第14話 ラトア城塞潜入

 翌朝、砦を出発し、さらに一週間の旅を経て、一行はようやく山路の終点に到った。

 山道に沿って流れていた川が道を遮るよう左に折れると、アーチ状のしっかりした石橋がその川をまたぐ。

 その先には民家らしき建物がポツポツと建ち並んでいる。

 ラトアの城下町に入ったということだ。

 ディアトロフ砦と同様、ラトアにおいても東側のミューダ城へと続く道の往き来を阻むものは設置されていない。

 むしろ、ミューダとの間を往来しやすいよう、道は広くとられていた。

 マルス兵が数人見張り番として配置されていたが、ミューダ側から攻め込んでくるのを警戒する様子はなかった。

 行商の出で立ちをした一俊たち一行は、荷車の中に武器のないことを確認されるだけで、あっさり通された。

 仮に武器をあったとしても、怪しまれることはなかったかもしれない。この辺では自衛のために武器を所持するのは当たり前のことだからだ。

 通してもらったことに気を良くした葵は、馬車に積んであった蜂蜜酒を警備兵たちに気前よく配っている。

 変な疑いをかけられる前に早くこの場を去りたい一俊と虎太郎は、ヤキモキし通しである。

 終いにはしびれを切らし、葵の後ろ襟を掴んで引きずるよう連行した。


 無事、城下町に潜り込むことに成功すると、間もなく一行は予定通り宿屋に到着した。

 その夜、協議した結果、作戦決行は翌日と決まった。

 マルス軍がいつ行軍を再開するかわからない現状では、できるだけ早くに作戦を実行する必要があると判断したのだ。

 急遽、作戦前夜となったこの晩、一同は成功を祈願して蜂蜜酒で乾杯した。

 皆が団欒する中、サルートは軽く一杯付き合っただけで、別室にこもると瞑想をはじめた。


   ◆   ◇   ◆


 翌早朝、決行の日。

 5人はラトア城の東側から1キロほど離れた雑木林に馬車を潜ませ、城壁付近の様子を伺っていた。

 ガードは東門脇に2人と見張り塔に2人配置されている。サルートの地図で示された通りだ。

 雑木林から城壁方向へは、背丈50センチ程度の雑草が生い茂る草むらが広がっている。

 身を隠しながら近づいていくにはギリギリの地形だ。

 ガード達の注意が少しでもこちらに向けば、すぐに見つかってしまうであろう。

 事前の調査で、見張り塔のすぐ脇にガードからは死角となるわずかなスペースのあることがわかっていた。

 その地点へ向かって、一俊、虎太郎、サルート、カミラスの4人がほふく前進をしながら慎重に近づいていく。

 城壁まであと5メートルというところで、体を隠す草むらが途切れた。

 しかし、ここまで来れば見張り塔のガードからは完全に死角となる。

 あとは東門のガード2人の目を盗みながら、目標地点まで一人ずつ慎重に移動するだけだった。


 4人が城壁にたどり着くと、サルートが魔法詠唱をはじめた。

 結局、街でマナを調達することはできなかったのだが、瞑想によって少量だがマナを集めることができたのだという。

 魔法に詳しい人間が一行にいなかったため、誰も疑問には思わなかったが、サルートが行ったことは実は非常に驚くべき技術だった。

「浮遊魔法を唱えられるのはせいぜい3回程度です。慎重にいきましょう」

 サルートは皆に忠告したのち、呪文を唱え始めた。

 詠唱完了と同時にカミラスの巨体がフワリと浮き上がり、そのまま城壁の上へ上へと運ばれていった。

 15~20メートルはあろうかという城壁を越えて通路に着地すると、カミラスはすぐ隣の見張り塔にいるガードに気づかれぬよう、身を低くする。

 そのままの姿勢で、腰にかけてあったロープを取り出すと、壁下の一俊たちへそっと垂らした。


 一方、葵は深い草薮の中に隠した馬車の傍らに待機しながら、城壁を登る4人を見守っていた。

(なんて遠くに来てしまったんだろ)

 葵はぼんやりと考えていた。

 ミューダ公国へ帰るには、また同じ距離を戻らなければならないのかと思うと、それだけでうんざりした。

 だが、今は帰りの心配をしている場合ではない。

 無事に帰れるかどうかはこの作戦が成功するか否かにかかっているのだ。

 一俊達が城壁を超え、向こう側へ降りていくのが確認できた。

 ひとまず潜入には成功したようだ。

 ほっとすると、葵は馬車の傍らにしゃがみ込み、城壁付近に残ったカミラスとサルートからの合図を待った。


   ◆   ◇   ◆


 早朝は夜番のガードたちの疲れがピークに達する時間帯である。

 交代時間が近づくにつれて、次第に注意力が散漫になっていく。

 そのため正面廊下の交差点からいきなり走り込んできた剣士に対して、反応が数秒遅れたとしても無理からぬことだった。

 一俊はガードたちに剣の抜く間も与えなかった。

 二人のガードを倒すと、背後の虎太郎に合図を送る。

 虎太郎が追いつくのを確認するや、大きな扉に両手をあてて勢いよく押し出した。


 中央大広間は30メートル四方ほどのガランとした奇妙な空間だった。

 床にはキラキラとした宝石が埋め込まれており、中央奥には一式の机と椅子がポツリと設置されている。


 そこには男が一人座っていた。

 他に人は見当たらない。

 一俊に続いて広間に入った虎太郎が、助走をつけながら一俊の前に出ると、その男めがけて槍を投じた。

 槍はきれいな弧を描きながら、寸分の狂いもなく男を捉えた。


 だが、串刺しにしたのは椅子だけだった。

 男は意外な俊敏さで横転をし、槍をかわしたのだ。

 そのままゆっくりと立ち上がる。

 190センチはあろうかという長身に、白いマントを纏った姿。

 あらかじめラトア城主から聞いていた特長と一致する。

 顔は革のマスクで覆われており、表情を伺うことはできないが、将軍であることは間違いなかった。

 遠くからでもピリピリとした威圧感が伝わってくる。


 一俊は刀を構えながら、じりじりと間を詰めていく。

 男は何やら呟いて長剣を抜く。

 するとまだ20メートルの距離はあろうかというのに、その長剣を軽く一振りした。

 長剣から火花が上がると、地面を這って、あっという間に一俊の刀へ絡みついた。

 その瞬間、体が痺れて、身動きがとれなくなった。

 声も出せない。

 うずくまったままかろうじて薄目を開けると、足元に人影を見てとった。

 渾身の力を振り絞って横転する。

 ほぼ同時に、今いた場所へ長剣が叩きつけられる。

 20メートルの距離が一瞬で詰められた。

 尋常なスピードではない。

 虎太郎がようやく椅子に刺さっていた槍を回収すると、一俊と並んで相手と対峙する。

「ハンパな速さじゃないぞ。気をつけろ」

 それを聞いた男が口を開いた。

「私のことを何も知らないのか? お前達、この世界の者ではないな?

「……」

「異人か?」

 簡単に見破られて、どう答えていいかわからず、二人は黙り込んだ。

「誰に召還された?」

「やるぞ!」

 質問を無視して、剣を構えなおした。


 男がまた何かをつぶやきはじめた。

 あのつぶやきはまずい。

 一俊は猛然と突進した。

 間合いを詰めるやいなや首元めがけ、渾身の力で突いた。

 かろうじて、その攻撃を受け流したものの、男は後方に大きく体勢を崩した。

 チャンスとみて、すかさず二の太刀を浴びせる。

 男の胸元を捉えたと思えた刀が空を切った。

 体勢を崩していたにも関わらず、将軍は一蹴りで後方に10メートル余りの跳躍を為したのだ。

 一俊は相手の驚異的な身体能力に驚愕しながらも、ここで追撃を止めてはいけないと直感し、さらに前へと踏み込んだ。

 次の瞬間、男は反転すると、一俊との間合いを一気に戻した。

 踏み込んでしまった一俊に、カウンターの一撃が襲い掛かる。

 だが、一俊の頭上で男の長剣と虎太郎の槍とが火花を上げて交錯した。

 虎太郎との鍔迫り合いで一瞬ガラ空きになった男の胴を反射的に一俊がなぎ払った。

 しかし、またしても刀に手応えは残らなかった。

 男は広間のはるか向こう端に跳躍していた。


 そしてまたもや、ぶつぶつと何かをつぶやいている。

 おそらく、あの驚異的な跳躍力を得るための呪文なのだろう。

 二人が再び間合いを詰めようとすると、男が剣を振りかぶった。

「気をつけろ!」

 一俊が叫ぶと同時に剣が振り下ろされた。

 剣先から光が飛び出す。

 一俊と虎太郎は両横に散らばった。

 しかし、光は二つに分かれて、一俊と虎太郎の双方を襲ってくる。

 一俊はとっさに刀を放り投げた。

 一方、虎太郎は間に合わずに光を食らった。堪らずその場にうずくまる。

 なんとか感電を避けた一俊は、すぐさま敵の姿を探した。

 きな臭い煙が広間全体に充満し、相手の姿を確認することができない。

 だが、敵がもう近くにいないことだけは気配でわかった。


 わずか5分間の攻防だった。


 がらんとした部屋に残されたことに気づき、一俊はふと焦燥感にかられた。

「逃げよう」

 二人は息をつく間もなく、その場を離れた。


 退避ルートは、緊急時の警備体制の裏をかくため、侵入ルートと逆方向、西門側に設定していた。

 案の定、城内の警備は全く追いついていなかった。

 すんなりと城壁まで到達すると、城壁の上に待機していたカミラスを見つけた。

 カミラスはロープを垂らすと、手際よく二人を引き上げた。

 一俊たちが城壁を乗り越えるタイミングに合わせて、葵が馬車を壁面につけた。

 全員が乗り込むと、葵は全速力で馬車を西へと走らせた。

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