閑話4.“親方日の丸”は安牌だがあえて選ばない人もいる

 さて、ドムス・エンケレイスがロムルス国に新設される“杖の軍団”の軍団長に就任することが公式に発表された結果、当然の話ながら王宮の内外には少なからぬ影響が顕れた。

 彼の直属の護衛である7体の竜牙兵が、ドムス会心の儀式魔法によって人の姿になったこともそのひとつだが、対象は“身内”であり、7“人”の誰も人化したことを嫌がっていないので、こちらは特に大きな問題はないと言える。

 また、ドムスが「魔道具技術顧問」として指導(実質的には指揮)していた、この国では希少な30数名の魔法使いたちも、元々が王宮勤務こうむいんであり、待遇や勤務内容なども実質的に変化がない(むしろ好転する)ということで、そのまま“杖の軍団”に所属をスライドさせることに異議を唱える者はいなかった。


 しかし。

 ドムスの私兵団「トゥース&ファング」の残りの面々については、さすがに何も問題なしとはいかなかったのだ。


  * * *  


 「……と、まぁ、経緯はこんな感じだな。この国初の“魔法戦力主体の軍団”ということで、正直当初は手探りになる部分は多いだろうし、きちんとモノになるまでは何年もかかるとは思う。できれば皆にも協力してほしいが、「契約内容と違う!」ということで辞めるというのなら、無理に引き留めることはできん。辞める者も、今期の残り期間分の報酬はそのまま慰謝料として取っておいてもらって構わないし、それとは別に餞別もいくらか包むつもりだ」

 シュートたちが第二王女捜しで下町を駆けずり回っていた頃、屋敷の庭に集めた20名近い「トゥース&ファング」の一般ヒラ隊員たちに、ドムスはそう説明していた。

 一般的な国軍や領主正規軍と異なり、隊員たちの装備がてんでバラバラなのは、私兵(というより実態は長期契約の傭兵か?)なので、仕方あるまい。

 もっとも、一見単なる硬革鎧ハードレザーアーマーに見えてもドムスの付与魔法で大幅に強化されていたり、腰に下げた何の変哲もなさげな長剣が、実はドムス謹製の真銀ミスリル製品だったりするのだが。

 武器防具だけでなく薬品や魔具の類いも潤沢に支給されており、少なくとも装備や戦闘時のバックアップという面に於いては、彼らはこのサイデル大陸でも有数の恵まれた私兵団だと言えるだろう。


 「──総長キャプテン、ひとつ質問してもいいですか?」

 顔を見合わせ、ざわついていた隊員たちのひとりが手を挙げたので、ドムスは許可する。

 「イシュタリアか。いいぞ、何だ?」

 ちなみに彼が「総長」と呼ばれているのは私兵団「トゥース&ファング」の“隊長”はユランであり、彼自身はあくまで“雇い主”だからだ。もっとも、いざ鉄火場せんじょうに立った場合は、ドムスが直接指示を下すことも多いため、“隊長よりさらに偉そうな呼称を”ということで、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。


 「このまま貴方の下に残ると決めた場合、我々の所属その他はどうなりますか?」

 「法的な形としては“ロムルス国正規軍・杖の軍団所属・一等護衛兵”だな。魔法使いが主体とは言え、“壁”や“攪乱”のための物理戦力もある程度必要になる。3年内に所属する魔法使いは100名まで増やすつもりだが、それに対して30名程度の護衛兵を確保する予定だから、ここにいる全員が残ってくれると、正直非常に助かる」

 「その場合の指揮系統と待遇は?」

 別の男性隊員が手を挙げながら質問する。

 「これまで通り、ユランが隊長でエルシアが副長だ。直接指揮は原則的にあいつらが執る。金銭的報酬についてはこれまでとほぼ同額だが、国の正規兵になったら無料で官舎に住めるのが利点だな。あと、傷病時の補償も一定額出る。満了退役時には年金もな」

 年金と聞いて隊員たちのざわめきが大きくなる。

 ドムスは気前がいい(というかあまり金に執着しない)ので、「トゥース&ファング」は傭兵稼業としては報酬は悪くない、むしろいい方だが、さすがに退団時のアフターケアまではしてくれない。

 多少なりとも目端の利く者なら、歳をとった時のことを考えてコツコツ貯蓄しておくのが利口なやり方だろうが、国から年金が出るなら、そのあたりがさらに万全となるだろう。

 また、19名の団員は全員借家か宿屋暮らしで、月毎に家賃/宿賃を払っている。それが無料になるというのも大きかった。

 私兵──傭兵というと「ヒャッハー、飲む・打つ・買うで、宵越しの金は持たないZE!」というイメージがあるかもしれないし、実際そういう人間の方が多数派ではある。が、逆に言うと“そう”でない傭兵も少なからずいるわけで、ドムスが自らの手勢として雇っている人間は、どちらかというと傭兵にしては堅実派に属する連中の方が多いのだ。


 自らの言葉が私兵団に少なからぬ影響を与えたことを確認してから、ドムスは、こういって話を締めくくった。

 「さすがに即決しろというのは無理だろうが、軍団編成こちらのスケジュールも結構押している。申し訳ないが、退団希望者は明日の午後、ひとりひとり面談するので、それまでにどうするか決めておいてほしい」

 (さて、何人がついて来てくれるか。できるだけ沢山残ってほしいモンだがね)



<CASE1.部署異動~イシュタリアの場合~>


 「失礼します!」

 昨日、皆に今後の流れについて通告した際に、真っ先に発言した人物──腰まである赤毛をポニーテイルに形に結わえた、20代初めの長剣使いの女性が、エンケレイス邸の奥にあるドムスの執務室にキチンと一礼してから入ってくる。

 「お前さんかぁ……まぁ、予測はできたとは言え、できれば外れてほしい予測だったんだが」

 軽い溜息をもらすドムス。傍らに控えるユランも残念そうだ。

 目の前の女傭兵イシュタリアは、戦士としての腕前もさることながら、何よりその真面目で人当たりの良い性格が、彼にとっても他の隊員たちにとっても得難い資質だったのだ。

 割と考える必要ことの多い冒険者と比較すると、傭兵という職業は(想像はつくだろうが)脳筋と無頼漢の割合が多い。

 そんななかで、委員長気質とは言わないまでもキチンと規則を守り、仕事に対して真摯で向上心があり、さらに周囲の隊員どうりょうのことも気遣うことができるイシュタリアは、間違いなく私兵達の中核のひとりと言ってよかった。

 そのことはドムスやユランもよく理解しており、給与などの書面上の正式な待遇面こそ他の隊員と大差なかったものの、少数精鋭が必要な厄介な任務に対しては彼女を5、6人を率いるリーダーに臨時任命して当たらせ、その都度、臨時報酬ボーナスを出すという形で報いてきたのだ。


 「給与面であれば譲歩の余地はあるぞ。地位的な面でも、新設する班長のポジションに就いてもらうつもりだったんだが」

 そう言いつつも、彼女が思い直すことはないだろうとは、ドムスも思っている。

 案の定、イシュタリアは首を横に振った。

 「過分な評価、いたみ入りますが、私にもやりたいことができましたので」

 「当ててみせようか。“剣の軍団の正規団員になること”、だろ?」

 今度は頷くイシュタリア。

 「はい──笑ってくださっても構いませんよ。20代も半ばに差し掛かったいい大人が、騎士志願の子供のような胡乱な夢を見ている、と」

 建前上はこのロムルスにある(“杖”を含めて)7つの軍団は対等ということになってはいるが、軍団長が国王の幼馴染ふくしんということもあって、実質的には“剣の軍団”が近衛兵的なポジションを担っていると言っても過言ではない。

 それ故、ロムルスで騎士としての栄達を望む者がまず一番に思い浮かべるのは“剣の軍団”の姿であった。


 「いや、逆だろ。15、6の小娘なら「無理無理のかたつむり」って言ってやるが、お前さんなら十分メはあるし」

 そう言いながら、机の中から取り出した封書を、ドムスはイシュタリアに差し出す。

 「これは?」

 「ああ、一応“推薦状”ってヤツだ。それ持ってテーバイんトコロ行けば、少なくとも門前払いにはされんはずだ」

 「! 有り難く」

 一瞬、躊躇ったものの、此処までお膳立てされて断る方が非礼にあたると思ったのか、女戦士は深く頭を下げて、推薦状を押し戴く。

 「とは言え、“槍”や“騎兵”に比べりゃ大分マシとは言え、“剣の軍団”も、古株や名家出身の連中が相応にいるからな。むしろ入ってからの方が大変だと思うが……ま、ガンバレや」


 半年あまりの見習い期間を経て「剣の軍団」歴代3人目の女性団員となったイシュタリアは、数年後、単騎でも少数でも、あるいは10人程度を率いても巧みに力を発揮する剣士として、同軍団で名を馳せるようなるのだが、それはまた別の話である。

 ──ちなみに、戦士としての道に邁進し過ぎた結果、見事に嫁き遅れたことも付け加えておく。


 「なんでよ!?」「残当」



<CASE2.引退~ロシュプールの場合~>


 「えぇっ、まさかロッシュ師も!?」

 髪の半分に白いものが混じりつつある50歳前後の剣士……いや“侍”が書斎に入って来たのを見て、驚くドムス。

 「カッカッカッ、まぁ、ある意味、よい頃合いじゃろうて。そろそろ引退させてもらおうかと思ぅてな」

 確かに、平均年齢が80歳近い現代日本などと異なり、庶民の寿命が60歳をいくつか過ぎる程度のサイデル大陸では、ロッシュ──ロシュプールは立派に初老、いや老人呼ばわりされてもおかしくない歳だ。

 もっとも、未だ毎朝毎晩の鍛錬を欠かさず、私兵団の一員として鉄火場に駆り出された時も率先して危険な場所を受け持つ(そして任務をキッチリ達成する)ほどの武人であるロシュプールに“引退”という言葉はいささか似合わないが。

 「参ったなぁ。イシュタリアとご老体の両方に抜けられると、私兵団ウチの統率度がガクッと下がるんだが」

 隊長のユランと副長のエルシアを別格とすると、戦場げんばである程度大局を見つつ戦い、仲間の援護や指示にも回れるような人材は、「ファング&トゥース」にはイシュタリアとロシュプールを除くとあとひとりくらいしかいないのだ。

 「クカカッ、そこはあきらめろ。なにせ儂はお主の言う通り“ご老体”じゃからな。そろそろ楽隠居させてもらってもバチは当たるまいて」

 なにげに老体おいぼれ呼ばわりされたことを根に持ってるのかもしれない。

 実際のところ、ロシュプールもドムス同様にグラジオン大陸の出身なので、この国の同年代の人間に比べると多少若々しくはあるのだが。

 「それにな、剣の道ひと筋に生きてきたからこそ、己の衰えは自覚しとる。今年いっぱいは大丈夫じゃろう。来年もイケるかもしれん。しかし、3年後は確実に現役でやっていくのは辛い身体になっとるはずじゃ」

 「それは……まぁ、確かに」

 意地で現役にしがみついた結果、無様をさらしたくないという熟練ベテラン武人の気持ちは、確かにドムスにも理解はできた。

 「はぁ~、仕方ないな。了解、ロシュウォール・ダナン氏の、「ファング&トゥース」からの退団を認めましょう」

 「こりゃ、班長格の養成が急務だな」と内心頭を抱えつつ、ロシュプールにそう告げるドムスだったが、それに対して老侍がニッと笑う。

 「おぅ、すまんな。それで、じゃ。現役からは退かせてもらうが、総長よ、“杖の軍団”の団員に対する武術指南役はいらんかな?」

 (なるほど、そうきたか……)

 抜け目のない老侍からの提案に、ドムスは素早く思案を巡らせる。

 (常勤ではなく非常勤の外部協力という形にして、完全に引退するんじゃなく、ある程度恒常的な接触を保つことで現在のF&T隊員への影響しきは維持できるか。今後増やす新入団員への護身術の講義も任せられるし、悪くはない話だな)

 「──現役の頃より、多少、報酬きゅうりょうは下がるぜ?」

 「構わぬさ。そのぶん、勤務時間しごとりょうも減らさせてもらうつもりじゃでな」

 相互の思惑が一致し、どちらからともなく握手を交わすドムスとロシュプール。


 その後、正式に“杖の軍団”の武術指南役という立場に就いた老侍は、元F&T隊員からは相談役として、新人からは親切丁寧だが武術には妥協しない教官として、怖れつつ信頼される美味しいポジションを担っていくことになる。



<CASE3.転職~ハニバルの場合~>


 「総長どん、こん料理ば食ぅて、感想聞かしてくんなっせ」

ドムスに匹敵する巨体を持つイガ栗頭の重装兵ハニバルは、ドムスの書斎に入るなり、机に上に「ドンッ!」と直径50センチほどの土鍋を置く。

 「おいおい、つい半時間ほど前に昼飯くったばかりなんだがな」

 そうボヤきつつも、鍋と一緒にデスクに置かれた木製の皿と匙をドムスは手に取る。ちなみに、鍋の下にはとっさに廃棄予定書類の束を鍋敷き代わりに敷いたので、デスクは無事だ。

 蓋を開けると、むわっとした湯気とともに食欲をそそる匂いが立ち上る。

 鍋の中には野菜や根菜、キノコ、肉や練り物などの様々な具が薄茶色のダシに浸かって、たっぷり煮込まれていた。

 「ふむ……」

 少しだけ真剣な顔つきになったドムスが、木匙で鍋の中の具とスープを取り皿によそう。

 軽く匂いを嗅いでから、まずはスープをひと掬い味見する。

 「──食用ボアのげんこつでとったスープをベースに、ダガーフィッシュの焼き干しでとったダシで味を膨らませているな」

 「正解でごわす」

 続いて、特製スープのよく染みたカブ……ではなく、その横の丸い練り物を取ってひと口かじる。

 「これは……一見普通のロムルス揚げに見せかけて、魚の身を可能な限り細かくすり潰し、山芋も加えて舌ざわりを絹みたく滑らかにしてある!」

 「さすがは総長どん。たったひと口で見切られもぅしたか」

 ちなみに、ドムスの背後に控えるユランは「なんでいきなり食道楽グルメ漫画のノリになってるんでやんすかねぇ」と思いつつ、空気を読んで沈黙を保っていた。


 パッと見「質より量」の大食漢に見られそうなドムスだが、実家は町一番の猟師で、父方の祖父はその地方で最大級の商会を営んでいるという、実はかなり裕福な家の出なので、舌はそれなりに肥えている。

 さらに3大陸を股にかけた冒険の旅の途上、食道楽に各地の名産品や名物料理を食べ歩いてきたため、バラエティに富んだ料理に関する知識もある。

 調理の腕前自体は、100点満点中の70点程度で、一般家庭の主婦と同等くらいだが、こんな見掛けでも知の探究者たる魔術師なので、“食”に関する知識は非常に豊富なのだ。

 で。

 目の前のイガグリ頭の朴訥な巨漢・ハニバルは、魔術でも錬金術でもなくいわば“料理知識”に関するドムスの弟子とも言うべき存在だった。

 マッチョプロレスラー体型のドムスに対し、ハニバルは相撲取りのようなアンコ体型という差異はあれど、同じぐらいの巨体と筋肉に恵まれているだけあって、膂力と耐久力に関してはF&Tの隊員中、1、2を争う人材と言ってよいだろう。

 戦闘時には、戸板のような巨大なタワーシールドを構えて皆の前に立ち、敵の攻撃を受け止める頼もしい防御役なのだが、生来の人の好さが災いしてか、攻撃に関しては未だにせいぜい二流半といったところ。

 実際、その体格や膂力に反して、武器扱いや勝負勘などの面からみても、ハンニバルは決して傭兵に向いた人材とは言えなかった。

 そんな自分に悩んでいたハニバルを(偶然の要素も絡むが)励まし、私兵団内の料理番というポジションを示唆したのがドムスでもあった。

 “料理ものを作る”という行為は、彼の性質しょうに合っていたようで、その腕前もめきめき上達。戦場での壁役タンク以外にも自分でも役立てることがあると、ハニバルは自信を取り戻し、隊員たちは美味いご飯が食べられてwin-winな結果に落ち着いたのだ。

 「で、今回、ここに来たってことは、F&T(うち)を辞めて、店を持つって意思表明なんだよな?」

 ドムスの確認にハニバルが頷く。

 「総長どんや隊のみんなには世話になりもぅしたが、おいどんはこの王都アルゲルで自分の店を開きたいんでごわす」

 その店の主戦力めだまとなるのが、今日持参した“ロムルス風ちゃんこ鍋”らしい。

 「ま、いいんじゃないか。頼りになる防御役兼料理番が抜けるのは正直イタイが、これだけ美味い料理もんが作れるんなら、それなりに繁盛する見込みはあるだろ」

 私兵団にいたときの報酬からの貯蓄で、小さな店を出す程度の金は貯まっているとのことなので、ドムスは快く“食の弟子(と言っても、自分が今まで食べ歩いてきた料理のレシピをいくつか教えた程度だが)”を送り出した。


 「──とは言っても、気心の知れた仲間に料理出すのと、見知らぬ客に料理を食べてもらうのとでは、また違った苦労はあるんだろうがね」

 「大将~、それはハニバルさんがいる時に言ってあげたほうがいいでやんすよ」

 ドムスの言葉通り、経営や宣伝といった料理以外の分野で当面ハニバルは悪戦苦闘することになるのだが、それでも数年後には、王都で“一風変わった美味いモンを、お手頃価格で食わせてくれる店”としてそれなりの評判を得るようになるのだった。



<CASE4.配置転換~ニケの場合~>


 次に書斎のドアを開けて入って来たのは、年若い──ヒューマンで言うなら15、6歳くらいに見える緑髪のエルフの女性と、身長130センチにも満たない小柄な少年……ではなくグラスフェローの男性の二人組だった。

 「えっと、その、お邪魔、します」

 「邪魔するんだったら帰ってくれ!」

 遠慮がちに挨拶を口にしたエルフ少女の言葉を、デスクの向こうからドムスがバッサリ斬って落とす。

 「へぅ!?」

 予想外の返しにエルフの少女(もっとも実年齢は40歳を超えていたりする)が、思わず口ごもってうるうると涙目になったところで、傍らにいたグラスフェローが一歩前に出て対応を引き取る。

 「総長キャップ、気持ちはわかるけどニケをいぢめるのはやめてやってよ」

 相方の言葉に一瞬嬉しそうな笑みを浮かべ、つないだ手をギュットと強く握るニケだったが……。

 「ニケをおもちゃにしていいのは僕だけなんだから」

 「ふぇええ、ヒドいよ、ニムくん!」

 あっさり梯子を外されて、よりいっそう涙目になる。

 「はいはい、相変わらず仲が良くて結構なことで。で、今日、ここに来たのは結婚に伴う寿退職の報告か?」

 そう。このふたりは、私兵団の中でも熱愛中のカップルとして知られているのだ。

 地球の常識からすると、パッと見「ショタ趣味な中学生の少女が、何も知らない10歳くらいの小学生の男の子を【事案】した」ようにしか見えないが、グラスランナーは成人してもヒューマンの子供のように見える種族だ。

 彼──ニムロッドも実年齢はドムスよりひとつ上の29歳。グラスフェローとしてはそろそろ中年に差し掛かった頃合いと言えるだろう。

 ちなみにエルフ女性、ニケの年齢は42歳。エルフとしては、成人してるかどうか微妙な年頃だったりする。その意味では、むしろ「いい歳したオッさんが、中学生卒業するかどうかという幼な妻を囲ってる」という方が、むしろ実態に近いのかもしれない。

 「はぅ!? こ、寿退職って……いえ、その、ま、間違いではないんですけど」

 真っ赤になってしながら両手で頬を押さえるニケ。

 「ところで、ニムロッドも一緒に辞めるつもりか? ウチでは貴重な偵察要員だから、できれば残ってほしいんだが」

 ひとりくねくねしているニケは放置する方向で、ドムスはその旦那の方と話を進める。

 「いや、僕は残るさ。嫁さんもらって家庭を持つ以上、いつまでも寝無し草でふわふわしてるのもどうかと思うし」

 その大半が放浪者たびびとであるグラスフェローとは思えぬ、堅実な意見だ。もっとも、冒険者ならともかく傭兵になっている時点で、グラスフェローとしては変わり者なのも確かだが。

 「なら、辞めるのはニケだけか。弓手アーチャーが減るのも痛いと言えば痛いが……ま、何とかなるだろ」

 「あ、あのっ!」

 隊員名簿をめくって、ニケが辞める旨記入しようとしているドムスに、正気に戻ったニケが「待った」をかける。

 「ん? なんだ?」

 「その、子供とか将来的なことを考えると、戦場ぜんせんから離れたいのは確かなんですが、事務とか後方支援うらかたとして雇っていただくことはできないでしょうか?」

 遠慮がちに希望を述べるエルフ少女の言葉を聞いて、ドムスの両目がキュピーンと光る。

 「ほぅ、事務職ないきん希望か。いいじゃないか!」

 実は、現在「杖の軍団」が抱えている最大の問題が、この実働部隊“以外”の人員の大幅な不足なのだ。

 軍団長であるドムスとその護衛兼秘書官的な立場のユランが中心になって全体の7割近くを処理し、残る3割を配下の魔法使いから書類仕事が不得手でないメンツを見繕って任せているというのが現状だ。

 その事務関連に信用できるメンバーが加わってくれるのは大歓迎だった。

 「ささ、ふたりとも、こちらのソファに座ってくれ。詳しい条件なんかを詰めようじゃないか。ユラン、ふたりにお茶を。お茶請けは、タイガー屋のクラシックスイーツでいいかな?」

 「え? え? は、はい、お構いなく……」

 目を白黒させているニケと「早まったかなー」という顔で苦笑しているニムロッドが対照的だ。


 「まぁ、今はまだいいけど、子供ができたらちゃんと考慮してよ、総長」

 「わかってる。我が“杖の軍団”は、将来的には福利厚生にもちゃんと気を遣うホワイトな職場を目指すからな」

 “将来的それ”って現時点ではブラックってことでやんすよねぇ……と思いつつも、主(と自分)の負担を考えて、あえて口には出さないユランは従者の鑑と言えるだろう。



<And Then……>


 「最終的には実働部隊が4人減って15名か。現状ならなんとかなるが、魔法使いが増えたら15じゃ足らんな」

 退団希望者への面接が終わった後、早速ドムスとユランは額をつきあわせて今後の「杖の軍団」の運営について相談していた。

 「あっしら7体を足しても22でやんすからねぇ」

 「いや、+5だ。ペリオとロッサは当面、シュートにつけるから予備役扱いにしとけ」

 「よろしいんで? そりゃ、あのふたりは喜ぶでやんすが……」

 「幸い、偵察班についてはニムロッドが残ってくれるからな。弓兵班はホルスをリーダーにすれば、とりあえずはまとまるだろ。重装班はこれまで通りユーヂが中心でいいとして……」

 「遊撃班は、当面エルシアに預けるしかないでやんすね。クトゥニアは集団の指揮とかにはまるで向いてやせんし」

 「将来的には一般団員ヒラのヘイスティングあたりも成長してくれるのを期待したいとこだがな」

 F&Tの一般隊員の練度と強さは、一部を除いて熟練兵以上近衛兵未満といったところだ。今回、その比較的強い“一部”がごっそり抜けたので少々厳しいが、これを機に新規募集をかけてフリーのベテランの取り込みと新人の育成に力を入れるのもアリかもしれない。

 「いやぁ、公的組織としては必要なことだとは思いやすが……大将の書類仕事ふたんが、また増えやすぜ?」

 「グフッ!!」


 内勤に転属なったニケには、ぜひとも明日から此方で仕事をしてもらおう。

 ついでに、事務職の公募もかけよう。

 そう堅く決意するドムスなのだった。

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