第二部:プリンセスを捜せ!

12.ふたりなら幸せは倍、辛いコトは半分になる(理想)。なお、現実は……

 自分が幸運なのか、それとも不運なのか──リーヴェンシルは時々わからなくなる。


 サイデル大陸では比較的安定した国家ロムルスの、下級とはいえ貴族の家に生まれたおかげで、少なくとも幼少時に飢えるようなことはなかったし、相応の基本教育も受けられた、これは確かに幸運だろう。

 しかしながら、5年前の王位継承にまつわるゴタゴタの際、当主である父が現王の弟であるヒウガ王子の派閥に属していたのは、不幸としか言いようがない。

 周知の通りヒウガ王子は失脚し、順当に王太子であったサトゥマ王子が王位に就いたため、父は冷や飯を食わされることになる──だけに留まらなかった。

 結果的には寸前で“鎮火”されたとは言え、国内が内乱一歩、いや半歩手前という事態になり、弟王子を担ぎあげる側に(残念なことに)積極的に加担していた父・ゼファー男爵は、爵位はく奪のうえ、それまで就いていた王都内整備の役職からも外されることになる。

 投獄や私財没収などの処分が下されなかっただけで十分温情ある処置だが、収入の道を断たれた元貴族が、これまで通りの暮らしを続けられるはずもない。

 これが伯爵以上の上級貴族や、爵位は低くとも在地領主であったなら、そこまで困窮することもなかったのだろうが、ゼファー男爵は直接国から俸禄きゅうりょうを得るいわゆる法衣貴族サラリーマンだったため、前述のふたつの処分は、まさにゼファー家の財布を直撃して大きな風穴を開けることになったのだ。


 屋敷と家財の大半を売り払い、一般庶民の住む平民街にこじんまりした家を借りて暮らすことになり、環境が激変したものの、それ自体は元々あまり華美なことは好まないリーヴェンシルにとってはさほど苦にはならなかった。

 しかし──まともな収入の道を見つけられない父と未だ金銭感覚が貴族のままの母のもとでは、(庶民レベルで見れば)それなりにあったはずの蓄えもみるみる目減りしていく。

 姉がすでに嫁ぎ、兄も家を出て軍人になっていたため、支出が親子3人分で済むというのは不幸中の幸いと言えるが、逆にそれはゼファー家には父以外に稼ぎ手となる人間がいないということでもあった。


 温室育ちの母には期待できないし、当時まだ11歳だったリーヴェンシルは論外だ。いや、農民漁民や、都市部でも職人商人の子弟ならば、その歳ならそろそろ家業の“お手伝い”から“見習い”へとシフトし始める頃合いではあるが、貴族の箱入り娘として育った彼女には、商家の手伝い程度でも少々荷が重い。

 一応、読み書き計数の類いはたしなみとして身に着けていたから、簡単な事務仕事の手伝いくらいならできなくもないだろうが、あまり人づき合いのよい方ではない──というか、コミュ障に近いレベルで内気なリーヴェンシルにとっては、“見知らぬ家に雇ってもらう……ために交渉をする”ということ自体がハードルが高すぎた。


 このままでは遠からず家は破産し、自分達は貧民街スラムにでも流れつくか、あるいは春を売って糊口をしのぐしかないのでは……とまるで明るい将来が見えない状況だったリーヴェンシルに転機が訪れたのは、通っていた護身術の道場に、今後は顔を出せなくなる旨を報告に行った時のことだった。


 尚武の気風の強いロムルスでは、たとえ貴族の娘であっても……いや、貴族の娘だからこそ、なにがしかの護身を兼ねた武術を身に着けているのが普通だ。

 そのたおやかな美しさ故に“姫の中の姫 (プリンセス・オブ・プリンセス)”と称えられる第一王女のレイアも、女性としては有数の弓の使い手であり、また某軍団長(予定)に「平々凡々」と酷評された第二王女とて、平均的な兵士程度には剣の扱いを学んでいるのだ。

 あまり刃物や武器の類いを持ちたくなかったリーヴェンシルは、2年程前から主に無手で戦う格闘術の道場に通っていた。まだ若い女性の道場主からは、「どんくさそうに見えて案外筋がいい(意訳)」と褒められ(?)、目をかけてもらっていたのだが、今後は月謝が払えないのだから仕方がない。


 ところが、リーヴェンシルが率直に自分の家の状況を話し、これまでの厚遇に対して感謝を述べた後、今日で辞める旨を伝えたところで、稽古中以外はいつもニコニコと穏やかな微笑を浮かべている道場主が、珍しく無表情になって彼女の顔を見つめてきた。

 (先生、怒ってるんでしょうか? それも当然ですよね)

 いろいろ目をかけてもらっていたのに、こんな中途半端な状態で修練を止めるというのだから……。


 しかしながら、口を開いた道場主の女性から出た言葉は、思いもよらないものだった。

 「そぅなの……ねぇ、リーヴェンシルさん。わたしの内弟子になる気はなぁい?」

 道場主は、リーヴェンシルの人柄と才がこのまま埋もれるのが惜しいのだという──が、そんなバカなことがあるはずがない。

 彼女よりも才気に溢れた者も、人格者も多数この道場には出入りしているのだから。

 おそらくは、彼女の境遇を憐れんだ道場主なりの思いやりの発露なのだろう。その気持ちは嬉しくないと言えば嘘になるが……元とは言えまがりなりにも貴族の血を引く娘として、リーヴェンシルにもなけなしの誇りがある。


 ところが、彼女が意を決して断りの返事を口にしようとした時、突然道場主が笑いだした。

 それも、平素のように「フフッ♪」という上品な笑い方ではなく、「クックックッ……」といかにも腹にイチモツ秘めていそうな不敵な笑いだった。

 「その歳で、しかもお嬢様育ちなのに、たとえ飢えてる時でも目の前に放り出された得体の知れないエサには手を出さないか。うんうん、思った以上に頭が回るわねぇ。いいわ、いいわぁ」

 潤んだようなその瞳は、男性が見たならあるいは欲情の証かと誤解して鼻の下を伸ばしたかもしれないが、同性であるリーヴェンシルには分かった。

 アレは獲物を狙う雌豹ないし牝狼の目だと。


 「ねぇ、リーヴェンシルさん、わたし、貴女のことが是が非でも欲しくなっちゃった♪」

 恋慕ないし性的な意味の告白にも聞こえる台詞だが、断じてそのような甘ったるい代物ではない。

 事ここに至ってリーヴェンシルは、自分が絡新婦アラクネの巣にうっかり足を踏み入れてしまったのだということに、遅まきながら気付いたが……だからといって、ただの11歳の小娘にはどうしようもなかった。


 ──その後、リーヴェンシルは最初の道場主の言葉通り“内弟子”として彼女のもとに引き取られ、実家であるゼファー家には支度金という名目で少なくない金銭が贈られる。

 両親は、唯一残った子供が手元を離れる寂しさよりも、いささか頼りない娘がとりあえず食いっぱぐれのなさそうな道へと進めたことを喜び、また一時的にも恒常的にもゼファー家の財政が好転したことに安堵し、娘の境遇について深く詮索することはなかった。


 * * * 


 ロムルス王国王位継承権第三位(暫定)を持つ第二王女ユーロピア・アルゲノートの失踪。

 速やかに緘口令が敷かれたため、国王とふたりの王妃を除くと、その事実を知るのは、ユーロピア付き侍女2名と護衛騎士1名、さらに国王に秘密裏に招集されたドムスとフェイアほか数名のみだ──今のところは、という但し書きがつくが。


 「つまり、国家機密ってコトですよね。それを、ファング&トゥースの皆さんはともかく、ただの弟子である俺に漏らしちゃっていいんですか?」

 ドムス宅の書斎で、王宮から帰って来た師に、いきなりそんな話を聞かされた弟子シュートとしては、そう聞かずにはいられない。

 「ああ、構わん。無論、他言無用は約束してもらうし、今から俺が言う任務しごとを断るなら漏らさないよう【禁忌(ギアス)】の魔術もかけさせてはもらうけどな」

 ちなみに【禁忌】とは、「特定の行動をできないようにする」精神操作系の魔術だ。もっとも、対象が「~せよ」ではなく「~するな」と否定形の行動に限られるうえ、阻害する対象行動をある程度限定しないと効果が薄れるので、“精神操作”という物騒な言葉のイメージに反して、あまり使い勝手はよろしくないのだが。


 「えーと、もしかして、その任務しごとって、“王女様の行方を捜せ”とか……」

 「まさかなぁ」と思いつつも、お約束に則って訊いてみたシュートだったが。

 「よくわかったな。その通りだ」

 真顔で師匠ドムスに頷かれたため、さすがに慌てて抗議する。


 「ちょ、何考えてるんですか!? 王女様が誘拐されたんですよ? 国家の一大事じゃないですか! 駆け出しのCランク冒険者に悠長に探させてる場合じゃないでしょ!!」

 「誰が“誘拐”だと言った?」

 「え? だ、だって第二王女がいなくなったんでしょ。そんなの誘拐以外に……ん?」

 再びまさかと思いつつも、脳裏に浮かんだ可能性を口にする。

 「ひょっとして、今回の事態って、他者の手でなく、王女様自身が引き起こした──ある種の“家出”だったりします?」


 「断定はできないが、その可能性は非常に高いというのが、俺とフェイアの姐さん、そしてカスミの一致した意見だ」

 非常に渋い顔になりつつ頷く師匠の言葉の中に、聞き慣れぬ名前があるのに気付いてシュートは尋ねる。

 「えっと、カスミさんというのは……」

 「刀子とうすの軍団長だ。この国の密偵スパイ偵察兵スカウトを束ねている、いわゆる情報・諜報部門の長だな」

 「日本人の俺には、その名前からすると女性に思えるんですが」

 「見た目は俺とそう変わらん年頃の女性に見えるな。もっとも変装の名手らしいし、“カスミ”という名前も偽名らしいから、あまりアテにはならんが」

 どこぞの怪盗のような設定とくちょうに、シュートは頭が痛くなってきた。


 「国として、そんな胡散臭い人、雇ってていいんですか? しかも軍団長なんて要職に就けて」

 「最終的に判断したのはサトゥマだが、意見を求められた俺や姐さんも肯定的な答えは返したぞ。有能だし、少なくとも契約した仕事に関して裏切らない人材だってことは、分かっているからな」

 「逆に、盗賊ギルドや他国に流れるほうがむしろ怖い人材だし」と付け加えるドムスの言葉に、改めて自分の師が“国政”にも深く関与しているのだと実感するシュート。


 (普段、家にいる時は、ヘンなハイテンションで魔具作ってるか、武器の素振りと演武してるか、俺に魔法関連の講義してくれるかのイメージしかないんだけどなぁ)

 彼に師事して半年。ややマッドの入った職人、頑健な武人、頼りになる魔法の先生という3つとはまた異なる、“王宮の閣僚かんぶ”というドムスの別の側面を思い知ることになって、複雑な気分だった。

 (「働く父はちょいと違う」ってヤツかな)

 いや、“父”ってほど歳は離れてないし、魔術師としても魔具職人としても熱心に働いてるのは知ってるけどさ──と、自分で心中にツッコミを入れつつ、シュートは引き続き師匠の言葉に耳を傾ける。


 「これは機密だが、サトゥマの意向でこの国の現役王族7人の体内には魔法の発信機的な物体がこっそり埋め込まれているから、おおよその場所も特定はできてるんだ」

 「またサラッと国家機密を明かさないでくださいよッ!」

 この分だと、自分は遠からずこの国の王家ないし官僚組織のくびきから抜け出せなくなるのではないだろうか、と微妙に憂鬱になるシュートだったが……。

 「何を今更なコトを。外来人のお前さんが、俺に師事してその保護下にある時点で、最終的な身分が国家公務員やくにんであることは、ほぼ既定事項だぞ?」

 思い切りドムスに肯定されてしまった。


 「まぁ、お前さんが将来Sランク冒険者とかになって、民間に置いとく方が有益だと判断されれば話は別だがね」

 「もしくは、箸にも棒にもかからんくらいの無能な人材になり下がったなら、王宮こっちから丁重にお断りの連絡メールを入れさせてもらうが」と付け加えるドムス。


 「どっちもイヤですよ! くそぅ、特に就きたい職があったワケじゃないけど、未来みちが決められているとなると微妙に釈然としない」

 「なに、別に今すぐ役人になれとは言わんよ。少なくとも俺は10年くらいの余裕は見てるからな。当面は冒険者やりながら、剣なり魔法なり、あるいはその他諸々なりの技術と経験を蓄積していけばいい」

 「はぁ、まぁ、そういうコトでしたら……」

 10年間の猶予があると知って、シュートも多少は冷静になる。


 (まぁ、その10年の間にも、今回みたくいろいろな任務はやってもらうつもりだがね)

 と心の中でつぶやくあたり、ドムスのお腹も結構黒いようだ。


 「? 何か、言いましたか、師匠?」

 「いんや、なんも。で、話を元に戻すと、ユーロピア王女が王都内のとある地区にいることは確実なんだが、さすがに現時点ではそれ以上に絞り込むのは難しい。なので、正確な居場所を捜して迎えに行かせる人材が必要だってこった」

 「それ、師匠とかフェイアさんじゃダメなんですか?」

 シュートの疑問ももっともだったが……。


 「姐さんは明日から王宮の方で外せん用事が入ってる。そういう時は、これまでならフリーハンドの人手として俺が代わりに動いてきたんだが……俺もそろそろ軍団の編成関連の仕事をこなさないワケにはいかないからな」

 なにしろ、ただでさえ「杖の軍団」の設立には疑問視する声も根強くあるのだ。立ち上げ時からグダグタしていては「それみたことか」とそちらを勢いづかせることになりかねない。


 「じゃあ、テーバイ様の部下の人とか、さっき言ってた情報担当のカスミさん、でしたか? そのところとかは……」

 「テーバイ自身には話を通したが、情報の拡散を抑える意味でも剣の軍団のメンバーを使うのはナシだな。カスミの方は、ひとり適当な人材を寄越してくれるらしい。ソイツと組んで王女探索を進めてくれ」

 と、ちょうどその時、誰かが魔具式呼鈴インターホンのスイッチを押したらしい音が部屋に響く。

 「お、来たみたいだな」


 * * * 


 師であり仕事上の上司でもある人物からの指示で、その日の夕方……というよりほとんど夜になりかけた時間帯に、リーヴェンシルは、とある人物のもとを訪ねた。

 目的の場所は、平民街と貴族街の境目付近にある、少々古いがなかなかの広さを誇る邸宅。

 (! ここは……)

 忘れるはずもない。彼女が生まれ、5年前まで住んでいた我が家……だった場所だ。


 しかしながら、5年の歳月を経た屋敷の細部には至る所に変化が見られた。

 園芸が趣味の母が、侍女に手伝わせて蔦薔薇を絡ませていた生け垣は武骨な煉瓦塀へと変わり、庭の一角には見慣れぬ物置小屋のようなものが建てられていた。

 「そう……ですよね」

 その変化ことを寂しいと感じる心は確かにあるが、それを表に出すわけにはいかない。

 なにせこれから彼女は、一時的とは言えこの家の今の持ち主の指揮下に入って、“あの”上司が言うところの“ちょっと面倒な仕事”とやらを片付けなければならないのだから。


 上司から教わった通りに、煉瓦塀の切れ目に設けられた門扉の目の高さにある金属製のボタンを、恐る恐る押してみる。

 これは魔具で、内部の人間に客が来たことが伝わるというのだが……。


 『──はい、どちらさん?』

 釦の横にある孔から、若い男性の声が聞こえてきた。

 「! あ、あの、わたし、カスミ様の言い付けで、こちらに参った者なのですが……」


 * * * 


 『! あ、あの、わたし、カスミ様の言い付けで、こちらに参った者なのですが……』


 「ああ、話は聞いてる。今、ウチの者を門まで迎えに行かせるから、ちょっとだけ待っててくれ」

 魔具式呼鈴の通話管に向かってそう告げると、ドムスは振り返り、その場にいる面々──トゥース&ファングの7人プラス弟子に視線を走らせる。

 「じゃあ、人当たりのいいユランかロッサ……いや、ここは今後行動を共にする人間ヤツの方が適切か。シュート、頼んだぞ」


 「うっ……わ、わかりました」

 まったく初対面の女性と会話するというのは、学生時代、そして此方アールハインに来てからも、あまり異性慣れしていないシュートにとっては微妙にハードルが高い部類の行動だが、これから共に“難事クエスト”に挑む仲間どうしだと考えれば、そんなヘタレたことは言ってられない。

 軽く自分の服装などをチェックし、客と対面してもとくに問題ないと判断すると、シュートは師の書斎を出て、足早に屋敷の玄関へと向かった。


 「──すみません、お待たせしました」

 門扉の覗穴から声をかけ、相手が先ほどドムスが魔具越しに話したのと同一人物であること確認したうえで、多少の警戒心は心の奥底に留めつつ、閂を外して扉を開ける。

 「どうぞ。ドムス師匠がお待ちです」

 努めて平静を装いつつ、相手を招き入れながら、シュートは油断なく様子を観察する。


 「あっ、はい。で、では、失礼します……」

 歳の頃はシュートより2、3歳若い、16、7歳というところか。

 サイデル大陸では比較的珍しいストレートな黒髪を背中の半ばくらいまで伸ばし、ざっくり左右に分けてそれぞれ三つ編みお下げにしたうえで、できたふたつの房を肩から前に垂らしている。前髪もかなり長めで顔の左半分がほとんど隠れているが、どこぞの虎縞ベストを着た少年の如く、かろうじて琥珀色の右目が髪の分け目から覗いていた。

 服装は──あまり飾り気のない暗褐色の長袖ミディ丈ワンピースと素足にサンダルというありふれたもの。

 このロムルスの諜報情報担当部門から派遣された人材と聞いていたため、ノースリーブの着物の下に鎖帷子を着たクノイチ風の衣装や、身体の線がはっきり出るスニーキングスーツ(退●忍でも可)スタイルを、なんとなく想像きたいしていたシュートは、アテが外れることになる。


 (いや、まぁ、常識的に考えると、普段からそんなカッコしてたら、自分は密偵スパイですって宣伝してるようなモノだけどさ)

 そう考えると、どこにでもいそうなこの町娘風の格好が正解なのだろう。


 よく見れば、この年代のヒューマン女性としては決して背は低くないのだが、軽く猫背気味で肩をすぼめるような姿勢のせいか、いまひとつ頼りない印象を受ける。

 「あの、すみません、こんな遅い時間に……」

 別段悪いことをしているワケでもないのに、おどおど申し訳なさそうな口ぶりなのは、根が小心なのか──あるいは、シュートに品定めされていることを気付いたうえでの演技か。


 (その辺りの判断ができるほど、俺も人物鑑定に自信がないなぁ。経験不足だな、こりゃ)

 「いえ、むしろこんな時間までお役目、ご苦労さまです」

 内心の(初対面の相手に対しては少々失礼な)感想は表に出さず、シュートはジャパニーズ・アイマイ・スマイルを浮かべつつ、彼女を案内する。


 「こちらで我が師がお待ちです、どうぞ」

 書斎の扉の前で立ち止まり、わざわざそう宣言してから扉を開いたのは、少女というよりむしろ中にいる人々に、到着を知らせる(そして警戒を促す)目的があるからだろう。


 「し、失礼します………ひゃお!?」

 軽く声を裏返らせながら緊張した面持ちで部屋に入……ろうとして、少女がドアの敷居で一瞬つんのめりかけたのを見なかったことにするくらいの優しさは、その場にいる全員が持ち合わせていた。


 * * *


 「さて、改めて自己紹介させてもらおう。俺がこの屋敷の主で、今回の一件を取り仕切ることになったドムスだ」


 ドムス・エンケレイス──新設される“杖の軍団”の軍団長で、ここ数年「魔道具技術顧問」としてこの国の魔法技術関連の進歩に貢献してきたという人物は、一般的な“魔術師”という言葉のイメージを大きく裏切る、大柄で筋肉質な体躯を持つ20代後半の男性だった。

 リーヴェンシルが住み込みで師事している格闘武技の道場でも、それなりにたくましく頑健な体格の者を見る機会は多いが、それらの大半を苦も無く叩き伏せられそうな威圧感と風格を持つあたり、本当に頭脳労働を旨とする魔術師なのか疑わしくなってくるが……。

 とは言え、わざわざ彼女のような下級軍団員したっぱを騙す利点もないだろうから、彼がエンケレイス氏で間違いはないのだろう。


 「お初にお目にかかります。カスミ様の元より派遣されました、リーヴェンシルと申します。まだまだ拙い若輩者ではありますが、精一杯努めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」

 そろそろウロ覚えになりつつあるが、一応はまだ覚えている範囲での、目上に対する礼儀に則った口調で挨拶をするリーヴェンシル。藪蛇になるのを避けるため、あえて家名は名乗らないようにしておく──もっとも、相手がこの国の要職にある以上、知られている可能性も高いが。


 ドムスは「こちらこそよろしく」と鷹揚に頷くと、チラと同席者たちへ視線を向けた。

 「この部屋にいる者の内、こちらの7人が俺直属の私兵ごえいで、お前さんを案内してきたのが俺の内弟子のシュートだ」


 師の言葉を契機に、「シュート」と呼ばれた青年が一歩進み出て、リーヴェンシルの方へと握手(このサイデル大陸にもその習慣はあった)を求めてきた。

 「初めまして、シュート・シーマンズです。エンケレイス師の教えを受けつつ、普段はCランク冒険者として活動しています」


 (Cランク、ですか……)

 差し出された手を、軽く握り返しながら、リーヴェンシルは心の中でつぶやく。

 正規の“冒険者”としては一番数が多い層であり、それだけに質のバラつきも激しいランクだった。


 (Aは無理でも、できればBランクの人であれば、間違いなく頼りにできたのですけれど……)

 とは言え、リーヴェンシル自身も、カスミとの師弟関係はともかく“刀子の軍団”に配属されて働き出したのはつい最近の話だ。

 そんな彼女と、まだ若いCランク冒険者を組ませて実行させようという任務しごとなのだから、それほど大げさなものではないだろう──未だ詳しい“事情”を上司カスミから聞いていない彼女はそう判断したのだが……。


 このあと“家出(?)して失踪した第二王女を捜し出して連れ戻す”という、国家機密級の任務の内容を聞かされ、ムンクの『叫び』の如き年頃の娘さんがしてはイケナイ表情かおげいをドムスたちの前にさらすハメになるのだった。


 「そ、そんな重大な任務を、わたしみたいな見習ぺーぺーにやらせるなんて、絶対おかしいですよぉ~~!」

 「はっはっはっ、まぁ、頑張りな。こっちもできる限りの援護はしてやるから」

 「ふっふっふっ、逃しませんよ、リーヴェンシルさん。失敗なば諸共、みんなで幸福らくになりましょう」

 「いぃ~やぁ~~!!」

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