護衛役を持ちあげている。


 「やぁ~、完敗一歩、いや半歩手前ってトコでやすねぇ」

 一方、負けた本人の方は、そのあたりにこだわりはないみたいだ。

 「うむ、それがしの勝ちは勝ち。なれど、ユラン殿が魔道具技術顧問……いや、杖の軍団長の直衛にふさわしい人材であることは、それがしが保証いたしましょう」

 テーバイ様のほうも、暴れ足りたのか、すがすがしい顔しちゃってるし。


 ──と、ここでまとまれば「イイ話ダナー」で終わってたのに……。


 「くっ……お姉様が認めている以上、負けは負けですわね。ならば、わたくしがカタキをお取りしますわ!」

 エルシアさんが、悔しそうにそう宣言したものだから、また面倒なことになった。

 「おお、エルシア殿は確か極大戦槌ジャイアントモール使いでしたな。うむ、技に秀でたユラン殿とは、また異なる戦い方ができそうですし、ぜひ……」

 「あ、こら、待てテーバイ。次はおいの番じゃろが」

 いや、防御主体の剣士のユランさんと違って、エルシアさんが使う戦槌って、こないだの蜥蜴くらい一撃で撲殺できそうな凶悪な代物なんですよ? 模擬戦とは言え、それで一国の王様と戦うのって、マズくないですか?

 「心配なか。ここには、練習用の武器が揃っちょる」

 あ、そういえば、そうか。それならエルシアさんも自重して……って、なんじゃそりゃあ!

 「わたくしが愛用しているのとさほど変わらない大きさと重さの木製モールが備えてあるとは、さすがは王宮直下の修練場ですわね」

 いやいやいや、いくら木製とは言え、丸太みたいなそんなゴッツイ鈍器で殴られたら、人どころか吸血鬼だって死にますって!

 「ですが、それはあちらも同じことでしょう」

 エルシアさんの指さす方では、武器と言うより“幅50センチ長さ2メートルの分厚い木の板に取っ手がついたもの”と表現した方がよさそうな巨大な木剣(?)を手にとった王様が、軽々と素振りしてるし。


 「フェイアさまぁ……」

 この場でもっとも常識人であろう女性にすがるような視線を投げてみたが、彼女も苦笑するばかり。

 「あきらめたほうがいーよ、シューくん。サッくん、ここんところドムくん関連の案件で勘定役きんこばんの廷臣たちからつつかれて、いろいろストレス溜めてたみたいだし」

 「ま、幸い、俺とフェイアの姐さんが揃ってるから、多少のケガくらいは魔術と薬で治療できるからな」

 いや、ケガで済めばいいですけど、頭蓋骨陥没のうえ脳挫傷とかいう大惨事になっても、おふた方の魔法で治せるんですか? そもそも手元が誤って即死したら?


 「「…………」」


 目を見合わせたふたりのこめかみにタラリとひと筋の汗が流れていることを、俺は見逃さなかった。


 「ま、まぁ、エルシアもファング&トゥースの副長なんだ。さすがにその辺は心得てるさ──それはそれとして、サトゥマの防具を念のため付与魔術で強化しとくか」

 「そ、そうだよ。エルちゃんは理性的でキチンと道理のわかったよい子だもん──えーと、部屋に戻れば万能霊薬エリクサーの取り置きがまた2、3個あったはずだし……」


 これはもう、ダメかもしれんね。



追記.

 結局、王様vsエルシアさんの模擬戦は、10分にもわたる激戦ののち、エルシアさんのスタミナ切れでTKOとなった。剣圧による多少のかすり傷を除いて、ふたりとも奇跡的に負傷しなかったのはよかったけど、正直心臓に悪いので、今後は絶対に止めて欲しい。

 「悔しい……次こそリベンジですわ!」

 いやマジで。フリじゃないから!

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