第39話 エピローグ
決闘の30分後。
緑帆とユーリがくずれた岩壁のがれきを掻き分けながら、ようやくクウェンとミネルヴァに合流した。
崖が崩落する直前にユーリが唱えた防壁の魔法によって、二人は辛うじて致命傷を逃れていた。
だが、飛び散る岩石を完全に防ぎきれたわけではなく、二人とも全身に生傷をたくさんつくっていた。
それでも、ドラゴンを退治したという達成感が四人を後押しし、そのまま休むことなくザクア山を目指して歩き始めた。
ガイラックとの死闘により、あたりの岩石は粉々に砕かれ、随分と歩きやすいと平地へと変貌していた。
それでも、そこからザクア山の麓に到着するまで、その後たっぷり2時間を要した。
王宮から望むザクア山は富士山によく似た円錐型の形の整った山だったが、近くまで来てみると、一面が火山石で覆われるゴツゴツとした山だった。
ミネルヴァが火山石を一つを拾いあげ、手のひらの上に置いて観察した後、ユーリに渡した。
「これ一つで1000万マナはありますね」
ユーリは手の上の火山石を見て唸った。
ザダ国はこれだけの魔法資源を持っていながら全く活かしきれていなかったのである。
強力な武器を持ちながら、それを使い切れず、他国から狙われる国となっているこれまでの状況が如何に危険だったかを改めて思い知らされた。
◆ ◇ ◆
一通り調査を行った後、一団は《転送石》を現地にセットして山を離れた。
帰路は転送魔法を用いたため一瞬だったが、王宮に入った時には、既に日が暮れていた。
緑帆はまたもや転送酔いでグロッキー状態になった。
魔法使いのように体内にマナを流しこむことに馴れていない緑帆にとって、転送魔法発動の瞬間は内臓を引き抜かれるような、何とも言えないおぞましい感覚であった。
その感覚は転送が終わったあともしばらく消えることがない。
4人は迎賓の間へと入った。
緑帆はクウェンに担がれながら、やっとのことでソファに辿り着くと、沈み込むように横になった。
徐々に転送酔いは覚めてきたが、代わりに今日一日の疲れがどっと噴き出した。
何しろ朝出発してから今までずっと歩き尽くしだったのだ。
こんなに歩いたのは生まれてはじめてだ。
ミネルヴァとクウェンも疲れた表情はしているものの、緑帆ほどではない。
魔法の力で疲れを癒したりでもしているのだろうか。
「私は王へ報告に行ってくる。ここでしばし待たれよ」
ユーリは休む間もなく、部屋を出ていった。
見たところかなりの高齢だと思うのだが、大した体力である。
「ユーリさん、錬を早く解放するよう、王にお願いしてください」
足早に王の間へ向かうユーリに向かって、ミネルヴァが扉から顔を出して言った。
「ああ、判ってる」
ユーリは振り返りもせずに答えた。
それから数分後、ユーリは早々と部屋に戻ってきた。
「王は本日の成果を非常に喜んでおられた。明朝あらためて王に謁見してもらいたい。本日はゆっくり休まれるがよい」
「錬はどうなりましたか」
ミネルヴァがすかさず尋ねた。
ユーリは疲れた表情で苦笑した。
「そう、はやるな。明日、お主らと共に我が王に謁見する予定だ。その時に会えよう」
ミネルヴァは静かに頷いた。
「ありがとうございます。ユーリさんには迷惑をかけます」
錬に早く会いたいからなのか、ミネルヴァは神妙な面持ちで頭を下げた。
◆ ◇ ◆
翌朝、ミネルヴァ・クウェン・緑帆の3人は迎賓の間で謁見の時間に備えた。
十分に睡眠はとったはずなのだが、緑帆はまだ昨日の疲れがとれていない。
一方のミネルヴァに疲れた様子はなく、行儀よく椅子に座っている。
3人は一言も発せずに、黙って呼び出されるのを待った。
数分ほど経ち、警備兵が三人を呼びに来た。
「謁見を行います。お越しください」
警備兵の呼びかけで、緑帆とクウェンは立ち上がった。
だが、ミネルヴァは座ったまま、緑帆とクウェンを見上げたままである。
緑帆が不思議に思って、ミネルヴァに目を向けた。
「どうかしましたか?」
ミネルヴァは答えずに、ただ二人を交互に見つめた。
何かを訴えかけるような表情をした。
次の瞬間、ミネルヴァは小さく「ボウク」と呟いた。
すると、彼女の姿はロウソクの炎が吹き消されるように消えた。
緑帆とクウェンは突然のことで呆気にとられた。
「どうしました?」
怪訝に思った警備兵が声をかけた。
緑帆とクウェンは気の抜けた表情で振り返る。
警備兵が異変に気付いた。
慌てて駆け寄ると、たったいまミネルヴァが座っていた椅子を穴が空くほど凝視した。
「ま、魔女はどこだ? どこへ行った?!」
警備兵は完全に動転していた。
緑帆とクウェンをその場に残したまま、何やら叫びながら部屋を出ていってしまった。
ミネルヴァは迎賓の間へ入る前から転送魔法を事前詠唱していたのだ。
だからこそ、言葉を発することができなかった。
しかし、彼女の言いたいことは緑帆に伝わった。
(錬を守らなければ)
◆ ◇ ◆
それからというもの、王宮内はミネルヴァの捜索で大騒ぎとなった。
ユーリはドラゴン討伐の大手柄から、一転してミネルヴァを逃がした大罪で責められる立場となった。
警備はつけていたものの、魔法に対する防壁を張っていなかったのは、全くもってユーリの失態である。ミネルヴァの一連の働きで、ユーリは彼女を完璧に信頼しきっていたのだ。
結局、王宮内でミネルヴァが見つかるはずもなく、国中に指名手配を出し大掛かりな捜索活動を行うことになった。
緑帆とクウェン、そして錬の3人は、ミネルヴァが見つかるまで王宮内で預かりの身となった。
事実上の軟禁である。
ドラゴンを退治したという事実がなければ、即座に獄中に投じられてもおかしくはなかった。
ミネルヴァが姿を消した朝。
ユーリは馬を走らせ、市街地の外れにある国境警備隊本部へと向かった。
手元には彼女の国外逃亡を阻止するための指示書を携えている。
だが、手遅れ感は拭えない。
彼女の唱えた転送魔法の行き先が国内であるはずがなかったからだ。
街の中心街に差し掛かると、場が騒然とした空気 に包まれているのに気がついた。
ドラゴン退治という快挙に沸いているというには程遠く、別の何かもっと異様な事態が起こっていることを感じさせる。
ざわつく市民の中で、ユーリは歩を緩めた。
市民達は何やら遠くを指さして騒いでいる。
その方角には、石畳で作られた小綺麗な四角い建物が建ち並び、空にはぽつぽつと白い雲が浮かぶ、いつも通りの穏やかな風景が拡がっていた。
しかし、何か違和感があった。
ユーリにはそれが何なのか、俄かに理解できなかった。
だが、一人の市民の叫び声によって、それはすぐに判明する。
「ザクア山が!」
「……ザクア山?」
ユーリが思わず普段見慣れた方向へと目を向ける。
「!!」
ないのだ。
その風景に加わるべきザクア山が見当たらないのだ。
ザダのシンボルとも言えるザクア山がごっそりと消えて無くなっているのだ。
「ミネルヴァか……」
ユーリは唸るように呟いた。
彼女しか考えられなかった。
彼女はこともあろうか、転送魔法を用いて山ごと持ち逃げしたのだ。
ザクア山自体の莫大なマナを利用することによって……。
ユーリは呆然とその場に立ち尽くすほかなかった。
(エピソード3終わり)
ムー大陸の彼方へ ずん @junchandora1
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