23.事件(イベント)は会議室で起きるわけじゃない(起きないとは言っていない)
シュート一行が、初日に引き続き翌日も人造ダンジョンで楽しい(?)
ロムルス王宮外郭部の中でも主に各軍団の軍事施設が立ち並ぶエリアの一画で、3名の人物が密談めいた話し合いを行っていた──もっとも一応“会議中”であることは部下には明かしているため、あまり本気で隠蔽するつもりはないようだが。
「いよいよ今日から“杖”が本格的に始動するようだが、様子はどうかね?」
50歳前後で、平均寿命がやや短いこの大陸では“初老”と言ってもよい年齢の実直そうな銀髪の男性が、まずは口火を切る。
ドムスやテーバイ程ではないがそれなりに長身で、
比較的王都に近い場所に領地を持つ伯爵であり、さらに言うとロムルスの前身となる神聖レムス帝国の頃からの名家の当主でもある。
伝統や血統などを重んじる、いわゆる“保守派”の人間にとっては、非常にわかりやすい旗頭だと言えるだろう。
当然、“改革派”、“革新派”の先鋒ともいえるドムスら一派とは、あまり仲が良くない……と見なされているのだが。
「そうねぇ、人事や作業効率の面ではいくつか細かい
彼の疑問に答えるのは、ストロベリーブロンドの髪とミルク色の肌という、この大陸では非常に珍しい色合いを持った女性だ。
背は高からず低からず女性の平均程度といったところだが、胸と腰つきは豊満で、男性の目を惹きつけずにはいられない。顔立ちもかなり整っているのだが……そちらはなぜかあまり印象に残らない。
さらに言えば年齢も判別しづらく、二十代半ばのようにも40歳近くのようにも見えると言えば見える──もっとも、変装の名手である“彼女”の場合、そもそもコレが素顔とも限らないのだが。
「初日から大きな問題続出なんてヘマするほど、“彼”も
「そうか……」
女性──“刀子”の軍団の長であり、ロムルス国内の
「あぁら、保守派の首魁のシェヴァート伯としては、“彼”が失敗してくれた方が嬉しいのではなくて?」
意地悪く口元を歪めたカスミの揶揄に、どう返そうかと一瞬戸惑ったシュタイゲンだったが、その前にもうひとりの人物が口を開く。
「……“刀子”の、“槍”のに向かって悪趣味な挑発はやめよ。今更、我々のあいだでそのような問答は無意味だ」
低く錆びた声の持ち主は、パッと見はシュタイゲンと同年代か何歳か下くらいだろうか。
濃い茶色の髪と黒い瞳、浅黒い肌という色彩は、サイデル大陸では最も多い組み合わせだが、特徴的なのはその体格だろう。
背丈こそ、シュタイゲンはおろかカスミにさえ劣るほど低いが、骨太かつ筋肉の総量はドムスと比べてすら大差がないほどの
この大陸では比較的珍しい、“ドワーフ”と呼ばれる
「もぉお、“盾”の長ってば、真面目なんだからぁ。ちょっとした挨拶代わりのジョークよん♪」
「茶会や宴の場ならまだしも、この場では無用。疾く、本題に移れ」
他の軍団長や宰相、下手すれば国王すら苦手とするこの
「……はぁい。と言っても、まだ発足2日目だから、ホントに大したことはないのよ?」
「では、“刀子”の長としての貴殿の目から見て予想しうる“杖”の問題点は何だ?」
シュタイゲンの問い掛けは、何とか敵対派閥の弱みを探そうという意図のもとに為されたもの──ではない。むしろその逆で、何か不測の事態があれば、陰ながらにフォローしようという含みがあってのものだ。
考えてもみてほしい。
いかに、6軍団長のうち3人が賛成に回り、また国王もそれを後押ししたとは言え、厄介な保守派閥の首魁と目されるシュタイゲンが本気でそれを妨害しようとしたのなら、僅か5年……いや、本格的に素案が提出されてから2年半あまりで新たな軍団が立ち上がることなど不可能だったに違いない。
そう。表向きの立場や感情的な拘泥はともかく、ドムスの能力と人格、そして彼が始動させた“杖の軍団”という魔法戦力の必要性については、貴族の重鎮シェヴァート伯としても“槍”の軍団長としても、シュタイゲンはしっかり認めているのだ。
ならば何故にドムスたちと対立する立場に身を置いているのかと言えば、深い考えもなく反射的に“反対のための反対”を口にし、それだけならまだしも事あるごとに妨害・敵対に回るであろう反ドムス派貴族たちを自らの勢力下において監視&それとなくコントロールするためだった。
──一応断っておくと、シュタイゲン個人としては、幼少時から刷り込まれた“教育”の影響もあって、魔術師や
だが、
むしろ、その程度の
ただし……。
「当面の問題は人手不足だけど、最初のひと月くらいを乗りきればドムスくんなら何とかするでしょ。それより厄介なのは“騎馬”の坊やの妨害かしら」
「“槍”の、そちらはどうにかならぬのか?」
「──面目ない。それとなく言い含めてはいるのだがな」
その
ロムルス王国を支える七軍団のなかで“騎馬”の軍団は、新設された“杖”についで歴史の浅い組織だ。他の五軍団は建国当初から存在しているのに対し、“騎馬”は先代国王ジーゲントがサトゥマに譲位する10年程前に立ち上げたので、設立からおおよそ20年弱といったところか。
現在の軍団長は2代目にあたるリオン・ゴルミニアード。法衣貴族で子爵の位を持つ28歳の青年だ(付け加えると前述の通りシュタイゲンの甥でもある)。
ゴルミニアード家も、シェヴァート家ほどではないがロムルス建国以前からの名家であり、代々騎士を輩出する武門の家柄だった。
リオンは、武門の跡取りに相応しい武術の腕前と勇敢さを備え、武骨なロムルス武人にしては比較的弁が立ち、さらに外見も「これぞ貴公子!」と言わんばかりの爽やかな雰囲気の
──が、辛辣な言い方をすれば、それ“だけ”だ。
幼少時からの訓練を経て、槍や騎馬の扱いに関しては騎士として充分熟達してはいるが、一流と言えるかは微妙なレベルかつ実戦経験にも乏しい。
模擬戦などで数騎を率いての突撃では目覚ましい意欲を見せるものの、軍団長本来の職務である大規模な軍の指揮については、参謀役の補佐があってもかろうじで及第点と言える程度。
一応書類仕事もやってはいるようだが、それも軍団長としての最小限で、大半は部下に丸投げし、余った時間は“軍団長の務め”と称し、部下の中のお気に入り連中と(なれ合いともいえる)組手稽古や、新人への(合理性に乏しい)“
これが自分の息子なら、シュタイゲンも容赦なくロムルス軍人にふさわしくなるまでリオンを叩きのめしてでも更生させただろう。
しかし、相手は“甥”、つまり嫁いだ妹の息子であるためシェヴァート家ではなく他家の人間で、しかもすでに成人して当主の座と軍団長の地位を受け継いでいるので、二重の意味で過剰な口出しは出来ない。
先代軍団長にしてリオンの父たる人物は、決して悪辣でも暗愚ではなかったが、押しが弱いというか身内に甘く、また恐妻家でシュタイゲンの妹である妻の主張に流されがちだった。
そして、その妻ヴィレオは──美人で気が強いのはまだしも、独善的かつプライドが高くヒステリック、その反面、子供にはダダ甘という「貴族の駄目な奥方」を絵に描いたような女性だったのだ。
兄たるシュタイゲンの前では猫をかぶって「楚々たる令嬢」を装っていたので、彼も騙されていた(だからこそ盟友たる先代騎馬軍団長に、よかれと思って嫁がせた)のだが、後に実情を知って先代に対して非常に申し訳なく思ったものの、すでに後の祭りである。
ともあれ、他称「
「ふぅむ。そもそも“杖”の
カスミがもたらした情報を基に、3人で善後策を話し合いながら、ふと“盾”の長が呟く。
「それはまぁ、
間髪を入れず“刀子”の軍団長……というより、
「
「──だからこそ、自分が重要視しているソレを歯牙にもかけない
その気持ちは、いくらかはシュタイゲンにも共感できるものだ。
名門を自負する貴族にとっては、チャンドラが最初に挙げた4つを軽視することなど考えられないし、だからこそ、それらを持つ者には相応に敬意を払う。
逆にソレを持たないにも関わらず、平然と土足で
しかし、今のこの
無論、理屈はわかる。そもそもがロムルス王国自体、たかだが50年ほどの歴史しか持たない新興国なのに、
故に、シュタイゲンは大領地を持つ伯爵としても、“槍”の軍団長としても、身を粉にして働いてきた。「高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)」などと口はばったいことを言うつもりはないが、平民から尊敬をされて然るべき、成果は上げてきたと思う。
また、確たる家柄や身分は低くとも、高い能力と意欲を持ち、それらにふさわしい働きを示した(あるいは示せる)者に、相応の役職と報酬を与えることについても異議はない。
だがそれでも! 自らの価値観の一方の柱である“貴族たる誇り”を路傍の石の如く扱う人間に対し、こちらも好意的になれないのは仕方のないことだろう。
(まぁ、リオンめは、それ以上に
世界の3つの大陸を股に掛けて冒険してきたA級冒険者で単独でドラゴンを撃破することも容易な実力を持ち、同時にこの大陸では希少な魔術師としても魔道具製作者としても一流。
この国では忌避されがちな魔術師で、言動もお世辞にも上品とは言えないのに、不思議と(貴族の半数程も含め)嫌われてはいない──むしろ人気がある。
7年前の内乱での現国王側の勝利の立役者のひとりで、実質的近衛である“剣”の軍団長テーバイが右腕だとすれば、左腕に相当する信頼をサトゥマ王から受け、かつそれにキッチリ応えて成果を出している。
本人は否定しているが、少なくともロムルスの国政に関わる者の目から見れば、ドムスはまぎれもなく「英雄」「英傑」と呼ぶべき人材だった。
その彼より1歳年長で、子爵にして軍団長という身分・役職を持ちながら、これといった成果(とそれに伴う名声)を得られていない自分に対して、おそらくリオンは内心で引け目を感じているのだろう。
と同時に、「自分が他国から流れて来た平民の魔術師ふぜいに劣等感を感じ、嫉妬している」という事実自体を認められず、そのネガティブな感情をドムスへの嫌悪と憎悪にすり替えているのだ。
「言っちゃ悪いけど、ドムスくんは別格よぉ。相応の才能があって、それを磨く環境と苦境があって、折れず曲がらずへこたれずに努力を続ける根性を持ってて──さらに、それでもどうしようもない
「本人は否定するだろうけどね♪」とおどけてみせるカスミ。
「うむ。本人の主観がどうあれ、客観的にはあの坊主はこの国では
「
「そう割れきれなかったのだろうな、
甥の心情を
各自三様の結論を出した後、気持ちを切り替え、“杖の軍団”に関するさらなる話し合いを続ける三者なのだった。
Born to be BONE!~骨でも愛して~ 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama
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