08.ドーモ、フシアナ=サン
「ところで、会った時から気になってはいたのですが、ユランさんたちの外見って、エンケレイス師の個人的嗜好シュミなのでしょうか?」
茶飲み話(ただし王族含む)でのラティア妃のストレートな質問に、ドムスは「またか」と若干うんざりしたような顔をしながら答えた。
「ンなわけないだろ。組んだ術式の関係で、偶然こいつら自身の願望や本性が容姿に反映されただけだって」
「うむ……けんど、ユランが顔ば、
「おお、そう言われてみれば、確かに!」
サトゥマとテーバイの主従コンビがのんきにそんな言葉を漏らした途端、それまで終始穏やかな雰囲気を保っていたチェリオ妃がピクッと口元を引きつらせ、
「あ・な・た、まさかと思いますが、それ本気でおっしゃってますの?」
「お!? お、おぉ、こげなことで嘘ばつかんが……チェリー、何、はらこうちょるんぞ?」
「姉上が立腹なさるのも当然です。あまり面識がないであろうエンケレイス師はともかく、会う機会の多いテーバイ殿や、ましてサトゥマ様がわからないなんて……」
チェリオ妃ほどではないが、ラティア妃もご機嫌斜めなようだった。
「ま、まさか3人とも気づいてなかったの!? ボクはてっきり、分かってて、ああいうやりとりしてると思ってたよ」
フェイアも、呆れたように「やれやれ」と肩をすくめている。
「その言い方だと、俺たち3人とも、ユランによく似たその人物を知ってるんだよな? それでもって接触頻度は俺<テーバイ<サトゥマだと」
ちょいちょいと手招きしてユランを呼び寄せたドムスは、間近から彼女の顔をためつすがめつしていたが、「んんっ!?」と何かに気付いたようだった。
「何かわかりましたかな?」
「ああ、うん。これは確かに俺たちの目が節穴だったわ。ふたりとも、ユランの髪をもっと黄色味の薄い銀髪に近い色合いに変えたうえで、お尻までの長さにしたところを想像してみろ」
サトゥマとテーバイのふたりに顔をよく見せるようユランに指示するドムス。
「そのうえで、瞳の色が緑じゃなく青で、やや垂れ目気味な女に、ヒラヒラしたドレスを着せてみたら……」
「「!」」
ようやくそのイメージに心あたりがあったのか、サトゥマたちの顔が引きつった。
「で、誰なんですか、ユランさん似の女性って?」
ひとり蚊帳の外状態のシュートが疑問を投げかけると……。
「──我の……」
サトゥマが重々しく口を開く。
「あのぅ……王様?」
「我の、二番目の娘じゃ」
「え? え!? ええぇーーッ!!」
* * *
現ロムルス国王サトゥマには、ふたりの妃との間に二男二女、合計の4人の子供がいる。
息子ふたりはチェリオが、娘ふたりはラティアが産んだ子で、上から第一王子(18歳)、第一王女(17歳)、第二王女(15歳)、第二王子(10歳)の順だ。
ちなみに、第二妃であるラティアが異様に若く見えるのは母方の祖母であるエルフの血が色濃く出た結果で、実際は姉のチェリオと2歳しか違わない──まぁ、その姉からして、実年齢アラフォーとは思えない若さと美しさを保っているわけだが。
第一王子のタキトゥスは、父があの武骨なサトゥマとは思えないほどの爽やか系イケメンで、どちらかと言うと文治肌だが、武術や戦術に関しても十分(サイデル基準で)一流の域に達している優等生だ。
2年前に立太子の儀も済ませた、名実ともに第一王位継承者だが、現在は“修行”の一環として、北の大地に赴任して開拓兵とんでんへいの指揮官をしている。
第一王女のレイアは、優しげでありながら凛と筋の通ったところもある、大多数の人々がイメージする“高貴な姫君”を体現したような美少女だ。
しかも、ただのお飾り姫ではなく、各種教養や王族として必要な政治学への理解も深いうえ、フェイアから魔術も習っており、母親同様かなりの才覚を示している。その穏和な性格柄、剣術などの武術関連はさほど得意ではないが、唯一弓術に関しては、弓の軍団長が手放しで褒めるほどの腕前に達している。
末っ子にあたる第二王子アケロンは、まだまだ子供ながら、武芸全般に高い才能が見受けられる麒麟児だ。ただし、机の上での勉強は苦手な様子で、「ある意味、サトゥマの小さい頃に一番似ている」と評される腕白小僧と言えるだろう。
そして問題の第二王女のユーロピアなのだが……。
「身内だけのこの場だから率直に言うが、“可もなく不可もない平凡なお姫様”ってのが、正直な俺の評価だな。異議はあるか、サトゥマ?」
「むぅ、流石に何かほかに言いようあるが?」
不服そうだが激怒したりはしてないところからして、内心では父親たるサトゥマもソレを認めざるを得ないようだ。
「師匠、まがりなりにも主君の姫君にその評価は……。何がしか長所はあるでしょう?」
無頼肌の師より10歳も若いのに気配りのできるシュートは、空気を読む日本人の鑑と言うべきか。
「ユーロピア姫の美点か。ふむ……今のユランに似ているということから想像はつくだろうが、とりあえず
15歳ということで、外見年齢が18歳前後に見えるユランよりは多少幼さが残っているものの、その分、あどけない可愛らしさや、よくも悪くも無垢な印象では、ユーロピアの方が勝る。
「大将は、以前もそんなことおっしゃってやしたなぁ。あっしの知る限りでは、大将がこの国に来て以来、手放しで容姿を称賛された唯一の女性があの姫さんでやんすよ」
まぁ、だから折角なんであっしも“人”の姿になる際に参考にさせていただいたワケでやすが、と事情をブッチャケるユラン。
「え!? いやいや、そんなこたぁねーだろ。いくら俺が朴念仁だからって、美人のことは美人だと素直に認めてるはずだし」
さすがに親友の娘によからぬ想いを寄せてるなどと勘繰られてはたまらないので、反論するドムスだったが……。
「あ、でもわかる気がします。師匠って、器より中身って言うか、外見より内面のことを褒めることが多いですよね」
内弟子1号たるシュートが、あっさりユランの言葉に同調する。
「うん、確かに、ドムくんって、そーゆーとこあるよね。見た目にあまり頓着しないって言うか」
「私たちも7年以上のおつきあいですけど、ドムスさんの口から容姿や服装を褒められた覚えはありませんわ」
「
「一応、胸は大きめな方が好みだとかヌかしておったようですが、顔についての言及は、それがしも記憶にありませんな」
シュートの“証言”を皮切りに、この場にいる面々から言葉によるフルボッコである。
「そんなエンケレイス師が、わざわざピアの容姿を褒めてくださったということは、よほどあの子が師の美的感覚にマッチしていたか……」
ラティアが言い淀んだ続きをサトゥマが引き取る。
「ほかにほめるトコがなかった、っちゅうことかの」
この場にいない本人の名誉のために付け加えておくと、ユーロピア王女は、決して暗愚でも、驕慢でも、貪欲でも、狭量でもない。そういった“悪い貴族”をイメージした際に思い浮かぶであろう諸々の欠点とは無縁と言ってよい人材だ。
しかしながら、では、その長所は何かと問われると、これまた適切な答えを見つくろうのが難しい。
帝王学・政治学を含めた勉学や教養も、ロムルス王族のたしなみである
趣味は城の花壇の手入れ。それだけ聞くと“丹精込めて薔薇園の世話をする美姫”という絵になる光景が思い浮かぶが、実態はそれを口実に庭園に出て日向ぼっこ&居眠りするのが密かな楽しみという、誠にコメントに困る姫君だった。
強いて挙げるなら、「控えめで出しゃばらず、性格的には
「だからって、自分の実の娘や、姪っ子も同然の女の子の顔を忘れるなんて、サッくんもテーくんも、ダメダメだよっ!」
腰に手を当ててプンスカ怒っているフェイア──しかし、その口ぶりだとユーロピアに取り柄がないということを暗に認めていてることになるのだが、よいのだろうか。
「いや、似てるっちゅうても、ピアとはだいぶちごうとるが?」
「そう、そうですぞ! ユーロピア姫とユラン殿は、髪や目の色も異なりますし、背丈や身ごなしからくる第一印象がまったく違いますからな」
父親/叔父貴分・失格の烙印を押されまいと、名ざしされたふたりは懸命に反論する。
「いやぁ、さすがに姫さんそのままだと、色々と
肩をすくめて補足説明するユラン。確かに、同じような顔をした美人であっても、ユランからは一流の武人としての確たる覇気と存在感が感じられるため、のほほんとしたユーロピアとは雰囲気がまるで真逆だ。三下口調で腰が低くとも、そのあたりはまがりなりにも一部隊を統括する
「ちなみにわたくしは、立派な
エルシアが、作法に則った優雅な仕草で腰をかがめ、チェリオに向かって謝罪する。
「あの……すみません、わたしは、ラティア様がイメージの基にあったかもしれません」
姉の“懺悔”に触発されたのか、おずおずと手を上げるのはF&T《ファング&トゥース》の末妹格のベロッサだ。
実の姉妹とも見紛うユランとユーロピアほどではないにせよ、よく見てみれば、エルシアの口調や物腰には確かにチェリオ妃の面影が見受けられたし、ベロッサは全体的な雰囲気も含めてラティアの遠縁の親族と言えば通用しそうだ。
「いえ、構いませんよ。わたくしなんかを手本モデルにされるというのは少々くすぐったいですが、悪い気はしませんし」
「なんだか歳の離れた妹か、娘がもうひとりできたような気分ですね♪」
このふたりの告白については、チェリオもラティアも寛大な反応を示してくれた。
実はこのふたり、5年前の騒動時に最前線に出張るドムスが念のためにガードとして残し、王太子妃(当時)たちの護衛につけられることが多かったため、チェリオやラティアとそれなりに面識がある──と言っても、当時のエルシアとベロッサは
その時に垣間見たチェリオたちの淑女らしい凛とした優雅な挙措の印象が強く、昨夜の術式による人化の際、彼女たちの潜在意識に幾許かの影響を与えた結果が、今のエルシアとベロッサの姿なのだろう。
「こうなると、あっしも姫さんご本人に謝罪した方がよろしいんでやんすかねぇ」
“妹”たちと王妃たちのやりとりを見て、困惑げに頭をかくユラン。
「よか。我が許す。そいどん、我からヌシに頼み事ばすることがあるかもしれん」
「はぁ、ほかならぬ王様の頼みでしたら、大将を通していただければ、極力受けさせていただきやすが……」
逆にいえば、主であるドムスが納得してない
「しよがなか。まぁ、そげなこつばする必要ないんが一番じゃがのぅ」
いつもスパッと物を言うサトゥマにしては珍しく言葉を濁している。何か懸念があるのだろうか?
なんとなく場の空気に冷めたものが混じってしまったため、エンケレイス一門とロムルス王夫妻合同の晩餐会(というほど大層なものでもないが)は、そこでお開きとなった。
* * *
「そうそう、ドムくん。ボクもつきあってあげるから、明日一日空けておくように」
城門を出て、各自の家に帰るという段になって、ドムスはフェイアに呼び止められ、そんなことを言われる。
「? 何か用があるのか、フェイアの姐さん?」
「だってユーちゃんたちの服とか諸々買いに行かないとダメでしょう? 女の子が着の身着のままってのはありえないし、それ以外にも色々と買い揃えたいモノはあるんだろうし」
ニッコリと実に楽しそうに微笑むフェイアの表情が、口にした建前の影に別の本音を隠していると如実に物語っている。
「──もしかして、姐さん、フェイアたちを等身大着せ替え人形にして思い切り楽しみたいとか思ってないよな?」
「ぎっくーん! そそそそ、そんなことあるワケ……」
「ないのか?」
「まあ、ちょっとはあるかも」
公人としてはともかく、私人としては限りなく自らの
「俺は、明日は残るふたり──ユーディットとオリドロスの調製をしてやらないといけないからなぁ。シュート、明日は俺の代わりに姐さんに同行してくれ」
大半の男にとっての鬼門であろう“女性の買い物(それも服中心)につきあう”という
「え!? お、俺がですか? いや、俺も明日はギルドに行って何か仕事を請けようかと思ってたんですけど……」
無論、シュートだって、いくら6人の(少なくとも外見は)見目麗しい女性が一緒とは言え、その人数の買い物に半日、下手したら丸一日つきあうなんて苦行は、できれば勘弁願いたい。
「ああ、だったら問題ないぞ。俺の方から“Cランク冒険者のシュート・シーマンズ指名での運搬依頼”を、ギルドに申請しておいてやるから。どうか心置きなく明日は荷物持ちに励んでくれ」
確かに冒険者ギルドに個人指名の依頼が入ること自体は、さほどおかしなことではないが……。
「お、大人って汚い!」
「シュート」
妙にやさしい笑顔を浮かべて、弟子の両肩に手を置くドムス。
「──大人になるって悲しいことなんだ」
「こういう場面でその言葉は聞きたくないですよォーーー!」
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