第15話 離散
一行は城の西側に広がる《漆黒の森》へと逃げ込んだ。
作戦失敗時に退避する予定だった1番目のポイントである。
《漆黒の森》はマルスとミューダを隔てた天然の国境としての役割を果たしている。
マナの多い地域ではないので、魔物に出会う可能性も決して高くないはずなのだが、一度足を踏み入れると二度と出てこれない森だと噂され、周辺住民には畏れられていた。
マルス軍もミューダ進軍の際には、この森を迂回している。
逆に言えば、逃げ込む場所としてはうってつけということだ。
一行は、相手から発見しにくく、こちらからは見通しが利くポイントを選定していた。
今のところ、追っ手はない。
念のため日中は身を潜め、日が暮れるころにようやく野宿の準備をはじめた。
「なぜマルスの将軍が魔法剣士だということを教えてくれなかった?」
馬車の車輪を点検しているカミラスの背後から一俊が問いかけた。
カミラスは一瞬動きを止めたが、振り向かない。
「てっきりシーナス様から聞いているものかと」
一俊はカミラスの肩に手をかけると、強引に振り向かせて胸ぐらを掴んだ。
「ふざけるな。こっちは命がかかっているんだ」
「それは皆同じだ。あんたら、召還された救世主なんだろ。相手が魔法剣士だろうが関係なかろうが」
殴りかかろうとする一俊を、葵が慌てて止めにかかる。
周りは既に暗くなり始めているが、発見される恐れがあるため明かりは一切使用できない。
そのためカミラスの表情はほとんど確認できないが、作戦が失敗した途端に態度が変わったのは明らかだ。
「彼の言っていることは本当です。私たちは城内の侵入と脱出を支援するよう指示されていました。将軍の暗殺についてはあなた方に任せるよう言われてましたので。てっきり伝わっているものかと……」
作業の手を止めて聞いていたサルートが困惑ぎみに言った。
カミラスはともかくとして、サルートの言葉に嘘は感じられなかった。
シーナスの伝達ミスだったというのか?
「将軍は一体どういう人なの?」
一俊の腕にしがみついたままの葵がカミラスに訊く。
「全く……今頃訊いてくるとはな」
鼻で笑うカミラスに再び殴りかかろうとする一俊を、葵が必死に制止する。
「私が説明しましょう」
サルートが険悪な雰囲気を治めようと、自ら説明を買ってでた。
「マルスの将軍ラクターは、昔、《四神》と呼ばれた魔法剣士の一人です。その中でも雷の使い手ラクターは最強との評判でした。強力ないかづち魔法は遠距離の敵も迎撃できますし、身体能力を高める強化魔法も使えます」
「どうしてそれを先に教えてくれない」
一俊は先ほど生死を分ける戦いから生還したばかりで、気持ちの高揚がおさまりきっていなかった。
「で、そのラクターっていう大将を仕留めれば、マルス軍の勢いは止まるということでええんやな」
虎太郎が念を押した。他にもまだ知らされていないことがあるのではないかと疑っているのだ。
「いえ、マルス軍は軍人皇帝マルスが直接統括し、その配下にラクターを含めた3人の将軍がいます。それぞれの将軍は2~3個軍団を率いて各方面を進攻しています。そのうちのミューダ攻略担当がラクター将軍です」
「どうもシーナスは説明が足りなんなぁ。つまりはラクターを倒しても、マルスは大した打撃を受けんということか」
「そうとも言えません。なにしろラクターは《四神》の一人ですから。失えばそれなりの打撃は受けるでしょう。ラトア軍は3人の将軍を全て《四神》で固めています。ちなみに残り一人の《四神》はデルボアです」
「……なんだって?!」
一俊が唖然とする。
「なるほどな……一俊を手始めにデルボアと戦わせたのにはそういう意味があったんか」
◆ ◇ ◆
その晩は予定通り、森の中で夜を明かすことになった。
一俊と虎太郎は葵を挟むように川の字の寝床をつくった。
カミラスとサルートも、さほど離れない場所でそれぞれ寝床を確保している。
一俊、葵、虎太郎の3人は並んで寝転びながら、夜空を見上げていた。
気温は若干低めだが、凍え死ぬというほどではない。
天候が良いのがせめてもの救いだった。
「暗殺に失敗してから、態度ががらりと変わったな」
一俊が小声で呟くと、ちらりとカミラスのいる方を見やる。
カミラスは少し離れた大木に寄りかかり、しゃがみこんで剣を研いでいる。
「もともとあいつはそういう役回りだったんやろ。俺たちの監視役ってわけや
「信用されてないんだな」
「そりゃ、そーやろ。逆の立場なら、わいでも信用せんで」
「まぁ、そうだな」
一俊は自分の剣技が信用されていないように感じたのだ。
もちろん、そういうレベルの話でないことは理解しているのだが。
「ところで葵、何をブツブツ言ってんねん?」
二人の男に挟まれた葵は瞬きもせずに夜空を見上げていた。
木々の間から星々が覗いている。
「ん。ちょっと星を確認したくて。でも、木が邪魔なのよね」
「こんな状態やいうのに。メルヘンチックなこっちゃな」
◆ ◇ ◆
夜も更け、一行は眠りについた。
といっても葵は仰向けになって固まっているだけだ。
一俊と虎太郎が両側を守ってもらえるのは有難いのだが、とても眠れる状況とは言えない。
しばらく目を瞑って頑張ってはみるものの、到底眠れないと悟ると体を横に向けた。
葵の動きで、横の一俊が目を開けた。
一瞬見つめ合う格好となる。
焦って目を逸らす。
すると、目を逸らした先に人影がよぎる。
葵の目が大きく見開かれる。
一俊は葵の反応に気づくと、素早く体を転がして葵から遠ざかった。
葵の目の前、すなわち今しがた一俊がいた場所に、ドスンと肉厚な剣が突き刺さった。
剣の腹には、葵自身の驚愕の表情が映っている。
数秒凍りついた。
が、我に返って、勢いよく身体を起こす。
傍らにカミラスが仁王立ちしていた。
よく見ると、首元には大きな腕が巻きついている。
背後から虎太郎がカミラスを拘束しているのだ。
さらに胸元には、一俊の脇差を突き立てられていた。
虎太郎と一俊はこの奇襲を予期していたのだ。
カミラスはピクリとも動けず、目の前の一俊を睨みつけている。
一俊はその視線を真っ向から受けながらも、静かに尋ねた。
「なぜ俺たちの命をねらう」
「あんたらは任務に失敗した。任務に失敗したら殺せと命じられている」
喉を締め付けられてくぐもった声が辺りに響く。
「誰にだ」
「知れたことを」
「おい、葵」
虎太郎の突然の呼びかけにも、葵は茫然として俄かに答えられない。
「葵!」
「はい!」
叱られた生徒のような返事となる。
虎太郎には今まで感じたことのない迫力があった。
「サルートの様子を見てこい」
虎太郎はカミラスを両腕で抑えているが、二人の体格はほぼ互角だ。
今のところは一俊がカミラスの胸元に脇差を突き立てているのでじっとしているが、暴れだしたら乱闘になりかねない。
葵は自分が行くしかないのだとことをようやく理解した。
「短剣を忘れるなよ」
要はサルートもグルなのかを確認して来いということだ。
短剣を腰から1本抜くと、そろそろとサルートの寝床へ近づいていく。
サルートの寝床は10メートルと離れていない。
目当ての大木の傍らに人影が立っているのが見えて、ぎょっとした。
「どうしたのですか?」
その人影は緊迫感の全く感じられない声で訊いてきた。
サルートは既に目を覚ましていたらしい。
手元を確認するが、杖も武器も持っている様子はない。
「サルートさん。悪いんだけど、手を後ろに回してもらえる?」
サルートはしばらく黙っていたが、素直に従った。
葵がサルートを連れてくると、5人全員が揃った。
カミラスは既に縄で縛られて、座り込んでいる。
「もう一度訊く。誰の命令だ」
「くどいな。わかるだろうが」
一俊が刀を向けると、カミラスは仕方なさそうに質問に答えた。
「失敗して捕まれば、我が国の情報が漏れる可能性がある。俺の任務はそれを防ぐことだ。まぁ、死に方は問わん。潔く失敗を認めて自害しろ」
「アホか。そんなことで死んでたまるかい」
虎太郎は感情的になることなく言い返す。
「俺達はまだ作戦が失敗した訳ではない」
一俊がそう言うと、カミラスはまたククッと笑った。
「おめでたいな。魔法も使えないあんたらがラクターに勝てるわけなかろう。この計画はそもそも茶番なのさ。ミューダは最初からあんたらに期待などしていない」
虎太郎はカミラスの荷物を持ってきて、ドンと目の前に置いた。
「作戦は続行や。お前は帰ってそれをダラスに伝えろ」
そう言ってカミラスの縄を切った。
カミラスは荷物を背負うと、何も言わずにその場を去って行った。
「シーナスは関わってるのかな?」
カミラスの後姿を目で追いながら、葵が小さく呟いた。虎太郎と同じ心配をしているのだ。
「さあな。だとしたら景斗達が心配やな」
結局、虎太郎のカマかけにも反応しなかった。
カミラスの姿が見えなくなると、虎太郎は一行の方に向き直った。
「で、これからどうする? 本当にもう一度攻め込むんかいな?」
「ミューダ公国にノコノコ戻っても殺されに行くようなもんだろ。雷神を倒して帰るしかないさ」
「そうね。私達には他に戻るところはないんだから。任務を果たして堂々と戻るしかないよ」
悲壮感をたっぷり漂わした顔で葵が言う。
先程の出来事が相当応えたようだ。
「……そうやろうな」
「ということで俺達はまた仕切り直しをするが……あんたはどうする?」
一同の視線がサルートに向く。
サルートも100%信頼できるわけではない。
しかし、全てを疑ったら完全に孤立無援だ。
この際、頼れそうなものにはやはり頼りたい。
カミラスは王直属の戦士だが、サルートはシーナスの懐刀だ。
シーナス自体の信頼度も揺らいでいる状況だが、もしかしたら信用できるかもしれない。
そういう思いが皆にあった。
「正直申し上げて、一度失敗した今の状況で再突入が成功するとは思えません。私が一旦国に帰って援軍を要請しましょう」
「それはカミラスがやってくれるんじゃないの?」
「やるわけないやろ! それどころか国にも帰らんかもしれへんで。なにしろ俺達の抹殺に失敗したんや。国に帰っても処分されるだけやろ」
確かにその通りである。虎太郎の勘は冴えている。
カミラスが襲ってくるかもしれないと最初に警告を発したのも虎太郎だ。
どうやら状況が緊迫してくればくるほど真価を発揮するタイプらしい。
「私もそう思います。必ず援軍を連れてきますので、しばらく潜伏して待っていてください」
「そうするよ。だが、ここは危険だ。カミラスが我々の場所をリークするかもしれないからな。ここから北の第二ポイントで待つことにしよう」
「わかりました。ではご無事で」
そう言うとサルートは荷物を手際良くまとめて、早々に去っていった。
サルートが本当に援軍を連れて帰ってくる保障はない。
ミューダ公国がどこまで支援してくれるかは全く不明だ。
だが、今はそれを期待しつつ、最善を尽くすほか策はなかった。
「よし、虎太郎、葵、明日からは俺がこれからお前たちに稽古をつける」
一俊は決心したように言った。
「ほんと? 稽古つけてくれるの?」
葵がうれしそうに言った。
サルートは餞別にと魔法石を一つ置いていった。
マナが少しチャージされており、売ればそこそこの金にはなる。
これを資金源とすれば2週間はもつだろう。
三人は稽古をしながら本国の支援を待つことにした。
2週間経っても支援が得られなければ、突入する。
そうなる可能性はかなり高いと一俊は見ていた。
虎太郎と葵には言わなかったが、稽古は支援がないことを前提に行っていくつもりでいた。
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