◇その4
おおよそ一時間程度歩き続けた結果、明は無事に島(仮)を一周することができた。
その結果判明したのは、やはりここが海に囲まれた孤島であり、少なくとも外周の浜辺から見た限りでは人家の類いは見当たらないということだった。
「俺の歩く速さは人並みよりは速いはずだけど、砂浜なんかの足場の悪さで相殺されて、おおよそ時速4キロと仮定。で、周囲を1時間ちょいで回れたんだから、この島の直径は1.5キロ弱ってところか」
無論、完全な円形というわけではないが、北の方が崖というか小高い岩場になっており、そのてっぺんから見下ろした限りでは、この島は横長の楕円の上に突起部がくっついたデコポンを横から見たような形をしているようだ。
ちなみに、その突起部分が北の岩丘地帯で、南が明が出現した遠浅の砂浜、西と東が砂利と砂混じりの浜辺となっている。大陸部(あるいはより大きな島の可能性もあるが)と一番近いのは、南西部のようだ。
「つまり、ゲーム風に言うなら、この孤島ステージのクリアー条件は、「がんばって島を脱出し、大陸に渡りましょう」ってトコかな」
サバイバル入門者にとっては、なかなかハードなお題だが、ギリギリ見える位置に陸があるぶん、絶海の孤島などに比べればだいぶ難度は低いほうだろう。
幸いにして体感的には日本で言う秋口程度の気温であり、海辺であることも考え合わせると夜になってもすぐに凍死するようなことはないはずだ。
「俺の
とは言え、日の傾きからして今からだと筏を作り終えた頃には午後の遅い時間になっているだろう。そこから出発して、夜の海をお手製の筏で渡り切るというのは、さすがに無茶が過ぎる。
大陸(仮)に渡るのは明日以降にすることは比較的簡単に決断した明だったが、次に考えるべきなのは、この島にどれだけ留まるべきか、ということだった。
「現時点では、危険そうな肉食獣の類いは見かけてないし、島の大きさ的にもそれほど大型の獣が多数棲息しているとも考えづらい。ほかに人が住んでる様子もないから、つまりここに居れば、割と好き放題やってもそれほど問題ないってことだよな」
無論、恒久的にこの島に住み着く気はないが、ある意味、神様からもらったギフトや魔法、スキルの類いを色々試してみるのに絶好の環境ともいえる。
「最終的に何日ここにいるかは、食料の入手具合と相談するとして……とりあえずは、今晩寝るための拠点を確保するべきか」
ふむ、と腕を組んで考え始めた明だったが、先ほど伐って干してあった竹を目にして、すぐに妙案を思いつく。
「太めの竹をそのまま壁にした、ログハウスならぬバンブーハウスが作れるんじゃないか!?」
2×2メートル四方の平らな場所の四隅に竹を“柱”として建て、その間にも竹をできるだけ密に縦に(地面に突き刺して)立てていく。隙間風は入るだろうが、この気候ならそれほど問題はない。三方を竹で囲み、残る一方と屋根は“越界萬屋オーバーワールドコンビニ”で購入してきた2枚のシルバーシートでふさげば、掘っ建て小屋程度の体裁は保てるはずだ。
日本で同様のことをしようとすれば、大量の竹材と膨大な手間とそれなり以上の時間がかかるのだろうが……彼には、その辺りを大幅にオミットできるふたつのギフトがある。
問題は魔力量だが、先ほど島を一周している1時間のうちに最初に消費した2ポイントは回復しているようなので、日暮れまであと5時間として最低でも37+10ポイントが使用できることになる。単純計算すると46÷2×10で230本の竹が採れるはずだ。
しかもギフトで生やしたばかりなので、洗ったり除虫のためにいぶしたりする手間も必要ないときている。
(竹の直径が10センチとして、200×3÷10=60本あれば3方向は囲めるから……うん、イケる!)
おおよその見積もりが立ったことから、明は早速バンブーハウス作りに取り掛かるのだった。
* * *
【Akira's View】
結論から言うと、拠点作りは上手くいった……というか、予想以上の上出来だった。
“無限の竹林”で竹を生やしては伐採し、節の凸部を削り、2メートル半の長さで切ってから、林の近くで風の直撃をできるだけ受けづらそうな場所を選んで、地面に50センチばかり突き刺していく。
砂浜近くでそれほど土が堅くないとは言え、少し尖らせただけの竹がそんなに深く地面にめり込んでいくのは不思議な光景だったが、これはたぶん“万能竹細工”のおかげなんだろう。
しかも、竹で作った“壁”にはほとんど隙間ができていない。一辺を作るごとに、念のためナイロン紐で上下2ヵ所をまとめて縛ってるんだが、そこまでしなくても打ち込んだだけの竹がしっかり地面に固定されている。
(──ギフトってマジすげぇなぁ)
取り掛かる前は日暮れ直前までかかることを覚悟してたんだけど、実際には3時間足らずで簡単な屋根まで作ることができた。
ちなみに、屋根部分は縦に半分に割った竹を並べて敷き詰め、さらにその上に竹葉の付いた細い枝を均等に重なるように載せて、紐でくくってある。
さすがに大雨が降ったらヤバいが、普通の雨くらいなら大樹の陰程度には雨滴を防いでくれるはずだ。
「太陽の傾きから判断すると、だいたい3時過ぎってところかね」
さて、これからどうしよう……と考えたところで「ぐぅ」とお腹が鳴った。
「あー、まぁ、いくらギフトの助けがあったとは言え、かなりキツい肉体労働だったしなぁ」
無論、万家さんの店で購入した食料はあるけど、日持ちがするものばかり選んであるからできればこれは非常用に回したい。
そうなると、
「今から林の中を探索するのはナシだな」
あと3時間程度で日が暮れるだろうし、どんな危険があるかわからない林に足を踏み入れるのは、あまり得策じゃないだろう。
──たかだか1キロもない林に入るのに大げさな……と言われるかもしれないが、俺はこの異世界に来る
しかも、
「となると、浜辺でできることと言えば──釣りか!」
いや、潮干狩り的に貝やらカニやらを捕まえるという手もあるんだけど、そのふたつは可食不可食の判断が結構難しい。
その点、魚については「一部のモンスター系を除くと、大半は地球のものに近いし、毒がないものは食べられる」と万家さんが教えてくれたのだ。
釣り竿は、さっき切った竹の先端部を加工すればいいとして、糸と針は……。
「じゃーん、“釣り針付きテグス”ぅ~!」
再び某猫型ロボの真似をしてみるが、我ながらまったくと言っていいほど似てない。
ちょっとサムい気分になったが、ツッコミを入れてくれる人もいないので、仕方なくそのまま出来立ての竿の先端部にテグスをくくりつける。
ちなみにコレも、万家さんの店で買ったもの──というか、万家さんの最後のアドバイスに従って、慌てて追加購入した2品のうちの片割れだ。
コンビニに釣り具なんて売ってるのかと思ったんだけど、海辺のコンビニだと、釣り竿やリールはともかく、こういう消耗品は置いてる店も多いらしい。
「大きめのエサを付ければ
うーん、まぁ、適当な木切れとかを削って中空にしてくくりつければ代用可能か。
数分で釣り竿と浮きの加工を終え、地面を掘り返してエサになりそうなムシを捜す。
幸い、地球のものとほぼ見かけの変わらない(若干ピンク色が鮮やかだけど)ミミズらしきムシが数匹捕まえられたので、早速釣り針に付けて海に投げ込む!
実のところ、俺自身の釣り経験は、爺ちゃんに連れられて2、3度渓流釣りをしたことがあるくらいなんで心配だったが、投げ込んでほどなくアタリが来た。
クイクイと小刻みにアワセを繰り返して弱らせたのち、思いきって竿を上げると、大きさは30センチ弱くらいの地球のアジそっくりの魚がかかっていた。
「……っと、アジ準拠だと、そのまま素手で触るとヤバいか」
こいつにもゼンゴ(横っ腹にあるギザギザの鱗)があると痛いので、釣り糸に引っ掛けたまま、片手でトートバッグからタオルを取り出してアジモドキに巻き付けてから、針を外す。
バケツ代わりのナイロン製折りたたみクーラーバッグに海水を汲んで、ひとまずその中にアジモドキを入れておく。
「晩飯兼用だから、もう2匹ばかり釣っておくほうがいいかな」
エサを付けて海に投げると、この辺りの魚はスレていないのか、たちまち入れ食い状態で、アタリが来る。
結局、それからアジモドキをもう一匹、タナゴっぽい魚とハゼっぽい魚も一匹ずつ釣ることができた。
「これだけあれば、今日は十分だろ」
魚のサバキ方については、母さんやテレビで観た料理人なんかがやってたのをうろ覚えで真似してみたが、案外簡単にできた。
──といっても3枚におろすとかそういうんじゃなくて、単に腹を裂いて内臓を取り除いただけだけどな。
本来は、さらに血抜きとかいろいろするのかもしれないけど、とりあえず簡単に海水で洗い、アジモドキはゼンゴ(やっぱりあった)だけ包丁で切り除いてから、竹の枝から作った長さ30センチくらいの串を口から挿して、焚火の火(今度は【点火】の魔法で起こした)で炙る。
どこの蛮族だと言わんばかりの豪快な料理(?)だっだけど、3匹ともすごく美味しく感じるのは……まぁ、海辺サバイバル初体験ってこともあるんだろうな。
残った一匹は、念入りに弱火であぶったあと、骨から身を外してから塩を多めにまぶし、大きめの竹の葉複数に包んで、拠点の隅に置いておく。
「確か、竹とか笹の葉って殺菌作用があるんだよな?」
冷蔵庫のないこの気温の中で、明日の朝まで腐らず持つかどうか実験してみようと思うが、たぶん大丈夫なんじゃないだろうか。
「あとは……魔力が許す限り、魔法の練習でもしておくかな」
とりあえず、習得した利便魔法を【点火】以外も一通り試してみることにする。
結果は──【灯明】、【結露】、【清浄】に関しては、ほぼ想像した通りの効果だったが、【送風】は予想よりも風が強い。扇風機を“強”にして至近距離から風を浴びてるような感じだ。
「んー、これをしばらく続ければ、干物作るのに助かるんじゃね?」
確か、現代の日本でも干物は、純粋な天日干しより機械の風で乾燥させたものがほとんどだって聞いたことあるし。
「明日は魚を10匹ほど釣って開きにして、天日でしばらく干したあと、日陰で【送風】を1時間ばかりかけ続けてみるかな」
これで干物が作れれば、食料調達の融通がきくようになるから非常に有り難い。
【脱臭】については、自分にかけてもイマイチ実感が湧かない。何か臭いモノにかけるのが一番わかりやすいんだろうけど。
「! そうだ、干物作ったあとでその場で使えばいいんじゃないか!」
魚臭さがなくなれば成功だろう。
【耕地】をかけた地面は……ああ、さすがに
それにしても、地面がこの状態だと、結構足元が不安定になりそうだな。巧く使えば、戦闘時に敵の動きを制限……いや、踏ん張れないのは味方も同じか。でも、崖の上から遠距離武器で狙撃するとかいう状況なら、多少は有効……って効果が術者から3メートルじゃ意味ねー!
で、この柔らかくなった土に【足場】をかけてみよう。
──うん、しっかりロードローラーで踏み固めたみたく堅くなってるな。
今度は砂浜にかけると……おお、砂地なのに不自然なくらい堅い。感触は……まるで陸上競技のゴム製グラウンドみたいだ。
この固めたところに【耕地】をかけると……へぇ、相殺されて元に戻るのか。【耕地】→【足場】だとカッチリ固まるのに、逆は元の地面に戻るだけってのは、【足場】のほうが効力が強いのかね。なんか工夫したらおもしろいことができそうだけど、ま、とりあえずはこれくらいにしとこう。
一通り魔法を試したところで、そろそろ暗くなってきた。
バンブーハウスに入って、残り少ない魔力でもう一度【灯明】を部屋の隅にかける。
「多少熱源になってるみたいだから、魚は離しておくほうがいいか」
反対の角にアルミ皿に載せ竹の葉に包んだ魚を置いてから、地面にシルバーシートを広げる。
「これだけ星がはっきり見えてるから、たぶん雨は大丈夫だよな」
まぁ、異世界の天候の変わりやすさが地球と同じくらいなのかは、疑わしいところではあるけど。
入口部分のシートを下ろし、大き目の石を何個か重しに置いて固定する。
「ふぅ……異世界生活一日目は、なんとか無事に過ごせそう……か、な」
身体を色々酷使したせいか、まだ日暮れから間もないというのに、早くも眠気が襲ってくる。
青竹の匂いのたちこめるこの拠点で、シルバーシートの上に横になり、トートバッグを枕に上半身に毛布代わりの膝掛けにひっかぶりながら、俺はそのまま目を閉じ、眠りに落ちたのだった。
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