◇その5

【Akira's View】


 朝日が昇って間もない時間に、青竹の爽やかな香り……爽やか? と、ともかく、切って間もない竹特有の匂いのする小屋で、俺は目を覚ました。

 「一夜明けたら夢だった……ってぇオチは、まぁ、ないよな」

 知ってた!

 ──でも、ほんの少しばかり期待していたのも事実だ。

 とは言え、断熱シートの上で薄い膝掛毛布にくるまって起きるこの現状が、今の俺にとっての現実リアルなんだ。泣いても喚いても仕方ない以上、ちょっとでも前向きにいかないとな。

 「さって、昨日作った魚の塩漬け(?)は、っと」

 部屋の隅っこに置いてある、竹の葉に包んでからアルミ皿に載せた塩をまぶしたアジモドキを手に取り、包みを開けて匂いを嗅いでみる。

 「魚臭くはあるけど、腐敗臭はなし。イケるかな?」

 外に出て、“無限之竹林”を使ってタケノコを生やし、10本のうち7本を即座に収穫する。

 タケノコを食べる際、灰汁あく抜きをするのが普通なんだけど、掘りたてのまだ若いタケノコなら、そのまま生食──醤油を付けて刺身とかにしても食べられる。

 昨晩は魚ばかり3匹で腹を膨らせたものの、さすがにそろそろ植物系の食べ物が欲しいので、朝食は、そのタケノコの刺身と塩アジで済ませることにした。

 ギフトの説明にあった通り、“タケノコの調理”にも多少補整がつくせいか、安物の包丁&携帯まな板でも、自分でも呆れるほどに軽々と、そして綺麗にタケノコの皮を剥き、切ることができた。

 「ちょっともったいないかもしれないけど……」

 トートバッグから小分けにされた弁当用醤油(10本入りのを1箱買っておいた)をひとつ開けて、半分を火であぶったアジに、もう残りを刺身に使うことにする。

 「んぐんぐ……まぁ、びっくりするほど美味しいわけでもないけど、とりあえずマズくはないんだから合格かな」

 タケノコの根元の方はコリコリしてやや硬めだけど味は普通、先っぽのほうが柔らかくて食べやすいけど多少エグ味あり──って感じだ。

 「タケノコの食べ方としては、個人的には炒め物かメンマが好きなんだがなぁ」

 どちらも作るには油が大量にいる。一応、食用油の小瓶は買ってあるけど、さすがにいきなり使いきるのは無計画過ぎるだろう。

 塩アジ(モドキ)の方は、可もなく不可もなし、むしろ素人が初めて作ったにしては、それなりに食べられる代物だっただけ幸いか。

 昨日の予定では、今日の午前中は魚釣りに費やす予定だったけど、この残りのタケノコがあれば最低限空腹はしのげるはずだ。まぁ、掘ってから時間が経つと灰汁抜きが必要だけど、一応塩水でも灰汁抜きはできるはずだし。

 飲み水については、昨日外周を一周した際に、北西寄りの浜辺に流れ込む小川……というのも小さい、幅30センチほどの水の流れを見つけてある。見た目の透明度は問題なかったし、今朝煮沸してから飲んでみたけど、「環境適応」のギフトのおかげもあってか、特に異状は感じられなかった。


 そうなると今日は……。

 「覚悟を決めて林の中の探検、といきますか」


  * * *   


 林の中へと足を踏み入れるに際して、明は持ち歩く荷物を厳選することにした。

 どんな生物──下手したらモンスターと遭遇するかもしれないのだ。逃走や回避のことを考えると、身軽であるに越したことはない。

 ならば護身用の武器だけ携えて……というのも、それはそれで何かあった時が怖い。ファンタジー世界お約束の薬草やポーションは持ってないにしても、止血のための包帯や絆創膏、消毒薬があれば、負傷した際に助かるだろうし、縛るための紐や、鋭利なカッター、目潰し代わりになる七味や胡椒の瓶なども手元にあれば便利だろう。

 しばし悩んだ末、かさばる食料・日用品関係をトートバッグに残して小屋の隅に隠し、ビニル製のウェストポーチに役立ちそうなものだけ入れて、明は出かけることにした。

 右手に昨日作った竹槍を山伏の杖のようにつきながら持ち、腰のベルトには愛用の鉈をフォルダーに入れて吊ってある。

 ウェストポーチは腰の前に回しておいた。背中側に付けるより多少動きづらいかもしれないが、中身がすぐに取り出せるし、もしかしたら「腹に入れた雑誌が致命傷を防いでくれた」的な効果も期待できるかもしれない。

 「じゃ、じゃあ……いくか!」

 自分の頬っぺたを両掌で軽くビンタして気合を入れてから、いよいよ明は林の奥へと足を踏み入れる。方位磁針付き温度計が買ってあったので、とりあえずソレを頼りにまっすぐ北を目指して林の中を進むことにした。


 幸いなことにこの島の大半を占める林は、うっそうとした熱帯の密林ジャングルとか魔物が出没する“魔の樹海”というワケではなく、温帯気候でごく普通に見受けられる雑木林に近い植生のようだ。高さ10数メートルの広葉樹が2メートル前後の間隔をおいて生えている程度なので、それほど見通しが悪いわけではなかった。

 とは言え、それだけの隙間があるが故に陽光も樹下にまでそれなりに届くようで、下生えの草や苔などが相応の密度で生い茂っているため、歩きやすいとはお世辞にも言えない。


 「歩きにくさも困るけど、移動する際にガサゴソうるさいのが厄介だよなぁ」

 林の中にいるのが草食獣にせよ肉食獣にせよ、まず間違いなく“音”で明の接近は気取られてしまうだろう。

 相手が狼や虎、熊などのように地を駆けるタイプの肉食獣なら条件は対等だからまだいい(まぁ猛獣な時点でアウトかもしれない)が、樹上に潜んで急襲を掛けてくるようなタイプなら、完全に一方的な不意打ちをくらうことになりかねない。


 とは言え、大型狩猟獣との遭遇については、明はある程度楽観視していた。

 (たしか、狼の一群5、6頭が必要とする縄張りが、100平方キロメートル以上だって昔ドキュメント番組で言ってた記憶がある。

 この島の広さはおおよそ1平方キロ弱だし、狼1頭が食っていくにも狭すぎるから、少なくとも狼より大きな肉食獣はいない……はず!)

 無論、地球に比べて極端に獲物となる草食獣が多いとか、熊みたく雑食だとか、あるいはファンタジー的謎原理で地球の肉食獣に比べて燃費がいいとかの理由で、その理論が覆る可能性もあるが、そこまで気にしても今は仕方ない。

 (そうなると、原則的に相手は草食性もしくは雑食性ってことになるんだけど……)

 「イノシシだけは勘弁な!」と心の中で祈る明。やはり、地球での死に様がトラウマになっているらしい。

 そのほかにも、イタチなどのように小型の肉食獣なら存在する可能性は高いし、中型犬程度の大きさの山犬・山猫程度ならいてもおかしくないので、油断は禁物だろう。地球の家猫程度でも、本気で戦えば、戦闘技術のない人間だと簡単に殺される──という話を聞いたこともあった。

 ましてや、ここは地球ではない“異世界”なのだ。体格なりは小さくとも、それなりに手ごわい“敵”である可能性も否定できないのだ。


 と、何故にこんな風に明がグダグタと脳内で考察をひねくり回しているかと言えば……。

 (わぁい、恰好の獲物を見つけちまったぞー)

 彼の視線の先に映るのは、30メートルほど離れた木の根元にうずくまっている茶色い毛並みの小動物。大きめの猫くらいの大きさで、パッと見はウサギっぽく見えるが、その割には耳があまり長くない。

 (アマミクロウサギとかみたいなウサギの亜種の類いか。いや、異世界なんだから、全然別の生き物って線もあり得るな)

 ウサギかそれに類する臆病な草食動物なら、ここまでのんきに日向ぼっこしていない気もする。あるいは、どこぞの古典RPGの如く、鋭い前歯で敵の首を跳ねるような凶悪なモンスターなのだろうか。

 「──考えててもしょうがないか。フンッ!!」

 未知の獣に対する危険性を考慮すれば何もしない方が無難だろうが、ちょっと悩んで答えが出ないとつい行動に出る(出てしまう)性格の明は、タタッと2歩踏み込みつつ、右手の竹槍を振りかぶり、無造作にぶん投げる。

 特に慎重に狙いをつけていたわけでもなさそうなのに、“槍投げ術”スキルのおかげか(もっとも有効範囲は超えているはずだが)、それとも陸上部の槍投げ選手として積んだ研鑽の賜物か、竹槍は緩い放物線を描いて飛び、見事茶色い小動物へと突き刺さった。

 「グヒャッ!」というあまり耳触りのよろしくない悲鳴(まぁ、耳触りの良い悲鳴というものがあるかは疑問だが)を上げて、ウサギモドキは絶命した──かのように見えた。

 それでも、明は念のために腰に下げた鉈を抜いて構えつつ、小動物のもとへ歩み寄る。

 あれ以上近づけばさすがに気づかれただろうし、近くで見ると顔つきはまさにウサギとリスの中間といった感じで愛らしい(今は白目を剥いて絶命しているので台無しだが)ので、接近戦を挑んでいたらトドメをさすのをためらったかもしれない。その意味では、遠方から槍を投げて倒したのは正解だったのだろうが……。


 Q.体長50センチ程度の、特に鱗などに覆われているわけでもない獣の胴体に太さ5センチの槍をブッスリ突き刺した際の結果を述べよ。

 A.大惨事確定


 「ぐっ……当たり前だが結構グロいな」

 身長1.5メートルの人間に換算すると、太さ15センチの先を尖らせた丸太が腹に突き刺さったようなものだ。むしろ千切れとんでいないだけマシな方だろう。

 「肉食うためには、コレを自力でさばかないといけないのか……」

 明は、平均的な高校生としては、ピクニックや山歩きなどのアウトドア活動の経験がそれなりにある方だが、魚や蟹くらいならともかく、哺乳動物の解体はやはりキツい。現代日本人なら、猟師や精肉関連に携わる人間などでもない限り、そうそう“獲物を解体する”機会なんてあるはずもないので、ある意味当然だろう。

 それでも、「せっかくった獲物を無駄にするのは忍びない」という“もったいない”精神スピリットを発揮して、コンビニのビニール袋に血まみれのウサギモドキを突っ込み、明はとりあえず浜辺の小屋まで戻ることにした。


 南にまっすぐ10分ほど歩くと竹造りの小屋の前にたどりついたので、小屋の扉から少し離れた砂浜を、まずは【足場】を掛けて固める。ふたつに折った新聞紙を敷き、その上で試行錯誤しながら、明はウサギモドキの解体を試みた。

 血の匂いに軽い吐き気を覚えつつも、竹槍で穴の空いた部位から大型ナイフを差し込み、毛皮に切れ目を入れて剥いでいく。悪戦苦闘の末、毛皮を取り除いたのち、さらに腹を割いて腹腔部から内臓を取り出して、毛皮ともども、海水を汲んでおいたバケツ代わりのクーラーバッグに放り込む。

 残る背や腹、四肢などの可食(と思われる)部位の肉についてだが……。

 「大丈夫、食べられる……よな?」

 小さく切った肉片3つほどを長めの串に刺し、【点火】で起こした焚火の炎でじっくりローストする。

 肉と脂肪が焦げる香ばしい匂いが、先ほどまでの殺生に対する罪悪感や血の匂いの不快感を吹き飛ばし、代わりに食欲が脳裏の大半を占めるようになるのだから、現金なモノだ。

 いい感じに焼きあがった串肉に、軽く塩をふってカブりつく!

「うめぇ~!」

 最初は、小指の先ほどだけかじって飲み込み、その状態でしばらく待機して、毒とかはないか食べても大丈夫か確認するつもりだったのだが、焼肉ごちそうの誘惑には勝てず、串肉3つを瞬く間に食べ尽くしてしまう。

 その時点で当初の予定を思い出したが、「とりあえず、美味いし、遅効性の毒でも含まれてない限り平気だろ」と開き直って、明はさらに残った肉も調理してしまうことにした。


 5キロ近い肉のうち、まず半分くらいは先ほどと同様に串に刺して炙る。今食べれるだけ食べて、余ったら夜に食べるつもりだ。

 残り半分は日持ちするよう燻製スモークにすることにした。

 (干し肉という手もあるけど、アレは作れるのにけっこう手間かかるみたいだしなぁ)

 アルコールと塩に漬け込んで冷暗所にしばらく寝かせ、塩抜きした後、軽く燻して、最後に日陰で干すといった手順が必要だったはずだ。

 それなら、最初から燻製にしてしまう方が手間がかからない。

 燻製も、本格的にやるなら燻製液にしばらく漬ける必要があるのだが、今回は手軽に疑似乾塩法──要するに肉をたっぷり塩揉みしてからいぶすという手段をとることにした。

 「燻煙用チップには、竹の葉を使ってみるか」

 普通はサクラやクルミ、リンゴなどの木の破片材チップが使われるのだが、笹燻製というのもあるはずなので竹の葉でもたぶん代用できるだろう。

 昼飯分の肉を食い終わった後、残った串焼肉は、防腐効果のある竹葉に包んでから鍋に入れて蓋をし、竹小屋の隅に置いておく。

 「次は、燻製器スモーカーを作らないとな」

 今朝生やした時、3本だけ切らずに残しておいたタケノコに魔力を注ぎ込んで、太さ10センチぐらいになるまで育てる。

 青々とした竹を長さ80センチくらいに切り分け、昨日小屋を作った時の要領で50センチ四方くらいの竹壁で囲った空間を作り出す。ただし、壁の一方は、肉を出し入れしたり火の調整したりするために真ん中あたりを10センチほど空けてあった。

 天井部分は竹葉のついた枝を敷いてふさぐ。と言っても、小屋と違って半分に切った竹材での“屋根”はつけていないので、ある程度煙は洩れるだろうが、通気も考えるとこの程度で十分なはずだ。

 10枚くらいにスライスして念入りに塩揉みした肉を、この燻製器モドキの中に吊るし、まずは30分間ばかり【送風】で水分を飛ばす。

 その後、乾燥させた竹の葉を燻煙チップ代わりに肉を1時間ほど燻し、火の番をしている間に作った竹ざるに入れて、しばらくあら熱を取れば出来上がりだ。

 「もうひと手間、いや、ふた手間ほどかければもっと美味しくなるんだけど、まぁ、サバイバル生活でそこまで望むのもぜいたくか」

 完成したウサギモドキ肉の燻製を一片ひとかけら切って味見しながら呟く明。

 すでに午後2時は回っているので、今から再度、林内の探索に向かうというのも億劫なので、残りの午後は浜辺で過ごすことにする。 


 ちなみに、肉以外の内臓と骨、毛皮については、結局今回は利用を見送り、小屋から少し離れた砂浜に穴を掘って埋めることにした。

 いかに塩水に漬けておいたとは言え、燻製作りに時間をかけ過ぎたため、内臓が食べられるかは微妙だったし、毛皮の方も実用的な大きさとは言い難かったからだ。

 「狩った獲物を丸ごと余さず利用するって難しいんだなぁ」

 それでも、とりあえず食料として有効利用するメドが立ったのは朗報だろう。

 「これで最低限、ウサギとかを狩って食いつなぐことは可能か」

 もっとも、今回の猟果は偶然に助けられた面が強いので、安定して獲物を狩れるとは限らないので典型的な取らぬ狸の皮算用とも言えるが。

 「大型の獣相手ならともかく、小型の獣を獲るには竹槍投げるのは、やっぱダメージ過剰だよなぁ。竹を薄く削って簡単な弓でも作ってみるかな」

 彼のギフトふたつを組み合わせれば、それくらいは簡単だろう。

 もっとも、弓なんて初めて使ううえ、関連スキルもない明が、それで獲物を狩れる域に達するかは、まったく話は別なのだが。

 「あとは、皿とか水筒とか籠とか竹細工で作れる日用品ももう少し増やしておきたいかなぁ」

 やれること、やりたいことは色々あるが、同時に日々の糧を得るための工夫も欠かすわけにはいかない。さらに言えば、適当なところで筏作りも始めないといけないだろう。

 「現代日本の高校生が異世界でつくづく暮らしていくのってハードル高いわぁ~」

 ボヤきつつも手は休めず、竹を削って板状に加工する明なのだった。

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